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ひなどりは拾われた その3

 息を切らせて飛び込んできたのは、三十歳くらいの男の人だ。短く刈った黒髪に浅黒い肌、泥まみれの靴とズボンにうす汚れたシャツ、かすかにただよう牛や馬の臭いから察するに牧場の人のようだ。


「町の外に魔物の群れが現れた! 北の畑や、俺の牧場を荒らしてっ……!」


 そこで言葉が途切れた。床に両手をついてぜえぜえと荒い息をはいている。額は汗だくで、服もびっしょりだ。きっと急いで走って来たんだろう。

 スージーさんが緊張した面持ちで駆け寄る。


「落ち着いてください。どんな魔物ですか? 数はどのくらい?」

「三つ目のオオカミだ。正確にはわからないが、百はいた」


 ギルドの中がどよめく。三つ目オオカミといえば、四つ目オオカミの親戚で凶暴な魔物だ。動きが早くて爪も尖っている上に牙も鋭くて、木の皮なんかべりべりかじり取ってしまう。四つ目オオカミのような怪しい術は使わないけれど、ゴブリンなんか問題ならないくらいに手ごわい。


 ソールズベリーでは凶暴な魔物が、旅の商人や冒険者をおそっているという話を聞いていたけれど、もしかして、こいつらがそうなのかな?


「頼む。このままじゃあ、牛や豚は全滅だ。そうしたら、俺は首をくくらなきゃいけなくなる」

「当然だ」


 凛とした声がギルドに響いた。シャロンさんは既に立ち上がり、マントを羽織り直している。

「そのために私たちはここにいる」

 かっこいいなあ。


「よし、行くぞ。みんな」

「おうよ!」


 シャロンさんの号令に冒険者たちが次々と立ち上がる。

 スージーさんが男の人の肩に手をを掛ける。

「大丈夫ですよ。『氷の大蛇(アイス・サーペント)』はこの町で、一番のパーティですからね」

「ああ、あれが……」


 男の人の顔が明るくなる。『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の名前は町中に知れ渡っているようだ。

「ワット、お前は散らばっている連中を連れて後から来い。残りの者は私に続け!」


 おう、と男たちの返事が鳴り響く。ほかの冒険者たちもがんばれ、とか気をつけろよ! とか声援を送る。

 シャロンさんは満足そうにうなずくと、さっそうと扉へ向かう。


「あの……」


 僕はおそるおそるって感じで手を上げると、みんながいっせいに僕を見る。この忙しいのに何の用だって感じの視線に僕はちょっと申し訳なくなる。 

「僕もついて行っていいですか」


 町の外とはいえ、三つ目オオカミが出たとなれば放ってはおけない。

 それに、シャロンさんにいいところを見せれば、少しは仲良くなれるかも。


「誰だあいつ、何者だ?」

「新入りか?」


 冒険者のみんなが僕のことをささやきあっている。一人だけ手を上げていると、僕だけ裸でいるみたいな場違いな感じがしてどうにも恥ずかしい。


 いいのかな、悪いのかな。早く言ってほしい。困っているとシャロンさんが近づいてきた。

「君は誰だ。見かけない顔だな」


「僕はリオ。旅の者です」

 僕は顔を引きしめ、堂々とした声で名乗った。シャロンさんに話しかけられてうれしくなるけれど、へらへら笑っている場合じゃない。

「さっきこの町に着いたばかりです。もしよろしければ僕にもお手伝いさせていただけませんでしょうか」

「君がか?」


 シャロンさんがじろりと僕をにらむ。わずかに目を細めながら僕をつむじからつま先まで品定めするように見る。僕の実力をはかっているのかな。


「三つ目オオカミと戦った経験は?」

「あります」

 アップルガースの近くにある山でもたまに出くわすので追い払ったことがある。


「何匹しとめた?」

「いえ、一匹も」


 三つ目オオカミの主なエサは、ゴブリンのような小さな魔物だ。なので狩り過ぎると、逆にゴブリンが増えてしまう。

 村のみんなが適当な数をしとめているので、僕は気絶させて追い払うだけにとどめている。殺したことは一度もない。


「命がけだぞ。死ぬかもしれない」

「覚悟の上です」


「よし、よく言った」シャロンさんが僕の肩にぽんと手を置く。こうして並ぶとシャロンさんの方が少しだけ背が高い。


「君の勇気をたたえよう。諸君、新たな英雄に拍手を!」

 歓声が上がる。なんだが照れくさいけれど、みんなから応援されるのは誇らしく、気持ちいい。


「このあたりの三つ目オオカミの群れは大きい。ただ追い払ってもまた戻ってくるだろう。長丁場になるかもれしない。もし今受けているギルドの仕事があるならきちんと手続きをしておいた方がいい」

「ああ、それなら大丈夫です」


 周りの雰囲気にのまれたのか、僕もつい気がたかぶってしまう。

「受けている仕事は一件もありません。というか、仕事自体今まで受けたことがありませんから。遅れて怒られることはありませんのでご心配なく」


 その瞬間、ギルドの中がしんと静まり返った。歓声が消えて、場の白けた空気が、勘のにぶい僕にも伝わってくる。

 あれ?


