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歌おう、感染するほどの喜びを その3

 翌日、僕はスノウと一緒に冒険者ギルドを出た。受けた依頼は楽器屋さんの荷物運びと、薬草摘みと、掃除の手伝い。どちらも星なしの仕事だ。二つ星になるとやれ魔物退治だの護衛だのと乱暴なものばかりでつまらない。ほかに面白そうな仕事があれば、と思っていたんだけれど、報酬ばかり高くってもやりがいがないんじゃあつまらない。もっといい仕事はないかなあ。


 今日受けた仕事も全部お昼ごはんを食べるまでに終わらせてしまったので、お昼からヒマになってしまった。


 別の仕事を受けるか、スノウと遊ぶか。

 悩みながら商店街を歩いていると、ふと足を止める。楽器屋だ。


 どうやらここは中古の楽器屋のようだ。あまりもうかっていないのか、陳列されている楽器も表面にキズがついていたり弦が古くなっていたりとぼろっちいものばかりだ。その中の一つ、すみっこに置いてある白いリュートに僕は目を止めた。木目の浮いた丸っこい形に細いネックや弦はほかのと変わらないけれど、下の方に猫の形をした焼き印が押してある。


「見てよ、スノウ。かわいいね、これ」

 指さして教えてあげるけれど、スノウは退屈そうにあくびをするだけだ。

「おや、いいものに目を付けたね」


 店の奥から小柄なおじいさんが布で手を拭きながら出てきた。つるつるの頭に白くて長い口ひげ、太った体に付けた前掛けはちょっときゅうくつそうだ。


「そいつはね、先代からの売れのこ……じゃない。そう、先代から受け継いだ大切なリュートでね。なんでもあの伝説の吟遊詩人アリスの親戚の友人の旦那の酒飲み仲間が弾いていたという、由緒正しいリュートなんだ」


「へえ、そいつはすごいですね。こうしてみるとなかなか、おもむきというものがありますね。伝統を感じます」


 ためつすがめつ見ながら言うと、おじいさんはそうだろう、とひげの奥の口をにこりとゆるめてみせる。

「見たところ冒険者のようだが、リュートに興味でもあるのかい?」

 僕の組合証に目を留めながらおじいさんが聞いてくる。


「ええ、弾いたことはないのですが。音楽に興味がありまして」

「どうだい、何ならここで試しに弾いてみるかい」

「いいんですか?」


「どうせ客も来なくてヒ……じゃない。そう、お兄さんは見どころがありそうだ。弾いてみたらリュートも喜ぶというものだよ」

「ではお言葉に甘えて」


 僕はホコリを丁寧にふき取ってから猫印のリュートを抱える。おじいさんが出してくれたイスに座り、弦をはじいてみる。ふむ、悪くない。

「では、いきます」


 僕はパメラの演奏を思い出しながらゆっくりと弦を弾いていく。同じフレーズを何度か繰り返し、慣れてきたら歌声を乗せる。気分はすっかり吟遊詩人だ。見よう見まねだから本職には遠く及ばないけれど、初めてにしては悪くないんじゃないだろうか。


