ひなどりは拾われた その11
シャロンの合図でワイバーンが翼をはためかせ、急降下する。首を伸ばし、牙をむいて僕に一直線に向かってくる。下っぱとはいえ、ドラゴンの仲間だ。なめてかかれば大ケガをする。同時に三つ目オオカミも僕を逃すまいと四方からおそいかかって来る。
僕は剣の柄を握った。
「ごめんよ」
三つ目オオカミの牙をひらりと飛びのき、ワイバーンの突進を紙一重でかわした瞬間、鞘から一気に抜き放つ。その勢いのまま前方に一回転して着地する。ワイバーンは低空を滑るように僕の横を駆け抜けてゆき、切り裂かれた片翼を宙に置き去りにしていった。
「なっ……」
シャロンが絶句する。
絞めつけられたような悲鳴が上がった。ワイバーンは身もだえするように空をふらふらと飛び、ゴーレムに正面から突っ込んでいく。
どしん、と二つの巨体がぶつかる。
吹き飛ばされたのはワイバーンの方だった。翼を傷めている上に空を飛んでいるから踏ん張りがきかないし、岩石でできたゴーレムとでは元からの重さが違い過ぎたようだ。
土煙が上がる。
あおむけに倒れたワイバーンに近づき、シャロンに見えないところから『贈り物』で気絶させた。
とはいえ、ゴーレムも無傷というわけにはいかなかった。ぐらりと上体をゆらしながらバランスを崩している。倒れそうになっているのを必死にこらえているようだ。
「もう一度ごめん!」
気絶したワイバーンを踏み台に、一気にジャンプする。剣を両手に持ち直し、真正面からゴーレムを一閃する。体を真っ二つにされた岩の巨人は、右半身と左半身にわかれて崩れ落ちていく。
それでもゴーレムはまだ壊れていない。魚のひらきみたいに、真っ二つになりながらまだ手足をばたつかせている。
竜牙兵と一緒だ。だとしたら体のどこかに紋様があって、そいつを壊せば動きが止まるはず。
ゴーレムに近付こうとした時、三匹の三つ目オオカミが唸り声をあげて迫ってきた。僕は手首を返し、剣の腹で真っ先に向かって来た三つ目オオカミのおなかを叩いてやる。吹き飛んでいくのと入れ違いに次の三つ目オオカミが牙をむいて駆け寄って来る。
剣をひるがえし、そいつの長い顔を横からぶっ叩く。そこに三匹目が後ろから飛び掛かってきた。剣を返していたのでは間に合わないと思ったので、柄頭で額をがつんと打ちのめす。
三匹とも甲高い悲鳴を上げながら舌を出して地面に転がる。息はあるのでみんな生きているようだ。
残り四匹は僕の周りをうろつきながらすきをうかがっている。
さて、どうしようかな。
時間をかけていては日が暮れてしまう。ロッコの様子も気になる。
なら、さっさと終わらせるか。
三つ目オオカミの動きを警戒しながらゴーレムをためつすがめつ見る。右腕の付け根あたりに奇妙な紋様がある。あれが弱点だな。
剣を持ち替え、ひょいと投げてやる。アダマンタイト製の剣はざくりと紋様のど真ん中にささった。
ゴーレムは糸が切れたように手足を投げ出し、動かなくなる。
僕が剣を手放したのを好機と見て、三つ目オオカミが四方から飛び掛かってくる。僕は素早くマントを外し、宙を飛ぶ。
マントに顔を突っ込むオオカミたちの上を飛び越える。そのまま、がれきになったゴーレムの上をぴょんぴょんと飛び跳ねる。その先にあるのは、岩に突き刺さった僕の剣だ。剣を引き抜きざまにゴーレムだった岩の腕の辺りを切り刻む。拳くらいに小さくなった破片を三つ目オオカミめがけて続けて蹴り飛ばす。
重たくて鈍い音と同時に、三つ目オオカミは四匹とも悲鳴を上げて倒れた。
「まさか、これほどの腕とはな……」
放心したようにシャロンがつぶやく。
「きっと、お前のようなものを天才というのだろうな」
「ほめても何も出ませんよ」
せいぜい僕の顔が赤くなるくらいだ。
「正直な感想だよ。私にお前の半分でも才能があればな」
シャロンの言葉にはうらやましさより寂しさがふくまれていた。
「さて、残るはあなただけですよ。降参しますか?」
「そうだな、切り札をここまであっさりとつぶされるとは思ってもみなかった」
追いつめられたような口調とは裏腹に、余裕を崩さない。何を考えているんだ?
