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麦踏まれにご用心 その5


 ダドフィールドのギルド長といえば、確か名前はギリアンさんだ。一度だけあったことがあるけれど、けっこうやる人だった。確か昔は冒険者で、昔は五つ星までいったそうだ。

 でも、どうしてここに?


「ダドフィールドのギルド長って……まさかギリアンか」

 ボリスさんが説明すると、イザドルたちは顔色を変えた。もしかして有名人だったのかな。


「元気なのは結構だが、規則ぐらいは守ってもらわないとな」

 イザドルたちはしゅんと、おとなしくなってしまった。すごすごと、勢いをなくして二階へと上がっていった。


「逃げるな」外に出ようとした僕をギリアンさんはいらだった声で呼び止める。

「わざわざお前のために来たんだ。手間をかけさせるな」


 僕はドアの取っ手から手を放した。

「とにかく座れ。話がある」


 ギリアンさんにうながされ僕は向かいの席に座った。

 小さくかしこまる僕を厳しい顔でにらんでいる。


 もちろん虹の杖もあるし、逃げ出そうと思えば逃げられる。

 でもここまで追いかけてきたということは、今逃げてもまた別の町まで追いかけてくるかもしれない。


 元はといえば僕がまいた種だ。逃げてばかりはいられない。自分のしたことには責任を取るのがオトナというものだ。

 僕は口を開いた。


「おいくらですか」

「は?」


「えーと、足りなかったんですよね。あの……橋の修理代。あとどのくらい払えばいいでしょうか」

「お前は黄金の橋でも建てるつもりなのか」

 ギリアンさんは呆れた顔で言った。


「修理は順調。予算は十分。むしろ余っているくらいだ。つりなら返そうか?」

「じゃあ、また壊れた時のために貯めておいてください。あるいは別の橋を建て替えるのに使うとか」


 あげたものを今更返してもらうつもりはない。

「せっかく冒険者のみんなでお金を出し合って作った橋ですからね。壊れたらみんな残念がるでしょう」


「ああ、そのことなんだがな」ギリアンさんはなぜか申し訳なさそうな顔をする。

「あの橋、お前の大立ち回りがずいぶん評判でな。今では竜牙兵の橋とか、リオの橋と呼ばれている」


「なんてことしているんですか! やめてください!」

 『冒険者の橋』という、ちゃんとした名前があるのに、なんでそんなへんちくりん(・・・・・・)な名前を付けるんだ。


「俺が付けたわけじゃない。みんなが勝手に呼んでいるだけだ」

「とにかく絶対に変えないでください! いいですね!」

「わかったわかった」


 わずらわしそうに手を振る。本当にわかっているのかなあ。

「冒険者のみんなはどうしてます?」

「大半は入れ替わったな。人数自体は龍樹の影響でそれほど減っていないが、お前の知っているトレヴァーたちも別の街に行った」


 ダドフィールドの『迷宮(メイズ)』もなくなっちゃったし、仕方ないとは思うけれど。申し訳なくなる。


「あと、カレンとイアンは冒険者をやめた。今は小商いをしている」

「やめたって……どういうことですか? もしかして、ケガでもしたとか」


「いや、いたって健康だ。まあ、あの兄弟は荒事ばかりの冒険者には向いてなかったからな。金もたまったからちょうどいい、といっていたな」


 まあ、二人が決めたことなら僕が言うことはない。二人の判断を応援するだけだ。

「それなのに、なぜか時々ギルドに来ては訓練をしている。まるで戦いが迫っているような鬼気迫るものを感じるんだが、心当たりはあるか」

「いえ、さっぱりです」


 もしかしてアップルガース村へのお墓参りを頼んだ件かな、と思ったけれど顔には出さず空っとぼける。

 ただ、無茶はしないようにと伝言は頼んでおいた。


「それでだ、ここからが本題だ」

 ギリアンさんが身を乗り出す。緊張した面持ちに、僕もごくんとつばきを飲む。


「お前、アップルガースの出身というのは本当か?」

 なんだその話か。


「そうですよ」拍子抜けしてしまったせいか、ちょっと気楽な口調になってしまった。


「おっしゃりたいことはわかります。村のみんなが悪い貴族のせいで、不名誉な汚名を着せられた話ですよね。僕はアップルガースの生まれです。村にも村のみんなにも誇りを持っています。隠し立てするつもりはこれっぽっちもありません。それとも、アップルガースの生まれのものは、冒険者ギルドに入れないという規則でもあるんですか?」


