ひなどりは拾われた その5
今から二十年ほど前、国中の……いや、大陸中をまたにかけた伝説的な冒険者の一団がいた。ありとあらゆる冒険に首を突っ込み、失われた古代遺跡を発見したり、亡国のお姫様を助けたり、世界を暗黒に変えようとした悪魔の退治したりと、困難な冒険をいくつもやり遂げた。
その名前を『災厄砕き』という。
「そのリーダーが、エリック・ワーグマン。元はこの国の騎士の出だそうだが、家を出て冒険者になったらしい。太陽神の試練を突破して『太陽の聖騎士』の称号を名乗ることを許された、世界にただ一人の男だ」
村長さんのことだ。確かに歩き方とか、馬の乗り方とか、さまになってて格好良かったけれど、騎士様だったのか。
「エリックを支える副リーダーが『荒野の賢者』ジェロボーム。魔術の知識と頭の切れでパーティを支えていた。こいつの指揮で一万の兵をたった百人で追い払ったこともある。まあ、軍師役だな」
副村長さんだ。
「ほかにも『百万の魔法使い』のエメリナに、『心眼の狙撃手』ロシュ、名鍛冶師『歩く鉄塊』のランダル、『琥珀の聖女』ユーフェミア・リリー……」
みんな村の人たちばかりだ。『災厄砕き』のパーティがそのままアップルガースに移り住んだってことか。
「なにせメンバーはみんな五つ星以上って連中だ。ほかの冒険者パーティもあいつらの前にはかすんじまう。まるで桁違いだ。向かうところ敵なしってやつだよ」
けど、そんなすごい人たちがどうして山奥の村に隠れるように移り住まなきゃいけなくなったのか。
ダドリーさんはまた言いよどむ顔をしたけれど、お酒のビンに一口付けてから続けた。
「連中はな、ワナにはめられたんだよ」
当時『災厄砕き』の名声はうなぎのぼりだった。大陸の英雄、歴戦の勇者、みんなの憧れの的。でも世の中いい人ばかりじゃない。成功を喜んでくれる人もいれば、ねたむ人たちもいる。
ある日『災厄砕き』は、とある貴族の依頼を受けた。山奥のアップルガースという村に魔物が出たから倒してほしい、というものだ。
報酬も手ごろだし、魔物退治なんていつもの話だ。みんなは喜び勇んで引き受けた。
準備を整え、険しい山を登りアップルガースの村に到着した。
ところが、そこに待ち受けていたのは大勢の村人の死体だった。男も女も老人も子供もアップルガースの村の人たちはみんな死んでいた。
死体には全て剣や魔法で傷つけられた跡があった。魔物なんかじゃない。人の手によるものだ。
愕然とするみんなの前に大勢の兵士が現れた。まるで戦でもするような重装備の兵士たちに村はすっかり囲まれていた。
「罪もない村人を殺す大悪党どもめ! それ、全員討ち取れ!」
以前、『災厄砕き』によって恥をかかされた悪い貴族のしわざだった。遠縁の貴族を操り、罪もない村人たちを殺し、それをみんなのせいにしようとしたのだ。
逃げ出そうにも村一帯にまじないが仕掛けられていた。『災厄砕き』は村の中から 外に出られなくなってしまった。
その貴族は復讐のために何年も前から、この日のために準備をしていたのだ。
ジェロボームさんでさえ気づけないほどの完璧な計画だった。
誤算は『災厄砕き』が、悪い貴族の予想よりずっと強かったことだ。
兵士たちの大半は返り討ちに遭い、残りはほうほうのていで逃げ出した。
怒った悪い貴族はみんなを王国の敵と断定し、罪人として手配した。『災厄砕き』と仲の良かった国からは非難の声が上がったが、すべて無視した。王国の重鎮だった悪い貴族は、やはり『災厄砕き』を憎む貴族たちを抱き込み、準備を進めていたのだ。
悪い貴族は何度も何度も兵を差し向けた。
『災厄砕き』はアップルガース村に立てこもり、何度も何度も悪い貴族の兵士たちを打ち破った。
ジェフおじさんが応援に駆け付けたのもこの頃だろう。
兵士たちは大勢死んだ。生き残った者たちも嫌気がさして逃げ出した。兵士が足りなくなり、近隣の貴族からも半ばおどかすようにして集めた兵士もみんな倒された。王国の名誉のためにと頼み込んで出してもらった王家直属の兵すらアップルガースの地に消えた。
そんなことが続いたので、応援を出そうという貴族もいなくなり、悪い貴族に従う兵士はいなくなってしまった。
貴族は傭兵を雇って差し向けたが、やはり返り討ちにされた。
とうとう傭兵を雇うお金もなくなった悪い貴族は、最後の手段に出た。
禁忌とされている恐ろしい魔法に手を出したのだ。
