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ひなどりは拾われた その13

 ダドリーが目を泳がせたのは一瞬だけだった。いらだった手つきで頭をかきながら、黄色い色が見えるかと思うような深いため息をついた。

「やっぱり、女はダメだな。口が軽くっていけねえや」

 それは、僕の言葉にうなずいたのと同じ意味だった。


「ずいぶん、あっさり認めるんですね」

 てっきり、とぼけるものと思っていたのに。

「お前がウチに来た時からうすうす覚悟はしてたよ。それに、お前もそれなりの証拠があるから来たんだろ? だったらぐだぐたやるだけムダだ」


 ダドリーはあごをしゃくった。

「裏へ来い。そこならジャマも入らねえ」


 ダドリーの後について行く。庭の裏手にある木戸をくぐるとそこは薄暗い路地になっていた。三階建の建物の狭間で、幅は一フート(約一・六メートル)くらい。窓という窓は全て閉じられている。人の気配はなく、誰がいつ干したのかもわからないようなシャツや下着が干されている。乾いたぞうきんみたいにぱりぱりだ。


 路地の両側の出入り口には、大きな木箱が人の背よりも高く積まれている。ジャマが入らない、というのはこういうことかと納得した。


 僕が入ってきたのを確かめてからダドリーは木戸のカギを閉める。これで逃げ場はなし、か。

「お前、どこまで知っている?」


 ダドリーはいつのまにか剣を握っていた。細身の古びた剣だが、刃にくもりが見えた。人か魔物かは知らないけれど、ずいぶんと切ってきたようだ。片手で無造作に振ると、空気を切り裂く音が立て続けに鳴る。


「だいたいのところは」

 僕はカバンと虹の杖をすみっこに置き、スノウをそこに座らせる。

「あなた、シャロンさんの父親ですよね」

 ダドリーの目が見開かれる。


「いえ、シャロンさんはみなしごだそうなので、正確にはシャロンさんの育ての親というところですかね」

 おそらく、子供のころにシャロンを拾い、育てているうちにその才能に気づいた。あるいは、才能に気づいたから育てる決意をしたか、そのどちらかだろう。


「ただ、シャロンさんの名誉のために言っておきますが、彼女は今の今まであなたのことは一言もしゃべっていません。僕が勝手に気づいたんです」

「どういうことだ?」


 シャロンは四つ目オオカミの件で僕がジャマになったからだと言っていたけれど、ロズの話では首輪なんて証拠になるものではないし、首輪から足がつくものでもないそうだ。

 第一、あの時はシャロンの存在すら知らなかった僕が気づくはずもない。まったく余計なことをしただけだ。僕をおそった理由を聞かれてとっさについた口から出まかせだ。


「シャロンさんは僕の剣術をしきりに気にしていました。でも、僕はこの町で剣なんて一度も抜いていません。僕の腕前なんて知るわけがない」

 達人であれば、抜かなくても相手の力量を見抜くくらいはできるだろう。でも僕にはわかる。シャロンはその域には達していない。


「かと思えば、僕の虹の杖をどうにかして、奪い取ろうと策まで練っていました。どうにもちぐはぐなんですよ」

「杖だと?」


「その様子だとやっぱり知らなかったんですね。僕の杖はちょいと特別でしてね。まあ、平たく言うと魔法の杖なんですよ。ほら」

 と、虹の杖を拾い『水流(アクア)』で水の玉を出して宙に浮かべる。


「もちろん、ギルドの人たちも剣の腕については知りません。この町で僕の剣の腕を知っているのはただ一人。ジェフおじさんに剣を教わったと知っているあなただけです。あなたが命じたんですよ。僕を殺せとシャロンさんに命じたんです」


