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ひなどりは拾われた その7

「まだ仲間がいたのか」


 うんざりしながら虹の杖を掲げ、『麻痺(パラライズ)』の電撃を放った。細い雷光が矢のように男たちを貫く。

 男たちは一瞬、平気そうにしていたけれど、短剣を振り上げようとして急にうめき声をあげてそのまま地面に倒れた。


 用心のために杖を構えたままじっと男たちを観察していたけれど、動き出す様子はなかった。

 完全に白目をむいて気を失っている。


「今のはなんだったんだろう」

 僕の見間違いでなければ『麻痺(パラライズ)』の電撃が当たった瞬間、男たちの体が淡く光った気がした。


 今まで何度か『麻痺(パラライズ)』を使ってきたけれど、そんなことは一度もなかった。

 何が原因なのか探るべく、うつ伏せに倒れた男たちをひっくり返し、服の中やズボンの中をあさる。どろぼうではないから調べるだけだ。


「おや?」

 胸の辺りにごつごつしたものがあると思って探ってみれば、ペンダントだ。


 月の光にかざしてみると、麦粒みたいな形をした、赤くてつるつるした石が付いている。石には真ん中の辺りから大きなひびが入っていた。しかも二人ともだ。


 とりあえず覆面をはいでみた。案の定、知らない顔だったけれど、二人とも顔にキズもあっておっかない顔つきをしている。

「さて、どうしようか」


 路上で刃物まで振り回す以上、強盗とみなして間違いないだろう。さっきの山犬さんたちの仲間かそうでないかはともかく、放ってもおけない。


 とりあえず『瞬間移動(テレポート)』で衛兵さんの詰所まで運ぶことにしようとした時、せわしない足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。鎧のこすれる音もする。


「ここで何をしている」

 現れたのは予想通り、衛兵さんたちだった。全部で四人いる。みんな兜と鎧を着け、下には鎖帷子を着込んでいる。その中の一人には見覚えがある。


「おや、あなたは昨日の……」

 門のところにいた衛兵さんだ。僕に「依頼はよく確かめて受けることだ」って言っていた人だ。

 それってこういうことなのかな、と足元に転がる男たちを見下ろす。


「やあ、どうも。昨日はお世話になりました」

 話しかけると、昨日の衛兵さんは疑わしそうに目を細める。


「どうもこの人たちは強盗のようです。今僕がですね、ここをてくてく歩いていたらですね、いきなりそこの脇道からこの人たちが刃物を振り上げてわっと飛び出してきたんです。僕をかも(・・)とにらんでおそってきたらしくでですね、僕はとっさにえいやっと……」

「余計なことはいい。事実だけを述べろ」

 僕の詳細な説明を途中でバッサリと切って捨てた。


「返り討ちにしました」


 言われた通りあっさり説明すると、衛兵さんは僕と倒れている二人組を交互に見る。

「名前は?」


「僕はリオ。旅の者です。それでですね、えーと」

「トバイアスだ」ぶっきらぼうに名乗った。「もう少し詳しく説明しろ」


 削れと言ったり増やせと言ったりワガママな人だなあ。


「短剣を手におそいかかってきたので、とっさに返り討ちにしてやったんですよ。どうしようかと迷っていたところへあなたたちが来た。それだけです」


 トバイアスさんはうつ伏せに倒れた二人組に近付き、その顔をくい、と僕に見せつけるように上げる。


「知っている顔か?」

「初対面ですね」


 トバイアスさんはふむ、と自分の口元をなでまわしながら考え込む。僕の言葉を吟味しているようだ。もしかして、僕が強盗で二人を気絶させてお金を取ろうとしたとか思ってないよね?