アップルガースの村を含めた山一帯に呪いをかけ、全ての生き物から生命を奪い取って呪い殺そうとした。
でも『災厄砕き』のみんなは、敵を返り討ちにする一方で呪いを破るまじないを準備していた。
おそろしい呪いは中和され、山に住む生き物たちは死なずに済んだ。同時にみんなを山に閉じ込めていたまじないも消えた。
全てを失った悪い貴族は、今までやってきたことのがすべて明るみに出たため、先々代の王様の手により処刑され、公爵家は取り潰された。
でも 悪い貴族が死んでまじないが中和されても『災厄砕き』は山から出られなかった。
村人殺しは無実だ。でも、やむを得ないとはいえ大勢の兵士たちを殺している。ただ無罪放免では兵士の家族たちが納得しない。
なにより、王様にも体面というものがあった。許してしまえば、悪い貴族にだまされて大勢の兵士を差し向けた自分の失敗を認めることになる。そうなれば諸国に大恥をさらしてしまう。
けれど放っておいて、王家に反逆をもくろむ勢力と手を組まれたら大変なことになる。『災厄砕き』が亡命すれば受け入れる国はたくさんあるだろう。
かといって兵を差し向けてもムダなことはいやというほどわかっている。結局『災厄砕き』の罪は解かれることはなかった。その代わりに、先々代の王様は村のある山一帯を封鎖して、誰も近づけないようにした。
「罪を許すわけにはいかねえ、かといって処罰するのも道理に合わないし、抵抗されるのもわかりきっている。よその国に逃げられたら、もっと厄介だ。だから、辺境の山の中に連中を閉じ込めた上に、国中の人間にもアップルガースや『災厄砕き』についてのウワサを禁止した。何もなかったことにしたんだよ。くさいものにはフタってわけさ」
「……」
先々代の王様は『災厄砕き』について少しでもウワサをするものを厳しく処罰した。同時にこれまでの功績や称号もすべて消し去った。
それだけじゃない。冒険者ギルドにも手を回して、『災厄砕き』全員から星と資格を剥奪した。いや、記録を消し去り最初からそんな人間はいなかったことにしたのだ。
「都合のいいことに、連中も山から下りてこようとはしなかったからな。元々事実を知る奴はほんの一握りだし、時間が経てば事情を知らない奴も出て来る。ただ何となく危ない場所らしいってウワサだけが広まってな。いつの間にかアップルガースといえば、やばい連中の住むやばい場所の代名詞になったってわけさ。へっ、お上のやることは」
「……」
「たまに、罪を犯して国にいられなくなった奴が逃げ込むらしいだが、すぐに逃げ帰っちまうって話だ。中には化け物を見たなんて奴までいるそうだが……んっ?」
ダドリーさんの話が止まった。
僕のつかんでいた石段にひびが入った音に気を取られたらしい。
「どうして……」
「ん?」
「どうしてみんながそんな理不尽な目にあわなくちゃいけないんですか! ひどすぎます!」
「俺に怒ってもしょうがねえだろう」
「だからってあんまりです! ねえ、何とかなりませんか? みんなを無罪放免にする方法とか」
「俺にわかるわけねえだろうが。とりあえず落ち着け!」
気が付けば道行く人たちが何事かと僕を見ている。スノウも僕のひざの上に乗り心配そうに僕を見上げている。
僕はもう一度深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
まったくだ。ダドリーさんに当たるのは間違っている。
ダドリーさんの話がデタラメとは思えない。僕には心当たりがあった。
村長さんをはじめ村の人たちは誰一人村の外から出ようとしなかった。その気になれば、いくらでも外に出られるはずなのに、ごく限られた人としか外とのつながりを持とうとしなかった。
数ヶ月に一度来る行商人さんの幌馬車に矢が何本も刺さっているのを見たことがある。あれも見張りの兵士から射かけられたものだったんだ。
僕が村の外へ出る時に教えてもらった道も、人間が近付かないような獣道だ。
そして、どうして僕と母さんだけがみんなと違っていたのか。
それもこれも、すべてが腑に落ちた。
くやしい。僕は十五年間、何を見ていたんだ。今すぐこのマヌケな頭をかち割ってしまいたい。
「にゃあ」
スノウが心配そうに僕を見上げる。その顔で僕は我に返った。
何はともあれ、事情はわかった。カレンたちがアップルガースの名前にびくついていた理由もはっきりした。
