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麦踏まれにご用心 その9

 僕が話し終えると、イザドルはせせら笑った。

「バカじゃねえか。そんなもん冒険者が来ればすぐにばれるだろ」


「そう、そこが聞きたかったんだ」

 僕はナイフをのど元にぴたりと突きつける。ちょっと動かせば血がたくさん出るだろう。


「お前たち、ボリスさんをどうした?」

 この計画で一番ジャマなのは、冒険者ギルドのボリスさんだ。ボリスさんがよそのギルドに応援を頼めば、すぐにばれてしまう。


 ボリスさんを何とかすれば、よそから冒険者が来ることなんてめったにないんだし、しばらくは持ちこたえられる。この村の人たちにバジリスク退治を依頼するようなお金はない。


 連絡がなくなれば、よその冒険者ギルドから調査が入るかもしれない。でも、伝書バトを使えばごまかしはきく。元々そう長くはもたない計画なんだ。その間にバジリスクを倒したことにして、土地を手に入れればいい。どちらにしてもボリスさんはこいつらにとってジャマな存在なんだ。


「やってねえよ」ふてくされたように言った。


「確かにやろうとしたさ。話があるって村はずれに呼び出して、後ろから殴り飛ばしたんだ。とどめさそうとしたら、あいつの嫁さんか? いつの間にか後をつけてたらしくてよ、刃物振り回しておそってきたんだ。ものすげえ剣幕でよ、あのおやじ放り捨てて逃げてきたんだ」


 カミナリのような怒鳴り声が僕の頭の中によみがえる。剣を持った冒険者相手に立ち向かうなんて勇気があるなあ。


「ボリスさんは無事なんだな」

「俺たちが逃げた時にはまだ息はあったよ」

 僕はほっとする。


「それじゃあ、僕が言ったことも」

「ああ、その通りだ。俺たちはあの村から村人を追い出せって頼まれたんだ」

 やっぱり。


「依頼人は誰だ」

「コートリークの村長だ。ここから山二つ向こうの村だよ。詳しい内容は村で直接話すってんで、村に行ったらそこの使いの者から」


 村長自らそんなたくらみをするだなんて信じられない。

「最初は断ったんだ。ギルドもあるのに盗賊みたいなマネしたら俺たちがバツを受ける。そしたら魔物のしわざに見せかけようってんで、魔物商人を紹介されたんだ」


「そもそもそんな依頼をどうして受けたんだ? というより、そんな依頼、完全に規約違反じゃないか」


 冒険者ギルドでも「ドロボウの手伝い」なんて仕事は受けてはいけない決まりになっている。話を聞いた限り、その村長もウソをついてギルドへ依頼を通したのだろう。素直にギルドに話せば失敗扱いにはならないはずなのに。


「金がなかったんだよ」まるで、免罪符でも貼り付けたように堂々とした態度だった。

「仕方ねえだろ」

 お金のために、悪いことをするなんて。僕はあきれてものが言えなかった。


 でもまあ、事情はわかった。

 あとはバジリスクと『麦穂人(バーリー・マン)』を何とかするだけだ。


「じゃあ、もう少しここでおとなしくしててよ。あとでボリスさんが迎えに来ると思うからさ」

 僕の言葉の意味を悟って、イザドルの顔が青くなった。

「なあ、頼む。見逃してくれよ。ギルド長に手を上げたなんて知られたら、俺らはギルドから追放の上、奴隷落ちだ。頼むよ、なあ」


 急に猫なで声を出してくる。そうでなくても、バジリスクのような危険な魔物を町や村に持ち込むことは禁止されている。


「大丈夫ですよ」僕は笑顔で言った。

「冒険者ばかりが人生じゃありません。きっといいこともありますよ」


 『贈り物(トリビュート)』でイザドルをもう一度気絶させると、『失せ物探し(サーチ)』でバジリスクを探す。虹の杖で出す魔法は僕の意志で強弱を変えられる。昨日と違い、思い切り力を込めたから今度は反応も出るはずだ。


 ん? 

 村の入り口の方から急速に何かが近づいてくる。反応が大きい。

 もしかして、バジリスクが近づいている?