この状況でシャロンに出来ることと言えば……。
シャロンはにやりと笑った。
「ならここは、私本来の戦い方をするまでだ」
その時、こちらに向かって来るたくさんの気配を感じた。草をかき分ける音とたくさんの息遣いが取り囲むように近づいてきている。まだ魔物がいたのか? 三つ目オオカミにしては走って来る速さも足の数も違う。二本足でもっと小さい。子供か? それも一人や二人じゃない。何十人もだ。
十も数えないうちにそいつらは現れた。森の中や山道から現れたのは緑色をした子鬼に、犬の顔をした毛むくじゃらの小男……ゴブリンにコボルトだ。
気が付けばゴブリンとコボルトの大群にすっかり囲まれていた。どれも魔物使いの首輪をはめて……いや、はめられている。こいつら全部シャロンの使い魔なのか。
ひぃ、ふう……わかんないや。でも五十は超えているだろう。百はいるかもしれない。手にしているのは手槍や短剣、手斧に農作業用のカマにピッチフォークとバラバラだ。サビも浮いているような安物ばかりだけれど、人を傷つけるには十分だろう。
僕が気を取られたスキをついてシャロンが転がるように飛び下がる。自分の剣を構え直し、僕と距離を取る。
「前の戦いでいなくなったんじゃなかったんですか?」
「私が味方同士の殺し合いで全滅させるような間抜けに見えるのか?」
「間抜けには見えませんが、ムダなあがきをしているようには見えます」
「せめて道連れ程度にはできると踏んでいるんだがな」
真っ先に向かってきたのはゴブリンの集団だった。僕の背後から何体も折り重なるようにしてとびかかって来る。僕は横に飛びのく。前の奴を切り伏せても次の奴に組み付かれるのは目に見えていた。逃げ道を察知したのか、すかさずコボルトが四体、僕の行く手を阻む。そいつをかわして前に飛び込むと別のゴブリンたちが殺到してきた。
「ゴブリンなんかに迫られてもうれしくともなんともないよ」
緑色の子鬼を蹴飛ばしながら飛び下がると、背中にひやりとしたものを感じた。
「なら、私ならどうだ?」
振り返ると、シャロンが怖い顔をしながら剣を振りかぶっていた。
「せっかくですが、遠慮しておきます」
ひょいとしゃがみこみ、四つん這いになりながらシャロンの横をすり抜ける。
なるほど、こいつは狩りなのか。
でたらめに向かってきているわけじゃない。
獲物を追い込む役、おとり役、仕留める役、四匹で一組のチームを組んで、全部計算されているようだ。参ったな。ゴブリンとコボルトだけでも十分手ごわいじゃないか。
「休む暇を与えるな! 連続で攻撃を続けろ!」
シャロンの檄が飛ぶ。
どうやら僕を疲れさせる作戦のようだ。
こいつは厄介だ。
一体一体は弱くても、この数に囲まれたら身動きが取れなくなる。足が止まったらそれでおしまいだ。大群に飲み込まれて切り刻まれるか踏みつぶされるか、シャロン直々にとどめを刺されるかの違いくらいだろう。
虹の杖があれば逃げるのも防ぐのもやっつけるのも簡単だけれど、一応出さないと宣言した以上ここで出すのはちょいと格好悪いなあ。
そんなことをぼんやり考えていると、横からコボルトが手槍を突いてきた。僕はさびた手槍の柄を切り飛ばすと、犬の頭を踏んづけながら飛び上がる。
「バカめ」
シャロンの声が聞こえた時には、着地地点にゴブリンとコボルトたちが待ち構えていた。四体ずつ列を組んで一斉に武器を上に向ける。赤茶けた槍の穂先や、鈍色をしたピッチフォークの先端がぎらり、と光るのが見えた。
このまま落ちれば僕はくし刺しだ。
僕は覚悟を決めた。
体の向きを変えて頭から落ちると、体ごと回転させながら剣を一気に振り回した。耳ざわりな音とともに、ジャマな槍の穂先や武器の先端をすべて切り落とす。暴風に巻き込まれたようにゴブリンとコボルトの隊列が崩れる。
そのまま手をついて逆立ちの格好で着地すると、ぴょんと半回転して足を地面に付けると同時に思い切り踏み込み、剣を振り回す。
絶叫が上がる。四体のゴブリンがのけぞりながら後ろに倒れていく。
「ひるむな、飛び掛かれ!」
シャロンの声ともにわっとゴブリンとコボルトが覆いかぶさって来る。
僕は雄たけびを上げながら全力でアダマンタイト製の剣を振り回す。剣の軌道上にいたコボルトの胴やゴブリンの胸を抵抗らしい抵抗も感じることなく薙ぎ払う。
悲鳴一つ上げることなく、七体のゴブリンが地面に倒れる。
剣をふるった勢いのまま体を半回転させる。やはり背後にいたコボルトを手にしていた武器ごと切り捨てる。さらに大きく踏み込みながら体を半回転させて、とびかかってきたゴブリンの第二陣を切り払った。
あとはその繰り返しだ。
おそってきたゴブリンやコボルトを一撃で五体から八体ほど切り伏せる。ある程度、倒したらジャンプして一度距離を取る。そしてまた向かってきたところを同じようにぶった切る。
切られた衝撃で吹き飛んだゴブリンもコボルトも地面に倒れたまま動かなくなる。
「バカな……」
