歌おう、感染するほどの喜びを その1
こんなサブタイトルつけておいてなんですが、某有名SFとは何の関係もありません。
今日は二話連続投稿です。
第五話 歌おう、感染するほどの喜びを
オーメロッドの町に近づくにつれ、にぎやかな音楽が聞こえて来た。
町へと続くなだらかな坂道を派手なマントを付けた人や、つばの広い帽子をかぶった人たちが行き交う。
道の端っこでは同じような格好をした人たちが笛を吹いたりリュートを奏でたり、四角い箱についたハンドルを回して音楽をかき鳴らしている。
吟遊詩人だ。
曲を作って楽器を弾いたり歌を歌ったりして、お金を稼いでいる人たちだ。一つの町にとどまる人もいれば、あちこちの町を旅してまわる人もいる。
今までにもあちこちの町で何度かで見かけたけれど、今日は特に多い。
僕と同じ方向へ向かっている人は半分以上が吟遊詩人らしき人ばかりだ。
何かお祭りでもあるのかな。
誰かに事情を聞こうと思い、周りを見渡すと道の横でリュートを抱えた人を見つけた。三十歳を過ぎたくらいだろう。緑色のコートに茶色いズボンと長いブーツ。長い黒髪を首の後ろで束ねた、細面の人だ。大きな石に腰掛けて、小さな子供たちの前でリュートを弾いたり止めたりしている。演奏しているのかと思ったら子供たちに歌を教えているらしい。
「あの、ちょっといいですか」
「はい?」
ちょっとびっくりした風にその人は顔を上げた。
「あなたも吟遊詩人ですか?」
「そうですが、それが何か」
緊張しているみたいだ。おどろかせちゃったかな。
「どうも先ほどから吟遊詩人らしき人ばかり見かけるので、何かあるのかな、と思いまして」
「ああ、そういうことか」とその人はオーメロッドの町の壁を指さす。
「オーメロッドの町は吟遊詩人にとって特別な町なんだよ」
話によると五十年ほど前、オーメロッドに魔物の大群が攻めてきたことがあったらしい。大地を埋め尽くすような数に逃げる場所もなく、町のみんなは覚悟を決めたという。ところがそこに一人の吟遊詩人が現れ、魔物の前で曲を奏で、歌を歌った。すると魔物は暴走をやめて元のすみかへと帰っていった。
その吟遊詩人は自身のリュートを残し、名前も告げずに去っていった。歌の力で魔物の暴走を止めた伝説は国中に伝わり、今では吟遊詩人を志す者にとって聖地ともいえる場所になったという。
「伝説にあやかってこの町には国中からたくさんの吟遊詩人がやって来る。だから楽器屋とか、修理屋とか、自然と吟遊詩人向けの店も増えてね。オーメロッドは別名・吟遊詩人の町とも言われているんだ」
道行く人たちがみんな楽器を持っているのはそのせいか。
それにしてもすごいなあ。歌と音楽の力だけで魔物を退けるなんて。
「そんな話、全然知りませんでしたよ」
僕は歴史には詳しくないからなあ。
「まあ、吟遊詩人でない人にはあまり興味のない話かもしれないね」
その人はちょっと得意そうに言ってから子供たちに向き直る。
「それじゃあね、今教えたことを忘れないようにね」
優しく言い聞かせると、子供たちは急に涙ぐんだ。
「じゃあね、先生」
「また遊びに来てね」
子供たちは手を振りながら、名残惜しそうに一人、また一人と町の方へ戻っていった。
「ボク、将来は先生みたいな吟遊詩人になります」
七、八歳くらいの赤毛の子が熱っぽく語ると、手の甲で顔をぬぐい、走り去って行った。
「先生なんですか?」
「吟遊詩人のね」いたずらっぽく笑った。
「あの町は吟遊詩人の私塾も多くてね。才能のある子供たちが音楽の勉強をしている。あの子たちも未来の吟遊詩人さ。契約が切れたので故郷に戻ることになったんだけれど、町の外まで見送りに来てくれたんだよ」
あんな小さい頃から音楽の勉強か。大変なんだろうなあ。好きじゃないと、続かないと思う。
「それと、あの町には音楽好きの大商人がいてね。腕のいい吟遊詩人を何人も召し抱えているし、年に何度かコンクールや音楽会も開いている。本当に歌と音楽が好きなものには、うってつけの町だね」
そう言って立ち上がると、先生さんはリュートを抱えなおした。
「えーと、今歌っていたのは何という曲ですか?」
「あれか」と、先生さんは上目遣いであごに指を当てる。「今のはね、『まっかな野ネズミ』という歌だよ」
「へえ」
とぎれとぎれだったけれど、かわいらしい曲だったなあ。
「オーメロッドで今、一番はやっている歌だよ」
「いいですよね。僕も歌は大好きなんです」
母さんの影響か、昔から歌うのは大好きだ。小さい頃は母さんと二人でベッドの中で『酔いどれカラスの畑荒らし』とか『オーガとトロルの腕ずもう』とか歌ったものだ。
