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歌おう、感染するほどの喜びを その6

「わかったぞ!」

 コラックスさんが戻ってきたのは僕たちがお茶を飲み終えて百を数えたころだ。

「それで、呪いの正体は何なんだね?」


 コルウスさんの質問にコラックスさんはああそうだ、と自慢げに胸を張る。

「こいつはね、ただの呪いじゃない。呪いの歌……『マドリガル』だ」

「マドリガル?」


 そいつは何ですか、と聞こうとした時、がたんと物音がした。振り返るとパメラが青い顔をしてリュートを取り落としていた。

「そんな……」


「どうやら、そちらのお嬢さんにはご存じのようだな」

 まあ、不思議はないかと言いながらコラックスさんは元の席に座る。

「簡単に言えば、マドリガルというのは『歌う魔法』だよ」


 コラックスさんによるとマドリガルというのは、大昔の吟遊詩人が編み出した特別な歌のことらしい。音楽と歌声を組み合わせて魔法に似た効果を出すことができるという。特別な曲を演奏しながら特別な歌い方で歌うことで、魔法の使えない人でも仲間を元気にしたり、邪悪から身を守ったりできるそうだ。


「だが、毒と薬は紙一重だ。中には病気のような効果をもたらすものもあるという。私も話には聞いていたが、実際に出くわすのは初めてだよ」


 感心した風に仮面のくちばしをなでさする。音楽に詳しい人ならともかく、素人がちょっと聞いただけでは普通の歌と区別がつかないという。


「マドリガルを使いこなすには音楽の特別な訓練と技術がいるそうだ。そこらの者がマネしたところで、効果の半分も出ない。だが、これだけ被害が広がっているところを見ると」

「ということは……」


「そうだ」コラックスさんがうなずいた。「犯人は吟遊詩人の誰かだろうな」


 なんてこった。

 この町には大勢の吟遊詩人がいて、町のあちこちで歌っている。紛れ込むにはうってつけの場所だ。


「どんな歌かはわからないんですか」

「マドリガルについては門外漢なのでね。むしろそちらのお嬢さんの方が詳しいんじゃないのかな」


 コラックスさんの向けたくちばしの先では、パメラが唇をかみしめている。信じられない、いや信じたくないって気持ちを押し殺しているように見える。


「お嬢さんは心当たりはあるかい? マドリガルを使う吟遊詩人を知っているとか」

「いえ」

 パメラはかぶりを振った。


「マドリガルは吟遊詩人の中でも秘密にしている人も多くて。それに自分で編み出した曲とか、人に知られていない曲もたくさんありますからもしかしたら、今回みたいな病気を引き起こす曲もあるかもしれません」


 ですが、とパメラは続ける。

「マドリガルを歌うのは吟遊詩人のあこがれなんです。弟子とか家族とか限られた人にだけしか伝えられていなくて、仮に教えてもらっても歌いこなせる人はもっと少なくて、そんなに大変な苦労をして覚えたマドリガルをこんな風に使うなんて……」


 そこでパメラはうつむいてしまった。泣いてはいないものの、くやしそうだ。あこがれのマドリガルを悪用する人がいるのが許せないのだろう。


「気持ちは十分にお察しするが」

 コルウスさんは言った。


「あまり思い詰めない方がいい。しょせんは技術だからね。使い手次第で良くも悪くもかわるものだよ」

 コルウスさんのなぐさめにもパメラは気を取り直した様子はなかった。


 話の流れを変えるために僕は質問することにした。

「それで、対応策はありますか。マドリガルを防ぐ方法とか、術を解く方法とか」


「今のところは難しいな」

 コラックスさんは残念そうに首をひねった。


「魔法に似て否なる術だからな。魔法で防いたり解こうとしても効果が薄い。対抗できるとしたらやはり同じマドリガルだろう。呪いの元となった曲さえわかればまだ打開策も見つかるだろうが、さっきそれとなく患者に聞いてみても心当たりはなさそうだった」


 この町では吟遊詩人が何人もいて、あちこちで歌や音楽が流れている。その中に紛れてマドリガルを流されたら、気づかないうちに聞かされていることもあっただろう。

 