 だとしたらいさぎよくギルドを辞めるだけだ。くだらない規則だとは思うけれど、今そうなっているものを僕一人の力で変えるのはムリだろう。


 ギルドに入らなくったって、アップルガースの良さを伝える方法はいくらでもある。未練なんてない。

「規則がないから困っている」


 ギリアンさんは頭痛でもしているのか、テーブルにひじをついてその手を頭当てる。

「例の一件が起こって以来、『災厄砕き(カラミティ・バスター)』は冒険者ギルドを永久追放、という形になっている。アップルガースへの立ち入りは禁止されている。だが、出てきた人間をとがめる法はない。あってもムダだからな」


 おじさんたちが本気を出せば、たとえ万の大軍を繰り出しても止められるとは思えない。

 見張りを立てているのも、村のみんなが出てきた時に、いち早く知るためだろう。


「一応、規則では犯罪者でもない限り、ギルドへの加入は自由だ。元々アップルガースはこの国だから密入国にも当たらないしな。言ってみれば法の抜け穴というかすきまみたいなものだ」


 僕はアップルガースの生まれだけれど、『災厄砕き(カラミティ・バスター)』のメンバーではない。つまり僕がギルドに入りたい、と言っても断る規則はないわけだ。


「あえてお前を入れない方法、というならギルド長の判断だな。ギルド長は不適切と判断した人間をギルドから追放することができる。だが二十体もの竜牙兵をたった一人で倒すような実力者をむざむざ追放するのは惜しい」


 そこでギリアンさんは僕に手を差し出した。

「組合証を出せ」

「取り上げるつもりですか?」

「いいからよこせ」


 言われるまま組合証を手渡す。ギリアンさんは僕の組合証をひっくり返すと、裏側をまじまじと見つめる。

 もしかして、おにごっことかくれんぼがまずかったのかな?


 ギリアンさんは指輪を取り出した。金色の指輪だ。もしかして純金製なのかな。石のところは平たい円になっていて、奇妙な形の紋様が刻まれている。太い右手の人差し指に指輪をはめると、組合証の裏側、何もないところに指輪の紋様を近づける。


 じゅっ、と一瞬焦げたような音がした。どうやらあの指輪、マジックアイテムのようだ。

「ほれ」


 ギリアンさんが組合証を返してくれた。裏側を見ると、竜の頭を模した紋様が刻印されている。

「俺の紋章だ」ギリアンさんは胸に付けた自分の組合証を引き上げる。なるほど、同じ形だ。


「そいつは俺が身元引受人だという証だ。何か言われたらこれを見せろ。それがあれば、ほかのギルドに行っても面倒事は防げる。ギルド長が出てきてもいきなり追放とはならないはずだ」


