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ひなどりは拾われた その2

本日は二回分投稿しています。

その二回目です。

 マッキンタイヤーの冒険者ギルドで聞いたところによると、ソールズベリーは山と山の間に挟まれた町だという。

 大きな壁が町をぐるりと囲んでいて、山を越えてきた旅人や商人たちの中継地点として栄えている。


 特に最近では凶暴な魔物も出るようになったらしく、冒険者の出番も多い。

 だからこの町の冒険者ギルドはとても活気があって、たくさんの冒険者が出入りしているそうだ。

 楽しみだなあ、どんな冒険者がいるんだろう。


 トレヴァーさんや黒ぴかさんみたいな腕のいい人がいるんだろうなあ。


 僕の倍ほどもある門の前には大勢の人が並んでいる。

 門には衛兵さんが何人も詰めていて、町におかしな人が入らないか調べているのだ。


 大きな町だと出入りする人も多いから、順番待ちの人もたくさんいる。お日様がてっぺん近くまで来たところでようやく僕の番が来た。

「旅の者か」


 衛兵さんが声を掛けてくる。色黒で細く青い目。いかめしい顔をした、四十歳くらいの男の人だ。

 鉄かぶとに胸当て、手にはみがきこまれた槍を携えている。


「僕はリオ。旅の者です。で、こっちはスノウ。僕の友達です」

 にゃあ、とスノウも鳴いてあいさつをする。

「町に入るのなら通行料で銀貨一枚だ」

「ああ、いえ。僕はこういうものです」


 冒険者ギルドの組合証を見せる。組合証を見せれば、通行料は安くなったりただになる。

 ケチケチお金を惜しむつもりはないけれど、節約できるところは節約しておいた方がいい。

「冒険者か」


 衛兵さんが眉をひそめる。

「この町は初めてか」


「ええ、旅の途中で寄ったもので」

「くれぐれももめごとは起こすんじゃないぞ」

「わかっています」


 別にもめごとを起こすつもりなんてこれっぽっちもない。僕はのんびり旅がしたいだけだ。もめごとの方がむこうから近寄ってくるんだ。

 通っていいぞ、と言われたのでお礼を言って門をくぐる。


 角度の付いた切り妻屋根の建物がきれいに町の中央沿いに並んでいる。一番手前の建物、門のすぐそばには町の地図が貼ってあるので、ほかの旅人にまじってそいつをのぞきこむ。


 ソールズベリーの町は大きな通りが十字に走っている。僕たちがいるのが東門で、西にも大きな門がある。町の東西が居住区になっていて、北の端に領主の館、南の方には鍛冶屋や革職人などの職人町。そして中央広場の周りに、市場や教会のような人の集まる建物や施設が固まっている。


 冒険者ギルドは中央広場のすぐ近くだな。なら、このまま大通りを歩いていけばいいか。

「ああ、ちょっと待て」


 地図から二三歩、歩いたところでさっきの衛兵さんが声を掛けてきた。

「お前、冒険者ギルドに行くのか」


「そのつもりですけど、それが何か」

「……依頼はよく確かめて受けることだ」

「あの、どういう意味ですか」

「行っていいぞ」


 衛兵さんはそれだけ言って、また町に入る人の検査に戻ってしまった。

 一体何だったんだ?

 依頼はよく確かめろ?


「どういう意味だろうね、スノウ」

 スノウに聞いてみたけれど、困ったように小首をかしげるばかりだ。うん、かわいい。


「ま、行ってみればわかるか」

 ここで悩んでいても答えは出そうにないので、冒険者ギルドへと向かった。


 ソールズベリーの冒険者ギルドは二階建ての大きな建物だ。すぐ脇は広場になっていて、大きな魔物を担いだ人が入っていく。


広場の手前には布を張ったテント屋根の付いた窓口が開いている。そこでしとめた魔物の買取を受け付けているのだ。広場の奥には石造りの建物があって、あそこで魔物の解体をしているようだ。魔物の中には毛皮や肉が高値で取引されているものもいる。どの町の冒険者ギルドでも魔物買取のための窓口は、血で汚れないように建物の外に作られている。


