ひなどりは拾われた その6
スージーさんはギルドの中に入ると、カウンター越しに僕と向かい合う。
「それで用件は何ですか? 依頼のことで何かわからないことでも?」
そうだ、肝心な用事をすっかり忘れていた。
「えーと、依頼が終わりましたのでその報告に来たんです。これです」
二枚の割符を渡すと、スージーさんは口をぽかんと開けた。
「もう依頼を終わらせてきたんですか?」
「ええ、なかなかの大仕事でしたよ」
あやうくミーちゃんに逃げられるところだった。スノウがいなければ依頼に失敗していたかもしれない。スージーさんは割符を重ねて確認すると、一度奥に行き、トレイに銅貨を乗せて戻ってきた。
「では、これが報酬です。ご苦労様でした」
僕はトレイから三枚の銅貨をつまみ取る。ささやかな金額かもしれないけれど、僕にとっては自分で初めて仕事をして稼いだお金だ。この銅貨は記念にとっておこう。
ギルドの中はまだがらんとしている。ギルドが混みあうのは仕事を受ける朝と、仕事から戻ってくる夕方だ。今はお昼時のせいか、人はまばらだ。
「シャロンさんたちはまだ?」
「今頃、戦っている頃でしょうね」
できれば応援に行きたいけれど、ついさっき怒られたばかりだ。のこのこ顔を出せばまたひっぱたかれるだろう。何もしない方がいいのはわかっているけれど、どうにも落ち着かない。
みんな無事かなあ。ケガしてなきゃいいけど。
「言いましたよね。『氷の大蛇』は、ウチでも一番のパーティです。あなたが心配なんて、するだけ失礼というものです」
顔に出ていたらしく、スージーさんにたしなめられる。
それもそうだ。冒険者というものは護衛や魔物退治のように、いつもどこかで危険を乗り越えて戦っているものだ。心配していたらきりがない。
ここはシャロンさんたちを信じよう。
気持ちを切り替え、改めてスージーさんに向き直る。
「えーと、それでですね。次はこの依頼を受けたいのですけど……」
カウンターの上に依頼書の束を置いた。さっきスージーさんが奥に引っ込んだ時に、掲示板からよさそうな依頼を持ってきたのだ。それを手に取ったスージーさんの顔が引きつる。
「店番に市場の下働き、ニンジンの皮むき、料理屋のマキ割り、手紙の代筆、引っ越しの荷物運び、畑仕事に狩りの手伝い……これ全部ですか?」
「僕は今、やる気というものに満ちていますからね」
僕がきちんと依頼をこなせば森ガラスなんて呼ばれなくなるだろうし、アップルガース村の評判だって少しは良くなるかもしれない。
「まさか、これ一日でやるつもりじゃないですよね」
「そんなわけないじゃないですか」
店番なんてどんなにがんばっても、時間が掛かるものだ。一日でやれるものではない。
「今日と、明日の分ですよ」
一日半もあればいけるだろう。
「言っておきますけど、失敗したら罰金取られるんですよ。失敗が重なればギルドから追放されることも……」
「もちろん知っています」僕は大きくうなずいた。
「だからちょっと控えめにしてみました」
それから僕の冒険者生活が本格的に始まった。
まずはギルドを出て、料理屋のマキ割りだ。二百本くらい割ってほしいという。渡された手斧の刃がつぶれていたので、アダマンタイトの砥石で砥いでから割っていったら一時もかからずに終わってしまった。報告を済ませ、割符を受け取って次の仕事へ向かう。
次は家事手伝い。町の北側にある商家で大量の洗濯ものが出たので手伝ってほしい、とのことだった。僕は『虹の杖』の『水流』を使うことにした。小屋ほどもある大きな水の球を作り、そこにたくさんのシーツや衣服と、オリーブ油のせっけんを放り込む。
それから水の球を回転させると、滝つぼみたいに渦巻きができて、その中を魚みたいに洗濯物が流れている。汚れが落ちたところで、水を抜いて洗濯物だけを水の球の外へと放り出す。あとは、洗濯物を干していけば洗濯は終わりだ。これで依頼は完了した。