「どうでし……あれ?」

 おじいさんに感想を聞こうと思ったら姿が消えている。よく見たら店の奥まで引っ込んで物陰に隠れるようにしてこちらを見ていた。どことなく青い顔をしている。

「あの、どうでしたか?」


「え、あ、ああ。終わったのか、うん」

 おじいさんは一度奥に引っ込んでから耳の穴を小指でかっぽじりながら戻ってきた。

「どうでした?」


「その、まあ、あれだ。独創的な演奏だったね」

 楽器屋さんにほめられるのだから僕もなかなかのもののようだ。

 もしかして、才能あるのかも。


 スノウに話しかけようとしたら今度はスノウがいなくなってしまった。あわてて探すと、店の奥にあったオルガンの陰に隠れて丸まっていた。まったくスノウは自由気ままだね。


「それで、どうだい? 買うなら安くしておくよ」

「そうですね、いただきます」


 演奏するのは楽しかった。カバンの『裏地』に入れておけば持ち運ぶのはジャマにならない。

 練習を続ければ、吟遊詩人としての道も開けると思う。


「まいどあり。それじゃあ弦も新品と張り替えたほうがいいね。そっちも含めて金貨二枚ってところだが、特別に金貨一枚でいいよ」


「そうですか、ありがとうございます」僕はにっこりとして言った。

「ところでもう少しまかりませんかね。誰が弾いていたのかもわからない、ずーっと前からの売れ残りなんでしょう?」


 結局パルム銀貨、通称大銀貨八枚までまけてもらった。ほとんどが弦の張り替えの代金だ。へへっ、僕も世渡りがうまくなったものだ。


 リュートを抱えて演奏できる場所を探すことにした。吟遊詩人の町だけあって、お店の中だけじゃなく外にも演奏している人がたくさんいる。町角とか路地の出店と出店のすきまなんかにはもう誰かがいて演奏していた。


「うーん、いいところがないなあ」

 買ったばかりのリュートをたっぷり弾いてみたいのに。


 スノウは僕の後ろからとことこついてくる。いつものように肩に乗せようとしたら嫌がって飛び降りてしまう。


 しばらく歩き回ってようやく演奏できそうな場所を見つけた。大通りからちょっと離れていて、さびれた雰囲気のする路地だけれど、それでも何人か演奏している人がいる。僕は地面に座り、リュートを弾きながら歌うことにする。曲はもちろん『酔いどれカラスの畑荒らし』だ。


「おなかをすかせたカラスは~」

「うるせえぞ!」


 歌いだしたところで真上から木皿が飛んできて、僕はのけぞった。危ないなあ。もう少しで当たるところだった。


 見上げると、二階から太ったおじさんが二階の窓から喚き散らしている。

「下手な歌聞かせるんじゃねえ! 今度やったら衛兵を呼ぶぞ!」


 言いたいことだけ言ってばたん、と音を立てて窓を閉めた。

 なんだいなんだい。いいじゃないか少しくらい。


 とはいえ、人の家の前で勝手に演奏する僕にも非がある。

 言われたとおり場所を変えるべく立ち上がり、リュートを抱えなおした。


「行こうか、スノウ」

 僕が呼び掛けると、路地の角からスノウがうれしそうに飛び出してきた。


 それからあちこち演奏できる場所を探して町の中を歩いた。けれど、どこもダメだった。


 さっきよりも人気のないさびれた路地で演奏していたら、変な連中に一小節ごとに因縁を吹っ掛けられた。


 教会の鐘楼の上で演奏していたら、神父様から「不心得者め! 貴様は悪魔か!」と説教された。


 町の外壁の上で歌っていたら、衛兵さんから「今すぐやめないと牢屋にぶちこむぞ」とどなられた。


 川の側で演奏すれば、隣で演奏している人から「やめてくれないか」と文句を言われた。


 お墓の中で演奏していたら「死者への冒涜か! 罰当たりめ!」と墓守の人に叱られた。


 結局、町を一周して元の楽器屋さんの前まで戻ってきてしまった。


 行く先々でみんなジャマをする。まったく、どこが悪いっていうんだ。周りではみんな楽しそうに楽器を奏でたり歌を歌っているのに。

 ふてくされてしまいそうだ。


「どうしてみんな僕にいやがらせするんだろうね、スノウ」

 僕が話しかけると、スノウは困ったように鳴くと頬ずりする。


「なぐさめてくれるんだね、ありがとう」

 でも僕は楽器を弾いて歌いたい。誰にもジャマされずに弾くには……。


「あ、そうか」

 どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。


  ガルガル森の奥のそのまた奥に

  木より大きな黒い影

  東からは長い牙をはやしたオーガ

  西からは毛むくじゃらのトロル

  ゴルゴル山にひじをつき、

  腕ずもうのはじまりだ


 橋の手すりに腰掛けながらリュートを弾く。歌うのは『オーガとトロルの腕ずもう』だ。昔からこの国のあちこちで歌われている曲だそうだけれど、母さんの手にかかると、歌うごとに結末が変わる。昨日はオーガが勝ったかと思えば次の日はトロルが勝つ。かと思えばその次の日は、決着がつかずに朝が来て二匹とも太陽神の力で石に変えられたり、そのまた次の日は勝負を止めて仲良く酒盛りを始めたりもする。


