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まわりまわって…… その6

 ニコラは家の前に立っていた。声を掛けようとしてところで、誰かと話しているのに気づいた。


 二十歳過ぎくらいの若い人だ。背は高くて身なりはしゃんとしてて、商家の使用人って感じだ。でもニコラの表情は張りつめていて、知り合いが談笑しているとか、ましてや仲の良い恋人同士とかそんな風には見えなかった。


 僕は物陰に隠れて二人の様子をうかがう。念のため『贈り物(トリビュート)』も使っているので、まず見つかる心配はない。


「とにかく、そういうことですので」

「そんな……話が違う……」


 ニコラの顔が蒼白になっている。びくびくしているのはいつものことだけれど、あれは怖がっているというより驚いてショックを受けているように見えた。


「事情が変わったのです」男の人は平然とした顔で言った。白っぽい服装に加えて眼は細長くて、ほとんどまばたきもしない。まるで、シロヘビだ。よし、今からあの人のことをシロヘビさんと呼ぼう。


「三日間です。それまでに全額返していただきましょう」

「で、でもー」


「ああ、それと。そこの看板も外してもらいますので。あしからず」

「ででで、でも。あれがなかったらもう金貸しはー」


「そう言いませんでしたか? 私は金貸しを廃業、つまり辞めていただくと申し上げているのです」

 金貸しを辞めろ? どういうことだ?


「なんでしたら、すぐにでも辞めていただいても構いませんよ」

 と、シロヘビさんは頭上にある金貸しの看板を見る。


「だ、だーめー。あれはー」

 とニコラがシロヘビさんの脚に取りすがる。

「離してください」


 シロヘビさんがうっとうしそうに腕を振り上げる。ニコラはぎゅっと目をつぶった。

「そこまでにしておきませんか。シロヘビさん」


 もちろん、ニコラを叩かせるつもりはない。素早く物陰から飛び出すと『贈り物(トリビュート)』を解除して、振り上げたシロヘビさんの手首をつかみ、もう片方の手で虹の杖の先っぽをシロヘビさんの喉元に突きつける。


「リ、リオー」うれしそうなニコラの声に僕もついにやけてしまう。

「な、なんですかあなたは?」


「僕は、その。臨時の使用人というか従業員というか、まあ、こういう者です」

 説明するのが面倒なので、冒険者ギルドの組合証を見せる。


 シロヘビさんがぎょっとした顔をする。

「暴力はいけません。特に女の子に暴力だなんて、見ていて気持ちのいいものじゃない。何があったのか説明していただけませんか?」


 もしかして、お金のトラブルというやつだろうか。お金の貸し借りは慎重にしろ、と母さんにも言われていた。友達同士でもお金の貸し借りが元で友情が壊れてしまうことも世間では良くあることらしい。


「あなたには関係のない話です」

「この子は僕の雇い主です。雇い主にケガでもされて、依頼料がもらえなくなったら、その責任というものはどう付けてくれるんですか? あなたが支払ってくれるんですか?」


 そこでぎゅっと手首をつかむ手に力を込める。ぐう、とシロヘビさんが顔をしかめる。おっと、しゃべっているうちにすっかり借金の取り立て人みたいになってしまった。いけないいけない。もしかして、職業病というやつかな。


 手を離してあげたけれど、シロヘビさんはすっかり震え上がってしまっている。怖がってしまったようだ。


「わ、私は主人に頼まれただけですので……その……」

「誰だい? そのご主人様ってのは」


「アビゲイルさんー」

 返事をしたのはニコラだった。まだシロヘビさんの脚を抱きしめている。


「アビゲイルさんって、さっき言っていた金貸しの元締めさん?」

 ニコラはうなずいた。どうでもいいけれど、いつまでシロヘビさんの脚をつかんでいるんだろう。僕としてはあまり見たい姿ではない。


 もういいよ、と軽く肩を叩くとニコラは腕を放し、赤面しながら後ずさる。


 自由になったシロヘビさんも僕たちから二歩三歩と後ろへ下がると、悲鳴を上げて、くるりと半回転して走り去ってしまった。


 ぽかんとその背中を見送るニコラの背中をもう一度軽く叩いてあげた。

「続きを聞かせてくれる?」


 僕はニコラの家の一階に通された。一階は仕事場になっている。仕事場と言っても木の板で間仕切りした狭いスペースにイスが二脚とテーブル一つだけの簡素なものだ。


 隣には同じように間仕切りされた空間が二つ並んでいる。お金を借りに来る人はあまり人に見られたくないから、とわざと狭い場所で密談のように取引するらしい。


「アビゲイルさんはこの町でたった一人だけ、金貸しを許された人なのー」


 ニコラの話によると、この町では金貸しをするには領主様の許可がいる。許可なく金を貸した者には重い罰が下されるという。でも、領主様はあまり金貸しという仕事を快く思ってないらしく、普通にお願いしてもなかなか許可が下りない。


