まわりまわって…… その5
グリモスさんに手間取ったおかげで、取り立てが大幅に遅れてしまった。
おまけに残った人たちも僕たちの姿を見るなりわめき立てたり、泣いてすがったりかわいそうな話を涙ながらに話したりして、せっかく盛り上がった気分はまた落ち込んでしまった。
「えーと、あとはー」
ニコラは書類に目を通しながら次の行き先を確認する。時間的に考えても今日は、次で最後というところだろう。
「あれ?」
ニコラの持っている借用書の束から古びた紙を引っ張り出す。
「これ、期限とっくに過ぎているみたいだけれどいいの?」
「あー、それは……」
ニコラが言いにくそうにする。
「そこはいいのよ。えーと」ニコラは辺りを見回すと僕の耳元に口を寄せてきた。
「そこは、ゴルズさんっていってー、ものすごーいこわい人のところなのー。子分もたくさんいるしー、取り立てになんか行ったら反対にのされちゃうからーだーめー」
ただでさえびくびくおどおどしているニコラの顔が真っ青だ。
「どういう人なの?」
「ここの町の顔役ー」
顔役って確か、その土地のボスとか威張っている人って意味だっけ。要するに、やくざものの親分ってことか。
「ほら、あーそーこー」
ニコラが指さした先にはお屋敷があって、門の前には柄の悪そうな男たちが三人だらしない格好で壁にもたれかかっている。時折、道行く人たちを鋭い目つきでにらんでいる。塀の上にはとげとげがついてあって、まるで物語で読んだ監獄みたいだ。
「なるほど」子分がたくさんいるなら養うにもお金がかかるだろう。
「でも、よくそんな人に貸したね」
「貸さない方がおこられるー」
よく見れば一度だけではなく、何回も借りているようだ。
親分のくせにお金を借りてそのままにしているなんて悪い奴だなあ。
「それに、あの。ほかのお金貸しからも押しつけられたりとかー」
最初はさっぱりだったけれど、何度か聞いてようやく理解できた。
まず、ある金貸しが顔役さんにお金を貸す。でも返してくれる可能性はない。そういう時、また別のお金貸しに借金の権利を安くでゆずるのだという。
ゆずれば、多少損はするけれど、少しはお金も戻って来る。買った人もうまくすれば、その差額分大もうけだ。けれど、誰も顔役さんから取り立てられない。そうしたらまた別の金貸しに借用書を安くでゆずるのだ。そうして回り回った借金の権利がニコラのところに集まってきたそうだ。
すでに何年も貯めているので顔役さんの借金は利子を含めてものすごくふくれあがっている。合計すれば金貨で何十枚にもなるだろう。それでも、取り立てることが出来なければ、全部ニコラの損になる。
もちろん、ニコラにそんな怖い人から取り立てることなんてムリだろう。顔役さんも最初から踏み倒すつもりで借金をしているに違いない。
「わかったよ」僕はニコラの持っている書類の束から顔役さんの借用書を引っこ抜く。
「僕が取り立てに行ってくるよ」
ニコラの顔が凍り付いた。
「ちょ、ちょっと待ってー」
「大丈夫だよ」僕は胸を張って言った。
「僕も取り立てという仕事にだんだんと慣れてきたところなんだ」
顔役さんの家は大きいし、庭も手入れされている。ないのならともかく、お金はあるのだから返してもらわないと。
ここで待つようニコラに言って僕は門番の人にあいさつをする。
「なんだてめえは」
「こんにちは」僕は一礼すると笑顔で言った。
「借金の取り立てに来ました」
顔役のゴルズさんは五十歳を越えたくらいだという。後ろに束ねた黒髪には何本もの白髪が混じっている。色黒で背が高く、肉が太い。でも太っていると言うより引き締まっている。眉毛なんかもきりりと締まっていてなかなかの男前だ。僕もあと三十年くらいしたらこんな感じになるのかな。
「でも、やっぱりいいや」
いくら見た目は良くってもこんな風に裸で眼を回していたら笑われるだけだ。
よほど借金を払うのがイヤだったのだろう。屋敷に入るなり、子分総出でおそいかかってきた。多分、二十人はいただろう。仕方ないので全員『麻痺』と、おにごっこの方の『贈り物』で眠ってもらった。二十以上はある部屋の中を探し回ってようやく顔役さんの部屋にたどり着いた。
さすがに顔役さんだけあって、部屋の中は豪華だ。蛇みたいにねじれたツボだとか、お城の風景画だとか、花瓶だとか、ごてごてした甲冑とか所狭しと飾ってある。部屋のすみっこは倉庫とか物入れのようになっていて、ちゃんとお金もある。しかも金貨だ。
子分たちを全員眠らせてこの部屋に来たら、「どこの組織のものだ」と大きな槍を振り回して斬りかかってきたので、顔役さんにも眠ってもらった。服もはだけてひどい格好だ。
