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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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麦踏まれにご用心 その8

 僕はアメント村に戻ってきた。もう日が沈みかけている。村の様子には変わりない。

 アメント村には『麦穂人(バーリー・マン)』だけではなく、もう一匹おそろしい魔物がひそんでいる。


 バジリスクだ。


 あいつを倒してしまわないと、村のみんなが石に変えられてしまうかもしれない。

 グリゼルダさんの書庫でバジリスクについても調べておいた。


 一つ目の大きなトカゲだ。深緑色のぬめりとした体、頭に王冠の形をした輝く斑点を持っている。毒の息をはいて、息を浴びたものは石に変えられる。


 そのせいでバジリスクの住み着いた土地はだんだんと荒れ果てていき、草木の生えない砂漠に変わるという。血や肉にも毒を持っていて、返り血を浴びた人が血をはいて倒れることもある。倒すときには魔法とか弓矢で遠くから倒すのがいいとされている。だいたい僕の知っているとおりだ。


 バジリスクは何日も食べなくても生きていられる代わりに一度食事を始めると何十人も石に変えて食べてしまう。ギルドでも五つ星以上は依頼を受けられないようなおそろしい魔物だ。その上、体の皮膚が魔法をはじく効果があるらしく、『失せ物探し(サーチ)』にも反応しにくいらしい。


 捕まえるためには虹色蛇の血を垂らした布に特別なまじないをかける必要があるらしい。グリゼルダさんに森で見つけた布を見せると、やはりバジリスクを捕まえるときに用いられる布だそうだ。


 だけど、バジリスクの力が強かったのか、ひきちぎられて既に力は失われているらしい。同じものを作れるかどうかも聞いてみたけれど、材料がないうえに時間もかかるのですぐにはムリとの話だった。


 よく似た魔物でイシクイモドキという魔物もいる。一つ目や体の色とかよく似ていてよく間違えられるという。見分ける方法は、頭についている斑点の形で、花びらのような形をしているのがイシクイモドキで、星形をしているのがバジリスクだそうだ。


 『麦穂人(バーリー・マン)』も何とかしないといけないけれど、バジリスクのほうが急がないとまずい。


 『失せ物探し(サーチ)』でバジリスクを探してみたけれど、反応はなかった。

 もう遠くに行ってしまったのか、あるいは挿絵を見ただけでは引っかからないのかも。

 魔物除けのお香の様子を確かめておこう。そろそろ効果が切れるころだ。


 今僕がいるのは村の入り口、僕が初めてアメント村を訪れたところだ。この近くだと、柵の近くにある草むらの中に置いておいたはずだ。

「おや?」


 お香を焚いていた入れ物がない。間違えたかと思ったけれど、置く時に付けておいた目印はそのまま残っている。


 でも、お香だけが入れ物ごと消えていた。どういうことだ?

「野良犬か何かがくわえて持って行ったのかな」


 ほかに何か証拠はないかと草むらをあさってみると靴の足跡を見つけた。これは、ブーツのようだ。

 村の人たちは木靴とか、草で編み上げたサンダルをはいている。この村でブーツなんてはいているのは僕以外にはイザドルたちしかいない。


 僕はすぐさま『失せ物探し(サーチ)』でイザドルたちを探した。いた。村の外、昨日僕が奇妙な石ころを見かけた森に入ろうとしている。


 『瞬間移動(テレポート)』で移動する。次の瞬間、僕は森の入り口にいた。飛んだ先にはイザドルたちの背中が見えた。

「やあ、こんばんは」


 僕が声をかけるとイザドルたちがびっくりした顔で振り返る。

「お前、いつの間に?」


「もう日も暮れようとしているのに森の中へ何を?」

「お前には関係ない」

「僕が仕掛けた魔物除けのお香を取っ払ったのも僕に関係のない話なんですかね」


 ぎくり、とイザドルの顔に動揺が走る。やはり、魔物除けを取っ払ったのはイザドルたちで間違いなさそうだ。

「なぜ、お香を取っ払ったんですか?」

「知らないなあ」


「あなたたちの体にお香の匂いがしみついてますよ」

 イザドルは自分の体に鼻先を近づけるしぐさをしてからしまった、という顔をした。僕のひっかけに引っかかったようだ。


「だからどうしたっていうんだ?」

 言い訳はムリだとわかると、今度は偉そうに胸を張って開き直る。


「森にはバジリスクが出るかもしれません。危ないですよ」

「ハジリスクだと。はっ、バカバカしい。そんなものいるわけないだろう」


 おや?


 イザドルの顔にはうろたえた様子はなかった。ウソをつけるような男でないことはさっきまでのやり取りで明らかだ。

 バジリスクは元々このあたりに住んでいたわけじゃない。バジリスクの急な出現にイザドルたちが関わっているのは間違いない。なのに、バジリスクのことは知らないという。どういうことだ?


