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ひなどりは拾われた その1

今回から第四話の始まりです。

本日は二話連続投稿です。

   第四話 ひなどりは拾われた


 木々のすきまからのぞく空は透き通って、まるで藍染めの薄布を広げたみたいにキレイだった。マッキンタイヤーの町から南に下ること四日。この森を超えればソールズベリーの町だ。僕とスノウは森を抜ける一本道を歩いている。次はどんな町なんだろう。


「楽しみだね、スノウ」

 僕の肩の上でにゃあ、と鳴いた。うん、スノウも楽しそうだね。


 スノウは『猫妖精(ケット・シー)』という特別な猫だ。かしこい上に、人間には使えないような不思議な魔法も使うという。


 僕はマッキンタイヤーの町を離れる前に『猫妖精(ケット・シー)』について色々調べた。特に知りたかったのは、食べ物だ。


 世の中には、タマネギのように人間には平気でも猫が食べると毒になる食べ物もある。変なものを食べさせてスノウがおなかを壊したら大変だ。


 そう思って本を読んだり、魔物に詳しい人に聞いたりしたのだけれど、僕の知りたいことはほとんどわからなかった。


 人前にほとんど現れない猫なので、どんな食べ物が好きだとか、嫌いな食べ物は何かとか、一緒に生活するうえで気をつけなきゃいけないこととか、誰も知らないし、本にも書いていなかった。


 ただ見た目も体も基本的には普通の猫と同じ、とのことだそうだ。

「なら普通の猫と同じに扱えばいいんじゃないの?」


 マッキンタイヤーの町で知り合ったロズの忠告もあって、普通の猫と同じものを食べさせるようにしている。


 でもスノウはネズミとか、虫とか全然取らない。目の前をネズミが横切っても知らん顔している。

 『猫妖精(ケット・シー)』がそういうものなのか、それともスノウが特別なのかはわからないけれど、とりあえず気を付けながら肉や魚の切り身を食べさせている。


「いいかい、おなかが痛くなったらすぐに僕に言うんだよ」

 そう言い聞かせると、スノウものどを鳴らしてすり寄ってきたので多分わかってくれたんだと思う。


 そのスノウは僕の肩の上に乗っかりながら首をきょろきょろさせている。どうやら景色を楽しんでいるようだ。

 僕の左肩の上はすっかりスノウの定位置だ。


 天気はいいし、危険な猛獣や魔物も出てこない。平和そのものだ。

「次の町に着いたらごはんにしようか」

 スノウと指先でじゃれ合いながら歩いていると、か細い鳴き声がした。


 太い木の下で山鳥のヒナが鳴いている。茶色い羽毛をふるわせながらミミズもつまめないような、ちっちゃいくちばしを一生懸命動かしている。


 木の上は二股に分かれていて、その根元には小枝を組み合わせて作った巣が見える。巣の中には同じ羽根をしたヒナたちが、ぴいぴい鳴きながらくちばしを天に向かって突き出している。

「ははあ、あそこから落ちたんだな」


 遊んでいるうちに、巣から飛び出してしまったのか、エサを取り合っているうちに兄弟からはじき出されたのかな。

 スノウが僕の肩から飛び降りると、ヒナの方に歩み寄る。鼻を近付けて匂いをかいでいるようだ。ヒナの鳴き声がまた一段と高くなった。


「あ、食べちゃダメだよ」

 とっさに手を伸ばしたけれど、それは余計な心配だった。スノウは匂いをかいで興味をなくしたのか、きびすを返して僕の足にすり寄ってきた。


 ヒナもほっとしたように見える。僕にとっては小さなスノウだけれど、ヒナにとってはさぞ巨大な獣に見えたことだろう。

 僕も狩りはするけれど、子供やヒナは獲らない。子供がいなくなれば、やがて鳥は減ってしまう。そうなれば狩りができなくなるからだ。


 狩り場を荒らすような失敗は、ダドフィールドの『迷宮(メイズ)』だけでたくさんだ。

「親鳥はどこかな」


 ヒナが落っこちても親鳥が近くにいれば助けに来るものだ。下手に助けようとすれば、親鳥がヒナに近付けなくて助けるのが遅れてしまう。だから巣から落ちているヒナを見かけても助けてはいけない、と僕はジェロボームさんから教わった。


