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ひなどりは拾われた その12

 僕は『瞬間移動(テレポート)』で町に戻り、シャロンたちを衛兵さんたちに引き渡した。


 トバイアスさんによると、ハーマンをはじめ『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の面々はそろって、自分たちの罪を否定していたそうだ。最初はやれ、僕にはめられただの、これは何かの間違いだとかわめいていたらしい。けれど、宿に預けてあった荷物の中に魔物におそわれた人たちの宝石や細工物が入っていて、不正が明らかになった。


 そのため、今回の討伐に参加しなかった残りのメンバーも捕まった。


 そうすると、今度は手のひらを返すようにシャロンのせいだといい始めた。シャロンにおどされただけだとか、魔物に食い殺されるのがこわくていいなりになっていただけだとか、全部の罪をシャロンにかぶせ始めたのだ。まったくイヤになる。


 白状したメンバーの証言で、町はずれの森の中の洞窟にたくさんのオリが見つかった。中にはシャロンが飼っていたとおぼしき魔物が何匹もぎゅうぎゅうづめに入っていたそうだ。山奥で気絶していた片翼を失ったワイバーンや三つ目オオカミも捕まえられ、処分された。

 

 今はシャロンをはじめ、みんな町はずれの地下牢に入れられている。いずれ裁判が開かれ、この町の領主から罰が下されるだろう。


 でもシャロンだけは口を開こうとはしなかった。何故、こんなマネをしたのか。いくら稼いだのか、たくさん稼いだはずのお金を何に使ったのか。トバイアスさんたちが何度脅しだめすかしたりしても沈黙を貫き続けた。


 取り調べはトバイアスさんに任せて、僕は僕で気になることを調べていた。シャロンの麻袋に紛れ込ませていた例の金貨だ。


 『失せ物探し(サーチ)』で調べたら思いもよらないところから反応があった。そこは『知恵ある黒蛇亭』でも冒険者ギルドでも三つ目オオカミを育てていたという洞窟でもなかった。


 ヴィヴィアンの家だ。


 これはさすがに予想外だった。とりあえず『瞬間移動(テレポート)』でヴィヴィアンの家の前に移動する。見た目もこの前来た時と全く変わらず、工房ではやはりヴィヴィアンのお父さんが蹄鉄を作っていた。とうてい不正にかかわっているようには思えない。