 そいつはありがたい。ギルドを追放される心配も少なくなるわけだ。

「ですが、どうしてここまで? わざわざこの村まで追いかけてきて」


「さっきも言ったが、腕の立つ冒険者をつまらないことで失うのは惜しい。それに、刻印があればお前はダドフィールド所属の冒険者だ。お前の活躍は俺の功績にもなる」

 それに、とそこで言葉を区切る。


「ぺラムの件では……世話になった」

 そうだ。ギリアンさんはぺラムと仲間だったんだ。命の恩人だと思って助けたつもりがずっと逆恨みをされていたなんて、きっと悲しくてやりきれないはずだ。


「僕の方こそ思慮が足りないばかりに、あんなものに手を出させてしまって申し訳ありません」

 僕は素直にお詫びする。


「気にするな」ギリアンさんは首を振った。「ブラックドラゴンの牙がなくっても遅かれ早かれいつかはやらかしていただろう」

「ぺラム……さんはどうなったんですか」


 竜牙兵を作るのは重罪のはずだ。下手すればしばり首だろう。

「兄弟そろってジンデル島の鉱山で穴掘りだ。あそこは罪人の収容所だからな。出てきたときは俺もあいつもじいさまだ。せいぜい、杖でも差し入れてやるさ」


 ギリアンさんの表情は救われたようにほっとしていた。まだ友達と思っているのだろう。友情っていいなあ。


 ヘイルウッドは今も逃げ続けて行方知れずらしい。店はつぶれたそうだ。自業自得ではあるけれど、かわいそうな気もする。


「それより」とギリアンさんは僕に顔を近づけると、ささやくように言った。

「ブラックドラゴンを倒したのはお前じゃないのか」

 またその話か。


「僕がそんなこわもて(・・・・)に見えますか?」

「ソールスベリーで『氷の大蛇(アイス・サーペント)』のリーダーや幹部を倒す程度には腕が立つようだな」


 そんなことまで知っているのか。耳が早いな。

「それに、マッキンタイヤーでも町一番の魔法使い相手に大立ち回りを演じたそうだな」


「あいつは魔法使いじゃありませんよ」

 ただのいんちきの弱虫だ。


「それに、相手はブラックドラゴンですよ。人間を相手にするのとはわけが違います」

「力ずくはムリでも魔法とか、マジックアイテムを使ったという線もある」

「そんなもの持っていませんよ」


 魔法は生まれつき使えないし、虹の杖はその時にはまだ普通の杖だった。

「マッキンタイヤーじゃあずいぶんブラックドラゴンの鱗や爪を売りさばいたそうじゃないか」

「あれは拾ったんですよ」


「どこでだ? あの枚数を拾うってのは、ブラックドラゴンの死体でも見つけない限りまずありえない」

「じゃあ、そういうことにしておいてください。場所は忘れましたけれど」


「別に倒した方法を聞き出そうっていうんじゃない。冒険者なら秘密の一つや二つは持っているものだからな。だが、お前がブラックドラゴンの牙を持ってきた直後に『迷宮(メイズ)』が攻略された。普通に考えればお前がブラックドラゴンを倒して『迷宮核(メイズ・コア)』を砕いたとみるのが自然だろう」


「僕は『迷宮核(メイズ・コア)』なんて壊しちゃいません」

 持って帰って、虹の杖の材料にしただけだ。

 ギリアンさんは苛立たし気に舌打ちをする。


「なぜそこまで隠す必要がある? 『迷宮(メイズ)』を攻略したとなれば、金も名誉も手に入る。お前を召し抱えようという貴族も出てくるだろう。もしかしたら、王家から直接召し抱えの話が来るかもしれんぞ」

 だからイヤなんだよ。


「認めるも何も、やってもいないものを認めるなんて、できません。やってもいないことで大もうけをしようだなんて人がいたら、そいつはぺてん師ですよ」

「どうあっても話すつもりはないということか」


「話せることがないんですから仕方ないじゃないですか」

 ギリアンさんはそこで口をつぐんだ。無言で僕をおどかすみたいににらみつけてくる。大きな獣がにじりよってくるような威圧感はなかなかのものだ。


 僕はにこにこしながらその視線を受け流す。

 しばらく沈黙が続いた後、ふう、とギリアンさんがため息をついた。


「まあいい、また機会があったら来てくれ。歓迎する」

 やれやれ、やっとあきらめてくれたか。

 しつこいんだから参っちゃうよ。


 けれど、僕のためにいろいろ手を尽くしてくれたんだから無下にもできない。

「いえ、僕の方こそどうもお世話になりました」

「それじゃあな。また会おう」


 ギリアンさんが懐から青い球を取り出した。赤ん坊の拳くらいの大きさをしている。

「そいつは?」

「『瞬間移動(テレポート)』のマジックアイテムだ」手の中で転がしながら言った。「一度行った場所ならどこへでも行ける。一日に一回しか使えないがな」


 そう言ってもう一個の青い球を取り出す。さっきのより色がくすんで見える。

「行きと帰り、二個で対になっている」


 なるほどここに来るのに使ったから力を失っているのか。明日になったらまた復活するみたいだけど。

「こんな夜に帰るんですか?」

「仕事も立て込んでいるんでな」


 やっぱりギルド長の仕事って大変なんだなあ。僕には到底務まりそうもない。

「ああ、そうだ。一つお聞きしたいことがあるんですけれど」


 どうでもいいことだと思うけれど、ギリアンさんなら知っているかな。

「さっきそこにいた冒険者が自分たちは『裏切者』の仲間だとか、どうとか言っていたんですけれど、何かわかりますか」


 その途端、ギリアンさんの顔が岩のようにこわばった。目の奥に緊張と焦りがよぎるのが見えた。

「ただのこけおどしだろう」


 そう言った時にはギリアンさんの表情は元に戻っていた。

「あの程度の連中など『裏切者』は相手にしない。放っておけ」

「はあ」


 よくわからないけれど、安心していいらしい。

「あの、『裏切者』って誰なんですか」

「お前、本気で言っているのか?」


 ギリアンさんは信じられないって顔で僕をまじまじと見る。

「あまり友達にはなりたくないあだ名の方ですね」


「『裏切者』というのはな、とある魔術師の異名だ。まあ、正確にはその異名をさらに縮めたものなんだが。そいつは氷の魔法の名人でな。もし敵に回せば、お前も俺も絶対に勝てない」


 冗談で言っているのではないと、緊張とおそれのこもった声音でわかった。僕はともかく、元五つ星のギリアンさんでも勝てないとは。

「それ、誰なんですか」


「この国で五人しかいない七つ星(・・・)の一人だ」

 ギリアンさんは名前を口にするのもはばかるような顔をすると、小声で言った。

「『裏切者の地獄(コキュートス)』ヴァージリアス・アリギエリ」

次回は7/18(火)午前0時頃更新の予定です。

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