アップルガースでは楽器なんてしゃれたものはなかったけれど、ジェフおじさんがたらいをタイコ代わりにしたり草笛を吹いたりしてくれたっけ。
なんだか久しぶりに歌いたくなってきたな。
「よかったら一曲やってみるかい?」
先生さんは、ちょっとおどけた感じで弦に指をかける。
「いいんですか?」
「『酔いどれカラスの畑荒らし』なら僕も知っているからね」
「ぜひお願いします」
こう見えても歌にはちょいと自信がある。村の祭りではみんなの前で歌声を披露したこともあるのだ。あの時はみんなにこにこ笑っていたっけ。
人前で歌うなんて久しぶりだからどきどきするな。
スノウを肩から降ろすと「あーあー」とのどの調子を確かめてから大きく息を吸い込んだ。
おなかをすかせたカラスは
畑の種をほじくり返し
くちばしをつついて石をつまんで
我を忘れてよろこびいさんでのみこむ。
ああ、なんて幸せな気分
おなかいっぱいまんまる気分
でもまたすぐにおなかがすいて
ぱくぱく食べちゃうからおなかが
はりさけそうになっちゃうよ。
ふむ、久しぶりだからあんまり声が出なかったな。
本調子とはいかないけれど、割と悪くはなかったと思う。七割くらいかな。
おや、急に静かになったな。気が付くと、近くで演奏していた人や歌っていた人も目を丸くしてこっちを見ていた。
もしかして、みんな僕の歌に聞き入ったいたのかな。注目されると照れてしまう。
「あ、ああ。もう終わりだよね、うん」
先生さんがほっとした風に拍手をしてくれた。
「どうでした、僕の歌は?」
「ああ、その、まあ、いいんじゃないかな。個性的で」
「まあ、本職にはかないませんけどね」
吟遊詩人ともなれば、毎日練習しているんだろう。僕も素人にしては結構やる方だと思っていたけれど、やはり本職には及ばない。
「歌が下手だと町に入れないなんてことありませんよね? あるいは町から追い出されるとか」
「いや……君なら大丈夫なんじゃないかな」
先生さんはにっこりと笑ってくれた。村のみんなの笑顔を思い出した。
「それじゃあ、俺はそろそろ次の町に行かないといけないから」
「ああ、そうですね、すみません。足を止めてしまって。ああ、これ演奏のお礼です」
カバンの中から金貨を取り出し、手のひらに置いた。
「それじゃあ行こうか、スノウ。スノウ?」
スノウの姿が見えない。さっきまで足元にいたのに。急に不安になってあたりを見回すと、白い綿のようにふわふわした白い猫が木の下で丸まっていた。寝ちゃったのかな。スノウには退屈だったみたいだ。起こさないように優しく抱き上げると、お礼を言ってその場を後にする。
先生さんはまだぽかんと口を開けて手のひらを見ていた。
門を潜り、オーメロッドの町に入った。
石壁の中は音楽に包まれていた。なるほど、町の中は楽器を持った人ばかりだ。
「すごいなあ、この人たちみんな吟遊詩人なのかな」
道端では灰色のひげを生やしたおじいさんがだぶだぶの服にリュートを持って演奏している。その十歩ほど進んだ先には頭に布を巻いた女の人が二人、並んで横笛を吹いている。靴屋や帽子屋や古着屋にも吟遊詩人が身に着けていそうなものがたくさん並んでいた。
大通りでは大勢の人たちが町を行き来していた。吟遊詩人だけじゃなくて、吟遊詩人を目当てに行商に来たらしき物売りの人や、その護衛としてついてきた冒険者も出入りしている。町の大きさはバートウイッスルよりずっと小さいけれど、にぎやかさでは負けていない。
これじゃあ、宿をとるのも大変そうだ。
「先に宿を探そうか、スノウ」
宿をとってからギルドへと行くことにした。
案の定、五軒ほど満席で断られた。六軒目に大通りから離れた、収穫の詩横丁にある『遍歴のフクロウ亭』という宿に泊まることができた。
宿をとった後、ギルドに顔を出したのだけれど、護衛とか魔物退治みたいなのばかりで、あまり面白そうな依頼はなかった。とりあえず町の端から端まで大きな楽器を運ぶ依頼があったのでそれだけ引き受けた。
ただ、一つ目熊が町の近くに現れて人をおそったという話を聞いたので、楽器運びの帰りに『失せ物探し』で居場所を探して、出くわしたところをおにごっこの『贈り物』で仕留めた。かわいそうだけれど、一度人をおそった一つ目熊はまた人をおそうようになる。これ以上犠牲が出るのはいやだし、裏山に運ぼうにも一つ目熊は魚やハチミツをたくさん食べるのでアップルガース村のみんなが困ってしまう。
とりあえず一つ目熊のなきがらを町の近くに転がしておいたからこれでみんな一安心だろう。
お読みいただきありがとうございました。
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今回はもう一話投稿しています。