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まわりまわって…… その4

 翌朝、まだ日も登り切らない頃、僕はニコラの家にやってきた。


 たとえ気の進まない仕事であっても、犯罪ならともかく、引き受けた以上はやり遂げるのがオトナというものだ、と思う。


 まったく気の進まない仕事で、出来るなら今日は中止とかにならないかな、と思っていたとしてもだ。


「おはようー、早いのねー」

 僕が扉をノックするとニコラはすぐに出てきた。


「朝食はー?」

「もう食べてきたから平気だよ」


 宿のおかみさんにはこんな朝早くから朝食は作ってもらえない。なので、干し肉と携帯食の黒いパンをふやかしてスープにして食べた。スノウには今日もお留守番をお願いしている。


「それじゃあ、今日も張り切っていこうかー」

「おおー」


 おおーっと右腕を上げる。僕もつられて腕を上げる。我ながら力のない声だった。

 僕は今日も朝から借金の取り立てに町中をかけずり回ることになった。


 朝早くからパンを焼いているパン屋のおじさんから利子を取り立て、ケガをして仕事を休んでいるお兄さんからも利子を取り立て、露天で軽食を売っていたおじさんの売り上げから利子分をちょうだいした。


「なんというか、利子ばかりだね」


 借りた元のお金、つまり元金を少しでも返す人はあまりいない。

「それでいいのー」とは今日も僕の背中に隠れているニコラの弁だ。


 言うまでもなく金貸しとは、お金を貸してその利子で利益を得る仕事だ。つまり利子が多ければ多いほど、利益になる。長く借りてくれればくれるほど、金貸しには有利になる仕組みだ。


「もちろん、毎月利子を払ってくれればだけどー」


 中には利子すら払えなくって代わりにモノで支払ったりするのはまだいい方で、中には夜逃げしたり子供を奴隷商人に売り飛ばしたり、最悪の場合は一家で首をくくる場合もあるという。それを聞いて僕の胸は不安で高鳴る。


「キースさんたち、大丈夫かなあ」

 昨日、背後から聞こえた号泣が脳裏をよぎる。僕がムリヤリ取り立てたせいで、首をつる羽目になったとしたら……。


「しんぱいないかもー」ニコラはこともなげに言った。「あの家族はー、君が思っているよりたくましいと思うー」


 そうかなあ。

「それより、本番はお昼からだよー」


 ニコラの声に険しさが混ざる。

「ずーっと元金どころか、利子すら払わない人たちばかりだからー。リ、リオ君も心してかかってねー」


「金だぁ? ねえよ、そんなもん」


 僕が用件を告げるとグリモスさんは忌々しそうに言った。


 昼食後、僕たちが向かったのは町の西側にある小さな工房だ。


 グリモスさんは腕のいい武器職人だ。剣身そのものよりも柄やツバの部分に工夫があって、戦っている間に剣が滑ったり、留め金が外れたりしないと冒険者の間でも評判らしい。ただ、ニコラの話によると、お金にはだらしがないらしく、あればあるだけ使ってしまうという。


 おまけに博打好きで、稼いだ側から大金を使ってしまうので奥さんや弟子にも逃げられた。今は一人で工房を経営しているらしい。


 先日も仲間内でお金を賭け合っているうちに負けが込んで、すかんぴんになってしまい、ニコラのお店からお金を借りたそうだ。


 年の頃は三十歳くらいだと聞いている。無精ひげに四角い骨太の頬に赤らんだ顔。黒髪を短く刈っている反面、眉毛はげじげじのように太くぼさぼさしている。力のいる仕事だからか、筋骨隆々のたくましい体つきをしている。半袖のシャツやすそのほつれた茶色いズボンの固そうな膨らみ具合からも明らかだ。背丈だって僕の頭一つ分は大きい。


「ですが、お貸ししたお金どころか、利子も払っていただいていません。お金か別のもので支払っていただかないと、このままでは僕たちとしても困るんですよ」


「今、仕事中でな。こいつが完成すれば大金が入る予定なんだよ。それまで待ってくれよ。なあ」

「はあ」


 言葉遣いは優しいが言葉の端々に凄んだり語気を強めたりして、脅かそうとしているのは明らかだ。僕はオトナだし冒険者だから平気だけれど、後ろのニコラはびくびくしてしまっている。


「そうだろ。なあ、ニコラちゃん」


 びくっ、とニコラが震える気配がした。この調子で今まで取り立てを断ってきたのか。僕としてはムリヤリ取り立てるつもりはないけれど、女の子をいじめる奴は嫌いだ。


「ウソをついては困りますね」

「ああん?」グリモスさんの眉がぴくりと上がる。


「仕事をしている割には炉に火が入っていません。金属だけでなく、剣作りのために必要な鉄や炭もありません。つまり、仕事はしていないんでしょう?」


 おそらく、働きもしないから仕事も入ってこないのだ。いくら腕が良くっても働かない人のところに剣作りを頼もうなんて物好きはいない。


「てめえ、ぐだぐだと利いた風な口を……イテテッ!」

 僕の胸ぐらを掴み上げようとしたところで手首を掴み、ねじり上げる。


「えーと、これは正当防衛というものですから、その、取り立てのために暴力をふるったわけではありませんのであしからず」


「誰に言い訳しているんだよ、コラ」

 残った左腕をぶんぶん振り回すので、右腕を放してやると、グリモスさんはたたらを踏んでつんのめる。


「大丈夫ですか?」と尋ねると返事の代わりに殴りかかってきた。僕は片足だけ残してさっと身を引く。案の定、僕のつま先につまづいてグリモスさんは、地面の上に突っ伏した。