 僕が「全然違うじゃないか」と言うと母さんは悪びれもせず言ったものだ。


「勝負っていうのは最後までどうなるかわからないから面白いんじゃない」


 『贈り物(トリビュート)』を使っている間は僕の姿や声はもちろん、奏でている楽器の音もみんなに気づかれることはない。


 おかげで誰にもジャマされずに演奏できるのはいいのだけれど、問題もある。

 誰も僕の歌や演奏を聞いてくれない、ということだ。


 町角や建物の中では吟遊詩人や楽師の周りに大勢の人が集まって聞いているのに、僕の周りはみんな素通りだ。それどころか僕に気づかずに時々ぶつかって来るありさまだ。ジャマされるのも嫌だけれど、誰も聞いてくれないというのも寂しい。


 スノウは少し離れた、橋のたもとでひなたぼっこしながらお昼寝している。

 十曲は歌ったけれど、当然町の人は誰も聞いてくれない。

「つまんないや」


 一度物陰に隠れてから『贈り物(トリビュート)』を解除する。


 橋の上に戻ってくると、僕が見えるようになったからかスノウがぱっと駆け寄ってきた。あごの下を撫でてあげると気持ちよさそうにのどを鳴らす。


「一体何がダメなんだろうなあ」

 ピン、と弦を指ではじいてみる。


「それ、音がずれてませんか?」


 振り返ると、パメラがいた。背中にリュートを抱えて橋を渡る途中だったらしい。

「やあ、パメラ」


「音が半音ずれているみたいですけど、ちゃんと調律してますか、それ」

「調律って?」


「楽器の音の高さを調節することですよ。楽器はデリケートですので暑さや寒さや時間が経ったりすると、音がずれる場合がありますので。演奏の前には調律するのが普通なんですよ」

「ごめん、知らなかった」


 楽器なんて弾いたり叩いたりすれば音が出るようになっているものだとばかり思っていた。

 でもそれで合点がいった。僕の演奏がさっきから文句言われてばかりなのは、調律されてなかったからなんだ。


「えーと、どうすればいいのかな」

「貸してください」パメラが手を差し出す。「ワタシがやります」

「いいの?」


「そのままじゃあリュートがかわいそうです」

 パメラは橋の手すりに腰を下ろし、僕から受け取ったリュートを膝の上に乗せる。

 ネックの先にあるカニみたいな部分(糸巻きというらしい)で弦を巻いて少しずつ巻きながら指ではじいている。音の高さを確かめているらしい。


「調律どころか、ろくに手入れもしていないじゃないですか。どこで買ったんですか?」

 猫印のリュートを布で掃除しながらパメラは形の良い眉を吊り上げる。

「えーと」

「気を付けてくださいよ。楽器屋といってもみんながみんないい人ばかりとは限りません。売れ残りのリュートを倍の値段で売りつけてやったって、さっきそこの楽器屋のおじいさんが笑いながら話していたくらいですからね」