僕としては村のみんなの罪を取り消してほしい。元々無実の罪なんだ。罪人扱いなんてあんまりだ。
でも、僕に何ができるだろう。
真っ先に思い付いたのはウィルフレッド殿下だ。殿下ならみんなにかけられている罪を消せるかもしれない。
問題は僕のお願いを聞いてくれるかどうかだ。黙って消えちゃったから怒っているかもしれない。
それに、ウィルフレッド殿下はいいやつだけど、王家の体面というものがある。
先々代の王様の過ちを認めることは、そのまま王家の見たくない部分を見せられることになる。
殿下が良くても周りの家来たちが反対するかもしれない。
僕はどうすればいいんだろう。僕に何ができるんだろう。
どうすればいいかは、まだわからないけれど、はっきりしていることもある。
僕は村のみんなが大好きだ。村のみんなは僕にたくさんのものをくれた。戦い方やいろいろな知識、僕が身に着けている地竜の皮鎧もアダマンタイト製の剣も虹の杖の元になった神霊樹の杖もおじさんたちが自分たちの装備品をばらばらにして打ち直したり仕立て直したりして作ってくれたものだ。返そうとしても返しきれない恩がある。その恩に少しでも報いたい。村のみんなのために今度は僕ががんばる番だ。
僕はアップルガース村の代表だ。
今、村の外にいるのは僕だけだ。
僕がきちんとすれば、みんなも村への偏見を改めてくれるかもしれない。
「とりあえず俺が知っているのはこのくらいだ、どうだ? やっぱり知らなきゃよかっただろ」
「いえ、とても参考になりました。ありがとうございます」
僕は一礼する。
ダドリーさんは照れくさそうに鼻の頭を手のひらで撫でまわした。
「それで、お前はこれからどうするんだ、ここに住む気か?」
「しばらくはいるつもりですけど、旅の途中ですからそう長くは……まあ、長くても七日くらいですかね」
もし面白そうな依頼がたくさんあるならもう少し伸ばしてもいいけど。
「そうか、だったらな……ウチにでも……」
ダドリーさんが何か言いかけた時、後ろに人の立つ気配がした。
「二人とも何をしているんですか?」
振り向くと、スージーさんが石像みたいにいかめしい顔で僕たちを見下ろしていた。
「ダドリーさん、ギルドの前でお酒は飲まないでって、いつも言っているでしょう! 飲んだくれてギルドの前で寝るから、通行の迷惑です」
「俺がどこで酒を飲もうと俺の勝手だろうがよ」
「勝手じゃありませんよ。がんばっているシャロンさんたちに申し訳ないと思わないんですか? 少しはギルドやみんなのことも考えてください」
うへえ、とダドリーさんが勘弁してくれって感じで、うめき声を上げる。ダドリーさんとスージーさんは相性が悪そうだ。
「いくら引退間際だからって好き勝手は困ります。あなたの身勝手でギルドの評判を落とす羽目になるんですよ」
「わかったわかった」ダドリーさんはめんどうくさそうに言った。
「消えりゃあいいんだろ、きれいさっぱりいなくなればいいんだろ。テメエのオトコみてえによ。ありゃ確か三日くらいだったか?」
スージーさんのこめかみがぴくりと動いた気がした。
「どうやら、反省が必要なようですね」
スージーさんはダドリーさんのお酒を取り上げると、ビンの口を服の袖でふいた後、ラッパ飲みをはじめた。
「お、おい! テメエ、また……」
あわてふためくダドリーさんを尻目に、スージーさんはゴクッゴクッとのどを鳴らしながら全部飲み干してしまった。
ダドリーさんは今にも泣きそうな顔をしている。
「もう二度とギルドの前で飲まないでくださいね」スージーさんはビンをダドリーさんへ差し出し、笑顔で言った。
「どうしてもというのなら、タイスーさんのところのシャインエールでお願いします。ほら、夏の限定物の」
「誰がやるか!」とダドリーさんは空になったビンをひったくるように奪い取るとビンの中をのぞき込む。
「ちくしょう、全部飲んじまいやがった」泣きそうな顔をして、空っぽのビンを大事そうに抱え込みながら、そのまま西の方へと歩いて行った。
ぽかんとしている僕に対してスージーさんが向き直る。
「ほら、リオ君。あなたもそんなところに座ってないで。入るなら入りなさい」
「は、はあ」
言われるまま僕はスージーさんの後に続いた。
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次回は10月28日午前0時頃に開始の予定です。