「一つ聞くが、君が登録したのはいつ、どこだ」

 気のせいかシャロンさんの声も冷めているように聞こえる。


「えーっと、ダドフィールドの町ですね。登録したのは……三ヶ月くらい前です」

 どうしてそんな質問をするのかわからないけれど、あんまり入って間もないようだと断られるかもと思ったのでちょっとだけさばを読んでおいた。

 本当は二十日くらいだ。


 シャロンさんの目が鋭くなる。気配が険悪なものに変わった。

「……『森ガラス(・・・・・)』か」

「なんですか、それ?」


 森ガラスといえば、名前通り森に住んでいるくちばしの太いカラスのことだ。森の奥なんかによく群れで巣を作っている。でも僕は金髪だし、マントだって白だ。服も茶色とか白で、黒いところなんてほとんどない。


 僕が首をかしげていると、シャロンさんの目がますます冷ややかになっていく。興味をなくしたというか、軽蔑している目だ。


「呆れたな。森ガラスが一人前の冒険者を気取るとはな」

「えーと、何か僕、お気にさわることをしてしまいましたか。でしたらあやまります」


「そういう問題ではない」シャロンさんは首を振った。「すまないが、さっきのは取り消す」

 シャロンさんは僕の肩から手を離すと、その手をこすりつけるようにマントを払った。

「森ガラスなんかと一緒に戦うのはゴメンだ」


 そのまま僕の横を通り過ぎて出口へと向かった。シャロンさんの仲間たちも僕を無視するかのように僕の横を通り過ぎていく。


「えーと、すみません。あの……」

「付いてくるな」


 シャロンさんはハエでも追い払うみたいに手を払うと、鼻の頭にしわを寄せる。

「今から向かうのは命をかけた戦いだ。森ガラスの出る幕はない」

「ですから、その森ガラスというのは……」

「しつっこいんだよ、テメエ」


 僕とシャロンさんの間にガラの悪そうな男が割って入る。背も僕より頭半分ほど高い。浅黒い肌にうす汚れた短く茶色い髪、皮製の胴鎧に手甲とすね当て。さっき広場でシャロンさんと話していた男たちの一人だ。


「帰れよ。森ガラス。聞いてただろ、俺たちは急いでいるんだ」

「だから、その森ガラスというのは何なんですか? 説明してください」


 僕に落ち度があるとか、僕のことが気に入らない、というのなら仕方ない。あきらめもする。でも変なあだ名を付けられたり、理由もわからずはねつけられるというのは納得いかない。


「いいから消えろ!」

 どん、と僕の肩を突いた。勢いに押されて三歩ほど後ずさった後、バランスを崩して尻もちをつく。

「乱暴な人だなあ」僕は呆れながら、押してきた男の人を見下ろす(・・・・)


 僕を突き飛ばそうとしたんだろうけれど、僕がびくともしなかったので、突いた勢いが自分に跳ね返って尻もちをついてしまったようだ。

「テメエ、何すんだよ!」男の人はぱっと立ち上がるなり僕の肩につかみかかる。突いてきたのはそっちじゃないか。


「森ガラスの上におまけに白猫(・・)か。てめえみたいな冒険者の面汚しが、一丁前の口を利くんじゃねえよ」

「いや、スノウは関係ないでしょう。なんなんですか、あなたは」


 僕のことならともかく、スノウまでバカにするのは許せない。

 険悪な気配を察してかスージーさんがあわてた様子で近づいてきた。

「ギルドの中でのケンカは禁止されています。やめてください」

「うるせえ! ひっこんでろ!」


 ロッコが止めようとしたスージーさんの手を払いのける。

「ジャマされるいわれはねえな。俺はな、ギルドの秩序ってやつを守ろうとしているんだぜ。こんな風にな!」


「やめろ、ロッコ!」シャロンさんが止めたにもかかわらず、ロッコと呼ばれた人は僕を殴ろうとげんこつを固める。

 派手な音がした。


 ロッコはその場に膝をつき、頭から崩れ落ちた。

「やっちゃった……」

 虹の杖の『麻痺(パラライズ)』で気絶させたのだ。


 ギルドの中はまた静まり返っている。気が付けば冒険者や職員、ギルドの中にいる人が色々な感情のこもった目で僕を見ていた。怒りやおどろきや、こわがっている人もいる。


 しまったなあ、またやらかしてしまった。

 人前でおにごっこの『贈り物(トリビュート)』は使えないから虹の杖にしたんだけれど、逆に目立ってしまった。


 僕が頭をかいていると後ろから近付く気配がした。

 振り返った途端、僕のほおが鳴った。


「そんなに知りたければ教えてやる」

 シャロンさんは僕を引っぱたいた手を変えて僕を指さした。


「お前のようにろくに依頼も受けずに、ほかの冒険者の血と汗で得た資格と権利だけをかすめ取ろうとする卑怯者の怠け者のことを言うのだ。わかったか、『くず拾い(森ガラス)

