王子様、あらわる その8
伯爵の屋敷を出たのはお昼頃。
途中、何度か道に迷ったり、間違えて遠回りしてしまい、目指す山に辿り着いた時には太陽も西の空に向こうまで傾きつつあった。
参ったなあ、あれだけ大見得を切っておきながら遅刻するなんてみっともないったらありゃしない。
これで辿り着いた時には全て終わっていました、なんてことになったら僕は恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
山道に入ると僕は速度を落とし、左右に目をやりながら見落としがないよう慎重に進む。
この山のどこかにお姫様をさらった盗賊たちが隠れているはずだ。
道の両端は生い茂った木々が枝葉を伸ばしている。そのせいで奥まで見通せないから余計に気を使う。
おや。
坂の勾配がちょっときつくなってきたところで、三頭の馬が草を食んだりじゃれあっている。
鞍もついており、毛艶もいい。野良ではなさそうだ。何より手綱の先が木に繋いである。
僕は音を立てないよう静かに馬を降りる。そして道にいる馬の向こう側、やぶの中をのぞきこむと、鎧姿の男の人が二人、身なりの良い少年と言い争っている。
僕は『贈り物』を使い、やぶをかき分けながらこっそり近づく。十歩ほど進むと、声も聞き取れるようになった。
「まだ援軍は来ないのか。伯爵は何をしている!」
「今しばらく、しばらくお待ちください殿下」
「待て待てと言われてどれだけ待ったのだ。こうしている間にも姫は……」
あれがウィルフレッド殿下か。背は僕より指二本低いくらい。銀色の髪に翡翠色の瞳、優しげな顔立ち。肌なんか柔らかそうだ。指もほっそりしている。白い絹シャツに金糸の刺繍の入った青いベストにぴったりとした麻のズボン。腰のレイピアは柄にも装飾が施され、紅玉がはめ込まれている。
まるで子供の絵本から抜け出してきたみたいな王子様の姿だ。
殿下はしゃべりながら細く形の良い眉を吊り上げる。小声だけど声音には、焦りといら立ちがあふれている。
騎士は二人とも二十歳くらい。黒髪を切りそろえた人と、長い金髪を後ろで束ねた人だ。
「もう待てぬ。私は行くぞ」
「お待ちください、今しばらく、今しばらくお待ちを!」
「その人の言うとおりです、ちょっと待っていただけますか」
今にも飛び出しそうなので僕は『贈り物』を使うのをやめて、声を掛ける。
殿下たちがぎょっとした顔でほぼ同時に僕の方を見る。
「何者だ」
ウィルフレッド殿下がレイピアの柄に手を掛ける。騎士たちは殿下の前にまわり、やはりいつでも剣を抜ける体勢で僕をにらんでいる。
「ええと」
うまく言葉が出てこない。柄にもなく緊張してしまっているようだ。王子様の前だからなのか、弟と初めて出会ったからなのか、僕にもよくわからない。
どうすべきか迷ったけど、とりあえず片膝を地面に付けて礼をする。
「はじめまして殿下。僕はリオ。旅の者です。殿下のお力になるべく、はせ参じました」
「力に、だと?」
僕はうなずいて話を続ける。
「事情は聞いております。シルベストル王国のお姫様が盗賊どもにさらわれたんですよね。どうでしょう、ここは僕に任せていただけませんでしょうか。殿下になりかわり、きっと姫をお助けいたします」
ウィルフレッド殿下は疑わしそうに眉をひそめる。
「お前が? お前に何ができるというのだ?」
「盗賊の根城に忍び込んで姫をお助けいたします」
僕は胸を張って言った。
「こう見えてもおにごっことかくれんぼは、村でも一番なんです」
「ふざけるな!」
殿下は顔を真っ赤にしてレイピアを抜き放ち、僕の目の前に突き付ける。別にふざけてもいないし、冗談を言ったつもりはないのに。
「消えろ、目ざわりだ。貴様のような怪しい者の力など借りぬ」
刃の切っ先が怒りでふるえている。
「そもそも、何故お前が姫のことを知っている」