その次は引っ越しの荷物運びだ。町の西側から東の端っこまで引っ越しするというので、タンスやベッドといった大きな家具を運ぶ仕事だ。幸運にも僕は東側からこの町に来たので『虹の杖』の『瞬間移動』を使えばすぐだった。
『瞬間移動』は、僕がさわっているものも一緒に移動する。固定されていなければ、重さも大きさも関係ない。五、六回往復するだけで事足りた。
予定よりはるかに短い時間で終わったので特別におだちんまでもらった。
それからニンジンの皮むきをしてこの日は終了。スージーさんにギルド近くの宿を紹介してもらい、その日は早めに休んだ。
翌日は、日の昇る前から起きて市場の手伝いだ。スノウに宿屋でお留守番をしてもらい、市場へ出かける。
朝の市場は百以上の出店が並び、たくさんの人たちでごった返す。宿屋とか料理屋といった朝の新鮮な食材を手に入れたい人たちと、八百屋や肉屋のように新鮮な食材を売りたい人たちが訪れるからだ。市場を取り仕切っているのが商業ギルドという商売人の組合だ。
僕の仕事は商人たちの小間使いとして荷物を運んだり、荷物をお客さんの荷車に積んだりといった力仕事が主になる。あとは道案内に迷子の誘導、すりやどろぼうが出ないように目を光らせておく必要もある。
僕は市場の中を走り回りながら荷物を運ぶ。道にはたくさんの人がいるので歩くのも一苦労だ。これも『瞬間移動』があるので、楽々と運ぶことができた。
一度、いきなり僕が現れたのでびっくりした人が、野菜をひっくり返しそうになったのはちょっと失敗だった。けど、地面に落っこちる前に全部拾い上げたので、まあ大丈夫だろう。日が昇るころには人の流れも穏やかになり、僕の仕事は終了だ。割符をもらい、次の仕事へ向かう。
お次は畑仕事だ。町の外にある土地を耕して畑を広げる。僕の役目はクワで土地を掘っていくことだ。でも石が多くて、ごつごつしている上に木の根っこなんかもあって普通なら掘り進めるのは骨が折れる作業だ。
一気に掘り進めるべく、僕は『強化』を使うことにした。何倍にもなった力でクワをふるい、イノシシのような勢いで耕す。石も根っこも構わず掘ることができた。時間切れになる寸前まで使ったおかげで、畑は予定よりも広がったけれど、代わりにクワをダメにしてしまった。お詫びと弁償のために金貨を渡そうとしたら申し訳なさそうに断られた。
続いて商業ギルドの本部で手紙の代筆だ。商業ギルドは町の真ん中、冒険者ギルドの斜め向かい側にある二階建ての建物だ。
各地の商業ギルドに配るという案内状を書く人が足りないとのことで、冒険者ギルドにも依頼が来たらしい。
僕は二階の小部屋に通された。イスと机がぽつんとあるだけの部屋で、案内状を延々と書きまくった。正直、これが一番しんどかった。ジェロボームさんに字を習っていたので助かった。もし母さんに字を習っていたらきっと、掘り返されたワームみたいな字になっていたことだろう。
何とか頼まれた枚数の手紙を書き終えて依頼は達成した。
お昼を食べた後は、狩りの手伝い。今回の獲物はキンヅノジカという名前通り、角が金色に光ったシカだ。めったに人前に現れないシカを見つけて狩るのを手伝ってほしい、というので僕が獲ってあげた。
依頼人である狩人のおじさんは珍しいとは言ったけれど、僕はアップルガースにいた時に何度か見かけたことがある。『失せ物探し』で場所を突き止め、『瞬間移動』で近くまで移動してから『贈り物』で背後まで近づいた後、気絶させて狩人のおじさんのところまで戻ってきた。
おじさんは「長年追い求めてきたやつがこんなにあっさり……」とか放心したみたいにぶつぶつ言ってたけれど、割符だけはきちんともらった。
最後は店番だ。店番の依頼はほかにもあったけれど、一日だけどうしても、今日来てほしいとのことなので、引き受けることにした。毛織物屋ということだけれど、妙なお店だった。店の中はがらんどうで、棚にも奥の倉庫にも織物なんかほとんどない。掃除もしていないらしく床も窓もホコリだらけ。外の看板もずれたままだ。
