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まわりまわって…… その11

今回は二話連続投稿になります。

「勝手にそんな話を決められても私は応じた覚えはありません」

「勝手に決めてしまったことは謝罪します」


 僕はアビゲイルさんの屋敷でことの成り行きを説明した後で、深々と頭を下げる。


 話を聞いてアビゲイルさんはとても怒っていた。そりゃそうだ。いつの間にかお金を出すように決められていたなんてことになったら、僕だって腹が立つ。


「ですが、アビゲイルさんにとっても悪い話ではないと思いますよ」


 アビゲイルさんとしても取引先の金貸しがなくなるのは避けたかったはずだ。それに借金の肩代わりはアビゲイルさんにも適用される。徳政令が出ればちゃらになるはずの借金の一部が戻ってくるのだ。


「差し引きすれば結局は大損ですよ」


 眼鏡を外し、きれいな布でレンズについたくもりを拭き取る。


「自分で払ったお金で、損害の穴埋めなんて冗談にも程があります。第一、私は引退すると言ったはずです」


「まったくです」

 僕はわかってます、という気持ちを込めてうなずいてみせる。


「ですので、このような条件も用意してみました」


 そこで僕は懐から一枚の紙を取り出し、アビゲイルさんの机に置いた。

「それは?」


「領主様からお借りしてきた徳政令の公布書……っていうんですかね。法律を出すための紙です」

 アビゲイルさんはあわてて眼鏡をかけ直し、紙に目を通す。


 今回、アビゲイルさんにお金を出していただく条件として徳政令にある一文を加えていただくことにしたのだ。


『なお金貸し業を営む者が借りている借金は徳政令の適用外とする』

 

 つまりアビゲイルさんが金貸したちに貸している借金はそのまま、ということだ。

「どうでしょう? これなら冗談を言う価値も少しは上がるのではないかと」


 それともう一つ、と僕はカバンからまた金貨の詰まった袋を三つ取り出した。


「引退を取り下げていただけるよう、こいつもお貸ししましょう。もちろん無利子無利息、催促なしです」


 アビゲイルさんが顔を上げた。眼鏡の向こう側の目がしわだらけのまぶたの奥できらめくのが見えた。


「話がうますぎますね」

「世の中にはピンチだけではなく、チャンスだって転がっているものです」

「私には地獄のカマの底にしか見えませんね」

「わかりました。では正直に言いましょう」


 僕はそこで咳払いする。


「これは借金でもなければ、あげるわけでもありません。僕の頼みごとに対する代金です」

「頼みごと?」

「ニコラをですね、一人前の金貸しに育てていただきたいんですよ」


 アビゲイルさんの眼鏡がずり落ちる。


 この前、アビゲイルさんと会った時から考えていた。金貸しを続けていくには、ニコラには経験も知識も度胸もまだ足りない。あるのはやる気くらいだろう。今は僕がいるからいいけれど、僕が町から出てしまえば同じことの繰り返しだ。お父さんの代わりに、ニコラに金貸しの何たるかを教え、導く人が必要なのだ。


 町一番の金貸しであるアビゲイルさんならぴったりだ。


「跡継ぎにしろとは言いません。ですが、ニコラが独り立ちできるまで目をかけてあげてほしいんです。いわゆる後見人ってやつですね」


「本人は知っているんですか? あの子の性格で承知するとは思えませんね」

「もちろんです。ニコラもうんと言いましたよ」

 ちょっと涙目だったけれどね。


 本当はニコラだってわかっているのだ。今のままでは金貸しを続けられないと。

 誤解のないように言っておくけれど、僕は強引に説得などしていない。

 提案はしたけれど、最後に決めたのはニコラの意志だ。


「本人もぜひ、アビゲイルさんに育ててほしいと」

 ここはちょっと言い過ぎだったかな。


「あなた、見た目よりもかなりの悪党ですね」

「それって、ほめているんですかね」


「けなしているんですよ」

 さらりと言ってのけた。まあ、僕をけなすのは構わない。それでアビゲイルさんの気が晴れるなら安いものだ。

「それで、お返事はいかがでしょうか」


「ニコラの件は承知しました」

 アビゲイルさんが金貨の入った袋を手元に引き寄せる。


「どこの町でも通用するような金貸しに育ててあげましょう」

「お手柔らかにお願いしますね」

 またイスや机にしがみつく未来が、簡単に予想できるから困ったものだ。


「ですが、こっちはダメです」

 ぱさりと机の上に徳政令の紙を落としてみせる。


「借金といっても状況は様々です。すでに元金以上の金を返済している者もいれば、全く返済の意志のない者もいます。全ての借金を一律に処理しようとすればまた別の不公平を生むだけです」


