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麦踏まれにご用心 その1

お待たせしました。


   第六話 麦踏まれにご用心


 山を越えると小高い丘がいくつも並んでいるのが見えた。ふもとのあたりまで我先にと生えていた木々は鳴りを潜め、代わりに僕の腰ほども伸びた草がここからは俺の陣地だと言わんばかりにより固まり、丘の向こう側へと広がっている。


 丘と丘の間をつなぐようにして白い道が曲がりくねりながら草をかきわけ、丘の向こうへと続いている。小さな丘を越えるたびに轍や足跡はだんだんと姿を消していく。草の匂いもむせかえりそうなほど濃い。あまり人の通らない証拠だ。スノウは歩きやすそうだと、心なしかうれしそうだけれど、僕としては不安で仕方がない。


「やっぱり道を間違えたのかなあ」


 ふもとからしばらく進むと二股の道があった。どっちに進めばいいかわからなかったので、とりあえず虹の杖を道の真ん中に立てた。ぱたりと倒れた左の道を進んだのだけれど、ハズレだった気がする。


 空を見ればかまどの灰を川に流したような雲が低く立ち込めている。日は出ていないけれど、もうすぐ夕暮れのはずだ。でも、宿どころか人の住んでいそうな家も見当たらない。このままだと今日も野宿ということになりそうだ。


 オーメロッドを出てはや三日、しばらく山の中を突っ切る街道を歩いていたのだけれど、予定では夕方にはつくはずの宿場町が見当たらず、迷っているうちに夜になった。『瞬間移動(テレポート)』で一度オーメロッドまで戻ろうかとも思ったけれど、なんだかなきべそをかいて家に帰ってきた子供みたいでいやだった。


 結局、昨日は山の中で夜を明かした。僕は外で寝るのはへっちゃらだし、スノウも元は野良だったから野宿なんて慣れている。草や落ち葉で作ったじゅうたんはふかふかだったし星空はキレイだったけれど、やっぱりベッドの上で眠りたい。なにより温かいご飯が食べたい。


 おや?


 ひときわ丘を越えた先はなだらかな坂になっていた。坂をずっと下った先、ちょうど根元あたりに柵に囲われた家がぽつぽつと建っているのが見えた。


「村だ」


 よかった、これで野宿しなくてもいいぞ。村の周りは小高い丘にぐるりと囲まれていて、村のところだけ平地になっている。いわゆる盆地というやつだ。

 見下ろすと、家の数は三十から四十軒くらいだろう。家と家の間には青い麦畑が広がっている。麦畑の中に家がある、という表現のほうが正しいかもしれない。あちこちの家のえんとつや窓から白い煙がもくもくと立ち上っている。


「こうしちゃいられない」


 僕のおなかのすき具合から考えてもう夕食時だ。ということはあの煙は晩ご飯の用意のためのかまどの煙だろう。のんびりしていたら晩ご飯を食べ損ねてしまう。僕はスノウを腕に抱えると、急いで村への道を駆け下りた。


 村の入り口に来たけど人の姿はなかった。これまで通ってきた町の入り口には衛兵がいたし、小さな村でも村人が交代で見張りに立っていたりしたものだけれど、ここには魔物や盗賊を防ぐような門も堀もない。見張り台らしきやぐらも組まれているけれど、誰もいない。


 村を守るはずの柵も申し訳程度の高さしかない。これでは魔物が来ても役に立たないだろう。せいぜいニワトリが逃げるのを防ぐ程度だ。


 平和な村なのかな、と思いながら中に入ったけど歩いている人はいなかった。といっても無人というわけではなく、みんな家に戻って晩ご飯の支度をしているのだろう。考えたらまたおなかがすいてきた。とにかく宿を探そう。