「どういうわけなんだろうね、スノウ」

 スノウと二人、家の前で首をかしげていると、扉が開いた。

「あら、あなた」ミーちゃんをだっこしながらヴィヴィアンが出てきた。

「もしかして、わたしにあいにきてくれたの?」


「いや、ちょうど別の用事でこの前を通りかかってね」

「もう、そこはうそでも『きみにあいにきた』っていうところよ、おばかさん」

 ちょっとすねたような、こびたようなしなを作る。

 どうもこの子はこましゃくれているなあ。


「今日もお父さんたちはお仕事かな」

「そうよ。きょうもおうまさんのくつづくり」

 お馬さんの靴……ああ、蹄鉄のことか。

「いまは、ばしゃをひくおうまさんのくつをつくっているところよ」


「馬車?」

 なんでもヴィヴィアンのお父さんは腕のいい蹄鉄職人で、作った蹄鉄は牧場や馬車屋におろしているそうだ。

「たまっていたつけのぶんまではらってもらったから、はなうたなんかうたいながらかなづちをたたいているわ。たんじゅんね」

 ヴィヴィアンはやれやれ、って感じで首を振る。振った拍子に赤いほっぺをミーちゃんの毛がくすぐって、くしゅんとかわいらしいくしゃみが出る。


「その馬車を注文した人ってわかる?」

 ヴィヴィアンに馬車屋さんの場所を教えてもらい、そこで購入した人のことを尋ねた。

 最初は渋っていたけれど、情報料として金貨を渡すと話してくれた。


 おかげでおおよその筋書きというものは理解できたけれど、まだわからないことはいくつもある。

 自分の考えに証拠が欲しくてまた『瞬間移動(テレポート)』で移動する。

 移動した先はマッキンタイヤーのなじみ深いクロゴケグモ通りの路地だ。何度も通ったから思い浮かべるのは簡単だった。


 目の前の扉を三回ノックすると、指一本分だけ扉が開いて、隙間からうかがうような視線が僕にささった。

「やあ、ロズ。久しぶりだね」


 僕があいさつをすると、扉は勢いよく開いた。

 中から出てきたのは長い黒髪の女の子、ロズだ。今は、マジックアイテム作りの見習いといったところかな。


「ちょっと君に見てほしいものがあるんだけどいいかな」

「いきなり戻って来たと思ったら何なの?」

 ロズが白い目で僕をにらみ付ける。


「私は忙しいの。また今度にしてくれる?」

「もしかして、荷造りの最中だったのかな」


 ロズの頭の上から家の中を見ると、木箱がいくつも床に積んであるのが見えた。タンスや食器棚もロープで縛ってある。

「引っ越しでもするの?」


「ええそうよ。今度、町の真ん中の方に引っ越しするの」

 ロズは自慢したくて仕方ないって顔で言った。


「しかも、領主様の館の真ん前よ。『黒紡の糸』なんて問題じゃないわ」

 町の真ん中に引っ越しということは、一等地だろう。グリゼルダさんも本格的にマジックアイテム作りを再開するのか。


「どうよ、すごいでしょう」

「別に君の力じゃないけどね」

 領主様が認めているのは、全部グリゼルダさんの力だ。


 ロズはまだ付与魔術師(エンチャンター)の見習いでしかない。

 ロズは鼻にしわを寄せて僕の耳を引っ張った。


「痛い! 痛いよ、ロズ」

「ちょっと見ない間にまた口が悪くなったわね。ナマイキよ」

 どうにか僕の耳をロズの魔の手から救い出す。


「まったく、ひどいことするなあ」

 虹の杖の『治癒(キュア)』で耳の痛みをいやす。

 ロズはあきれたような目で僕を見る。


「もしかして、そんな風にほいほい虹の杖を使ってんじゃないでしょうね?」

「乱暴な女の子に耳を引っ張られた時なんかにはしょっちゅうね」

「わかってないわね」

 僕の反対側の耳を引っ張りながらロズは内緒話をするみたいに声を潜める。


「いい、アンタの虹の杖はね、特別なのよ」

「知っているよ」


 普通のマジックアイテムは一つにつき、一つの魔法だけだ。でも僕の『虹の杖』は七つも使える。その気になれば百は使えるらしい。なにせ『(コア)』からして途方もない力を秘めた『迷宮核(メイズ・コア)』だ。こんな杖は、もしかしたら世界でただ一本かもしれない。

 他人に知られたらとても厄介なことになるだろう。


「だからあれ(・・)のことは誰にも言ってないよ」

「やっぱり、わかってない」

 ロズはお説教するみたいに目をつり上げて僕の杖を指さす。


「普通のマジックアイテムっていうのはね、そんなに連続で使えるものじゃないのよ。一度使えば『(コア)』に魔力がたまるまで時間がかかる。特に『瞬間移動(テレポート)』なんて一日一回使えたら上等なくらいよ。でも、アンタの杖は色々な魔法を一日に何回も使える。それができるのはね、うちのママがすごいマジックアイテムづくりの名人なのと、あれが使われているからよ」


 さらりとグリゼルダさんをほめるあたりがロズらしい。

「この杖を人前でぽんぽん使っていたら、この杖の秘密に気づく人が出てきてもおかしくないわ。これからはなるべく人前では使うのを控えなさい、いいわね」


 ロズの忠告に僕はあいまいに笑うしかなかった。もう手遅れな気もする。

「それで何なのよ。私に見せたいものって」

 ああそうだった。肝心なことを忘れていた。

「これなんだけど」


 僕はカバンから四つ目オオカミから外した首輪を取り出た。

「魔物用の首輪じゃない。これがどうかしたの?」

 さすがロズだ。一発で見抜いたよ。


「これって珍しいものかな」

「うーん」ロズは首輪をじろじろ見た後で手を振った。

「どこにでもある魔物用の首輪よ。ここの町ならそこの露店でも売っているようなシロモノね。粗悪品ではなさそうだけれど、たいした価値はないわ」


「ありふれている、ということは、この首輪から持ち主を調べ出すことはできないんだね?」

「できなくもないわ」ロズは慎重に言葉を選んでいるようだった。「持ち物から魔法で元の持ち主をたどることはできるわ。時間が経ったり、あちこち人手に渡っているようだと難しいけれど。あんたの『失せ物探し(サーチ)』と似たようなものよ」