店主はひどく疲れたような白髪のおじいさんだった。僕が用件を伝えると「後は頼む!」と言い残してすぐに出て行ってしまった。商売なんてやったことないのにどうしようと思ったけれど、いなくなったものは仕方ないので、とりあえずお店の掃除をすることにした。
ホウキでホコリを払い、ゾウキンがけをして汚れをふき取る。看板もきちんと直して、お店の中と外の掃除をすっかり終えてもお客さんなんか全然来なかった。店番なんか必要だったのかなあ、と思っていたらガラの悪そうな人たちが扉を蹴飛ばしながら入ってきた。みんないかつい顔をした人ばかりだ。
乱暴だなあ、と思ったけれど、これでもお客さんなのだと思い直した。
とりあえずヴィヴィアンのお母さんの言うとおり、お金を持っている人には愛想よく笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ」
「ジジイはどうした!」
開口一番、一番年かさの人が喚き散らした。上下とも灰色の服とズボンを着て、髪の毛にも黒髪に白いものが混じっている。唸り声を上げるその姿が山犬みたいだったので、心の中で山犬さんと呼ぶことにする。
「えーと、店長さん? は今は留守にしていまして……あの、今日はどんな織物をお探しですか?」
「冗談もたいがいにしろや、兄ちゃん」と、カウンターの上にもたれかかってきた。
「この店のどこに売り物があるって言うんだ、ええ?」
それを言われると僕もつらい。
「じいさんはどこだ。隠すとためにならねえぜ」
「いえ、ですから……僕は店番を頼まれただけで……」
「どうやら痛い目を見ねえとしゃべってくれねえか」
おい、と山犬さんがあごでしゃくると、後ろにいた人たちが拳を鳴らしながら僕に近付いてきた。
よくわからないけれど、どうやらお客ではないらしい。
世間にはお店で理不尽な言いがかりをつけて、暴力をふるったりお金や金品ををだまし取ろうとする人たちがいると聞いたことがある。目の前の人たちもそういう人たちのようなので、それなりの対応をすることにした。
例によって全員気絶させた後、店の裏口に積んでおいた。表だと商売のジャマになるからね。
日が沈んでもおじいさんは戻って来なかった。あの後、二回ほど仲間らしき人たちが怒鳴り込んできたので、同じように気絶させて裏口に積み上げたり転がしたり、壁に立てかけたりしておいた。
特に二回目には親分らしき人も来たので念入りにこらしめておいた。バタくさい顔をした太めの人で、賭け事がどうの、借金がどうのと妙なことを口走っていた。
さっき商業ギルドで聞いたところによるとこの町では、賭け事が禁止されているそうだ。自分から罪をばらすなんてマヌケだなあと思いながら全員まとめて『瞬間移動』で衛兵さんに引き渡しておいた。
真っ暗になってもおじいさんが帰ってくる様子はなかった。隣の古着屋も店じまいをしているようだ。もう店番はいいだろう。戸締まりだけして帰ろうと思い、お店のカギを探していたら二階のおじいさんの机の上に割符の片割れが置いてあった。
もしかして、これで依頼終了なのかな? 迷ったけれどまだ戻ってくる様子もなかったので持って帰ることにした。
「やれやれ、今日は疲れたなあ」
昨日今日といっぱい働いたからな。これでもう、僕を『森ガラス』なんて呼ぶ人はいないだろう。
「いやいや、その油断がいけないんだ」
怠け心というものはすぐにわいてくるものだ。
もう真っ暗だ。きっとスノウも宿で心配しているだろう。
早く帰ろう、と虹の杖を振り上げた時、路地の陰から二つの黒い影が飛び出してきた。背丈は僕より頭一つも大きい。黒い布で顔を覆っているから顔は、はっきりしないけれど、体格や体つきからして二人とも男のようだ。手にはそれぞれ短剣を握っている。
男たちは切れ味の鋭そうな短剣を逆手に構えながら、僕におそいかかってきた。
お読みいただきありがとうございました。
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次回は11月1日午前0時頃に開始の予定です。