「でも、それだと、アビゲイルさんのお店はいっぱいになるからー。私たちにも仕事とお金を分けてくれているのー」


 町の金貸しがアビゲイルさんだけなら町中のお金を借りたい人は、みんな集まってきてしまう。それに借りに来る人の中には銀貨三枚とか、銅貨八枚なんて少額の人もいる。


 一日に大勢の人が押しかけて来たらお店がお客さんでいっぱいになってしまう。だからアビゲイルさんは町の大商人とか騎士とか、偉い人たちだけを相手にして、小さな商人とか職人とか庶民の相手をニコラたちに任せている。


 普通ならニコラたちは無許可の金貸しということになる。でも、それにはカラクリがあって、アビゲイルさんのお店の看板をお店の前に飾り、形だけは出店とか支店ということにしている。その代わり、看板の使用料ということで毎月、売り上げのいくらかをアビゲイルさんに納めているのだという。うまくできた仕組みだ。法の抜け穴、というやつかな。


「でも、今日になってー、急に今貸しているお金と看板を返して欲しいって言ってきてー」

「それってニコラのお店だけ?」


「ほかの金貸しもそう。だからーみんな困っているのー」


 聞けば、顔役さんの屋敷の前で待っていると、知り合いの金貸しと出会い、その話を聞いたそうだ。あわてて店に戻ってきたところでシロヘビさんと出くわしたのだという。よかった、怒って帰ったんじゃなかったんだ。


「でも急にか」僕は首をひねった。「今までにそういうことは?」


「なかったー」

 アビゲイルさんのへの返済日は毎月決まっていて、大抵は金利分とか、貸したお金の一部を返すだけで良かったらしい。ちなみに今月はあと十日も先だという。


「妙な話だね」

 返済をためた金貸しが看板を取り上げられた、という出来事は過去にもあったそうだ。けれど、ニコラのお店はまだ取り上げられるほど支払いをためてはいない。


「だいたい、やりかたが変ー」

「どういうこと?」


「もしー、お金が必要になったのならー、もっとうまいやり方があるはずー。なのにー、こんな強引なやり方ー、『何かありました』っていうようなものー」


 ニコラの言いたいことはわかる。もしアビゲイルさんが急にお金が必要になったのなら、別の大きな金貸しから借りるとか、もっと方法があるはずだ。


 大体、お金が必要になったからと言って、ニコラたちの看板まで取り上げようとするのがよくわからない。


「あるいは、そういう手立ても思いつかないような何かが起こったか、だね」

 でもそれが何なのかは思いつかない。今のところ情報が少なすぎる。


「どうしよう……このままじゃあ、お店を閉めるしかないー」


 ニコラはまるでこの世の終わりとばかりに頭を抱えて机の上に突っ伏す。看板を取り上げられれば、無許可の金貸しということになり、領主様の兵士や衛兵に見つかれば重い罰を受ける。だから落ち込む気持ちはわからなくもない。


「ねえ」でも、どうしてもわからないことがあるので聞いてみることにした。


「ニコラはどうして金貸しをやっているの?」


 正直、ニコラが金貸しに向いているようには思えない。あの借用書の束を見る限り、踏み倒されたり、返してもらえない借金はかなりの額だろう。ニコラ自身、好きでやっているようには見えなかった。いっそ金貸しをやめて別のお店をやった方が本人のためだろう。


 なのに、僕という冒険者を雇ってまで金貸しにこだわる理由がよくわからない。


 ニコラは顔を上げて、困った様子で唇をふるわせている。一瞬、何か言おうとしたけれど、すぐにまた顔をうつむかせる。口をもごもご動かして何かしゃべろうとしているようだけれど、言葉にならず空気に溶けて消えていくように見えた。


「ごめん」言いにくいことならムリに聞き出すつもりはない。

 話を打ち切ろうとしたとたん、ニコラが不意に立ち上がった。


「ついてきてー」


 店の奥にある狭い階段をニコラに続いて登る。一体何があるのだろうと考えながら二階に上がった先は居間になっていた。小さくすすけたテーブルや家具の横を通り、奥の部屋に入ると、つんと薬の臭いがした。