 そうか、できるのか。期待していたのとは違うなあ。

「それじゃあ、もしこの首輪をつけた魔物が暴れていたとして、魔法で飼い主を見つけることもできるってこと?」

「まあね」ロズはうなずいた。「でも、それだけじゃあ証拠にはならない(・・・・・・・・)わね」


 僕はどきりとした。

「どういうこと?」

「魔法は正しいとしても、魔法使い(・・・・)は正直だとは限らないってこと」

 ロズは首輪に指を入れてくるくると回し始めた。


「どこかの魔法使いがウソをついて、無実の人を陥れようとしたことが昔あったらしいのよ。それ以来、魔法そのもので割り出した証拠は、裁判では証拠として採用しないって、法律で決まってるのよ」


 それからロズはたとえ話をしてくれた。

 僕が僕の大切なものを盗んだどろぼうを探しているとする。『失せ物探し(サーチ)』を使うと、ある男が持っていることがわかった。


 そこで僕がそいつの家に乗り込んで、どろぼうだという証拠を持ち帰り、衛兵さんに訴え出る。これはアリだという。でも、『失せ物探し(サーチ)』そのものは証拠にはならないので、その時点で衛兵さんに訴えてもまず動いてはくれない。

 僕がウソをついて、その男をワナにはめようとしているかもしれないからだ。


「要するに魔法で証拠を見つけるのはありでも、魔法そのものは証拠にならないってこと?」

 そうね、とロズはうなずいた。


「それに、持ち主をたどれなくするようにごまかす魔法もあるし。ほら、この前言ったでしょ。『失せ物探し(サーチ)』をごまかす魔法。あれよ。結構簡単な魔法だから使える人も多いし、マジックアイテムに仕込んであることもあるわ」


 ロズは首輪の回転を止めて、その内側を僕に見せてくれる。

「ほら、これもそうでしょ(・・・・・・・・)?」

 首輪の内側にぐるりと、赤い糸でおかしな文様が縫い付けられている。

「どうしてこんなものが……?」


「魔物使いにもよるけれど、オオカミなんて暗がりで不意打ちすることもあるんだから、魔法で位置を探られたらまずいからじゃないの?」

 ロズは首輪をまた指でくるくると回し始めた。


「これって、首輪の持ち主も知っていること?」

「そりゃそうでしょ。どのみち、この首輪の持ち主を魔法で突き止めるのは難しいと思うわよ」

「もしかして、それってみんな知っていることかな」

「アンタ以外はそうなんじゃないの」


 ロズの指から首輪が離れた。くるくる回った首輪は、ぽんと舞い上がったかと思うと弧を描いて僕の頭の上におさまった。

「あら、よくお似合いよ。まるでわんこの国の王子様みたい」

「……」

「リオ?」


 僕は首輪を頭から外して、じっと見つめた。組木細工のかけらがまた一つ、頭の中で組みあがっていく気がした。



 ソールスベリーの冒険者ギルドの前はひどいありさまだった。『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の犯罪は、あっという間にソールスベリーの町中に広がったそうだ。町の英雄が一転、実は自作自演の卑怯者だとわかって町の人たちが怒ったらしい。


 石を投げられて壁や窓が傷だらけだし、目にしたくもないようなひどい言葉がたくさん壁に描かれていた。僕が入ろうとした時も通りすがりのおじさんから「このウソツキめ!」と怒鳴られた。まったく、いい迷惑だ。


 ちょっと前までにぎやかだったギルドは、がらんとしていた。冒険者は僕だけのようだ。職員はみんな暇そうにしている。


「依頼も次々とキャンセルが入りますし、冒険者は来ませんし仕事になりませんよ、実際」

 スージーさんもげんなりしているようだ。

「大変ですね」

「あなた、他人事みたいに……」


 スージーさんが眉をつりあげる。

「私、この前言いましたよね。捕まえた犯罪者(・・・)はギルドに連れてくるようにって。どうして衛兵なんかに引き渡したりしたんですか。そうすれば、もう少し穏便に済ませることだってできたのに……」