勝利を確信していたようなシャロンの顔がだんだんと青ざめていく。
僕を誰だと思っているんだ。
毎朝、頭の中で竜牙兵の大群と戦っているんだぞ。
今日だって六百体ほど倒してきたばかりだ。
ゴブリンやコボルトなんてへでもない。
魔物とはいえ食べるわけでもない、しかも操られているだけの奴らの命を奪いたくはなかった。けれど、ゴブリンもコボルトも放っておけば増えるだけ増えて人をおそうような魔物だ。
シャロンを倒せば野生に戻って人をおそうようになるかもしれない。
僕は腹をくくったのだ。
「下がれ、一度距離を取るんだ!」
半数近く減ったところでシャロンが焦った顔で指示を出す。
もう遅いよ。
数が減って隊列の乱れたゴブリンなんて怖くもない。コボルトなんてただのわんこだ。
今度はこちらの番だ。打って出ると、ゴブリンやコボルトを手あたり次第に薙ぎ払っていく。もう隊列もへったくれもない。狩られているのはゴブリンやコボルトの方だ。
やけくそのように突っ込んでくるコボルトを切り捨て、武器を失って爪と牙をむき出しにして飛び込んでくるゴブリンを払い落とす。
気が付けばゴブリンとコボルトの大群は全部、倒れていた。
「ごめんよ」
一息ついた後、祈りをささげる。後悔はないけれど、自分の意志でもないのに向かってくる相手を倒すのはやはり気分のいいものではない。
操っていた張本人の方を向く。シャロンの顔は絶望に満ちていた。
「君は本当に人間か?」
「ええ、見ての通りオトナの男ですよ」
僕はゴブリンたちの体を飛び越え、改めてシャロンと向き直る。ほかに生き物や動くものの気配はない。さすがにもう手札はないと思うけれど、万が一ということもあるので油断せず剣を突きつける。
「降参してください」
シャロンは首を振った。
「確かにお前は強い。私一人では、万が一にも勝てるとは思えない。だが……いや、だからこそ、ここで引くわけにはいかない」
悲壮な決意のこもった瞳を光らせながら剣を構える。銀色の長剣が日の光を浴びてきらめく。業物ではあるが、腕も剣そのものも僕の方が上だ。
それはわかっているはずなのに、シャロンは戦う姿勢を崩さない。
「いくぞ!」
シャロンは剣を肩の位置まで上げると水平に倒し、突きを放ってきた。なかなか鋭い一撃だけれど、重さも速さも全然足りない。
僕は片手で無造作に下から払いあげる。真ん中あたりからはね上げながら手首を返し、シャロンの剣をからめとる。そのまま手首を何度も回すと、二本の剣が僕とシャロンの間で蛇のようにからみあう。シャロンの顔に焦りが浮かぶ。蛇と違って剣は硬いから柄が手の中で暴れて持ち切れないようだ。弾いたり押したりして何とか僕の剣から離れようとするけれど、全然離れる気配はない。
もちろん、僕のしわざだ。
シャロンが押した分だけ引き、引いた分だけ押すから僕たちの剣は引っ付いたままだ。シャロンの焦りの色がますます濃くなる。
気持ちはわかる。僕も昔はよくこいつをジェフおじさんにやられたものだ。
手首を回す速度を上げる。シャロンは剣を落とさないようにぎゅっと手首をかためる。はい、すきだらけだ。
僕は手首を止めると一歩踏み込み、剣の腹でシャロンの手首を叩く。銀色の長剣が音を立てて地面に落ちた。
そしてつま先で落ちた長剣を蹴飛ばし、切っ先をシャロンの胸元に近づける。
「降参してください」
「赤子扱いか……」
手首をさすりながらシャロンは自分をあざけるような薄笑いを浮かべる。
「しょせん、私はここまでの器ということか」
今度こそ万策尽きたのだろう。シャロンはつきもの落ちたような顔をしていた。
「私の負けだよ」
どこかすっきりした声だった。腰の後ろから短剣を引き抜くと、自分の首筋に刃を当てた。
僕は息をのんだ。
「さらばだ」
目を閉じて手首に力を込める。
刃先が柔らかいのど元を切り裂かんとしたところで、短剣は彼女の手からこぼれ落ちた。
「まったく、危ないなあ」
もう少し気づくのが遅かったら間に合わないところだった。おにごっこの『贈り物』でシャロンの動きを止めたのだ。
短剣が地面に落ちる。金色の髪をなびかせながら後ろに倒れ込むところを回り込んで抱き止めた。
「それにしても、どうして命を絶とうだなんて……」
捕まればギルド追放だし、重罪は免れない。町の人にも嫌われるだろう。それが怖かったのだろうか。
気を失ったシャロンの顔はどこかほっとしているように見えた。いつもは大人びて見える顔が今は幼く感じる。
近くで見るとやっぱり美人だなあ。それにいい匂いもする。ふと、おととい見てしまった白い肌が頭の中に浮かぶ。
ああ、うん、ダメだ。考えがまとまらない。
冷静に考えるため、僕は急いでカバンから虹の杖を取り出した。
お読みいただきありがとうございました。
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次回は11月18日午前0時頃に開始の予定です。