「……」


 それからパメラは無言で調律を続けた。

 何か話しかけようかと思ったけれど、僕のためにやってくれているのにジャマしちゃあ悪いと思ったので黙っていることにする。


 パメラの隣に座りながらじっと空を見たり、手を組んだり、パメラに絡んで来た人をこらしめたりしながら調律が終わるのを待つ。


 僕はちらりと横目でパメラを見る。真剣な顔なんだけれど、どこか楽しそうだ。

 ふわふわした栗色の髪が顔にかかっているのが何だか色っぽい。ふへへ。


 でも僕の浮ついた気持ちなんか気にも留めないで、パメラはリュートをいじっている。自分の楽器でもないのに。本当に楽器が好きなんだなあ。


 感心するよ。

 ジャマをしちゃあ悪いからスノウが僕の耳をかんでいてもじっとガマンの子だ。


「はい、直りましたよ」

 リュートを手渡してくれた。僕は弦を何本か弾いてみる。

「えーと、ありがとう」


 さっきどこが違うのか全然わからないけれど、せっかくやってくれたのだからお礼を言っておくべきだろう。

「あなたも音楽をするとは知りませんでした」


「ああ、いや。まあ、ね」

 さっき始めたばかりとは言えない。

「君はどこで演奏していたの?」


「そこの広場の端っこです」とパメラは大通りの向こうを指さす。「でもダメですね。朝市の人も全然立ち止まってくれませんでした」


「ちょっと待って。それって朝からずっと演奏していたってこと?」

 僕も市場で働いたことがわかる。朝市は夜が明けると同時に開かれる。そして今は夕方だ。

 いくら好きだからと言っても朝から夕方までだなんてちょっとマネできないや。

「はい」とパメラはうなずいた。


「コンクールに優勝するためにはそれくらい練習しないとダメなんです」

「どうしてそこまで?」


 確かに名誉なことだろうけれど、ムリをしてケガをしてしまっては何にもならない。

「あれはおばあちゃんのものです」


 僕はびっくりした。伝説のリュートがおばあちゃんものってことは……。

 はい、とパメラはうなずいた。


「私のおばあちゃん……アリスは伝説の吟遊詩人なのです」

 アリスさんは若い頃、愛用のリュートを持って諸国を旅していた。


 各地で歌いながら旅をして、この町で魔物の大群と遭遇し、町を守るために演奏した。

 でもそのせいで、指を痛めてリュートを弾けなくなってしまった。


 吟遊詩人としての生命を絶たれたアリスさんはリュートを置いてこの町を去った。吟遊詩人の自分との訣別の意味を込めて。


 それからもしばらくは歌うたいとして旅を続けていたけれど、とある町で出会った若者と恋に落ち、永住することになった。


 それからは音楽の道からも遠ざかり、パン職人の妻として夫を支え、生まれた娘を育てていた。

 やがて娘も成長し、婿を迎えた。そして生まれたのがパメラだ。


 パメラはおばあちゃん子で、忙しい両親の代わりにおばあちゃんに育ててもらったらしい。楽器の弾き方もアリスさんから教わったのだという。


 ところが二年前、アリスさんは通りかかった荷馬車にひかれて大けがをしてしまった。

「死んじゃったの?」

「生きています」


 命こそ助かったものの、寝たきりになってしまい、気持ちまで弱くなってしまった。

 長年連れ添ったおじいさんも亡くなり、最近はとみに弱っているという。

 伝説のリュートを手に入れておばあちゃんを元気にしてあげたい。

 そのためにパメラは来たのだという。


「ワタシなんてまだまだで、コンクールに出ても優勝どころか予選だって通るかどうか怪しいけれど。でも、おばあちゃんのためにもがんばりたいんです」

「そっか……」


 そんな理由があったのか。パメラを応援してあげたい。でも僕に何ができるんだろう。

 あ、そうだ。


「それじゃあ、僕はパメラのために歌を歌おうかな」

「あなたが?」

 パメラが目を丸くする。


「僕にできることはそれくらいだからね」

「へえ、素敵」


 思っていたよりうれしそうな顔が返ってきたので、ほっとした。

 とっさの思い付きで言ったことだけど、思っていたより好感触だ。

 いい感じだぞ。


 ここで素敵な歌を歌えば、もっと仲良くなれるかも。いやいや、これはあくまで純粋に応援のために歌うんだ。決して好かれたいとかいいところを見せたいなんて言うのはよこしまな考えだ。でもまあ、パメラが感動してくれたらいいなあと思うし、僕の歌で感動するのはパメラの自由だよね、うん。ふへへ。


 僕はいそいそとリュートを抱えなおし、弦に指をかける。


 えーと、何を歌おうかなあ。できればパメラが聞いたことのない曲がいいんだけれど、伝説の吟遊詩人の孫なんだからそんじょそこらの歌はとっくに知っているだろう。僕の隣ではパメラが興味津々って顔で待っている。どうしよう、何がいいかな。


 母さんが歌っていた『酔いどれカラスの畑荒らし』や『オーガとトロルの腕ずもう』みたいな面白おかしいのじゃなくって、もっとロマンチックな歌がいいなあ。できれば女の子がぽーっとなっちゃうようなのが。


 そこで思いついたのはアップルガースの村でルーファスさんが歌っていた歌だ。ルーファスさんは細面でおひげの似合うおじさんだ。村では山を掘って石を取り出していた。


 ルーファスさんは歌もうまくって、年に一度の祭りの時に歌っていたのを聞いたことがある。


「あのやろう、昔はあれで何人も女をたらしこんだんだぜ」

 

 ジェフおじさんがお酒を飲みながらぼやいていたのを思い出す。その時は僕はまだ六歳だったからよく意味は分からなかったけれど、つまり女の子受けする歌、ということだ。確か題名は『女神の恩返し』だ。


 歌詞も曲も覚えているから今でもそらで歌える。僕もルーファスさんにならってこの歌でたらしこむ(・・・・・)んだ。

「それじゃあ、歌うね」


 高鳴る心臓をおさえるべく、深呼吸すると弦に触れる指に力を込める。いざ!