「うっかりしていたんです。すみません」

 僕は頭を下げた。

「おわびにこれをどうぞ」


 お酒のビンを渡すと、スージーさんの目がぱっと輝く。

「ラフォルギー産の八年物じゃないですか。え、これどうしたんですか!?」


「さっき酒屋に行く用があったのでついでに買ってきました。ギルドの皆さんでどうぞ」

「これなかなか手に入らないんですよね。これはとっておきのグラスで飲まないとお酒に失礼ですね。明日は休みだし、朝まで飲みますよー」


 スージーさんがぬいぐるみみたいにビンを抱えて、頬ずりしている。僕はギルドのみんなで、って言ったんだけど。

 まあ、いいか。スージーさんの機嫌もよくなったようだし、僕も話しやすくなった。


「シャロンたちはどうなるんですか?」

「当然、ギルドは追放ですね。ご覧のとおりギルドの名誉を傷つけたわけですから。あとは盗賊の容疑も掛かっていますからこの町の法に従い、裁かれることになると思います。まずしばり首、運が良ければ奴隷落ちの上、鉱山で強制労働でしょうね」


 厳しすぎるな、と思ったけれど、魔物におそわれてケガをしたり命を落とした人もいる。

 この辺りは僕が口出しするべきではない。

 それに、まだ事件は終わっていない。


「ああ、そうだ。スージーさんにお聞きしたいことがあったんです」

 僕は周りに人がいないのを確かめ、小声で言った。

「最近、誰かに命を狙われたりしませんでしたか?」


「はあ?」スージーさんがすっとんきょう(・・・・・・・)な声を上げる。

「たとえば、夜中に暗がりで怪しい男たちにおそわれたり、おうちで寝ていたら、黒ずくめの連中が忍び込んで刃物を振り回したりとか」


「何なんですか、突然。やめてくださいよ」

 スージーさんはおっかなそうに自分の体を抱きしめる。

「大切なことなんです。どうでしょうか」


「ありませんよ、そんなこと」バカバカしい、と言わんばかりの口調だった。

「そりゃあ、お世辞にも柄のいい町ではありませんけれど。だからと言って、冒険者ギルドに手を出せばどうなるかくらいは、七つの子供でもわかっていますよ。夜遅くになったら必ずほかの人に送ってもらうようにしていますし、住んでいる通りも比較的治安のいいところですから」


「そうでしたか。お手数をおかけしてスミマセン。ありがとうございました」

 さて、これでおおよそのことはわかったのだけれど、あとわからないのは……。

「おい、貴様!」


 考え事をしていると、カウンターの奥から五十代くらいの白髪交じりの男性がずかずかと迫ってきた。背も高く、歳の割には胸の肉も大猿みたいに厚い。胸には紋章のような名札を付けている。男性はスージーさんを押しのけるように僕の前に立つと、カウンター越しに僕の胸倉をつかんだ。


「よくも顔を出せたな、ええ?」

「えーと、どちら様ですか?」

「うちのギルド長ですよ」

 スージーさんが小声で教えてくれた。


「あなたが?」近くで見ると色白だけれど、腕の筋肉はうすだかく盛り上がっている。腕っぷしは強そうだ。

「貴様が余計なことをしたせいで、見ろ。ご覧のありさまだ。どうしてくれる?」


「不正を正しただけです」僕は毅然として言った。

「ずるをして得た評判なんですから、ずるが見つかったらなくなるのは当たり前の話です」

「それが余計なことだと言っているんだ!」


 ギルド長はつばきを飛ばして怒鳴り散らす。うわ、汚いなあ。おまけにお酒臭い。

「お前がやったのはおせっかいだ! 全部上手くいっているものをひっかき回して全部台無しにしちまいやがった」


 そうなんだよなあ。

 どうして、僕なんかを狙わせた(・・・・)んだろう。

 せっかくうまくいっていた(・・・・・・・・)のに。


「貴様は追放だ! このギルド……いや、全ての冒険者ギルドから永久追放だ」

「このギルドでは間違いを正そうとした人を処分しようというのですか?」

「その結果がこれだ。またこの町は無法者の町に逆戻りだ!」


「そんなことにはなりませんよ」僕はきっぱりと言った。

「『氷の大蛇(アイス・サーペント)』だけが冒険者ではありません。ほかの冒険者と協力して、また信用を取り戻せばいいんです」

「そんなことできわけないだろう」


「やりもしないうちからあきらめて怒鳴り散らすのがあなたのお仕事ですか? お酒なんか飲んでいるヒマがあったら、先頭に立ってギルドを引っ張っていくのがあなたの役目なのではありませんか」