 森を突っ切って、回り込んで来たのか。今までは魔物除けのお香があったから村に入れない。ぐるぐる村の周りをまわっているうちにお香が切れたのを悟って村に入ってくるつもりだ。

 まずい。


 僕はスノウを抱え上げると、『瞬間移動(テレポート)』で村の入り口へ移動する。

 森の手前で四人を放っておくことになるけれど、魔物除けのお香を焚いておいたから魔物にかじられることもないだろう。


 アメント村の入り口に来た。

 既に日は沈み、灰色の雲が広がり、塗りつぶしたような暗闇が降りてきて、山向こうへ続く道も見えない。


 でも、いる。その証拠に地響きが近づいて来ている。

 黒く巨大な影が、丘を越えて坂を下りてくる。


 とにかく村を守らないと。お香は……残り一個。これじゃあ、村を全部カバーするなんてムリだ。


 迷っていると、小さな丘の向こうでけたたましい音と同時に土煙が上がる。土ぼこりが舞い散る中、そいつは現れた。

 ぬめぬめとてかった深緑色の皮膚に、長い胴体の左右に生えた六本脚をせわしなくばたつかせてアメント村に向かってきている。大木のように太く長い尾を引きずり、歩いた跡には地面に溝が生まれている。そして額には星形のあざ。一つ目のオオトカゲ……バジリスクだ。口の中に赤い蛇でも飼っているかのような長い舌をちろちろと動かしながら赤くまっすぐに村まで向かって来る。


「ごめん、ちょっと待っててね」

 スノウを町の入り口に下ろすと、ランダルおじさんが作ってくれた剣を抜く。


 暴れ馬のような勢いで突っ込んでくる相手におにごっこの『贈り物(トリビュート)』は使えない。『麻痺(パラライズ)』もあれだけ大きな魔物に通用するかわからない。なら、力ずくでいく。


 村には入れさせない。一撃でしとめる。

「なんだあれ?」

「もしかして、魔物か」


 異変を聞きつけた村の人たちが次々と家から出てくる。まずい。


「みんな家から出ないで! バジリスクだ! 外に出たら毒の息にやられるぞ!」

「バジリスクだって?」

「そんなバカな」


 僕の声にあわてた風に顔をひっこめる。僕の言葉に半信半疑って顔をしていた人も、立ち上がる土煙に異変を感じて家の中に逃げ込む。よし、いいぞ。


 ごごご、と地鳴りのような音とともにハジリスクが近づいてくる。

 これ以上近づけるのはまずい。

 僕はバジリスクに向かって駆け出す。

 右手に剣を左手に虹の杖を持って矢のように真正面から突っ込む。


 僕とバジリスクの距離がどんどん狭まって来る。もう十フート(約十六メートル)もない。

 ぎろりとした単眼が、鏡のように僕をとらえる。瞳の奥に強烈な殺意と食欲を感じた。


 槍衾のような乱杭歯の奥で、息を吸い込む気配がする。毒の息をまき散らされれば、僕だけでなく風に乗ってアメント村の人たちを石に変えてしまうだろう。


 巨大な単眼がまるで黒い太陽のように僕の目の前でぎらぎらと輝いた。僕の目の前で巨大な口を開けようとする。

 僕は剣を逆手に持ち替え、虹の杖を握りしめる。


「『強化(リインフォースメント)』!」


 僕の全身が真っ赤に光りだす。魔法で何倍にも強化した力で剣を振り上げ、一気にぶんなげる。爆発のような音がした。銀色の剣は闇夜を切り裂いて、一瞬でバジリスクの単眼を貫き、頭の後ろから突き抜けていった。


 ぐらり、とバジリスクの巨体が揺れる。衝撃でのけぞった頭を左右にふらつかせると、目と頭の後ろから血を吹き出し、あごを上げながらあおむけに倒れていった。重いものの落ちる音がした。


 バジリスクはどくどくと血を地面に流しながら長い舌を出している。砕けた単眼はまるでひびわれた鏡のようにいびつにひしゃげていた。念のためにおにごっこの『贈り物(トリビュート)』でさわって命がないのを確かめる。


 ふう。息をはくと『強化(リインフォースメント)』を解除する。

 スノウが駆け寄ってきたので、抱え上げて頬ずりする。


「ごめんよ、心配させちゃったね」

 これでバジリスクの方はかたがついた。

 さて、こいつはどうしようか。


 バジリスクの死体は冒険者ギルドに持っていけば高く売れるそうだけれど、解体するのも一苦労だ。裏地に入れようにもここまで血を流した魔物なんて入れたら母さんの大事なカバンが汚れてしまう。ボリスさんに頼めばなんとかしてくれるかな。


 まあいい。それよりさっき投げちゃったランダルおじさんの剣の方だ。『失せ物探し(サーチ)』で調べると、丘の中腹のあたりに突き刺さっているのが見えた。結構飛んじゃったな。放っておいたら大切な剣がバジリスクの血と脂でべとべとになってしまう。


 スノウを肩に乗せると、急いで剣のところまで移動する。さわらないように気をつけて『水流(アクア)』で血を洗い流した後で布でふき取り、鞘に納める。あとでちゃんと手入れしてあげないと。


「なにあれ……」


 村の入り口まで戻ると、たいまつを持ったラーラが放心したような顔でバジリスクの死体を眺めていた。

次回は8/1(火)午前0時頃に更新の予定です。

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