まったく、いいオトナが背中にへんな落書きなんてするもんじゃない。これは、サソリかな。赤い二本のハサミが両肩のあたりを指している。しっぽの毒がお尻の方まで伸びて変な感じだ。もっとかわいい動物にすればいいのに。猫とか。
「えーと、よろしいですか、顔役さん」
このまま気絶されていたら帰れないのでごつい体を揺すって起こす。いくら借金とはいえ、お金だけ黙って持って帰るのはドロボウみたいでいやだ。それをするくらいなら最初から正面から乗り込んだりなんかしない。『贈り物』で気づかれなくなって、お金か金目のものをいただいて、借用書だけ置いていけばいい話だ。
「てめえ、何者だ? どこの組織のもんだ」
顔役さんは目を覚ますと、あぐらをかいたまま僕に凄んでみせる。けど、眼の奥におびえというか、怖がっている雰囲気がして迫力に欠けている。
「ご説明したでしょう。借金取りです。取り立てに来ました」
そこで僕は、豪奢な部屋の中を見回した。
「まさか、ない、とは言いませんよね」
「俺にこんなマネしてただで」
「ただじゃありません。しめて金貨一七八枚と銀貨十五枚と銅貨四枚。耳をそろえて払っていただきます」
まるで物語に出てくる悪役そのものの台詞だなあ、とぼんやりと思った。そう考えると、なんだかお芝居みたいでわくわくする。吟遊詩人の道はちょっと遠そうだけれど、役者ならもしかしていけるかもしれない。
「払わないと言ったら?」
「この屋敷を差し押さえるというのはどうでしょう」
そこで僕は借用書をぺらぺらとめくる。
「ああ、あった。そうそう、これに書いていますね。払えないときは屋敷を手放すと。ほら、これ。あなたの書いた名前ですよね。あなたもいい大人なんですからご自分のした約束は守らないといけませんよ」
「てめえ……生きて帰れると思っているのか?」
「子分さんたちなら屋敷のあちこちでお休みの最中ですよ」
みんな怖い顔をした人ばかりだけれど、腕前は全然たいしたことなかった。
「何度も言わせないでください。あなたの選択肢はお金を払うか、屋敷を手放すかです。ああ、別のものでもいいですよ。お金になるのならそこのへんてこな絵とか」
「あれは、ガリデブの後期の作品だぞ。金に換えられるもんじゃねえ」
「お金にならないんですか? じゃあいらないです」
実際、売れそうにないしね。僕なら銀貨一枚でも買わないや。
「じゃあ、そこのとぐろ巻いたヘビみたいなツボなんかどうです? 高いんですか?」
「ふざけんな!」
顔役さんは大きな声で叫ぶと、急にごろんと両手両足を広げて仰向けに寝転がってしまった。
「ここは俺の屋敷だ! てめえなんぞにゃ絶対にやらねえぞ。どうしてもってんなら俺を殺して行きやがれ」
子供のようにだだをこねる姿に僕は苦笑いが出た。
どうやら余計に意固地になってしまったようだ。
仕方がない。
僕は顔役さんの頭の側に立つと腕を伸ばし、寝転がった体を抱え上げる。
目を丸くする顔役さんをイスの上に座らせると、目の前に立ち、静かに頭を下げた。
「お願いします。お金を返してください」
最初からこうすれば良かったんだ。向こうから殴りかかってくるものだから僕もつい向きになってしまった。
「何のマネだ?」
顔役さんがまた同じことを聞いた。
「どうしてもイヤだというのでお願いをしているところです」
「てめえなら力ずくでどうとでもできるだろう?」
「それじゃあまるでドロボウじゃないですか」
顔役さんは目を丸くした。
「お前、俺が何者か知らないのか?」
「この町の顔役さんでしょう?」
すると、顔役さんは、大声で笑い出した。げんこつでも飲み込めそうな大きな口を開けて、背を丸めて笑っている。僕、何か変なこと言ったのかな?
「気に入ったぜ、小僧。お前、名前は?」
「小僧ではなく僕はオトナですよ」
「名前は何だ?」
人の話を聞かない人だなあ。
「僕はリオ。旅の者です。今はまあ、借金の取り立てなどやってます」
「どうだ? 俺のところで働くつもりはないか?」
「遠慮しておきます」僕は首を振った。
「ケンカともめごとは苦手なんですよ」
顔役さんはまた大笑した。
取り立てた金貨と銀貨を袋に詰めて、屋敷を出たときにはもう辺りは薄暗くなっていた。思っていたより時間がかかってしまった。ニコラの姿は見えない。
「もしかして、先に帰っちゃったかな」
僕があんまりのろまだから怒って置いて行かれたのかも。
「こうしちゃいられないや」
僕はお金の入った袋をカバンに詰めると急いで駆けだした。
途中で後ろから尾行してくる人に気づいた。屋敷から出てきた辺りからついて来ているようなので、多分、顔役さんの手下だろう。ついて来られても困るので、とりあえず『贈り物』で尾行を撒いた。
誰も付いてこないのを確認してから僕はニコラの家に向かった。
次回は9/1(金)の午前0時頃に更新の予定です。