「怪しい奴め。さてはお前こそ盗賊の仲間だな」
騎士たちも僕に疑いの眼を向ける。
やっぱり信じてくれないか。仕方がない。
「そうですか、それでは失礼します」
僕は立ち上がるとぺこりと一礼してから坂道を下りていく。騎士たちの呼び止める声がしたけど聞こえないふりをする。そのまま途中の木の陰に隠れ、『贈り物』を使う。そこからくるりと反転して、一気に坂道を駆け上がる。そして殿下たちの後ろに回り込み、『贈り物』を解除してからまた声を掛けた。
「ただいま戻りました」
殿下たちはいっせいに体をのけぞらせた。みんな目を白黒させている。おどろかせちゃったかな。
「えーと、つまりこういうことです」
「信じられん、いつの間に……」
「気配も足音もしなかったぞ」
騎士たちが信じられないって顔で首をひねっている。
「どうでしょうか? 僕ならお役にたてると思います」
黙って助けに行ってもいいんだけれど、もし僕が忍び込んでいる間にアジトに攻めてこられたらややこしいことになる。
おとなしく待っていてほしい。そのためにもここで話を付けておくべきだ。
返事を待っていると、殿下が一歩前に進み出てきた。また僕の目の前にレイピアの切っ先を突きつける。また怒られるかな、と思ったけど、ウィルフレッド殿下の眼はとても真剣で、真実を見極めようという思いに満ちていた。
「本当に、姫を助けられるのだな」
「最善を尽くします」
「もし失敗したら貴様の命をもらうぞ」
「お好きなように」
殿下はしばらく目を閉じた後、僕の目を見て言った。
「いいだろう、貴様に任せてみよう」
「ありがとうごさいます」
僕はうやうやしく一礼する。
「殿下、宜しいのですか? このような怪しい子供に」
「構わぬ」
殿下がきっぱりと言う。でも、僕は構うよ。だって僕はオトナなんだから。
「このままでは姫はともかく侍女の身もあやうい。これ以上は待っていてもらちがあかぬ。責任は私が取る」
いい奴だなあ。
僕はうれしくなってしまった。
別に殿下がいけすかない奴でも僕のやることは変わらないけど、やっぱりいい奴の方がやってやろうって気になるものだ。
「それでは、行ってまいります。必ずやお姫様たちを助けてみせます」
「姫たちはこの坂を上りきった洞窟の中だ。見張りがいる。気を付けるのだぞ」
はい、とうなずき、はりきって洞窟の方に向かう。騎士たちが僕の後ろからついて来ようとしたので、僕は振り返って声を掛ける。
「ああ、それと。僕はもう十五歳です。オトナなのでお間違えなきよう」
言い終えると同時に草むらに飛び込み、『贈り物』で姿を消して騎士たちを振り切った。
洞窟は殿下の言うとおり坂を登りきったところにあった。むき出しになった岩肌にぽっかりと黒い穴が空いている。入り口には見張りが一人。革鎧を着け、槍を持った男があくびをして入り口横の壁にもたれかかっている。
僕は『贈り物』を使って男の横を通り、洞窟の中に入る。
天井は僕の背丈より少し高いくらいだった。真っ暗だと困るなあと思っていたけど、壁に火のついたろうそくが置いてある。ろうそくは数歩ごとに置かれていて、奥へ点々と続いていた。かすかな明かりを頼りに奥へと進む。
岩肌はごつごつしているかと思えば、明らかに人が削ったようなところもある。どうやら天然の洞窟を掘って広げたようだ。こんなところに何のために、と思っていたら答えはすぐ見つかった。
大きな道のわきに掘り進めたような道があって、のぞいていみると木の板で作った簡素な棚が壁際に何個も置かれていた。
どうやらここは倉庫らしい。棚板は黒ずんでいて、昨日今日作ったものではなさそうだ。天然の倉庫として近くの村人たちが使っていたものを盗賊たちが勝手に使っている、といったところだろう。棚の上には布のかかった細長い木箱がいくつも置いてある。僕は布を外し、木箱の中身を確認していく。剣や弓矢にカブトやヨロイが無造作に詰まっている。かと思えばお酒の匂いがするタルもある。棚と棚のすきまには槍が立てかけられている。