 ジェロボームさんはアップルガース村の副村長だ。メガネを掛けた細面のおじいさんで、いつも杖をついている。村長さんの手助けをして、畑をどこに作るとか、次の魔物退治はどうするかとかを考えるのが仕事だ。長いあごひげを伸ばしてコツコツと杖をついて歩く姿には貫録というものがあった。村でも一番の物知りで、家はたくさんの本が並んでいた。


 村にいたころはよくお家におジャマして物語を読ませてもらったり、色々な知識を教えてもらったものだ。


 僕はよくへまをするけれど、ジェロボームさんの言うことはたいてい正しい。今回もそうだ。

 僕が十歩ほど離れると、入れ違いに茶色い鳥が二羽飛んできた。大きさはフクロウくらいだろう。険しい目を光らせながらヒナの上を回り始めた。


 これでもう大丈夫かな。

「それじゃあ、行こうかスノウ」


 ここにいたら親鳥のジャマになる。かといって、ヒナの前で親鳥を狩るのも気が引ける。ここは退散することにしよう。

 スノウを抱え上げ、その場を立ち去ろうとした時、道の脇にある茂みの辺りから動く気配を感じた。


 僕がスノウをかばいながら虹の杖を構えると、そいつはゆっくりと現れた。

 一見すると黒い毛並みをしたオオカミだけれど、子牛くらいに大きくて、本来の目の上にもう一対の目がらんらんと赤く輝いている。


 四つ目オオカミだ。普通のオオカミといっしょで牙や爪は鋭いし、動きは早くて、群れで行動するから、囲まれると厄介な奴だ。けれど、特に厄介なのは残り二つの目だ。普通の目の上にあるもう二つの目は、魔力を持っている。獲物の動きを封じる力があって、動きを止めてから確実に息の根を止めるのが、こいつらの狩りのやり方だ。


 四つ目オオカミは低く唸りながら四つの目をヒナに向ける。親鳥たちが危険だと思ったらしく、方向を変えて四つ目オオカミへと向かった。くるくると四つ目オオカミの上を飛び回る。注意を引き付けて、ヒナから遠ざけるつもりのようだ。


 四つ目オオカミがひときわ大きく吠えた。同時に上側の二つの目が赤い水晶のように光る。

 そのとたん、僕の体を赤い目玉が駆け抜けた気がした。これが四つ目オオカミの魔法か。僕を動けなくするつもりなんだな。


 スノウを抱き寄せ、歯をくいしばってがまんしようとしたけれど、それっきり何も起こらない。

 ああ、そうか。マントの力だ。

 僕のマントには悪い魔法をはねのける力があるんだ。だから僕と、僕の腕の中にいるスノウも守ってくれたようだ。


 ほっとしたとたん、ぱたぱたっと地面に親鳥が落っこちる。四つ目オオカミの魔法に耐えきれなかったのか。ヒナも魔法にかかってしまったらしく、ぷるぷる震えたまま鳴き声一つ上げられないでいる。


 四つ目オオカミは勝ちほこったように悠々とした足取りでヒナに近付いていく。あの大きくて長い口なら一飲みだろう。

「ああ、ごめん。ちょっと待ってくれるかな」


 僕は四つ目オオカミとヒナの間に割って入る。四つ目オオカミは牙をむいて僕をにらみつける。

「ああ、怒っている? うん、そうだよね。誰だって食事のジャマをされたら腹が立つものさ。僕だってそうだ」


 四つ目オオカミは僕に唸り声をあげている。今にも飛び掛かって来そうな気配だ。

「でもね、これはなんというか、親の前で子供がやられるなんてのはあんまり気持ちのいいものじゃないと思うんだ。感傷みたいなものかな。うん、わかるよ。僕自身がちぐはぐ(・・・・)だってこと。でも仕方ないんだ」