 僕もマッキンタイヤーのギルドでブラックドラゴンの爪や鱗をたくさん売ったものだ。お金にはまだ余裕があるので今日は買取には用はない。依頼の掲示板でものぞいてみようかな、とギルドの中に入ろうとした時、僕の横を後ろから通り過ぎる人がいた。


「失敬」

 そう声を掛けながら僕を追い越したのは、キレイな女性だった。さらさらの金髪をたなびかせながら広場に入っていく。細い切れ長の形をした茶色い瞳に高い鼻、唇は花弁を乗せたみたいに薄い。青いマントを羽織り、鉄の胸当てに、手甲、すね当て。腰には細身の剣を提げている。


 男物のズボンをはいているけれど、全然男の人っぽくない。むしろそういう格好をすることで、腰や脚の線が浮き出て、余計に女の人らしさが際立っている感じがする。


 広場には大きなイノシシを抱えた人や、熊のなきがらの前でお金を数えたりと、優雅さのかけらもないけれど、あの人の周りだけまるで桃色の霧につつまれている感じがする。僕も霧の中につつまれてみたいなあ、と思ったところで急に耳に痛みを感じた。

 スノウがまた僕の耳たぶをかんだのだ。


「だめじゃないか、スノウ」

 スノウはこうやって時々僕の耳や手をかむ。変なかみグセがつくといけないのでしつけているのだけれど、スノウはぷい、と顔をそむけて僕の肩から降りてしまった。まったく困ったものだ。


 気が付くと、女の人は、広場の窓口にいる冒険者ギルドの職員に話しかけていた。

「勘定は終わったか」

「ようシャロン。さっき終わったところだ」


 シャロンさんっていうのか。いい名前だなあ。よく見れば、肩に付けた組合証には三つの星がついている。


 あんなきれいな人も冒険者なのか。カレンはまだ新人って感じだったけれど、シャロンさんの立ち居振る舞いは堂々として様になっている。


「ほれ、代金だ」窓口の職員が、重たそうに皮袋をカウンターに乗せる。じゃらりと音がして、皮袋は自分の重みでひしゃけてしまう。


「毛皮の代金も入っている。ちょいとおまけしといてやったからよ。感謝してくれよ」

「感謝する」とシャロンさんはほほ笑む。

 あのお金は魔物を退治した報酬のようだ。


 ソールズベリーでは最近魔物が増えたというのは、ウソではないらしい。

「確かに」シャロンさんは中身を確認した後、革袋のヒモをぎゅっと縛った。


 そこへシャロンさんの後ろに五人の男たちが近づいてきた。ガラの悪そうな男たちだ。もしかして、お金を奪い取るつもりなんじゃあと思った時、一番年かさらしき男が柔和な笑みを浮かべた。

「終わりましたか」


「頼む」シャロンさんはお金の入った袋を年かさの男性に手渡す。

「ハーマン、あっちの方はどうなっている?」


「ばっちりですよ」ハーマンは言った。「もう取り掛かっているころです」

「そうか、では手はず通りに頼む」

「あいよ、リーダー」


 どうやら仲間のようだ。しかもシャロンさんがリーダーなのか。

 シャロンさんは二言三言話し合った後、また僕の横を通り過ぎて、小さな石段を登ってギルドの中へと入っていった。


 あんなキレイな人も冒険者で、しかも最前線で戦っているのか。すごいなあ。

 おっと、ここで突っ立っていても広場に入る人のジャマになるだけだ。

 足元のスノウを抱え、石段を上がった。


 冒険者ギルドに入ると、ざわめきと人いきれが僕を包んだ。

 奥にカウンター、右側に依頼の掲示板、左側には丸いテーブルと四つのイスが三組置いてあり、二階と地下への階段が伸びている。


 ダドフィールドやマッキンタイヤーとは間取りが違うけれど、あるものははたいてい同じのようだ。

「どうしました?」

 緑のワンピースを着た女性が僕に話しかけてきた。歳の頃は二十二、三歳といったところだろう。二つに分けた茶色い前髪、細い眉に琥珀色の瞳、胸にはギルドの職員証を付けている。

「このギルドは初めてですか?」


「ええ、まあ。この町には初めて来たもので。あの……」

「わたくし、このギルドの職員を務めておりますスージーと申します」


 スージーさんはにこっと微笑む。ついぽーっとなりかけたので、僕は口元を固く結び、まじめな顔を作る。ここは仕事を受けるための場所であって、ぽーっとなる場所じゃあない。僕だってそのくらいの分別はある。断じて手の中のスノウが僕の指をかんでいるからじゃあない。