おや、なんだろう。
一番奥の棚にある木箱だけ厳重そうにふたがしてある。ふたを開けると、紙で巻いた黒くて丸い球が箱に入っている。木箱の横にはそれぞれケムリ玉と光玉と書いてある。なるほど、お姫様をさらった時に使ったやつか。どうやらケムリを玉の中に詰め込んで、玉が割れるとケムリが吹きだす仕組みのようだ。光玉の方は空気に触れると光り出すという発光石のかけらを仕込んでいるのか。へえ、よくできてる。
また悪いことに使われても困るから使えなくしておこうとした時、足音がした。
見つかる心配はないけれど、ぶつかるとややこしいことになるので、壁の方に寄って様子をうかがう。
革鎧を着けた男が二人、面倒くさそうに入ってきた。
男たちはぶちぶち文句を言いながら重そうにタルを抱え、洞窟の奥へと去っていった。
のんびりしているヒマはないな。
僕はケムリ玉と光玉の木箱を持ち上げ、もう一つの酒ダルの中にぶちまけるとふたをした。空になった木箱を棚に戻し、洞窟の奥へと進む。
しばらく進むと明かりが強くなってきた。光のする方へと歩き、一番奥に向かう。
奥は広場になっていた。広さは伯爵の応接間の半分くらいだろう。天井の高さも通路の倍はある。真ん中にはろうそくが何本も立っていて、それを囲むように八人の男たちが酒盛りをしていた。
みんなすでにできあがっているらしく、さっき運んできたタルから直接お椀でくみ上げ、豪快にあおっている。輪の真ん中にひときわ大きな男が骨付き肉にかじりついている。短い赤毛に真っ赤なあごひげ。ごつごつした顔立ちは岩を掘って目鼻を付けたみたいだ。腕も僕の脚より太そうだ。あれが親分かな。
「どんどん酒を持ってこい!」
手下に命じてお酒を持って来させている。仕事がうまくいったからなのか、機嫌が良さそうだ。
広場には僕が入ってきた道のほかに三つの道が伸びている。光は届かないので奥は見えない。
お姫様はどこだろう。
ひどいお酒の匂いと、盗賊たちの体臭に鼻をつまみながら壁伝いに進む。とりあえず一番右端の穴に入る。
穴はすぐ行き止まりになっていた。
奥の壁際にはエプロンドレスを着た女の子が縛られた姿で座っている。
歳の頃は僕と同じくらいだろう。首筋まで伸ばした黒髪に茶色い瞳、けっこう可愛らしい。あれは侍女さんかな?
けれどうつむいた顔は血の気がなく、くちびるまで青くなっている。
かわいそうに、ひどくおびえているようだ。
見張りは槍を持った男が一人だけ。広場の方からは死角になっていて、侍女さんの姿は見えない。
僕は見張りの男の後ろに回り、えい、と叩いて気絶させる。白目をむいて男が倒れる。
侍女さんの顔がひきつる。侍女さんからすれば、男がいきなり倒れたからびっくりしたんだろう。
僕は侍女さんに見えないところで『贈り物』を解いて姿を見せる。
「お静かに。おどろかないで下さい」
大声を出されても困るので、僕は自分の唇に指を当てるしぐさをする。
「僕はウィルフレッド殿下の使いの者です、あなた方を助けに来ました」
「殿下の……?」
そこでようやくほっとした顔をする。侍女さんを縛っていたなわを切ってあげる。
「とにかくここを抜け出しましょう。僕に付いて……」
「お願いです、姫様をお助け下さい!」
侍女さんが僕の肩をぎゅっとつかむ。顔が近づいて、ぽーっとなりそうだ。
「わたくしはハンナ、ミルヴィナ姫の侍女です。姫様は別のところに閉じ込められて……」
ハンナさん? それって確か……。
「お姫様はどこに?」
「さきほど、盗賊に連れて行かれて……どうやらわたくしを遠くに売り飛ばすつもりで」
すると広場の方で陶器の壊れるような音がした。
「そこをどきなさい!」
この声は……?