 うめき声を上げながら身を起こす。起き上がった顔には泥や土が、下手くそな化粧のように塗られていた。その光景を見ながら僕は剣を抜き、切っ先を泥だらけの鼻先へ突きつける。


「えーと、その、払っていただけますか?」

「えらそうにぬかすんじゃねえよ、ガキ」


 グリモスさんは、顔の泥を払い落とすと、ふてぶてしい表情ででつばを吐く。


「やれるものならやってみな。こちとら武器職人だ。刃物を振り回されたところでへでもねえよ。第一、てめえみてえなへなちょこが振り回したところで怖くもなんともねえ……」


「そうですか」

 ご期待に応えるべく、僕は手首に力を込めた。グリモスさんの顔の周りを剣の切っ先が銀色のチョウのようにきらめき、飛び回る。


 それから剣身をマントでぬぐい、鞘に戻すと、だらしない無精ひげが風に吹かれてきれいさっぱり飛んでいった。グリモスさんは、つるつるになった頬を何度もなで回す。


「失礼、おひげの汚れを払い落とそうとしたのですが、間違えてひげごとやってしまいました。申し訳ありません」


 僕はぺこりと頭を下げる。グリモスさんの顔が一気に青ざめる。

「では、次はその眉毛を……」


「ま、待ってくれ」僕がもう一度剣の柄に手を掛けると、グリモスさんは顔を左右に振りながらしどろもどろになる。さっきまでの強気な態度がウソのようだ。


「金は本当にないんだ。道具も全部売り払っちまった。金目のものなんて鍋一つない。本当だ、信じてくれ」


「それでどうやって仕事をするつもりだったんですか?」

 僕は呆れてしまった。


「それじゃあ、この工房なんてどうです? 売り払えばけっこうなお金になるのでは」

「む、ムリだ。ここもとっくにアビゲイルの抵当に入っちまっている」


「誰ですか、それ?」

 抵当というのは確か、借金のカタのことだ。要するに、この工房もとっくに人手に渡っているのか。


「金貸しの元締めー」

 背後からニコラが教えてくれた。


「この町で一番大きなお金貸しでー、町の大きな商人や偉い人にお金を貸しているのー、ワタシたちも借りているー」


「ニコラも?」

「金貸しには元手がいるからー。利子も安くしてくれるしー」


 それからニコラは例を挙げて説明してくれた。たとえば一割の利子で借りたお金をほかの人に二割の利子で貸す。そうすると、利子を返しても、一割の利子分が残る。それがニコラたちの利益になる。


 つまりは金貸しの金貸しか。


 理屈はわかったけれど、人からお金を借りてお金を貸すだなんてへんてこな話だ。


「そういうことだ。わかっただろ。俺にはもう金なんて残っちゃいない」

「なんにもなかったー」


 工房から出てきたニコラが残念そうに首をかしげる。いつの間に中に入ったんだろう。


「言っておくが抵当は俺自身もだ。奴隷商人に売り飛ばそうとしてもムダだぜ」

「ちなみに払えなければ、どうなるんですか?」


「さあな。どっかの鉱山で穴掘りだろ? どうせ払う当てもないしな、俺はもうおしまいだ」

「それでやけになって工房で寝転がっていたんですか」


 自業自得ではあるけれど、このままだとニコラの貸したお金は銅貨一枚も戻ってこないことになる。

「一つ、いいですか」


 僕はグリモスさんのそばにしゃがみ込む。

「あなた、やり直すつもりはありますか?」

「ああん?」


「ですから、働いて返すつもりはありますか、と聞いているんです」

「おお、あるある。もんのすごーくあるぜ」


「ムダだよー」

 何度もうなずくグリモスさんに対して、ニコラの眼は冷たい。


「前にも同じこと試した金貸しがいたけれどー、せーんぶ賭け事で使っちゃったー」

「へへへ」


 ニコラの指摘にもグリモスさんはどこ吹く風だ。

「それでもやるのー?」


「腕はいいんだよね」

「この町でも一番ー」


 腕はいい職人。でもすぐに賭け事に使ってしまう。たとえこの場で僕がお金や道具を渡しても同じことだろう。でも対策はある。


「もう一度聞きます。本気でやり直すつもりはありますか?」

「お、おう」


 一瞬ためらったもののグリモスさんはうなずいてくれた。

「あなたにその覚悟がおありでしたら僕も覚悟を決めます。僕が何とかしましょう」


 腕はいいのだから時間はかかっても働いて返してもらう。

「ごめん、ニコラ。ちょっと待っててくれる」


 僕はグリモスさんの手を取ると、虹の杖を掲げた。

「『瞬間移動(テレポート)』」


 僕がオトゥールの町に戻ってきたときには太陽も外壁の向こう側に傾きかけていた。説明と説得に思いの外、時間がかかってしまった。


「ごめん、待たせちゃったね」

「あなた……何者?」


 ニコラは目を丸くしている。虹の杖の力にびっくりしたようだ。


「ただの冒険者だよ」

 ニコラは疑わしげに僕を見つめるが、それ以上は追求してこなかった。


「グリモスさんは僕の知り合いに預けてきたよ」


 借金の分も働いて返してくれるだろう。遊んでいるヒマなどないはずだ。


「逃げ出したりしない? お金を持ち出したりとか」

「多分、ムリなんじゃないかな」


 僕のような特別な力でもない限り、逃げられるとは思えない。

「野獣のように怖い人がいるからね」


次回は29日午前0時頃更新の予定です。

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