「依頼ですか? それとも素材の買取?」

「ああ、いえ……」

 あいまいな返事をしながら目でシャロンさんの姿を探す。


 シャロンさんは一番奥の丸テーブルでさっきの人たちとは別の人たちと何か話している。格好から察するに冒険者のようだけれど、あの人たちも仲間なのかな。

「シャロンさんに何か御用ですか?」


 僕の視線に気づいたらしく、スージーさんが興味深そうに聞いてきた。

「え、いや、別に……」

 ちょっと見かけただけの人に用事と言えるものは何もない。ただ、あんなキレイな人と仲良くできたらなあと……。うん、わかっているよスノウ。だからそんなに指をかまないでね。

「いえいえ、わかりますよ」


 スージーさんは訳知り顔でうなずいてみせる。

「シャロンさんおキレイですものね。しかも『氷の大蛇(アイス・サーペント)』のリーダーなんですから」

「すごいんですか?」


「この町でも一番のパーティですね。総勢二十七人。みんな腕利きばかりですよ。普段は何組かに分かれて依頼を受けているんです」

「なるほど」

 どぶさらいやおつかいに二十七人もいらないだろうしなあ。


「元々ここのギルドは……いえ、この町は無法者ばかりで」

 スーシーさんは他聞をはばかるように声を潜めて話してくれた。


 山越えの中継地点として栄えていたソールスベリーの町にいつのころからか、よくない人たちが集まりだしたそうだ。乱暴を働いたり、ものを盗んだりやりたい放題だったらしい。町の領主には抑える力はなく、町の人たちはみんな迷惑していた。ギルドに出入りする冒険者もろくでもない奴らばかりで、悪いやつを捕まえるどころか一緒になって乱暴を働くようなありさまだった。ギルドの職員さんたちも手を焼いていた。


 そのひどいありさまが変わったのは二年前、シャロンさんが来てからだ。シャロンさんは志のある人たちを集めて、無法者を捕まえたり町の外に追い払ったりしてよくない人たちを一掃した。同時に、ギルドと協力して町の人たちに迷惑をかけるような冒険者を捕まえ、あるいは追い出した。

 そうしてソールスベリーの町を治安のよい町に戻したのだ。


「へえ、すごいんだなあ」

 キレイな上に町の人たちのためにがんばるなんて、なんてすばらしい人なんだろう。ますます尊敬してしまう。


「その上、あんな美人ですからね。狙っている人も多いですよ」

「そうみたいですね」

 ギルドの職員さんや冒険者にもちらほらとシャロンさんを見ている人がいる。みんな視線が熱っぽい。


「もしなんでしたら、お酒でも誘ってみてはいかがですか。もういい大人なんですから、自分から話しかけていかないと」


「ええ、そうなんですよ!」僕は我が意を得たりとばかりにうなずいた。

「僕は十五歳なんです。もうこの国で立派なオトナと認められる年齢なのに、みんなわかっちゃあいないんです!」


 いいギルドだ。あんなキレイな人もいれば、僕がオトナだと認めてくれる人もいる。

 スージーさんはなぜか気圧されたような顔をしたけれど、不意にいたずらっぽくささやいてきた。

「わたし、いいお店知っているんですよ。こう見えても利き酒では町一番なんですよ。どうです?」

「すみません、でも僕はお酒はちょっと……」


 みっともなく酔っ払うのは母さんだけでたくさんだ。

「あら残念」スージーさんは肩をすくめた。「せっかくラフォルギー産の八年物が飲めると思っていたのに」

 どうやら僕におごらせる算段だったようだ。


 カウンターの奥からスージーさんを呼ぶ声がした。ギルドの仕事が忙しくなったので手伝ってほしいようだ。


「それでは、私はこれで。ああ、依頼の受注でしたらでしたら私のいるカウンターですから」

 スージーさんがカウンターに戻ろうとした時、ギルドの外がにわかに騒がしくなった。せっぱつまったようなざわめきが聞こえたと思ったとたん、扉が勢いよく開いた。


「助けてくれ!」

お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回は10月18日午前0時頃の予定です。

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