「効く効かないには個人差があるようだが、放っておけばこの勢いならますます広がるだろう。すぐにでも町を閉鎖して出入りを禁止するようギルドを通じて領主に呼びかけないといけないな」


「ワタシ、探します」

 急にパメラが立ち上がった。唇を引き結び、炎のように決意のこもった目をしていた。


「あれだけの人が聞いていると言うことはきっとあちこちで演奏しているに違いありません。町の人たちに聞いてみれば何かわかるかもしれません」


 今こうしている間にも、悪い吟遊詩人がマドリガルで呪いを広めているかもしれない。

 パメラにとってはマドリガルを悪用しているのが我慢ならないのだろう。


「落ち着きたまえ」コルウスさんがたしなめるように言った。


「相手の顔も目的もわからないのに、やみくもに動き回ってもそうそう見つかるものではない。最悪、君の方が返り討ちになってしまうぞ。それに、そういう仕事は衛兵とか騎士の仕事だ。吟遊詩人の出る幕ではない」


「でも」と顔を真っ赤にしてパメラが反論する。


「マドリガルは……吟遊詩人のあこがれで、おばあちゃんも言っていました。マドリガルはみんなを幸せにするための……それを……。ワタシ、どうしても許せないんです。だから」

「パメラ?」


 なんだかさっきから様子が変だ。興奮しているというか、まるで熱に浮かされているみたいだ。


「とにかくワタシ、探してきます」

 パメラが扉の方へと向かう。だめだ、一人で行かせるわけにはいかない。


 僕はとっさに腕を伸ばして彼女の手首をつかんだ。

 そのとたん、パメラの体から力が抜ける。

 ばたん、と力なく床に倒れた。呼吸が荒い。顔も真っ赤だ。


 あわてて駆け寄ろうとすると、コルウスさんが僕を腕で制止ながらパメラの脈を測る。

「やはりか」

 冷静な言葉に僕の心臓がどきんと震えた。


「どうやらお嬢さんも呪いにかかっているようだ」

 そんな……。

 ショックで呆然とする僕にコルウスさんが額に手を当てる。


「君は大丈夫かい? 熱っぽかったり、気分が悪かったりとか」

「いえ」

 昨日この町に来たばかりだからか、個人差とやらのせいか、僕は今のところなんともない。


「君は大丈夫かい?」

 スノウに呼びかけると元気のいい返事が戻ってきた。スノウも無事のようだ。


 コラックスさんもパメラに近づき、顔色を見たり熱を測った。

 それからパメラを抱え上げる。


「私の部屋に運ぼう。そっちならまだ融通が利く」

「え、でもベッドならまだ」


「さっき様子を見たときに確認したよ。もう全部埋まっていた」

 僕たちが話している間にも患者は運び込まれていたのか。


「彼女のことは私たちが責任を持って預かろう。君ももう帰りなさい」

「ですが……」


「君たちのおかげで呪いの正体もつかめた。あとは衛兵や領主に任せなさい。吟遊詩人の出る幕ではないよ」

 歌や演奏を聴かせるのが吟遊詩人の仕事だ。悪い奴を捕まえるのは門外漢というやつだ。


「吟遊詩人ならそうでしょう」僕はうなずいた。

「ですが、僕は冒険者です」


 冒険者の仕事は依頼人のために力を尽くすことだ。

「冒険者? 君がか?」

 コラックスさんは意外そうなしぐさで僕をためつすがめつ見る。


 パメラは言った。マドリガルを悪いことに使う奴が許せないと。

 だったら冒険者の出番だ。

 パメラの耳元でささやく。


「君の依頼を引き受けたよ」

 手を重ねる。

「必ず犯人を見つけて見せる。だから、治ったらまた君の歌を聴かせてくれるかな」


 僕はくれぐれもパメラをお願いして、コルウスさんの診療所を出た。

 もう太陽は沈み、空には星がちらほらと出始めている。かすかに西空が埋火のように赤く燃える。


 施療院から流れてきたのだろう。薄暗い診療所の前にも赤い顔の人たちが列をなしている。患者は今も増え続けている。

 今頃コルウスさんもコラックスさんもてんてこまいだろう。


 とはいえもう夜だ。本格的な調査は明日からになる。

 でも、できることは今のうちにやっておくつもりだ。


 まず『失せ物探し』で「マドリガルを歌う人」と探してみたが、反応はなかった。やはり僕自身がマドリガルをよく知らないためだろう。続いて「呪いにかけられた人」で調べてみたら、町のあちこちに赤い点が広まっていた。ざっと二百は超えている。うかうかしていられない。