「ちょっと待って」

 伴奏を始めたところでパメラが声を出す。すっかり調子を狂わせてしまい、指が弦から外れて変な音が出る。


「え、どうしたの?」

 僕が声をかけると、パメラは苦い顔をした。


「ねえ、リオ。あなた、リュート弾いたことないんじゃありませんか?」

 心臓がどきりとした。どうして弾く前からばれたんだろう。


「だって、リュートの持ち方も弦を押さえるところもてんでデタラメです。まるっきり素人ですよ」

 そりゃそうだよね。本職の吟遊詩人なんだから見抜いて当たり前だ。


「別に弾いたことがなくても下手でもいいですよ。でも、弾けもしない楽器を、さも弾けるようにふるまうのはいただけません」


 冷ややかな視線に僕はがくりとうなだれる。ぐうの音も出ない。

「それで本当は?」

「ごめん、君の言う通りだよ。僕の村じゃあ楽器なんか全然なくってさ。このリュートもさっきそこの楽器屋さんで買ったんだ。で、多分倍の値段で買わされたのがこれ」


「素直でよろしい」

 僕の頭を優しい手つきで撫でた。まるで子供扱いで、普通ならオトナの僕にするような態度じゃあないけれど、僕は何も言わず撫でられるままになっていた。


「それじゃあ。続きと行きましょうか」

 パメラは自分のリュートを持ちなおす。

「さ、どうぞ」


「えーと、もしかして、演奏してくれるの?」

「『女神の恩返し』でしょ? クセはあったけれど、出だしでわかりましたよ」

 すごいなあ。


 ちなみに『女神の恩返し』はこんな歌詞だ。


 さあ、白き花びらが舞い散る中で

 エメラルドのような 尊き声に

 天使たちは歓喜に打ち震える

 高らかな声はとどまることを知らずに

 世界は黄金の薔薇に包まれる。

 あなたと会えたこの美しき世界よ

 愛しの女神よ

 あなたへの愛を今、捧げよう

 抱きしめてキスをして


 素敵な歌詞だけれど、大事なのはそこじゃない。

 ルーファスさんによると、『女神』の歌詞のところを意中の女の子の名前に変えるのがコツ(・・)なのだそうだ。


 ここでパメラの名前に変えたらどう思うかなあ。

 いやいや、僕ははげまそうとして歌おうというのに、これじゃあまるで愛の告白じゃないか。

 でもパメラはかわいいし、なによりいい子だ。


 僕の知ったかぶりもも笑って許してくれた。

 こんな子とスノウと三人で曲を弾いて僕が歌って……。うん、いいかもしれない。


「それじゃあ、どうぞ」

 パメラが伴奏を始める。確かに、『女神の恩返し』だ。もちろん、僕なんかよりずっと上手だ。

 心臓がどきどきしてきた。額から汗が出てきた。


 伴奏は続いている。パメラがなかなか歌いださない僕を不思議そうに見つめている。

 そうだ。ここで怖気づいていても始まらない。


 僕は大きく息を吸い込んで声に力を込める。

「にゃあ」


 いざ歌いだそうとした時、ぴょとんスノウが膝に飛び乗った。

 僕はおどろいてのけぞってしまう。パメラも演奏を止める。

「もう、ダメじゃないか、スノウ」


 せっかくいいところだったのに、とスノウを抱え上げた時、かわいらしい口に細く光るものをくわえているのに気づいた。

「なんだいこれは」


 食べ物ではないようだ。

「竪琴の弦みたいですね」

 パメラも首をかしげている。


 どうしてそんなものをスノウがくわえていたんだろう? 答えを出すより早く、スノウは僕の膝の上から飛び降り、トコトコと歩き出した。


「もしかして、どこかへ案内しようとしているのでしょうか」

「行ってみよう」

 スノウはかしこい子だ。きっと意味があるに違いない。

お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回は12月13日午前0時頃に開始の予定です。

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