 僕はぶたれた頬に手を当てながら立ち尽くしていた。


 シャロンさんは僕を軽蔑するようなまなざしで見ると、きびすを返した。

「時間をムダにした。行くぞ」


 そのままギルドの外へ出て行った。助けを求めに来た男の人と、『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の人たちも後に続いた。ロッコも仲間に肩を借りながらギルドの扉をくぐっていった。


 『氷の大蛇(アイス・サーペント)』以外の冒険者たちもギルドの外へと出ていき、残ったのは僕とギルドの職員さんだけになった。

 立ち尽くしたまま扉の方を見ていると、スノウが僕の足にすり寄ってきた。


「スノウ」

 僕がしゃがみこむと、スノウは飛び上がって膝から肩まで一気に駆け上がり、僕のほほを小さな舌でなめ始めた。


「大丈夫だよ。もう痛くないから」

 加減してくれているのがわかったからわざと受けたけれどやっぱり痛いや。

「あの……大丈夫ですか?」


 スージーさんが僕を心配そうに近づいてきた。

「旅をするのに便利だからと、世間には冒険者登録だけをして、依頼をまったく受けない人たちがいるんです。そういう人たちのことを冒険者たちは『くず拾い(森ガラス)』と呼んで、嫌っているんです。ですから、その……」

 どうやらさばを読んだのが裏目に出たらしい。つくづく僕は大まぬけだ。


「いえ、お気遣いなく」

 スノウが落っこちないように立ち上がるとへっちゃらって顔を作ってみせる。

「それより、僕に仕事を紹介してくれませんか」


 スージーさんは不意を突かれたような顔をした。

「え、でも……」

「ご心配なく。さっきみたいなムリはもう言いません。僕にできる仕事であればそれで十分です」


 シャロンさんの言うとおりだ。僕は怠け者だった。

 冒険者ギルドの組合証が身分証になったり、町に入る時に通行料が安くなったりただになるのは、ひとえに先輩冒険者のみんなががんばったからだ。数多くの仕事をこなして、この人たちなら安心して任せられるという「信用」を作ったんだ。


 僕はその信用に乗っかっているだけだ。義務も果たさず権利だけをかすめとって甘い汁を吸おうだなんて、虫が良すぎる。僕が断られたのも、みんなが戦っている中で自分は安全なところにいて、高みの見物を決め込むようなずるい奴だと思われたからだろう。『くず拾い(森ガラス)』と言われても当然だ。これじゃあ、お嫁さんだって来やしない。


 怠け者のリオとはおさらばだ。これからは働き者のリオに生まれ変わるんだ。

「それなら……あそこの掲示板で選んで私のところに持ってきてください」


 とスージーさんは一番端の掲示板を指さす。隣の掲示板はみんなが仕事を選んだ後なので、紙はほとんど貼っていない。ところがその一角だけ、紙が何枚も重ねて貼られている。こうして離れてみるとまるでネコジャラシだ。


 僕はお礼を言って、掲示板に歩み寄る。

 ここは星なし、つまり初心者向けの仕事を紹介しているようだ。初心者向けの仕事ということは、危険が少ない代わりにもらえるお金も少ない。だからみんな引き受けたがらないのかな。腕利きが多いということは、みんな少々危険でも割のいい仕事を受けるだろう。


 さて、どれがいいかな。

 記念すべき初仕事なんだから僕にふさわしいのにしたい。何がいいかなあ、と壁の用紙をペラペラめくる。


 子守……やったことないや。

 草むしり……はイマイチ。

 おつかい……は悪くないけれど、初めてきた町だし迷子になりそうだなあ。


 おや、これは。

 重なった紙の一番下に、しわだらけの依頼用紙が貼ってあるのが見えた。仕事の内容を見て、僕はこれだ、と叫んだ。


 こいつは僕にぴったりだ。

 報酬ははっきり言って安い。子どものおこづかいってところだろう。でも関係ない。お金に困っているわけじゃないし、何よりこれこそ僕の仕事って感じがする。きっと僕のために今まで誰も選ばなかったんだろう。


 僕はしわだらけの紙を壁から引っぺがし、スージーさんのいるカウンターへ持って行った。

「これ、お願いします」


 スージーさんは僕から受け取った紙を見て目を丸くする。

「本当にいいの?」


「ええ、これがいいんです。僕にぴったりですよ」

 僕は大きくうなずいた。


「君もそう思うだろう、スノウ」

 スノウののどを指でさわりながらもう一度、スージーさんの手の中の用紙に目を通した。


 仕事 まいごのネコさがし

 内容 うちのミーちゃんをさがしてください。

 報酬 どうか3まい。

 

お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。

次回は10月21日午前0時頃の予定です。

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