「こいつを見ても、わかりませんか」

 僕は昨日見つけたチョウチョの石を見せる。


「なんだそりゃ」

 イザドルは首をひねる。


「そんなものは知らない」と口を開きかけてはっとする。何かに気づいたらしく見る見るうちに顔が青ざめていく。


「どうかしましたか?」

「いいや、知らない。俺は何にも知らないぞ」


 必死の形相で首を振る。そんなにあわててたんじゃあ何か気づいたと言っているようなものだ。

「おい、どうするこいつ……」

「余計なことを知りすぎているな」

「口を封じたほうがいいんじゃねえのか」


 イザドルたちは口々にささやきあう。ゲイソンだかフリップだかが、唇をかみしめながらおっかない顔で剣に手をかける。

 僕はため息をついた。結局こうなるのか。


 イザドルたちを『麻痺(パラライズ)』で気絶させると僕は四人の体を森の入り口に並べる。

 当分は目覚めないだろうからもうジャマされる心配はない。

「ごめんなさい」


 僕は頭を下げてからイザドルたちの荷物をあさる。まるでどろぼうみたいで気が引けるけれど仕方ない。

「ごめんね、あっち向いてて」


 スノウを肩から降ろし、後ろを向かせる。スノウにこんな無様なところを見られたくない。暗くなってきたのでランタンに火をともし、明かりを頼りにごそごそ手探りで探す。すると、イザドルの背負い袋の中から冒険者ギルドの割符を見つけた。


 割符には番号と、リッケンバッカーの町の名前がある。イザドルたちも何かしらの依頼を受けてここにいるようだ。でも依頼の内容までは書いていない。あとはスコップと植木鉢。花を育てるのが趣味なのかな?


「ほかに何かないかな」

 荷物は調べたので今度はイザドルの体を調べる。ポケットをあさると奇妙な紙を見つけた。紙にはエサのやり方や、水のやりすぎてはいけない、というように注意するべき事柄が書いてある。どうやらイシクイモドキの育て方のようだ。


「なるほど、そういうことか」

 僕はだいたいのことがわかった。


 僕はイザドルのほっぺをたたいて起こす。四人みんな起こす必要はないからイザドルだけだ。

 うっすら目を開けるイザドルの胸元に彼のナイフを突きつける。


「あなたに聞きたいことがあります」

「てめえ、こんなマネして……」


 僕がナイフを近づけるとイザドルは唇をかむようにして黙り込む。まったく、こんなところ村のみんなには絶対見せられないな。僕が不良になったと勘違いされてしまう。


「あなたたちの目的は巨人麦ですね」

 イザドルがうっ、とうめいて目をそらす。

「さ、さあな。何の話だ?」


「リッケンバッカーで巨人麦を持ってこいって依頼でも受けたんでしょう? そのためにイシクイモドキを連れてきて、村をおそわせようとした」


 巨人麦はおいしくてたくさん実をつけるのでよその村でも欲しがる人がいるそうだ。だとしたら冒険者に依頼して巨人麦を手に入れるよう依頼を出す人がいてもおかしくはない。


「バカバカしい、なんだって麦かっさらうのに魔物まで用意しなくちゃいけねえんだ。こんなもん、そこらの畑から引っこ抜いてくりゃあいいじゃねえか」

「それはもう失敗した(・・・・)んだろう?」


 ラーラによると、以前から巨人麦が根っこから抜かれる事件がたびたび起こっていた。犯人は多分イザドルたち同様、巨人麦を欲しがっている人たちから依頼を受けた連中だろう。


 でもうまくいかなかった。麦がここ以外では育たなかったのだ。

 巨人麦、つまり『麦穂人(バーリー・マン)』は元々西の大陸の魔物だ。土地や気候が違えば、育つ作物だって変わる。魔物も同じだろう。


「麦だけ持って帰っても育たない。だから村のみんなを追い出して土地ごと手に入れようとした。そのためのイシクイモドキなんだろう?」


 筋書きはこうだ。まずイザドルたちが村に入る。それから折を見て、村の中へイシクイモドキを引き入れる。イシクイモドキはバジリスクと似た魔物だ。本物を見るか、図鑑でも調べない限りはなかなか区別がつくものじゃない。


 バジリスクが出た、とウソを言って村人たちを外へ追い出す。バジリスクの住む土地は荒れ果ててしまう。そうなればもう村には住めなくなるから村を捨てるしかない。そして村の人を追い出して、土地ごと巨人麦を手に入れる。


 こいつらはそのために来たんだ。

「ところが問題が起きた。お前たちはイシクイモドキのはずが、間違えてバジリスクを連れてきてしまった」


 イザドルたちにバジリスクが捕まえられるとも思えないから魔物商人から買ったんだろう。


 世の中には生きた魔物を取引する商人がいる。魔物の売り買い自体は違法ではないけれど、凶悪な魔物は取り扱いを禁止されていると昔、アップルガースの村長さんから聞いたことがある。バジリスクはもちろん、いけない方の魔物だ。その商人がイシクイモドキと間違えて、バジリスクを売ってしまった。


 バジリスクを受け取ったイザドルたちは近くの森につないでおいて、一人は見張りに残り、残り四人は別行動をとる。おそらく村の様子を確かめに行ったのだろう。


 でもイシクイモドキは本当はバジリスクで、周りの魔物やおそらく見張りの男も石に変えられてしまった。バジリスクは元・生き物だった石を食べつくすと、どこかへと消えてしまった。


 そうとは知らず、四人は森に戻ってきた。折れた木々や砕けた岩を見たイザドルたちはおそらく、イシクイモドキが逃げた、あるいは何か別の魔物が現れたと勘違いをした。


 命の危険を感じたイザドルたちは、ほうほうのていで森から逃げ出したところで僕たちと出くわした。


 けど、このままでは依頼が台無しになってしまう。迷っているうちに付近をうろつきまわっているイシクイモドキ(実はバジリスク)を見つけた。そこで当初の計画通り、魔物に村をおそわせて村を捨てさせるよう仕向けるべく、僕の仕掛けた魔除けのお香を取り除いてしまった。あとはイシクイモドキ(実はバジリスク)が村をおそうのを待てばいい。

 そんなところだろう。

次回は7/28(金)の午前0時頃更新の予定です。

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