 でもシャロンは僕の杖がすごい力を持っていると知っている。普通に戦っても逃げられると思ったからワナを仕掛けたんだ。

「俺とあいつが親子だっていうのは?」


「お二人とも、クセが同じなんです。照れた時に鼻の頭を手のひらでなでるクセです」

 クセがうつるくらい一緒にいたという証拠だ。そんなのは、親子か夫婦くらいだろう。年周りから考えて親子と考えるのが妥当だ。


なるへそ(・・・・)」おどけたような変な言い回しでダドリーは鞘を放り捨てた。

「あとはお酒ですね。あなたが飲んでいたお酒、ビンは安酒だけれど、中身は全然別の匂いがしました。お酒のことはよくわかりませんが、お金のない人にはとうてい飲めないような高いお酒のようですね」


 母さんがお酒好きだったから、僕はよく覚えている。それに昨日、わざわざ酒屋に行って匂いを確認したから間違いない。

 ただ、匂いをかがせてもらうのも失礼なので、飲みもしないお酒を買う羽目になったのはまあ、必要経費というところだろう。


「それに、シャロンさんが魔物に奪わせたお金や貴重品の一部は今も行方不明のままです。そこまで考えれば見当は付きますよ」


 ちなみに馬車を注文したのはダドリーだ。つまり、僕が目印を付けた金貨はシャロンからダドリーに渡り、ダドリーが馬車の代金として支払う。そして馬車屋さんから蹄鉄を作っているヴィヴィアンのお父さんに渡った、というわけだ。そこまで教える義理はないから黙っていているけれど。



「飲めねえと思ったからわざとすすめたのに、まさかそれで気づかれるとはなあ」

 ダドリーはしまった、という顔をする。


「全部、あなたのたくらんだことですよね」

 すべてはダドリーの陰謀だ。

 ソールズベリーの町に来たダドリーはまずシャロンに命令して、魔物を使って旅の商人や旅人をおそわせる。


 ギルドに依頼が入ったところで自分で依頼を引き受け、退治する。自分が飼っている魔物なのだから倒すのはたやすいことだ。

 同時に町の中の無法者を一掃する。シャロンが町の人たちに呼び掛ける一方で、裏ではダドリーが殺し屋のように無法者どもを切って回る。


 これを繰り返せばシャロンは町の英雄だ。英雄にはさえないおじいさんよりきれいな女の人のほうがいいに決まっている。

 当然のごとく、シャロンの周りには仲間が集まって来る。自分のパーティを組んで町を牛耳る。

 そしてかせいだお金はシャロンを通じてダドリーに集まる、という寸法だ。


 シャロンにお金を稼がせてダドリー本人は昼間っから高いお酒を飲むことができる。

 中にはそのからくりに気づく人も現れるかもしれない。そういう人を陰で始末する殺し屋の役がダドリーだ。


 ダドリーに捜査の手が回りそうになったらシャロンがジャマをすればいい。

 町の英雄が言うことなのだから間違いはないってたいていの人は思うはずだ。

 何回かトラブルはあったかもしれないけれど、今のところはうまくいっていたようだ。

 なのに、ダドリーは僕をおそわせて自分で作った仕組みを台無しにしてしまった。


 シャロンは捕まり、陰謀が明るみに出た。ダドリーのところにも衛兵さんが来るのは時間の問題だ。馬車を手配していたのも町の外へ逃げるためだろう。

 さっきダドリーの肩越しに家の中をのぞいた時、床への扉が開いていた。きっとあそこがお金の隠し場所だ。


 まったくやぶへびな話だ。余計なことをしたばかりに悪だくみが見つかってしまった。

 こうなることを予想していなかったのだろうか。

 僕はこう思う。僕の腕前を見抜いたダドリーなら多少なりとその可能性は考えただろう。

 でもやらざるを得なかった。やるしかなかった。


「僕を狙った理由はジェフおじさんですね」


 僕とダドリーはこの町に来て初めて出会った。それまではお互いに存在すら知らなかったのに、あのやり取りだけで殺意がわくなんてちょっと信じられない。もし、僕に殺意を抱くとしたら僕とダドリーの共通の知り合いがからんでいると思ったのだ。それはジェフおじさんしかいない。