 にゃあ、と抗議の声を上げるスノウを地面に下ろし、それらしい看板を探しながら村の中を歩く。家はほとんどが平屋で、石やレンガ造りだ。屋根もワラぶきだ。


 あちこち見て回るけれど、麦畑ばかりで宿屋の看板は見当たらない。むしろ麦畑のほうが人間より威張っている気さえする。


「それにしても大きな麦だなあ」


 丘の上から見た時も大きいなと思っていたけれど間近で見ると、僕の背丈より頭一つか二つ分大きい。村でも麦は育てていたけれど、もっと背の低い種類だ。穂先についた実の粒も僕の知っている麦の粒より二回りも大きい。こんな大きな麦は初めて見た。しかも村中のあちこちにあるせいで見晴らしはとても悪い。


 気になって手を伸ばそうとした時、ズボンのすそを引っ張られるのを感じた。下を向くとスノウが僕のズボンをかんでいた。


「どうしたんだい、スノウ」


 しゃがみこんでスノウの頭を撫でてあげると、にゃあ、と鼻先を一件の家に向けた。

 ほかの家が平屋なのに、この建物だけ石作りの二階建てだった。近づくと軒先に剣と杖の意匠がほどこされた看板が下がっているのが見えた。

 冒険者ギルドだ。


「へえ、こんなところにもあるのか」

 こんな平和そうな村にも冒険者を必要としている人たちがいるなんておどろきだ。あ、そうだ。ここで宿屋の場所を聞けばいいんだ。


「すみませーん、失礼します」


 ノブをひねるけれど、分厚い木の扉は開かない。カギがかかっているようだ。

 ノックをする。人の気配はするけれど、出てくる気配はない。


「もしかして、居留守を使っているのかな」


 もう一度ノックした。

「すみませーん、旅の冒険者です。誰かいませんか?」

 もう一度声をかけると、扉の奥からあわただしく走って来る音が聞こえた。


「誰だあ?」

 面倒くさそうな声とともに扉を開けて出てきたのは四十歳くらいのおじさんだった。背丈は僕と同じくらいだろう。赤いチョッキに野良着のようなシャツとズボン。頭は半分はげ上がって、白髪交じりだ。頬についた肉が団子のように盛り上がっているせいか、目は糸のように細い。口の周りの無精ひげにはパンくずがついている。もしかして食事中だったのかな。おなかは妊婦さんのように突き出ていて、肌は脂ぎって革のようにてかてかしている。


「誰だあ?」

 おじさんは僕を半目でにらみながら同じ言葉を繰り返す。さっきと違うのは、声にいかがわしいものを見るような気持ちが含まれていることだ。


「僕はリオ。旅の者です。ここは冒険者ギルドでいいんですよね」

「一応な」

 おじさんは今頃、口元のパンくずに気づいたらしく、口元を手のひらでぬぐった。


「旅の途中で道に迷ってこの村に立ち寄ったのですが……できれば宿屋とかあれば教えていただけますか」

「ここだ」

「え?」

「ここが宿屋だ。この村にある宿屋はここだけだ」

「冒険者ギルドじゃなかったんですか?」

「冒険者ギルド兼宿屋だ」


 おじさんは腰に手を当てながらあさっての方向に目をやる。

「このアメント村は、街道からずっと外れているせいで、冒険者どころか、普通の旅人や行商人もめったに立ち寄らねえ。宿屋なんてやってももうからないから誰もやるやつがいない。仕方なくウチが宿屋もやっているんだよ」


 冒険者も立ち寄らないところにもギルドはあるんだ。すごいようなもったいないような、へんてこな話だ。

「さっさと入れ。泊まるんだろ」

 僕はうなずくと、宿に入った。


 入り口から見て右側にカウンター、左側には依頼を貼る掲示板、奥には二階と地下へ続く階段が見えた。小ぶりではあるけれど作りそのものは今まで立ち寄った冒険者ギルドとそうは変わらない。一番の違いは、人がいないことくらいだ。一階にいるのは僕とおじさんだけで、掲示板にも貼ってある依頼は四枚くらいで、さびしい感じがする。まるでネズミに食い散らかされたトウモロコシだ。


