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危険な二つ名 その4


 僕はウソをついた。

「正直に言うよ。実は、僕もこてんぱんってよくわかってないんだ」


 語呂が面白いから使っているだけで正確な意味は、と聞かれると上手く答えられない。

「多分、今の君たちの姿ってことで大体合っていると思うけれど、どうかな」


 返事はなかった。返ってくるのはうめき声だけだ。

 訓練場に倒れているのは、ひい、ふう……十九人か。みんな腕や足をおさえて倒れている。おなかを押さえてうずくまっている人もいる。もう戦う意志はないようだ。


「ごめん、寝ているところ悪いんだけど」

 横たわっている二号の鎧をこんこんと叩く。鎧には全然傷ついていないけれど、多分、中の人はとても痛がっているはずだ。


「さっきの話なんだけど多分、こてんぱんって今の感じでいいと思うんだけど、どうかな。僕としてはもう少しぶん投げてもいいんだけれど」


「ああ、そうだよ」

 やけくそのような声が響いた。鎧の中で反響しているせいか、くぐもって聞こえた。

「こてんぱんだよ! これでもかってくらいにな!」


「元気そうだね」

 僕は二号の腕をつかむ。

「まだやる?」

 フルフェイスの兜が左右に揺れる。

「勘弁してくれ」

「そう」


 僕が手を離すと、二号はごろりとうつぶせに寝転がった。自分で兜の口の部分を外すと、そこからげえげえと粘っこい水音がした。

 僕は顔を背けた。


 残りはビルとウェルマーだけだ。

 振り返ると二人とも訓練場の端っこで、僕を見ていた。目を泳がせながら信じられないって感じでうろたえているのが気配でわかる。

 ビルなんて真っ青な顔で膝をがくがく震わせている。

 

 二十人もいれば、僕一人なんかぺしゃんこだと思っていたようだけれど、そいつはとんだ勘違いだ。こう見えても僕は鍛えているのだ。毎朝、頭の中で何百体もの竜牙兵を相手に、訓練を積んでいるのだ。たった二十人くらい、なんてことはない。


 最初にかかってきたのは、悪魔の足だ。

 スノウを蹴り飛ばそうとした、冷酷冷徹冷血の残虐な男だ。ゆっくりと自信に満ちた顔つきで僕に近づくと、無造作に腕を振り上げ、殴りかかってきた。

 あくびが出そうだよ。

 僕は体をひねってそいつの拳をかわした。その場で背を向けながら背中越しに伸びきった腕をつかむ。そして前のめりになりながら、背負うようにしてそいつの体を地面に思い切り叩き付けた。どん、と地響きのような音がした。


 あまりにきれいに決まったので、どんな受け身の取り方をしたんだろうと、顔を覗いてみたら失神していた。どうやら受け身を取り損ねたらしい。


 そこでようやく、僕がちょいとやる奴だと理解したらしい。『赤い外套(レッド・コート)』を含む、悪魔の手先どもはたちまち僕を取り囲むと、距離を詰めてきた。人の輪を二重に作って僕を逃がさないようにしてきた。


 大人数で戦うときはとにかく、捕まらないことだ。僕はぴょんと飛び上がってそいつらの頭を踏みつけながら輪を飛び越えると、そのうちの一人の背中に飛びつき、後ろに思い切り放り投げる。そいつもその一発で気絶した。


 あとはだいたいその繰り返しのようなものだ。殴りかかってくる奴はかわしてぶんなげる。つかみかかってくる奴や体当たりしてくる奴は、飛び上がったり、転がったりして捕まらないようにしてから蹴ったり投げたりする。


 ちょっと手こずったのはやはり『赤い外套(レッド・コート)』の連中だ。みんな固い鎧を着ているので殴ったり蹴ったりしたら僕の手や足が腫れ上がってしまう。でも固い鎧を着ていても衝撃そのものは防げない。なので悪魔の足と同様にぶん投げたり首に飛びついて兜をくるりと前後逆に回したり、地面に叩き付けた。


 二号なんかは関節のところを蹴ったり、足首の関節を固めてもまだ向かってきたので三回地面に叩き付けてやったらようやく立ち上がらなくなった。


 女の人もいたけれど、スノウをいじめようというのなら僕も容赦しない。首筋とか手首とか、むき出しのところを狙って『贈り物(トリビュート)』で気絶させた。

 そして今に至る。


「どうする、降参するかい」

 僕が呼びかけると、ビルがびくっと身を震わせた。すがるようにあちこち目を向けると、やがて一つの場所に目を留めた。視線の先にはポーラさんと、その腕に抱きかかえられたスノウがいる。


 まずい。


「ちくしょう」ビルがわめきながらスノウたちのところに走り出す。

「その猫をよこしやがれ!」


 ポーラさんがいち早く背を向ける。たまたま近くにいたせいで、その距離はもう三フート(約四・八メートル)もない。僕が危ない、と叫んだ時、ポーラさんの腕からぴょんと、白い子猫が飛び降りる。スノウは白い砂場に着地すると、小さな足を動かしながら訓練場の端っこを駆けていく。