 宿に戻る前にあちこちの酒場をめぐって怪しい吟遊詩人がいないか見て回ったけれど、それらしい人はいなかった。結局ろくに収穫もないままその日の調査は終わった。


 翌朝、朝一番で宿を出た僕は赤い点の多いところから当たってみることにした。

 赤い点は、診療所や施療院をのぞけば市場や広場、門など人の集まる場所に集中していた。ならまだ犯人はそこにいるかもしれない。


 スノウと二人でここは、と思う場所に移動して探してみたがみたが、めぼしい成果は得られなかった。なにせ吟遊詩人は町のあちこちにいて、あちこちで歌っているのだ。みんなが疑わしく見えてしまう。言ってみれば容疑者は町の吟遊詩人全員だ。パメラのように、すでに呪われた人を除いても何十人何百人という数になるだろう。マドリガルについてもそれとなく聞いてみたけれど、反応はだいたい似たようなものだった。


「話には聞いているけれど、実際に歌える人はごくわずかという話だし、私は歌えないし歌える人も心当たりはない」


 町に恨みを持つ奴のことも聞いて回った。何人かそれらしい人のウワサも聞いたけれど、怪しそうな奴は遠くの町に行っていたり既にマドリガルの呪いで施療院に担ぎ込まれていた。


 結局その日も何の成果も上がらないまま夜になった。


 宿に戻り、マントと鎧を外すと部屋のベッドに倒れ込む。どっと疲れが出た。

「参ったな、まるで見当がつかないや」


 そもそも僕にはマドリガルと普通の歌との区別もつかないのだ。これでは探しようがない。はりきって請け負ったのに、全然役に立たないなんてパメラに申し訳がない。


 宿に戻る前にもう一度パメラの様子を見てみたけれど、うなされて苦しそうだった。あれで病気じゃないなんて信じられない。演奏どころか歌も歌えないだろう。

 もしかして……それが目的なのだろうか。


 元々パメラがこの町に来たのはおばあちゃんのリュートが手に入るというコンクールに参加するためだ。もし、参加目的の奴がライバルを減らすためにマドリガルを使ったとしたら、どうだろう? 参加者が減ればそいつが優勝する確率は上がる。


 でも、これだけ呪いにかけられた人が多くなれば、コンクールそのものが中止になりそうな気がする。あるいは、中止させることが目的なのだろうか。


 うーん、ダメだ。疲れているせいかな。考えがまとまらない。

「にゃあ」


 スノウがぴょんとベッドに飛び乗ると、僕の顔の側まですり寄ってきた。ピンクのリボンと白くてふわふわな毛がほっぺに当たる。くすぐったいけれど気持ちいい。

「ありがとう」


 お返しにスノウの頭をなでてあげると、目を細めてきゅるきゅるとのどを鳴らす。

 僕もうれしくなって笑みがこぼれる。考えてみれば、マドリガルで呪いを受けるのは人間だけとは限らない。ひょっとしたらスノウまで呪いをかけられる恐れもある。


 寝返りを打つと両腕をベッドいっぱいに広げて仰向けになる。天井の木目を見ながら母さんのことを思い出した。そういや、母さんもこんな格好でよく歌っていたなあ。


 そう考えると自然に小声で口ずさんでいた。歌うのはもちろん『酔いどれカラスの畑荒らし』だ。歌っているだけでなんとなく元気がわいてくる気がする。やっぱり歌はいい。楽器はダメでも歌うたいならやっていけないかなあ。