「このっ……!」


 ギルド長が僕に殴り掛かってきた。シャロンと違い、手加減してるようには見えなかった。


 黙って殴られてやるつもりはなかったので、鉄球のような拳をかわすと、ギルド長のあごに手のひらをなでるように当てる。

 ギルド長は白目をむいて倒れた。


 これで二人目か。『贈り物(トリビュート)』を使わなくても倒せるようになったというのは、ちょっとした収穫かも。

 ギルド職員さんたちがざわつく。ギルド長はぴくぴくとふるえて、陸に打ち上げられた魚みたいだ。


 やりすぎたかな。まあ、角度から言って叩いたところは見られなかったはずだし命に別状はないから大丈夫だろう。


 まったく、ギルド長が自分から暴力をふるうなんてひどい話だ。僕に腹を立てていたんだろうけれど、人前で殴り掛かるくらいだから、よほど我慢できなかったのかな?

 その時、かちゃりと最後の組木細工がはまる音を聞いた気がした。


「なるほど、そういうことか」

 僕は大体のことがわかった。


 カウンターの向こう側ではギルド長がまだうめき声を上げながら床に転がっている。まだ意識はもうろうとしているようだ。


「どうやら心労が重なって倒れてしまったようですね、どなたか介抱をお願いします」

 それだけ言って僕はギルドを後にした。



 その日の夕方、夕暮れ迫るソールズベリーの町を僕は歩いていた。

 ここのところ考え事ばかりで寝不足気味だったので、少しでも体力を回復させようと仮眠をとったのだけれど、なかなか寝付けなくってまだ頭がぼんやりしている。

「にゃあ」


 スノウがたしなめるように僕の足にすがりついてきた。そうだよね、場合によっては荒事になるかもしれない。しゃきっとしないと。


 本当はスノウも宿で待っていてほしかったんだけれど、ここのところお留守番続きでスノウがすっかりすねてしまった。

 何度言い聞かせても、ついてくるので仕方なく連れてきてしまった。いざとなったら僕の身に代えても守るつもりだ。


 僕が今歩いているのはソールズベリーの南側、貧しい人たちが住む一角だ。三階階建ての石造りの共同住宅が道の両端に並んでいる。道も舗装されていないのか、舗装用の石がはがれて茶黒い土が見えている。幅も馬車一台通るのがやっとって感じだ。


 頭の上には細いヒモが何本も張られていて、ズボンやシャツを吊るしている。洗濯物を干しているようだ。おかげで空が一段と狭く感じる。


 大あくびをしながら目的の家に戻ってくる。狭い通りの一番すみっこに、やはり三階建ての石造りの家がある。

 外見はほかの建物と同じ作りだけれど、僕が確認したところ、この家に住んでいるのは今、たった一人だ。


 僕はスノウを抱えると、扉をノックした。

「はいよ、ちょいと待ってくんな」

 返事の後、扉のきしむ音がした。

「なんだ、お前か」


 ダドリーさんは無精ひげをなでながらがっかりしたように言った。額には汗をかいている。

「ああ、すみません。スージーさんにお聞きしたらご自宅の場所を教えていただいたもので」

 これはウソだ。『失せ者探し(サーチ)』を使って自分で調べ上げた。


「何の用だ? 俺は今、忙しいんだ。用事なら明日にしてくんな」

「馬車なら来ませんよ」

 ダドリーさんの眉がぴくりと跳ね上がる。


「さっきそれらしい馬車が来たので、事情を話して引き取ってもらいました。ですから、いくら待っても迎えの馬車は来ません。勝手なことをしてしまい、申し訳ありません。どうしても、ダドリーさんと一対一でお話がしたかったもので。ああ、こっちにはスノウがいるから正確には二対一ですが、スノウはしゃべりませんからご安心を」


「何を言っているんだ、お前」

 ダドリーさんの顔に困惑の色が浮かぶ。

「シャロンさんの件はご存知ですか?」


「ああ、聞いたよ」ダドリーさんはけだるそうに言った。「テメエでおそわせた魔物をテメエで倒して、小銭稼ぎしてたってんだから。しかも『氷の大蛇(アイス・サーペント)』全員がグルだってんだから、恐れ入ったぜ、まったくよぉ……リーダーがリーダーなら手下も手下だぜ」


「ええ、そのとおりです。でも、一つだけ訂正を。シャロンさんはリーダーではありません」

 しわの奥の瞳をまっすぐに見据えながら僕は言った。

「あなたですよね。『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の本当のリーダーは」


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回は11月22日午前0時頃に開始の予定です。

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