 ビルは方向転換し、スノウへと向かっていく。

「させるもんか」


 僕は二号からカブトを引っこ抜くと、ボールのように蹴り飛ばす。赤いカブトはくるくる回転しながらビルの足に当たった。ビルの体がふらつく。足をもつれさせて悲鳴とともにすっころぶ。ちくしょう、と口汚くののしりながら立ち上がると、目の前には先回りしていた僕がいる。


「この卑怯者め」

 僕はこの最低の卑劣漢のひとでなしのずるがしこい猫いじめの悪魔に向かって拳を突き出す。

「お前なんか、弱虫カーティス以下だ」


 ビルがやけっぱちって感じで牛のように突進してくる。僕は右足を大きく踏み込み、左足をムチのようにしならせた回し蹴りを四角いあごに叩き付けた。


 怒りのこもった一撃にビルは白目をむいてその場で膝をついて倒れた。ふん、いい気味だ。

「大丈夫かい、スノウ」

「にゃ、にゃあ」


 僕が呼びかけると、スノウが切羽詰まった鳴き声を上げる。


 振り返ると、最後に残ったウェルマーが僕に体当たりを仕掛けてきた。一瞬、かわそうとして恐ろしいことに気づいた。僕とスノウが一直線上になるように突っ込んできている。僕がよければ、スノウがこいつにふみつぶされてしまう。カウンターで殴ろうにも手を痛めてしまう。


 だから別の手段を使うことにした。

 ウェルマーは体を低く沈め、肩を突き出すようにして突進してきた。


 僕は正面から向かい合うように立つと、両手を突き出す。僕たちの体がもつれ合う寸前、僕はウェルマーの胸元をつかむ。同時にその赤いおなかに足の裏を乗せ、自分から仰向けに倒れ込む。


 赤い鎧が宙に舞う。ウェルマーはスノウの小さな頭上を通り過ぎ、訓練場を飛び越えて、ギルドの倉庫に突っ込んだ。


 どすん、と落石のような音と同時にウェルマーの体は倉庫の壁に逆さになって倒れていた。まるではりつけにされた罪人のようだ。


「大丈夫かい、スノウ。怖かっただろう」

 僕は足下のスノウを抱きかかえる。


 おっと、いけない。まだ勝負は終わってないからね。また不意を突かれたら大変だ。用心しながら訓練場の方を振り返ると、相変わらずうめき声を上げながら倒れたままだ。やっぱり向かってくる気配はない。


「えーと、これって僕の勝ちでいいのかな」

 返事はない。


「あの、ポーラさん。これって……」

「そこまでだよ」


 ポーラさんに尋ねようとした途中でしわがれた声がした。


 声のした方を見ると、ギルドの建物の方から六人ほどの男女が歩いてくるのが見えた。ギルドの職員さんだ。その先頭を大柄なおばあさんが歩いて来るのが見えた。ちょっとふくよかで顔はしわだらけ。白髪だらけの髪を三つ編みにして、青い上着に青いスカートに茶色にブーツという出で立ちで、男の人のように大股で歩いてくる。のっしのっしという足音さえ聞こえてきそうだ。


 この前、カウンターの奥に座っていたおばあさんだ。

 やっぱりギルドの職員さんなのかな。


「ポーラ、これは何の騒ぎだい?」

 短剣のような鋭い視線を向けられて、ポーラさんは直立不動で固まってしまう。


「こ、これはですね。あの、私は止めようと……」

「事情を話せそうなのは……この子だけかい」


 おばあさんは今度は僕に鋭い視線を向ける。

「話を聞かせてもらうよ。いいね」

「それは構いませんが、あの、あなたは……」


「あたしかい? ここのギルド長でね。イザベラってんだい」

 偉い人かも、とは思ったけれど、まさかギルド長だったとは。


「僕はリオ。旅の者です。えーとですね」

「どうにも長くなりそうだね、こりゃ」


 呆れたようにスノウいじめの大悪人たちを見下ろす。まだ起き上がって来ない。いつまで寝ているんだろう。

「チャック、トマス、ロッキーは倒れている連中の介護。ダフネは治癒魔法で治療だ。エピー、アンタは応援を呼んできな」


 てきぱきと指示を出す。命令を受けた職員さんたちは、持ち場へと機敏な動きで走り出した。

「アンタはこっちだ」

 そう言い置いてイザベラさんは背を向けて歩き出す。

「詳しい話はこっちで聞こうじゃないか」


 言われて僕は荷物を拾い、続いて歩き出す。

「ポーラ、アンタもだよ」

 振り返ると、ポーラさんが冷や汗を垂らしながら倉庫の陰から出てくるのが見えた。


次回は10月17日の午前0時頃に更新の予定です。

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