「まあいいだろう」トバイアスさんが目で合図すると、残りの三人が手際よく二人組を縛っていく。さるぐつわまでする念の入れようだ。そういえば、観念した悪党が舌をかみ切って自害する場面を物語で何度か読んだことがある。きっとそいつを用心してのことだろう。


「こいつらはこちらで預かる。それでいいな」

「ええ、いいですよ」


 元々衛兵さんに預けようとしていたところだ。来てくれたのなら手間が省けてありがたい。

 トパイアスさんの合図で、衛兵たちがまだ気を失った男たちを肩で担ぐ。

「準備完了しました、隊長」


 衛兵さんたちがトバイアスさんにうやうやしく敬礼する。

 隊長さんだったのか。偉い人だったんだな。


「それで、お前の宿はどこだ?」

「冒険者ギルドの近くにある『白馬のたてがみ亭』ですけれど、それが何か」


「こいつらには余罪がないか詰所で取り調べる。内容次第では、またお前にも話を聞く必要が出て来るかもしれない」

「そうですか。朝と昼は仕事でいないと思いますので夜に来ていただくか、伝言でも残していただければ後で僕からお伺いします」


 わかった、と低い声でうなずくとトバイアスさんは衛兵たちに先に行くように指示する。

「もう帰っていいぞ」


「ああ、ちょっと待ってください」

 僕が呼び止めると、トバイアスさんが面倒くさそうに振り返る。まだいたのかって顔だ。


「昨日言っていた『依頼はよく確かめて受けることだ』とはどういう意味ですか?」

「よそものが余計なことに首を突っ込むと、長生きしないという意味だ」


 トバイアスさんはつまらなそうに言って僕に背を向けて歩き出した。

 もう一度呼び止めてみたけれど、今度は振り返りもしなかった。


 あとには夜の街の真ん中に、僕だけがぽつんと取り残された。

 急に寒気のような寂しさにおそわれて、『瞬間移動(テレポート)』で宿へ戻った。


 翌朝、スージーさんに昨日の件について話すと事情がわかった。

 毛織物屋のおじいさんは、よくない連中が内緒で開いていた賭け事で負けて、多額の借金を作って夜逃げしたらしい。


 昨日、店に来たのはその賭け事を開いていたやくざもの(・・・・・)の一味だったらしい。

 だからあのおじいさんはあんなにあわてていたのか。言ってくれれば、もう少し依頼料を安くしても良かったのに。


「多分、何も知らないリオ君を犠牲にして逃げる時間を稼ごうと思ったんですね」

 ひどい話だ。


「今回みたいに、依頼と本当の仕事が違う場合は、ギルドに報告するようにしてください」

「そういう場合はどうなるんですか」


「依頼そのものが間違っていたわけですから、もし失敗したとしてもお金を払う必要はありませんし、失敗の記録にも入りません」


 ただ今回は依頼書通りの仕事は果たしたし、ギルドに預けてあったお金もそのままなので一応報酬は受け取った。


「けど、最後のはいただけませんね」

「最後のって……二人組の強盗の件ですか?」


「その前のやくざものの件もです」

 スージーさんはめっ、と叱りつけるような声で言った。

「もしそいつらが懸賞金付きの強盗だったら、衛兵なんかに引き渡したらあれこれ理由を付けて懸賞金を横取りされちゃいますよ」

「はあ、そうなんですか」


 でもトバイアスさんは無愛想だけれど、仕事自体はまじめにやっているようだった。お金を横取りするようなけちんぼう(・・・・・)には見えない。


「そういう時はですね、まずギルドに報告して下さい。ウチを通せばギルドの……ひいてはリオ君の実績にもなるんですから」


「わかりました。次からはそうします」

 僕としては報酬なんていらないし、悪い人が捕まるのならどこに突き出しても構わない。でもスージーさんを怒らせせるのもまずいと思うから素直に従っておくことにする。


「それにしても二日で八件……いえ、九件ですか」

 スージーさんは呆れたような感心したような顔で僕を見る。


「リオ君、本当に星なしなんですか? もしかして、星の数ごまかしてません?」

「まさか」


 組合証に勝手に星をつけたり外したりすることは、規約違反だ。もちろん、僕はそんなことはしていない。


「だとしたら、天才ですね」

「働き者なだけです」

 『森ガラス』なんて言われた、怠け者の僕はもういない。働き者に生まれ変わったのだ。


「この調子だと一つ星に上がるのもすぐですね」

「さあ、どうでしょう」別に星が欲しいから仕事をしているわけではない。


