ひなどりは拾われた その4
スージーさんから細かな説明を聞いた後、僕は依頼人のいる山ブドウ通りに向かっていた。山ブドウ通りは町の南西側にあり、鍛冶職人の工房兼住宅が軒を連ねているという。
それを裏付けるように、近付くにつれて金槌を叩く音や鉱石を運ぶ荷車の走る音が聞こえるようになった。道幅はそう狭くもないけれど、荷物を運ぶ馬車の往来も多い。馬に蹴飛ばされでもしたら危ないのでスノウを抱えながら依頼人のヴィヴィアンのいる家に向かう。
途中、何度か道に迷いかけたけれど、道行く人に場所を聞いて何とかヴィヴィアンの家までたどり着くことができた。
ヴィヴィアンの家は鍛冶屋だった。平屋の住まいと工房とが隣り合っている。工房を覗き見ると、三人の職人がいて槌をふるったり、木箱を運んだりしている。馬の蹄鉄を作っているようだ。
工房の前を通り過ぎ、隣にある家の扉をノックするとすぐにヴィヴィアンが出てきた。
「あなたがぼうけんしゃ? なんだかたよりなさそう」
僕を見た依頼人の第一声がそれだった。
ヴィヴィアンは七歳の女の子だ。青く小さな目に、への字口。亜麻色のくせっ毛を背中まで伸ばしている。肌は青白い。あんまりご飯を食べていないみたいだ。水色のワンピースを着ているけれど、すその辺りが泥やホコリで黒ずんでいる。
「人は見かけで判断するものじゃないってお父さんかお母さんに教わらなかったのかな」
「おかねをもってそうなヒトには、あいそうよくしなさいってママがいってた」
そこでヴィヴィアンは僕を仰ぎ見ると気の毒そうに言った。
「あなたは……なんだか、からっけつってかんじ」
僕は苦笑するしかなかった。
「それで、依頼の件なんだけれど、君から詳しい話を聞きたくてね」
「ミーちゃんはね、しろねこなの」
小さな手でスノウを指さす。
「そのこよりうんとおおきいの。もっとふとっちょでね。ぶあいそう。そんなにかわいくない」
「でも、大切な猫なんだね」
「うん」とヴィヴィアンがしょんぼりうなだれる。
「パパもママもしごとで、あそんでくれないから。ミーちゃんだけ。でもにげちゃった」
その日、ミーちゃんは暖炉の前で昼寝をしていたのだけれど、家の前で馬車が事故を起こして荷物の蹄鉄を盛大にぶちまけてしまった。ものすごい音にびっくりしてそのまま外へ飛び出してしまった。
最初はすぐに戻ってくると思っていたけれど、ミーちゃんはそれっきり帰ってこなかった。なけなしのおこづかいでギルドに依頼したものの、一日たっても二日たっても冒険者は来なかった。
「てっきり、もうクシャクシャってポイされたのかとおもってたわ」
依頼には期日というものがある。期日を過ぎても引き受ける冒険者がいない場合は、依頼そのものがキャンセルになるらしい。依頼の相場というものはわからないけれど、銅貨三枚というのはほかの依頼と比べても格段に安かった。ほかのは最低でも銀貨だ。
「そんなことはないよ」
クシャクシャではあったけれど、ポイされる前に僕が見つけた。
「きっと君のミーちゃんを見つけてみせるよ」
きっと、びっくりして走り回っているうちに帰り道がわからなくなってしまったんだろう。
ヴィヴィアンの悲しみは僕にとっても他人事じゃあない。もしスノウが迷子になったら僕だって心配だ。虹の杖がなければ、きっと町中駆けずり回って探し回るだろう。早く見つけてあげたい。
「それで、行先に心当たりはあるかい」
「むこうにはしっていったわ」と町の南側を指さす。
「かべぎわのあたりは、わたしたちよりしょっぱいひとたちばかりなんですって。ひとりでいっちゃいけないって、ママがいってた」
ヴィヴィアンと別れた後、僕とスノウは町の一番南側、壁際の辺りまで来ていた。
ソールスベリーは町の周囲を高い壁がおおっている。
南側の壁には狩人が使うような小さな通用門しかなく、不便なせいかあまり人も近寄らない。自然とさびれていき、かわりに行き場をなくした貧しい人たちが集まるようになっているそうだ。