「ああそうさ」ダドリーは忌々しそうに言った。

「ひよっこのころからの知り合いではなかったんですか?」

「仲が良かったとは言ってねえ」

 ぺっ、とつばをはいた。


「十歳以上も下のガキにあっさり抜かされてよ。腹が立つったらありゃしねえ。何度ぶちのめしてやろうと思ったか。だが、それはまだいい。俺に才能がなかったって話だ。あきらめもつく。けどよ、どうしても我慢のならねえことがある」

 ダドリーが歯をかみしめる。


「あいつはな、俺の弟子を殺したんだ」

「剣術の、ですか?」

「素直な奴でよ。いい腕だったんだぜ」なつかしそうに頬をゆるめた。


「俺のたった一人の弟子だ。将来はひとかどの剣士になると思っていたよ。けど、無謀にもジェフに真剣勝負を挑んでそれで終わりだ。一撃だ。一撃でマークの命も俺の剣術もおじゃんだ」


 剣士というものは自分の剣術の腕試しに強い人と戦いたがるものだ。ジェフおじさん本人から聞いたのだから間違いない。普通は木剣とか鎧をつけたりとか、なるべく安全なようにするものだけれど、時折命がけの真剣勝負をすることもあるという。それで命を落としても恨みっこなし、というのだから信じられない世界だ。 


「でも剣士の真剣勝負なら、恨むのは筋違いというものでは?」

「聞いた風な口を叩くなこぞう!」

 熱風のような怒号に僕は一瞬気圧されてしまった。


「からっぽなんだよ、年食ってだんだんとてめえの腕が落ちていくのがわかるんだ。それでもマークが俺の希望だった。でも、あいつがいなくなっちまって、俺にはもう何にも残されちゃあいねえんだ」

 ダドリーの声に切実なものがこもっていた。年老いて残すもののない、消えていくだけの寂しさ。くやしさ、悲しさ、いろいろな感情がうずまいているようだった。


 僕がそいつを本当の意味で理解できるにはまだ時間が掛かりそうだ。

「シャロンさんがいるじゃないですか」

「ありゃあダメだ。女だ。才能もねえ。何年教えてもものにはならなかった。せいぜい魔物の世話がいいところだ。使えねえ奴だよ」


 僕の中にすっと冷たい水が入り込んだ気がした。

 この人にあるのは我欲だけだ。我欲のままにシャロンさんを操って、大金を手にして、町を裏で支配する。我欲のかたまりだからこそ、ジャマしたジェフおじさんを今も恨み続けている。

「コンスタンスさんを切ったのもあなたですか?」


「あの衛兵の女か。ああ、そうだ」まるで、隠れて道を掃除したのが自分だったとでもいうように、ダドリーはあっさりと認めた。


「俺のことまで感付いていたみてえだからな。背中からばっさりとな。まあ、そこそこいい女だったが仕方ねえやな」


 やはり、これがこの人の本性だ。ジャマな人間は容赦なく切り捨てる。弱虫カーティスなんてかわいいものだ。きっとシャロンはダドリーのしわざだと直感で悟ったんだ。だからあんな下手なウソをついてまで、自分で罪をかぶることにしたんだろう。なのにこいつはどれもこれも全部踏みつけにしようとしている。

 こんな卑怯な奴には絶対に負けたくない。


「かわいそうだが、死んでくれねえか。あいつは俺の弟子を切った。だから、俺はあいつの弟子を切る。これでおあいこだ」

「僕は弟子じゃありませんよ」

「今更命乞いか?」


「違います」僕は首を振った。「僕は僕の意志で戦うんです。ジェフおじさんの代理でも、ましてやあなたの腹いせのためなんかじゃありません。僕はあなたを許せない。だから戦うんです。ここにいるのは僕自身の意志です」


 虹の杖や『贈り物(トリビュート)』を使えば簡単に倒せるだろう。でも、元を正せば剣術の因縁なのだから剣術のみで晴らしたい。真剣勝負で甘いことを、と怒られるかもしれないけれど、勝算はある。


 ダドリーはヤニの付いた歯を見せて笑った。

「いい度胸だ」


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回は11月25日午前0時頃に開始の予定です。


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