「それより、今日の仕事なんですが……」

「今日も受けるんですか?」

「もちろんですよ」

 子守とか、おつかいとか、まだやっていない仕事はたくさんある。

 働き者は毎日働くから働き者なのだ。


 僕が働き者に生まれ変わって、はや五日。

 ネコジャラシの先っぽみたいだった『星なし』の掲示板が今では、壁が見えるくらいにまでぺったんこになっている。


「いやー、本当に助かりますよ。リオ君が来てくれたおかげで、溜まっていた依頼が一気にすっきりしましたからね」

 スージーさんもにこにこ顔だ。


「これでギルド長にイヤミ言われることもありませんし、冒険者さんに誰もやらない仕事すすめてイヤな顔されることも減ります。いやー、助かりました」

 苦労しているんだなあ。


「でもリオ君、しばらくしたらまたどこかに行っちゃうんですよね」

「ええ、まあ」

 依頼というものも一通りやってみたし、僕はまだ旅を続けたい。もう二、三日したら次の町に行くつもりだ。


「よかったらいっそのこと、この町に住みませんか? いい町ですよ。ご飯もおいしいし」


「お気持ちはありがたいのですが、僕にも事情というものがありまして。ごめんなさい」

 はあ、とスージーさんが残念そうにため息をつく。


「リオ君の仕事ぶりはまじめで丁寧だから依頼人の評判もいいんですけどねえ……」

 そりゃあ仕事だからまじめにするのは当たり前だ。

「それより、シャロンさんたちはまだ戻らないんですか?」


 聞いたところによると、シャロンさんたちはまだ依頼の最中らしい。

 一日かけて三つ目オオカミを追い払った後、一度戻って来たそうだ。でも僕が店番をしている間に準備を整え、休む間もなく三つ目オオカミの巣をつぶすために山へ出かけたという。全くシャロンさんたちには頭が下がる。


「もうそろそろ戻ってくるころだとは思いますが」

 ギルドからも様子見のために職員を行かせているそうだ。


 そのせいかギルドの中も静かなものだ。冒険者の数よりギルド職員の方が多いくらいだ。三つ目オオカミの討伐には、『氷の大蛇(アイス・サーペント)』だけでなく、ほかの冒険者も大勢出かけたらしい。夕方の込みあう時間帯だというのに、ひっそりとしている。

 スノウも退屈なのか僕の肩で大あくびをしている。


「はい、リオ君。今回の報酬ですよ」

 スージーさんが銀貨と銅貨をカウンターの受け皿に置いた。今日の仕事は山での木材運びに、イモの皮むき、おつかいに庭の草むしりだ。枚数を数えて間違っていないことを確認した後、財布にしまう。


「ありがとうございます。では、僕はこれで」

 残っていても仕方ないので早く宿に戻って、たんぽぽコーヒーでも飲みながらスノウと遊ぼう。


 そう思いながらカウンターを離れようとした時、扉が開いてたくさんの冒険者たちが入ってきた。


 みんな怖い顔をしている。包帯を腕や頭に巻いている人もいれば、隣の人の肩に掴まりながら足を引きずっている人もいる、鎧やマントに泥や赤黒い汚れがこびりついている。

「大丈夫ですか」


 スージーさんをはじめギルドの職員が奥から飛び出してきて、冒険者たちに駆け寄る。

「心配ない。ケガはしているが死んだ者はいない。とりあえず、傷の手当てを頼む」


 ハーマンさんの指示に従ってギルドの職員がすばやく毛布や洗いざらしの布を持ってきて、床に並べていく。

 急ごしらえの寝床に手の空いた人たちがケガ人を寝かせる。


 ギルドのホールが広いのは、いざという時に救護所代わりに使えるようにするためと聞いていたけれど、実際に見るのは初めてた。


「それで、三つ目オオカミは……」

「一時撤退だ」


 シャロンさんがギルドの中に入ってきた。その声にはくやしさがにじみでている。


「群れはおおむねつぶしたが、ボスを取り逃がした。あれは放っておけばまた群れを作っておそってくる。また近いうちに討伐に行くつもりだ」

 倒し切きれなかったのか。


 厄介だなあ。シャロンさんの言うとおり、群れのボスは今回の討伐で人に恨みを持っただろう。しかも前より警戒心が強くなっているだろうから捕まえたりワナを張るのも大変なはずだ。


 とはいえ、しゃしゃりでるのはまずい。さばを読んでいたなんて説明しても信じてもらえないだろう。働き者に生まれ変わったといってもまだほんの五日ほどだ。余計な手出しをすればまた叱られるだけだ。みんなのケガも軽いようだし、『治癒(キュア)』を使う必要はないようだ。ジャマしないように早いところ退散しよう。