壁際の町は小さな家が入り組んでいて人ひとりが通るのもやっとの路地があちこちに伸びている。日の光も入らないので昼間なのに薄暗い。これじゃあ、探すのは大変だ。
実際、ここに来るまでにも三回ほど変な人に絡まれたりお金を恵んでほしいとせがまれたり、カバンを盗まれそうになった。一人で来てはいけないという、ヴィヴィアンのママは正しいと思う。
とりあえず僕は思いついた方法を試すことにした。
「『失せ物探し』、ミーちゃん!」
虹の杖に込められた七つの力の一つ、『失せ物探し』は、頭の中に思い描いたものがどこにあるかを探してくれる魔法だ。探しているものが半径一〇〇〇フート(約一・六キロメートル)の中にいれば、その場所を教えてくれる。
これでミーちゃんを探そうと思ったけれど、何の反応もなかった。
「やっぱり、ダメか」
僕はミーちゃんを直接見ていない。名前だけ知っていても、魔法には反応しないようだ。まあいい、この展開は僕も予想していた。なので探す範囲をもう少し広げてみることにする。
「『失せ物探し』、白い猫!」
『ミーちゃん』は知らなくても『白い猫』なら僕も知っているから魔法に反応するかな、と思い試してみた。
案の定、町中のそこかしこから反応があった。全部で百は超えているだろう。これ全部白い猫か。全部探すとなれば大変だけれど、この辺りに絞ればもっと数は減らせるはずだ。
さしあたって一番身近な白い猫であるところのスノウを肩に乗せ、反応のあったところをしらみつぶしに見て回ることにする。
一匹目は野良の子猫で、二匹目は物売りのおばあさんの飼い猫だった。三匹目の反応があった壁際に向かう。
おや?
続き長屋の端っこの軒下で、丸顔のおばあさんが野良猫にパンくずをあげている。五匹ほど群がっている中に、一匹だけ太っちょの白い猫がほかの野良を押しのけてエサを食べている。
図体がでかいので黒や縞々の猫も食べにくそうにしている。
おばあさんは大仕事って感じで腕を伸ばして、なるべくほかの猫にもあげようとしているのに、その白猫は落ちたそばからパンくずをぱくりと食べてしまう。おばあさんも仕方ないわねえって顔でパンくずの入った袋に手を入れる。
「もしかして、あれかな?」
ヴィヴィアンから聞いた特徴にそっくりだ。
僕はおどかさないように足音を立てずに近づく。『贈り物』を使わなくっても僕はおにごっこの名人だ。気配を殺して近付くくらいわけはない。
ミーちゃんらしき白猫はまだパンくずを食べている。しめしめ、うまくいきそうだ。僕はミーちゃんらしき白猫の後ろにしゃがみ込み、腕を伸ばす。
「ちょっとアンタ、いい加減にしてよ」
声を上げたのはひょろひょろのおばあさんだ。骨ばってて顔が四角っぽい。四角いおばあさんはエサを上げている丸顔のおばあさんににじりよると、パンくずの詰まった袋を取り上げた。
「野良猫になんかエサやってどうすんだい。おかげでフンはするし小便はするし、くさいったらありゃしない」
丸顔のおばあさんが眉をひそめる。
「そんなこといったってねえ、かわいそうじゃない。この子たちおなかすいているのよ」
「猫なんて放っておいても勝手にそこらでゴミでもあさるさね! エサなんかやってこれ以上増やしてどうすんだい、ええ」
「そんなこと言うならアンタだってどうなのさ。ゴミをそこらに捨てるもんだから、家の前がくさくってくさくって……」
それからおばあさんたちの言い争いが始まった。
僕としては猫好きな丸顔のおばあさんを応援したいのだけれど、それどころじゃない。
おばあさんたちのおだやかならぬ気配を察して猫たちが逃げてしまった。ミーちゃんもいっしょだ。
「あ、待って!」
おばあさんたちの横を通って僕も追いかける。二回ほど道を曲がり、ミーちゃんの向かう先にあるのは、下水路らしき小さな穴だ。
まずい。あそこに逃げ込まれたら見失ってしまう。いくら『失せ物探し』でも捕まえられなきゃ意味はない。『瞬間移動』でもあんな狭いところに移動したら骨がぐにゃぐにゃになってしまう。