 たとえ間違っていようと、イヤだって心は偽れない。

 だから僕はよくへまをする。多分僕は一生、ジェロボームさんみたいにはなれそうにない。


 四つ目オオカミはほんの少し考え込むようにまばたきすると、ヒナから顔をそむけた。わかってくれたのかと一瞬うれしくなったけれど、次の瞬間にはとんでもない間違いだって気づいた。四つ目オオカミは僕に向かって、頭を低くしてにじり寄ってくる。まずい。あれは、獲物を狩ろうとしている格好だ。


「ああ、うん。そうだよね。君、体も大きいし、おなかもすいているみたいだから、たくさん食べられる方がいいよね」

 説得が通じたんじゃなくって、単純にちっちゃなヒナより僕の方が食いでがありそうだと思ったからみたいだ。


「ごめんね、僕も食べられるわけにはいかないんだ」

 虹の杖を掲げると、まばゆい雷光がほとばしる。虹の杖にこめられた七つの力の一つ『麻痺(パラライズ)』だ。


 杖の先についた魔法の『(コア)』から放たれた雷光が黒いオオカミの体を駆け抜ける。

 カミナリがおさまると、四つ目オオカミはその場に崩れ落ちた。

 どさりと大きな体が横たわると、親鳥たちが再び翼をはためかせる。四つ目オオカミの魔力が解けたようだ。


 親鳥は空へ飛びあがると、何度か辺りを回った後で急降下して、爪でヒナを拾い上げた。ヒナは親鳥に抱えられ、無事に巣に戻った。


 元気のいい鳴き声が巣の奥から落ちてきた。

 僕はほっとして額の汗をぬぐった。


 それにしても、どうしてこんなところに四つ目オオカミなんていたんだろう。

 群れで動く魔物のはずなのに、たった一匹でこんな人里近くに現れるなんて。

 念のため『失せ物探し(サーチ)』で辺りを探してみたけれど、四つ目オオカミはこいつ一匹だけのようだ。


 四つ目オオカミは舌を出して、ふくらんだおなかを小刻みにふるわせている。

 さて、どうしたものか。


 ヒナや親鳥を助けたのに、こいつを殺してしまうのも気が引ける。僕としては、ヒナが助かればそれで十分なので、四つ目オオカミを殺さなきゃいけないほどの恨みもないし、危険も感じていない。けれど、放っておけば誰か別の人をおそうだろう。かといってこのまま町の中へ連れて行くのもムリだ。


 迷った末に、『瞬間移動(テレポート)』で人里離れた山奥に逃がしてやることにした。

 善は急げと、四つ目オオカミにさわった時、僕は奇妙な感触を覚えた。首筋の辺りに何か硬いものが当たっている。


 なんだろう、と黒色の長い毛をかき分けるとそいつが現れた。

 皮製の首輪だった。

 

 首輪をつけている以上、飼い主がいるのかな、と近くを探してみたけれど、それらしい人はいなかった。

 結局、僕は気絶した四つ目オオカミを山奥へと運んだ。あの辺には仲間もいるはずなので、運が良ければたくましく生きていけるだろう。


 でもこの首輪はなんだったのだろうか。『麻痺(パラライズ)』で捕まえた時にちぎれてしまったようなので、つい持ってきてしまったけれど、へんてこな模様の付いた首輪だ。全然かわいくない。


 もしかして、前にマッキンタイヤーで見かけた、魔物を捕まえておくための首輪なのだろうか。でもそれにしては飼い主が見つからないのが気になる。


 スノウの時みたいに、誰かに捕まっていたのが逃げ出したのかな。

 考えながら歩いていると森を抜けた先に大きな門と、白い壁が見えてきた。

 ソールズベリーの町だ。


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


本日はもう一話投稿しています。

そちらもご覧ください。

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