 僕は一礼してシャロンさんの横を通る。

「ちょっと待ってくれ」


 扉に手を伸ばした時、後ろからシャロンさんに呼び止められた。

「えーと、ご心配なく」


 また叱られるのはイヤなので、自分から言うことにした。振り返りながら身振り手振りで説明する。

「もう身の程知らずなマネはしません。ムリに参加したいなんて言いません。僕は僕にできることをしますのでご安心ください」


「違う、そうじゃないんだ」

 シャロンさんはなだめるような口調で言った。


「率直に言う。君の力を貸してほしい」

「どういうことです?」


 『森ガラス』だからとつまはじきにされたのはついこの前のことだ。しかもシャロンさんはその間ずっと三つ目オオカミ討伐に出かけていた。なのに、帰ってきたら今度は力を貸せだなんてわけがわからない。


「ここに帰る途中、君の話を聞いた。君は……その、大活躍だったそうじゃないか、その杖はものすごい力を持っているらしいな」

「こいつのことですか?」と、虹の杖を顔の前まで掲げる。


「聞いていたと思うが、三つ目オオカミのボスを取り逃した。そいつを追い詰めるために、その杖を貸してほしい」

 なあんだ。虹の杖が目当てか。


「ボスは動きの速いやつでな。私たちの足では到底追いつかない」

 なるほど、『麻痺(パラライズ)』で動きを止める作戦か。

「先日のことは謝罪する。だから、私たちに協力してほしい」


「うーん」

 僕は即答できなかった。


 この前のことはあまり気にしていない。ひっぱたかれたのだってさばを読んだ僕にも責任があるわけだし、元々討伐には参加しようとしていたくらいだ。


 でも、シャロンさんの言うことをうのみにするほど僕は甘ちゃんじゃない。

 僕も村で狩りをしていたからわかる。集団での狩りには、獲物を追い込む人、足止めをする人、狩る人など、お互いの協力が欠かせない。

 チームワークというやつだ。


 ちょっと強そうな奴がいるからとウワサで聞いたくらいで、仲間に引き入れたらチームワークが乱れて、かえって狩りのジャマになる。


 まして『森ガラス』だった僕を引き入れようだなんて、普通なら誰かが反対するはずだ。

 だけど周りにいる『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の仲間は誰も声を上げない。みんな笑顔で僕の返事を待っている。この前僕が気絶させた人も不服そうだけれど声をあげる様子はない。


 答えは簡単だ。シャロンさんはこの場で思いついたんじゃない。前もってみんなに僕を次の討伐に参加させようと根回ししていたんだ。はたして、町のウワサで聞いたくらいでそこまでするだろうか。僕の隠れた実力というものを見抜いたとしてもこんな下手に出なくったって「一緒に戦おう」と言えば済む話だ。

 そこで僕はいやな想像をしてしまう。


 シャロンさんたち『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の目的は三つ目オオカミのボスではなく、僕ではないだろうか。

 ひょっとしたら虹の杖を奪い取るためか、あるいは、僕をおどかして何かをさせようとしている、とも考えられる。


 とにかく、シャロンさんの誘いはとてもあやしい。引き受けるべきではない、と僕のかしこい部分が告げている。少なくとも、一日でも時間を置くべきだ。

「あの、すみませんが……」

「頼む」

 

 シャロンさんが僕の肩に手を置いた。手袋を外しているので白い手が直接、僕の肩に触れている。きれいな顔立ちからは思いもよらない手のひらの硬さに、ものすごい特訓の跡が見て取れた。


 こうして触れられているだけで、鎧越しなのに柔らかな体温や皮膚の感触までとけて伝わってくる気がする。近くにいるせいか、甘酸っぱい匂いまでしてくらくらしてしまいそうだ。

 虎目石のような濡れた瞳がまっすぐに僕を見ている。


「協力してくれないか」

「あなたのためならよろこんで」


 仕方ないよね。こんなキレイな人の頼みなんて断れないよ。

 だからね、スノウ。そんなに耳をかまないで。穴があいちゃうからさ。



お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回は11月4日午前0時頃に開始の予定です。

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