 一番が終わったところで変な音がするのに気づいた。体を起こすとスノウが扉のところで爪をかいているのが見えた。


「どうしたんだい、トイレかい?」

 扉を開けてあげると、火がついたような勢いで部屋の外へ飛び出していった。

 その夜、スノウは戻ってこなかった。


 次の朝、ようやく戻ってきたスノウを肩に乗せながら聞き込みを再開した。


 マドリガルのことだけでなく、怪しい動きをしている吟遊詩人はいなかったか、とかあるいは町に恨みを持っている人に心当たりはないか、とか『瞬間移動(テレポート)』も使いながら町のあちこちを回って聞き込みを続けたけれど、やはり目立った成果は得られなかった。


 すでに町の門は閉じられていた。出入りは重要な荷物や人を除いて禁じられている。

 病を怖がってか、人通りは昨日の半分もいない。


 病の原因が呪いであり、呪いがマドリガルによるものだということは、まだみんなには伏せられている。

 コラックスさんいわく、呪い返しの手はずが整うまでは相手に悟られたくない、とのことだ。

 だから僕もマドリガルと病気のつながりについては内緒のまま聞き込みをしている。


 がっかりしながら歩いていると、見覚えのある橋に出た。昨日、パメラに調律してもらった橋だ。橋の手すりに腰掛けて休憩する。太陽はもう頭の上だ。


「見つからないね、スノウ」

 お昼ご飯代わりに、さっき果物売りのおばあさんから買ったリンゴをかじる。スノウは宿でもらった鶏の肉だ。


 町中を歩いても進展しないとなると、別の方法を考えないといけない。

「よお、そこで何しているんだ」

 声をかけてきたのは楽器屋のおじいさんだ。そういえば楽器屋もこの橋の近くだ。


「お嬢ちゃんはどうした。ほら、おととい一緒にここで並んで座ってただろ?」

「パメラはその……ちょっと具合が悪くて」

「ああ、例のはやり病か」


 うんざりって感じでおじいさんがため息をつく。

「まったくどうなっているんだ。いきなりおかしな病気が広まってよお」

 本当のことはまだ言えないので、あいまいにうなずいておく。


「コンクールも中止が決まったそうだ。まあ、ムリもねえか」

 観客も出場する吟遊詩人も倒れているんだ。開いたって誰も来ないんじゃあ意味がない。


「これじゃあ、ローレンツさんも大変だろうなあ」

「どなたですか?」

「ハドルストーン商会の会長で、この町一番の大商人だよ。コンクールの主催者でもある」


 おじいさんは橋のずっと向こうにある大きなお屋敷を指さす。大きな塀に囲われた三階建てで、壁から屋根まで真っ白だ。領主様の屋敷と比べても劣るところがない。なるほど、お金持ちなんだな。


「どういう人なんですか?」

「音楽好きな人でね。吟遊詩人や音楽家を何人も召し抱えている。この町で音楽が盛んなのもあの人がいるおかげだよ」


「伝説の吟遊詩人のおかげじゃないんですか?」

「宣伝だよ」おじいさんはここだけの話だぞ、と小声で続けた。


「曲一つで魔物を追い返した、なんてのはでたらめさ。実際に魔物を追い返したのは冒険者や、衛兵たちの力だ。吟遊詩人もいたにはいたそうだが、実際は戦っている冒険者たちの後ろでのんきに歌っていただけらしい。何の役にも立っちゃいないんだ」


 僕は声を詰まらせた。

「で、でも、それじゃあ、あの伝説は……」


「ローレンツさんが旅人を呼び寄せるために広めたウワサさ。大枚はたいて大勢の吟遊詩人に歌わせたらしい。歌が全国各地で広まって、今ではそっちが事実みたいに語られているだけさ。おかげでこの町には伝説を目当てに何も知らない旅人や吟遊詩人が大勢来るようになった。やり手なのさ」


「……」

「けど、その分気まぐれでね。気に入った音楽家は優遇するけれど、気に入らなくなるとすぐに追い出しちまう。特に最近は半分以上が首になったそうだ」


 僕ははっと気づくものがあった。


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回は12月23日午前0時頃に開始の予定です。

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