けんめいに追いかけるけれど、ミーちゃんはもう下水路の目の前だ。間に合わない。あきらめかけたその時、ミーちゃんが下水路の手前で止まった。先回りしたスノウが下水路の入り口に門番のようにたちはだかって、進路をふさいでいた。
「いいぞ、スノウ!」
別の逃げ道を探すべく回れ右しようとしたミーちゃんに追いつき、後ろから抱え上げる。ミーちゃんはまだ僕の手の中で暴れようとしたけれど、頭をなでてあげるとすぐにおとなしくなった。かわいそうだけれど、おにごっこのほうの『贈り物』で動けなくしたからこれでもう逃げられる心配はない。
「こわがらなくてもいいよ。すぐにご主人様のところに連れて行ってあげるからね」
ミーちゃんをだっこしてあげると、スノウが僕の足にすり寄ってきた。
「君もよくがんばったね、ありがとう」
頭をなでてあげるとスノウは気持ちよさそうにのどを鳴らした。本当はだっこしてあげたいけれど、ミーちゃんがいるからまた後でね。
「さあ、帰ろうか」
これで依頼達成だ。もう『森ガラス』なんて言わせないぞ。
戻ってみたら丸顔のおばあさんと、四角い顔のおばあさんがまだ言い争っていた。
「もし、猫がおきらいなようでしたら、リンタナの花を植えるといいですよ。ちっちゃな花をたくさんつけるやつです。ウチの家にもたくさん植えていましたけれど、よく効きますよ。ためしてみてはいかがですか?」
通りすがりに僕なりのアドバイスをしておいた。二人ともぽかんとした顔をしていた。
「ミーちゃん!」
僕がミーちゃんを差し出すと、ヴィヴィアンはうれしそうに白い猫を抱え上げた。よかった。合っていたみたいだ。
「どこにいっていたの? もう、この、くいしんぼうさん」
ミーちゃんが苦しそうに声を上げる。『贈り物』はもう解除してある。
「ほんとうにありがとうね、あなた。ちょっとまってて」
ヴィヴィアンはミーちゃんを連れて家の奥へ引っ込んだ。しばらくしてミーちゃんの代わりに小さな紙を差し出した。
「はい、これ。いらいはかんりょうよ」
ヴィヴィアンから手渡されたのは、ギルドで発行している依頼票の割符だ。
依頼を受けると、冒険者ギルドは一枚の依頼票を発行する。印とサインをした後で、票を二つに切る。これが割符だ。二枚の割符のうち、一枚をギルドで預かり、もう一枚を依頼人に渡す。
冒険者が依頼を引き受けると、ギルドは割符を冒険者に渡す。そして依頼を達成すると、依頼人からもう片方の割符を受け取る。一揃いの依頼票をギルドの窓口に持っていけば依頼は完了、ギルドに預けておいた報酬を受け取る、という仕組みだ。
僕もスージーさんから片割れを受け取っているので、あとは二枚の割符を窓口まで持っていくだけだ。
「それじゃあ、僕はこれで。ミーちゃんによろしくね」
「うん、ありがとう。あなたもそっちのねこさんとなかよくね」
「もちろんだよ」
僕はマントや服に付いたミーちゃんの毛を払い、スノウを抱き寄せる。
「それじゃあ、僕はこれで。元気でね」
「あ、ちょっとまって」ヴィヴィアンが呼び止めた。
「あなた……おかねはからっけつってかんじだけれど、まるでおうじさまみたい」
「王子様は猫を追いかけたりなんしないよ」
僕は首を振った。
「それと僕からも一つ忠告だね」
僕はヴィヴィアンの前にしゃがんで、頭をなでてあげる。
「今度依頼を出すときはおっきな紙にしてもらうといいよ。クシャクシャってポイされないくらいのね」
ヴィヴィアンと別れ、冒険者ギルドまで戻ってきた。あとは受付のスージーさんに割符を渡せば僕の初仕事も完了だ。
うれしくてスキップでもしたくなる気持ちでギルドの前まで来た時、僕はどきりとして足を止めた。
ギルドの扉の前に石段にもたれかかるようにして誰かが倒れ込んでいる。胸がかすかに上下しているから息はあるようだ。気分でも悪いのかと思ってあわてて近づくとなあんだ、と呆れてしまった。いびきをかいて眠りこけているのだ。