 小さな部屋の突き当たり、ベッドの上で誰かが寝ていた。僕たちに背を向け、薄い布団を掛けている。布団の膨らみ具合から察するに、ずいぶんとやせている。後ろ頭や髪型から男性のようだ。


「具合はどうー?」


 ニコラが声を掛けると、ベッドの上の男性は上体を起こし、僕たちに顔を向けた。肌の色は血色が悪く、張りも艶も失われていた。落ちくぼんだ眼の周りに突き出た頬骨、灰色のゆったりした寝間着からのぞく胸元には骨が突き出ている。むき出しの右脚には白い膏薬が何枚も貼られている。


 でも、何より僕の目を引いたのは彼の眼だった。瞳の焦点が合っておらず、時々音の方向をうかがうように顔を左右に向ける。盲目のようだった。


「おお、ニコラ」声を出すと同時に乾いた咳を何度も出した。


 ニコラはあわてた様子で男の人に駆け寄り、何度もごしごしと背中をさすった。

「だいじょうぶ?」


「おお、もちろんさ」咳が止まると男の人はにやりと笑った。

「で、どうだった。今日は」


「うん、うまくいったよー。冒険者さんのおかげー」

「そうかそうか」

 男の人は満足そうに動かすと顔を僕の方に向けた。

「そこにいるのかな」


「どうも、はじめまして。この子の父親で、ニールと申します」

 僕もニールさんに近づくと握手をする。しわだらけでごつごつとした、病気の手だ。僕は不意に母さんの手を思い出した。


「あいにくと、目が見えないものでして。失礼があれば申し訳ありません」

 ニールさんは僕の肩に顔を向けながら苦笑いする。


「あなたが冒険者さんですか」

 僕はええ、と言って自己紹介した。


「失礼ですが、ずいぶんお若いようですな」

「見た目はオトナなのに、声だけはコドモっぽいとよく言われます」


 くくく、とニールさんが笑う気配がした。

「どうもよろしくお願いします」

 ニコラが僕の袖を引っ張った。


「すみません、僕はこれで」

 僕は一礼して部屋を出た。扉を閉める寸前、背を丸めて咳き込む姿が見えた。


 隣の部屋に移動すると、僕たちは向かい合ってテーブルに座る。

「お父さんの……ためなの」

 それからニコラはぽつぽつと語り始めた。


 ニールさんは昔、旅商人だったそうだ。あちこちの町を回りながら各地の珍しいものを町から町へと売り歩いていたそうだ。ところが三年ほど前に魔物に襲われて大ケガをしてしまった。


 どうにか一命は取り留めたものの、ニールさんは視力を失った。さらに運の悪いことに奥さん、つまりニコラのお母さんもその直後に流行病でこの世を去ってしまった。目の見えないニールさんはこの町に家を買い、アビゲイルさんにお店の看板を借りて金貸しを始めたそうだ。


 取り立てにも杖をつきながらニコラと二人で回っていたという。借金をしていた人たちも目の見えない人から借金を踏み倒すのは気まずいのか、存外素直に払ってくれたそうだ。


 ところが一ヶ月ほど前に病を患い、歩けなくなってしまった。金貸しは歩き回る商売だ。黙っていても返してくれる人はほとんどいない。顔を見せなくなれば、返すべきお金も平気な顔して返さなくなる。あっという間に返済は滞った。そこでニコラはお父さんの跡を継いで金貸しを始めた。


「お父さん言ってたー。世間から嫌われる仕事でもー必要な仕事ー。だから続けているんだーって」

 世間から疎まれても誰かがやらないといけない仕事か。まさに汚れ仕事だ。


「お父さんがー、体が治った時のためにー、お店ー、つぶしたくないー」

「そうか……」


 ニコラがお父さんのためにがんばっているんだ。だったら僕も応援したい。

「それじゃあ、僕も協力するよ。君が金貸しを続けられるようにがんばるよ」

「でも、それって依頼とは……」

「気にしないで」


 僕が受けた依頼は借金の依頼の取り立てだ。経営を何とかすることではない。

「もののついでってやつだよ。こう見えても僕はサービスのいいことでも有名な冒険者なんだ」

「ぜったいうそー」

 ニコラがくすくすと笑う。良かった。ちょっとは元気が出たかな。


「とにかく、明日アビゲイルさんのところへ行ってみよう」

「うん」ニコラは満面の笑みを浮かべた。


次回は9/5(火)の午前0時頃に更新の予定です。

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