「姫様!」
ハンナさんが青い顔で叫んだ。
何か起こったみたいだな。
ここを動かないようハンナさんに言い聞かせて、僕は広場へ戻る。
広場は騒然としていた。白い頭飾りに、白い豪奢なドレスを付けた女の子が、盗賊たちを相手に剣を構えている。
間違いない。あれは……ミルだ。貴族のお嬢様だと思っていたらお姫様だったのか。
つまり、ミルはシルベストル王国お姫様で……ウィルフレッド殿下の婚約者というわけだ。
ああ、うん、まあ、そういうこともあるよね。
「道を開けなさい! 私たちを解放するのです」
ミルが剣を突きつけながら叫ぶけれど、盗賊たちは全然怖くないって感じでへらへら笑っている。
そりゃそうだ。あんなにふるえてちゃあね。
いや。一人だけ頭を手でおさえた男が、目をつり上げて怒っている。
金髪で浅黒い肌をした三十歳くらいの男だ。
どうやら男がいやらしいことをしようとしたすきをついて剣を奪い、殴り倒したようだ。
無茶をするなあ。
「おいおい、ガス。そんなお嬢ちゃんにやられて、情けねえなあ。代わってやろうか?」
「うるせえ! 黙って見てろ」
親分さんにガスと呼ばれた盗賊は身をかがめて、今にもミルに飛び掛かろうとしている。
「この礼はたっぷりさせてもらうぜ」
目を血走らせて舌なめずりをしている。きっと頭の中はいやらしいことでいっぱいなんだろう。
それを思うと僕は胸の奥がどろどろしたものでいっぱいになって、気持ち悪くなる。
ミルが気合いのこもった声とともに斬りかかる。二度三度と、一生懸命に切りかかるが全部よけられてしまう。
よけているガスも鼻歌混じりって感じで余裕が感じられる。
あーあ、あんなへっぴり腰じゃあダメだ。
ミルの顔に焦りが浮かぶ。気合いを入れて剣を大きく振り上げる。
あ、いけない。
がちん、と音がした。天井に剣の先が引っかかってしまい、びっくりしたミルが剣を取り落とす。
手をわななかせてガスが距離をどんどん詰めて来る。おびえた顔のミルは後ずさり、岩壁に追いつめられる。
ミルは意を決したように歯を食いしばるとえい、と前に蹴り上げる。
けれど、あっさりかわされ、のびきった足をガスにつかまれる。
バランスを崩して仰向けに転がったミルの体にガスがいやらしい笑みを浮かべてのしかかる。
「おいおい、傷物にするんじゃねえぞ」親分さんが声を掛ける。
「わかっているよ、ちょいと舐めるだけさ」
ガスはミルの両手を押さえつけたままとんがらせた唇を近付ける。
ミルは心底いやそうに顔をそむける。
「離れなさい、無礼者!」
「いいじゃねえか、王子様には黙っておいてやるからよ」
「いいや、黙ってなんかいられないね」
ぱりん、という音とともにガスの体がぐらりと力なく倒れる。
のしかかるガスの体の下から這い出しながら、ミルは何が起こったのかわからないって不思議そうな顔をしている。
「まったく、君にはつくづく呆れたよ」
ぶん投げた酒ツボのカケラを足で蹴飛ばしながらミルの側に歩み寄る。
「そんな奴にまで手加減してやるなんてさ。僕の足を蹴った時はそんなお優しいものじゃなかった」
「リオ!」
僕はミルの手を取り、立ち上がらせる。
「どうしてここに?」
「田舎者だからさ」
僕は洞窟の中を見渡す。
「町を散歩していたら道に迷ってしまってね。おかげでこんなところまで来ちゃったよ。ところで、ここってもしかして君の家? 暗くて硬くてじめじめしててステキなところだね。ひょっとして君ってばコウモリのお姫様だったりするのかな」
「ええ、たった今舞踏会の真っ最中よ」ミルヴィナ姫が微笑む。
「ぜひあなたにも参加してほしいんだけど、ご都合はいかがかしら?」
「うーん、まあ。君の頼みだしね。ただ、コウモリのしきたりってものがわからなくってさ。教えてくれるとありがたいんだけど」
見ると、盗賊たちが僕とミルを半円状に取り囲んでいた。もちろん、みんな剣や槍を持っている。
「簡単よ。まずこの人たちの相手を務めてくれるかしら」
「勘弁してよ。男の人とダンスだなんてあんまりだ。僕にドレスでも着ろっていうのかい」
「おしゃべりはそのへんにしておきな」
親分さんが一歩前に進み出る。
「どこから入り込んだか知らねえが、二度と太陽は拝めねえぜ」
「よく言うよ。太陽なんか見たら目がつぶれてしまうじゃないか」
「口の減らねえ奴だ、おい!」
親分さんの指示でじりじりと詰め寄ってくる。