「ほかのギルド職員はいないんですか?」

「あと一人いる」とおじさんは指を立てた。「うちの女房」

「するとあなたが……」


「ボリスだ」と僕と握手をする。「ここのギルド長だ」

 このおじさんがギルド長なのか。そう思うと、このさえないおじさんが立派に見えてくるから不思議だ。


「といっても名前だけだけどな。そもそもここはギルドじゃあなかったんだ」

 ボリスギルド長は僕の方を向きながら後ろの小さなギルドを指さした。


「ギルド本部の方針でな、どの村や町にも必ず冒険者ギルドを置こうってことになったんだ。だが、この村は平和そのもの。一応、建物だけは作ってくれたんだが、魔物もほとんど出ない田舎の村なんて誰も来やしない。もったいないんで兼業で宿屋もやっているんだが、ご覧のありさまだ。俺がここのギルドを任せられたのもほかになり手がいないからだ」


 冒険者はいないのにギルドの建物があって、ギルド長だけがいるなんてますますへんてこな話だ。

「とにかく泊まるんなら前払いだ。一泊銀貨で八枚」

「高くありませんか?」


 この前泊まった宿場は銀貨五枚だった。建物も貧相で高級な宿には見えない。

「なら野宿でもするか? 言っておくがここ以外によそ者を泊めるような家なんてないぞ。この村の連中は初めて来たよそ者を親切に泊めてやるほど、甲斐甲斐しい(・・・・・・)連中じゃあない」


 どうやら足元を見られているようだ。あこぎだなあ、と思ったけれど背に腹は代えられない。僕は銀貨を払った。

「部屋は二階の一番奥だ」


 ボリスさんが青さびの浮いたカギをくれた。受け取った瞬間、顔が一瞬ほころんだように見えた。

 久しぶりのお客さんだからかな。


「朝メシは日が出たら作ってやるから声をかけろ。だがあんまり遅いと片付けちまうから……」

「ちょっとアンタ!」


 カウンターの奥から怒鳴り声が聞こえた。ボリスさんは大きな体を子ネズミのようにすくみ上らせる。

「メシ食っている最中にどこ行っているのよ。早く食べなさいよ。片付かないじゃないの!」

 女性のようだけれど、荒々しくて大きな声だ。まるでカミナリでも鳴っているみたいだ。

「は、はい!」


 ボリスさんは直立不動で返事をする。

「早く戻ってきなさいよ、本当にもうのろまなんだから!」

 ばたんと扉の閉まる音がした。ボリスさんはまだかかしみたいに立ち尽くしている。


「えーと、今のは?」

「女房だ」ボリスさんはうめくように言った。

 僕はボリスさんを横目で見た。


「……副ギルド長?」

「ギルド長だ」

 その声はどこか一番になれない自分をあわれんでいるかのように聞こえた。


 通された部屋は案の定、すみっこにベッドとイスがおいてあるだけの粗末なものだった。剣のベルトを外し、マントと鎧を脱いでほっと息をはく。ベッドに腰を下ろすとぎしぎしと魔女の笑い声みたいなきしみを上げる。


 今まで旅してきた宿の中でも宿賃は結構高めなのに、中は下から数えたほうが早いと来ている。

 きっとボリスさんはもうけたとか思ってるんだろう。でも大間違いだ。

 なぜなら僕はスノウと二人で泊まれるように頼み込んだからだ。つまり二人で銀貨八枚だ。

 そう考えれば僕は損をしていない。へへん、残念でした。


「どうだい、スノウ。僕の交渉術もなかなかのものだろう」

 スノウは困ったように首をかしげると枕元によじ登り、尻尾を丸めてうずくまった。

 どうやらおねむのようだ。


「しかし、どうしようかなあ」

 僕は行く先々で仕事をしながら旅をするつもりだったけれど、この村では冒険者に回す仕事自体がほとんどないという。とりあえず、明日掲示板を確認してみて、面白そうな仕事がなければ次の町までの道を聞いて村を出よう。


 そう結論が出てほっとしたとたんにあくびが出た。僕もおねむの時間のようだ。

 明日はいいことがあるといいなあと思いながらスノウを起こさないようにベッドにあおむけになると、目を閉じて意識を投げだした。


次回は7/4(火)午前0時頃に投稿の予定です。

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