くすんだ灰色の髪の毛にしわだらけの顔、肌は長年の日焼けのせいか、てかてかとして浅黒い。白い毛の混ざった無精ひげもたくさんはえている。足元にはワインのビンが転がっている上、左腕にも別の酒ビンを抱き枕みたいに抱えている。この銘柄には見覚えがある。母さんもよく飲んでいたエールだ。
「もし、おじいさん」
僕はおじいさんの肩をゆすった。こんなところで寝ていたらカゼをひいてしまう。それに、おじいさんの体がジャマでギルドの中に入れない。
「ん、なんだ。お前」
おじいさんがいびきを止めて寝ぼけまなこで僕を見る。
「なんだ、子供か」
そうつぶやくと、また腕枕をしながら寝返りを打つ。
「起きてください。おじいさん、僕はオトナです! それに、こんなところで寝ていたらカゼをひきますよ」
今度は強めに揺すると、おじいさんも目が覚めたらしく、背を伸ばして大あくびをした。目の端にたまった涙を手の甲でこすりながら僕が持っている割符を見て、ああ、と納得したような顔をした。
「見かけない顔だな。新入りか?」
「僕はリオ。旅の者です。今朝、この町に来たばかりです。おじいさんはどうしてここに?」
「おじいさんじゃねえよ、俺にはダドリーって名前があるんだ」
ダドリーさんは息をはいた。うえ、お酒くさい。
「親からもらった名前だ。年寄り扱いするんじゃねえ」
こんなしわだらけのおじいさんにも子供の頃があったなんて想像がつかない。
「飲むか?」と、ダドリーさんは僕にエールの酒ビンを近づける。くさったリンゴのようなつんとした臭いが鼻をついた。
僕は丁重にお断りした。
「もしかしておじ……ダドリーさんも冒険者なんですか」
「おうよ」と無造作にズボンのポケットから組合証を取り出す。へえ、三ツ星なのか。でも、あちこち傷ついているし、ギルドの紋章のところもへこんでいる。端っこの辺りは一度折り曲げて元に戻した跡もついているし、表面にはサビもついている。
「小汚ねえ組合証だと思っただろ。こんな年食っても三ツ星どまりだと思ったか?」
「そんなことはありません」
きっと激しい冒険を潜り抜けてきた証なのだろう。命がけの仕事なのだ。途中で命を落としていてもおかしくはない。今まで生き延びてきただけでもすごいことだ。尊敬こそすれ、バカにするなんてとんでもない。
「俺もよ、昔はそりゃあ名の知れた冒険者だったんだぜ。ザガリアス山のドラゴン退治にも参加したりよ。いい時代だったなあ。金回りも良かったし、仲間も大勢いた。けど、ケガしてからはごらんのあり様よ」
と、ダドリーさんは空になったワインのビンを振ってみせる。
「お前、『白夜』のビヴァリーを知っているか」
「いえ」今初めて聞いた名前だ。
「あいつはな、実は俺の昔の仲間だったんだよ。一緒にパーティ組んでよ。南の方で暴れ回ったもんだ」
「はあ……」
そう言われてもすごいのかどうか全然わからない。
「ほかにも『逃がし屋』リックに、『真実の瞳』のアーリン、『猛夏』『冷冬』のマンスフィールド姉妹、『黒狼騎士団』のアルドヘルム・スパークル、『剣聖』ジェフ……」
「あれ?」
今のって……。
「あの、そのジェフって人……もしかしてジェフ・ジェファーソンですか? 額に大きなキズのある……」
「お前、ジェフを知っているのか?」
ダドリーさんが目を見開いて身を乗り出してくる。顔が近いよ。
「あいつは今、どこにいる? 生きているのか?」
「ジェフおじさんなら元気ですよ。アップルガースでぶらぶらしながらウサギ狩りをしたり魚を釣ったり……」
「アップルガースだと?」
ダドリーさんの顔色が変わった。
「そうか……だからか。突然いなくなってどこに行ったのかと思ったら……。そういや、あいつ、『災厄砕き』の連中とよくつるんでたからな……。それで巻き込まれてりゃあ世話ねえな、へっ!」
ダドリーさんのつぶやきに、僕は首をかしげる。『災厄砕き』ってなんだろう。巻き込まれたってなんのことだ?