ついでにミルも僕にすがりついてくる。
あ、柔らかくていい匂いがする。二の腕の辺りから伝わるミルのぬくもりに、服ごととろけてしまいそうだ。
「ちょっと、ぼーっとしないで、ねえ、何とかならないの?」
ミルに揺すられて我に返る。僕は照れくさくて頬をかきながら盗賊たちを見回す。
「乱暴なのは好きじゃないんだよねえ」
「のんきなこと言っている場合? あなた、この状況がわかっているの?」
「状況ねえ。それなら、もうそろそろじゃないかなあ」
からん、と一番端にいた盗賊の手から剣が滑り落ちる。
目がとろんとなり、足元もふらついている。やがて地面に突っ伏すとそのまま、いびきをかいて寝てしまった。
そいつだけじゃない。一人、また一人と盗賊たちは倒れていく。みんないびきをかいたり、真っ赤な顔をして眠っている。
立っているのは僕とミルだけだ。
「どうやら舞踏会はお開きみたいだね」
「姫様」ハンナさんが広場に現れるなり、ミルに駆け寄る。
二人は抱きしめあい、お互いの無事を喜び合っている。
「それにしてもこれはどうなっているのでしょうか?」
「ああ、こいつをお酒に入れたんですよ」
ハンナさんの疑問に、僕は懐から小瓶を取り出し、二人の目の前で振ってみせる。
「眠り薬です」
伯爵の屋敷でひげもじゃから拝借しておいたのだ。
元々僕に飲ませるつもりだったらしいから、僕が使っても問題はないだろう。眠らされるのもいやだしね。
広場を横切った時に盗賊たちのお椀に入れておいたのだ。
思っていたより効き目が遅くて焦ったけど、何とか眠ってくれたみたいでほっとする。
盗賊たちはまだぐうぐう眠りこけている。縛っておけば後で捕まえるのも楽だけど、ウィルフレッド殿下も心配しているだろうし、今はお姫様たちを外に出すのが先だ。
「さあ、今のうちにここを出よう。殿下も待っているからね」
「殿下? それじゃああなた、ウィルフレッド殿下の……」
ぱっとミルの頬に赤みがさす。
「そこで偶然お会いしてね。今も君のことを心配していますよ、ミルヴィナ姫」
「殿下が来て下さったの?」
ミルはドレスの埃を神経質そうに払い落とすと、自分の姿をためつすがめつ見ながら手で自分の髪をくしけずる。
「ねえ、ハンナ。私変じゃないかしら、髪の毛とか。ねえリオ、あなた鏡とクシを持ってない?」
「格好なんてどうでもいいじゃないか」
「殿下にみっともないところ見せられないでしょ」
「でも急いだ方が……」
「もう少しだから、ね?」
僕はため息をついた。
と、そこで僕は大事なことに気付いた。
「えーと、もしかして僕って今、すっごい無礼者なのかな?」
よーく考えたらお姫様相手に敬語とか全然使っていない。下手すれば首をちょん切られてもおかしくない。
「もし、問題大ありってことなら改める……いや、改めますけど」
「私は気にしないけど、人前では使ってくれた方がいいわね」
あ、やっぱり。
とりあえずハンナさんが簡単に身だしなみを整えてくれた。
「もういいよね、それじゃあここを出ようか」
「ねえ、リオ。その……」
ミルがちょっと申し訳なさそうに顔を伏せる。
「ごめんなさい、だますつもりはなかったの。その……身分について」
「気にしてないよ」
お姫様がほいほい名乗れないのは今、洞窟にいる理由だけでもはっきりしている。
それに、あの初対面でお姫様とか名乗られても僕は信じなかっただろう。
「名乗れなかった事情はよくわかるつもりだからね」
それじゃあ、帰ろうかと言いかけて思い出したことがある。
ミルに聞きたいことがあったんだ。
「昨日の晩のことなんだけど、誰かに話した? たとえば……伯爵にとか」
「昨日のことなら話したのはハンナだけよ。コネリーたちにしても同じはずよ。わざわざ私の夜遊びを伯爵に報告する義務なんてないもの」
ねえ、とミルの言葉にハンナさんが苦笑いを浮かべる。
「なるほど……」
「それがどうかしたの?」
「いや、たいしたことじゃないよ」
もしかしたら、という想像はあるけど証拠はない。
「それじゃあ戻ろうか」
僕はミルとハンナさんを連れて洞窟の入口に戻る。
途中で二人に待っていてもらうと、『贈り物』で姿を消し、見張り役に後ろから近付いて気絶させるのも忘れなかった。
お読みいただきありがとうございました。
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