「ですが……」

 僕にそんな細かいことはムリだ。領主様も同じだろう。


「ですから、私がやります」

 アビゲイルさんは立ち上がると、上着を羽織り、羽根の付いた帽子を被る。


「お出かけですか?」

「領主様のお屋敷です」


 扉の取っ手に手を掛けながら振り返った。


「詳しい打ち合わせをしないといけませんからね。まさか、どこの馬の骨とも知れない子の尻ぬぐいをさせられるなんて……長生きはするものではありませんね」

 アビゲイルさんは深々とため息をついた。

「こんなことならさっさと店じまいして逃げ出しておくべきでした」


「ありがとうございます」

 僕は丁重にお礼をする。


「まったく、商会さえつぶれなければこんなことにはならなかったものを」

 アビゲイルさんが恨めしそうにグチをこぼす。


「しょうかい?」

「ウチの取引先です」

 眼鏡のずれを直しながら言った。

「資金を大変低い金利で貸していただいていたのです」


 アビゲイルさんも別の人からお金を借りていたのか。


「ですが先日、違法な取引に手を貸していたのが発覚したとかで閉店してしまったのですよ。おかげで資金繰りが苦しくなったところにこの騒ぎです」


「ありゃりゃ」

 弱り目に祟り目、というところか。それはついてない。


「まったく、ヘイルウッドさんもつまらないマネをしたものです。密輸などしなくても十分もうけは出ていたでしょうに」

「え?」


 ヘイルウッドってもしかして……。

「それってもしかして、ダドフィールドの?」


「おや、ご存じでしたか?」

「まあ、名前くらいは」


 返事をしながら僕は背中に汗が流れるのを感じていた。

 まったく、世の中というのはどこでつながっているかわからないものだ。


 それから、ニコラのお店に戻った僕はことの次第を説明する。


「……というわけで、徳政令が出ても穴埋めしてくれることになったから。少なくともこれでつぶれる金貸しも少なくなったんじゃないかなあ」


 アヒゲイルさんが借金とその残りの返済額に応じで穴埋めする仕組みを作ってくれることになった。当然、看板を取り上げたり、返済の期日を急がせるのは取りやめになった。


 それでもつぶれるお店はゼロではないだろう。僕の取った方法が完璧だったとも思えない。もっといい方法があったかも、という不安もぬぐえないけれど、やれることはやったつもりだ。


「とりあえずアビゲイルさんが週に一度、教えてくれるそうだから、金貸しのやり方とか、仕事の進め方とか、色々教わったらいいよ。僕にできることはこれくらいかな」


 ニコラは僕が話し終えても何も言わず、ぽかんとしている。難しかったかな。お金とか政治とか、オトナの世界の話だからね。それとも、これからアビゲイルさんの指導を受ける羽目になって怒っているのだろうか。一度はうなずいたけれど、やっぱりいやになったのかも。僕って奴は、つくづく身勝手ないらんことしいだ。


「ねえ、リオ君ー」

 ニコラは僕の顔色をうかがうように口を開いた。


「あなたー、何者ー?」

「またその話か」


 行く先々で同じことばかり聞かれて、げんなりしてしまう。

「言っただろ。僕は君に雇われた冒険者だよ。ついでに二つ星。それだけだよ」


「でもでも、リオ君大損だよー? 領主様とかアビゲイルさんに、お金たくさん出して、全然得してないよー。ワタシ、払えと言われても払えないー」

 ああ、そういうことか。


「心配しなくても君に払えなんて言うつもりはないよ。これはなんというか、依頼の一環だからね」


 僕が受けたのは借金の取り立てとニコラの護衛だ。金貸しの仕事がなくなれば、僕は依頼を果たせなくなる。少しばかり依頼の範囲からはみ出してしまったのはわかっている。おまけにブラックドラゴンの爪やウロコも大部分を売り払ってしまった。けれど、必要なことなのだから仕方ない。


 ブラックドラゴンを倒せば一生遊んで暮らせるだけの大金が手に入るって話はウソのようだ。実際、たった二ヶ月くらいしかもたなかった。

 僕の金遣いが荒いのではなく、人生の方が長いのだ。


「一度受けた依頼は責任を持って果たすのがオトナというものだからだよ。必要経費、ってやつさ。気にしないで」


 言い聞かせるように話したつもりだけれど、ニコラは納得していないようだ。

 僕は続ける。


「お金の面から見れば確かに僕は大損だったかもしれない。でも、やっぱり僕は損をしていない」

「どうして?」


「僕も十分得をしたからさ。お金以外の面でね」


 借金で苦しむ人が減って、金貸しも今まで通り商売を続けられて、大勢の人が喜んでいる。こいつはお金に換えがたい宝というものだ。人の命はお金では買えないからね。


「リオ君って……神様ー?」

「こんなおっちょこちょいの神様なんていないよ」


「でも、普通の冒険者ってウソだよねー」

 ニコラの言葉は奇妙なほど確信に満ちていた。


「お金持ちだし-、世間知らずだしー、ものすごいマジックアイテムも持っているし-、どことなく品もあるしー、何より、領主様やアビゲイルさんまで動かしてー。どこかの貴族……ううん、もしかして、王族なんじゃないのー?」


 どきり、と心臓が高鳴る。

「いや、ちがうよ。僕は王子様なんてものじゃないよ。うん」


「やっぱりそうだよー」

 ニコラはうれしそうに言った。


「やっぱりー、リオ君ってー、王子様……ウィルフレッド殿下なんでしょう?」

 僕はむせてしまった。


「年の頃も近いしー、きっとそうだよー。どうか今までのご無礼をおゆるしくださーい」

「いやいやいやいや」

 何を言い出すんだ。


「僕は王子様じゃないし、ましてやウィルフレッド殿下でもないよ。あと、しゃべり方も普通でいいから。とにかく、お願いだから顔を上げてよ、ねえ!」


「わかってるー」

 ニコラは顔を上げると訳知り顔で言った。

「お忍びの旅なんだよねー、世直し的なー?」

 全然わかってないよ。


「それにー、最近、よその国のお姫様と婚約したってー聞いたー。ものすごーくきれいな人なんでしょー」

「それは、まあ……」


 ミルヴィナのことを思い出して僕の胸がちくりと痛くなる。


「やっぱりー、普通の冒険者だったらお姫様のお顔なんて知るはずないものー」

「いや、それには事情があってね」


「わかってるよー。ワタシなんかお呼びじゃないってこともー。だからー、どうも今までありがとうー」


「いや、だから話をね」


 ニコラは木札を差し出した。冒険者ギルドで依頼に使っている割符だ。


「これで依頼かんりょー。おつかれさまでしたー」


 目に涙をためながらニコラは微笑んだ。

今回はもう一話あります。

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