「あの、ダドリーさんはアップルガースの村のことをご存じなんですか?」
「この国で知らねえ奴なんかいねえよ」
ここにいる。僕だ。
僕はアップルガースで生まれ、育ってきた。村の人たちはみんないい人ばかりだ。でも僕は、僕が生まれる前の村の人たちのことを知らない。子供の頃から色々気になってはいたんだ。なぜ、あんな山奥の村の中に住んでいるのか。なぜ、村から一歩も出ようとしないのか。村を出て外の世界をこの目で見るようになってからますます疑問は強くなっていた。理由については何となく見当はついていたけれど、なぜそうなったのかについては謎のままだ。
「もしかしてお前、アップルガースから来たのか?」
「一月ほど前に出てきたところです。ジェフおじさんとは仲が良かったんですか?」
「あいつがひよっこの頃からの知り合いだよ」
へえ、そうなんだあ。
確かに剣術では村一番ってくらいに強かったけれど、剣聖なんてごたいそうな称号で呼ばれていたなんて、冗談みたいだ。
包丁の代わりに剣でお魚をおろしていたくらいなのに。
「まあ、俺は体を壊しちまって剣の世界から身を引いたんだがな。お前は、ジェフの弟子なのか?」
「えーと、まあ、似たようなものです」
といっても教わったのは剣術の基本くらいだ。物語で読んだような奥義だとか、秘剣だとか教わった覚えはない。
あとは全部自分で考えて振り回している。本当ならとうてい、弟子なんて呼ばれるようなものじゃあない、と思う。
「そうか……」
ダドリーさんは一瞬懐かしむような目をした。きっと遠い昔の楽しい思い出を思い出しているのだろう。細面のしわのある顔が優しく見えた。
「あの、よろしければ、アップルガースの村について教えてもらえませんか。その、あなたの言っていたことについて」
ダドリーさんはほっぺを指でかきつつ、のどからためらうような唸り声をあげている。
「言っておくが、面白い話にゃなんねえぜ。どっちかってえと、お前さんにゃあ不愉快な話だ。それでもいいのか」
僕はうなずいた。
ペラムやカレンのように、僕がアップルガース村の名前を出すとみんなびっくりする。
最初は田舎の村だとバカにされているのかと思っていたけれど、そのうち言葉のはしばしからみんなは、おびえているのだと気づいた。
アップルガースには僕の知らない何かがある。そう気づいてはいたけれど、自分からは調べられずにいた。
機会はあった。本で調べることもできたし、グリゼルダさんに聞いても良かった。でも僕は、自分から調べるようなことはしなかった。きっと、僕にとって知りたくもない事実というのが出て来るのが怖かったんだと思う。でもそれじゃあダメだ。
僕は村のみんなが大好きだ。今はこうして旅をしているけれど、いつかは村に戻って一生を終えてもいいと思っている。
だからこそ、僕は村のことを知らなくてはいけない。何も知らない子供のままではいられない。いや、いたくない。僕はもうオトナなのだ。
この機会を逃せば、またずるずる引き延ばしてしまうかもしれない。聞くなら今だ。
僕は深呼吸をして心を落ち着ける。ダドリーさんと一緒に石段に座り、話を聞く姿勢を整える。
僕の決意を感じ取ってくれたらしい。俺も人から聞いた話なんだが、と前置きしてからダドリーさんは話し始めた。
「あの村はな、罪人の村なんだよ」
お読みいただきありがとうございました。
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次回は10月25日午前0時頃に開始の予定です。