白猫と虹の杖 その13
僕は杖を高々と掲げた。 杖の『核』が黄色く光る。
「『麻痺』!」
杖から小さな電撃がほとばしる。電撃は一瞬でカーティスの手下たちの体を駆け抜けた。
ばたばたと男たちが倒れていく。
「大丈夫かい?」
馬車から飛び降りると、ロズとグリゼルダさんのさるぐつわを外し、二人の両腕をしばっているナワを解いてあげる。
「来るの遅すぎ! 何やってたのよ! のろま、ドジ、カリエボンバ鳥!」
口が自由になったとたん、ロズが早口でまくしたてる。
「ちょっと石像から人間に戻るのが遅れてね、ごめん」
「ふん、まあいいわ。許してほしかったら、さっさとあの陰気なやつを倒しちゃって」
ロズが指さした先には、くやしそうな顔の弱虫カーティスが立っていた。
『麻痺』の電撃は当たったはずなのに、普通に立っている。
あいつなら身を守るマジックアイテムを身に着けていてもおかしくはないか。
「貴様……どうしてここに……?」
カーティスはおどろきと腹立たしさの入り混じった顔で僕をにらんでいる。
「なんだ、知らなかったのか? 僕はおにごっことかくれんぼの名人なんだ」
えっへんと胸を張るけれど、グリゼルダさんとロズは口元をほころばせている。『失せ物探し』の力を知っているからだろう。
「そうか、その杖か」カーティスが僕の杖を見てうれしそうに笑う。
おや、見抜いたのか。なまいきだけど、マジックアイテムを集めているだけのことはある。
「おまけにその猫まで持ってきてくれるとはな」
今度はスノウを見て舌なめずりする。うえ、気持ち悪い。やめてくれないかな、スノウが怖がっているじゃないか。
けれど、これではっきりした。カーティスはスノウを狙っている。自分の使い魔にして、マジックアイテムみたいに自分の思い通りに操るつもりだ。
「だが、お前がここに来たということは、あいつらは失敗したのか」
役立たずめ、と言いたげに鼻を鳴らす。
「まあいい、ここでお前を倒せば、杖も猫も両方とも俺のものだ。そいつを渡してもらうぞ」
「絶対にイヤだね」
この杖に魔法を付けてくれたのはグリゼルダさんだ。グリゼルダさんが魔法を付けてくれたのは、母さんの友達だからだ。
僕とグリゼルダさん、それと母さんのキズナが作った魔法の杖だ。
そしてスノウは僕の友達だ。僕が熱いたんぽぽコーヒーをかぶりそうになったところを助けてくれた。今度は僕がスノウを守る番だ。
「杖もスノウもお前には渡さない。杖もスノウも僕のものだ」
ふところにかかえたスノウをロズに手渡す。
「ごめん、スノウのことお願いできるかな」
「もちろんよ」ロズは白く小さな体をこわれもののように腕の中に抱える。
「だから、あんなやつぶっ飛ばしちゃいなさい」
「了解」
僕がうなずくと、ロズはグリゼルダさんの手を引いて後ろに下がる。
荒れた教会の庭の中、馬車を挟みながら僕はカーティスと向かい合う。
「後悔しろ、こぞう!」
叫びながらローブの中から小さな杖を取り出す。おじさんの屋台を燃やした、炎の出る杖だ。
「黒焦げになるがいい!」
炎の球が杖から飛び出した。人の頭の程もある炎の球はめらめらと燃えながら僕に向かって飛んでくる。でも遅い。
僕は余裕をもってかわす。炎の球は僕の横を通り過ぎて、教会の方へ飛んでいく。
そのまま、ぼろぼろの壁に当たるかと思ったとたん、寸前で大きく弧を描いてまた僕の方へと戻ってきた。
こんな芸当もできるのか。
「おっと危ない」
背中からおそってきた炎の球を今度は横に跳んでよける。そこへ頭上から二発目が降ってきた。僕がウサギのようにとびのくと、炎の球はまた角度を変えて僕に向かってきた。
その間にもカーティスは次々と炎の球を生み出し、僕に飛ばしてくる。
「バカめ」
気が付くとたくさんの炎の球が僕の周りを取り囲んでいた。ひぃ、ふう……二十は超えているようだ。
炎の球は火の粉をまき散らしながらハチのように不規則な動きで飛び交う。僕のすきをうかがっているように見える。
「今度こそ火あぶりの刑だな」
「僕が五歳の頃、母さんが言ってた」
僕は杖を掲げる。
「火遊びする子はおねしょをするって」
カーティスの合図で二十を超える火の球が飛んでくる。
僕が念を込めると、杖の『核』が青く光った。
「『水流!』」
青色の『核』から細い水がほとばしる。勢いよく飛び出た水は青いムチとなって宙を舞う炎の球を打ち払う。水流とぶつかった炎の球はじゅっ、と音を立てて白い蒸気になって消えていく。全ての炎の球を消し去ると、水流は僕の頭上で渦を巻いて教会に雨を降らせる。
これで燃え移る心配はない。
杖に付けてもらった七つの魔法の五つ目、『水流』だ。
見ての通り杖から出した水を操る魔法だ。火吹きネズミみたいな、水に弱い魔物にはてきめんだけど、この魔法にはもう一つとっても大切な効果がある。
この水、飲めるんだよね。
旅に出れば水は欠かせない。飲み水に困らないと思って付けてもらった。
そして、『水流』にはこんな使い方もある。
「これは屋台のおじさんの分だ!」
杖を振ると水流は蛇のようにカーティスの杖に絡みつき、その『核』を破壊した。
「なにっ!」
「感謝してよね。これでおしめをする必要はなくなった」
「くそ、このがき!」
カーティスは今度は両手を突きだす。両手の人差し指には金色の指輪をはめていた。ごてごてしていて趣味が悪い。指輪はカーティスの呪文に反応して妖しい光を発する。
僕の足元が揺らぎだした。地震かと思ったけれどそうじゃなかった。地鳴りとともに庭の土が盛り上がり、たちまち巨人の姿に変わった。
背の高さはニフート(約三・二メートル)もあるだろう。目も鼻もない、のっぺらぼうだ。手足と胴体は四角く切り取った土をそのまま積み上げたようにごつごつしていて太い。魔法で作った土人形……ゴーレムだ。
「今度はお人形さん遊び? 君何歳?」
「他人の年齢など気にしなくてもいい」カーティスは勝ちどきのように右腕を上げる。「お前はもう歳を取らなくなる」
庭のあちこちで地面が盛り上がる。一体、また一体とゴーレムが生まれ、合計五体のゴーレムが動き出す。土埃を上げながらどしんどしんと僕に近付いてくる。
「言っている意味がわからないな」僕は首をひねった。
ゴーレムは僕の前後左右を取り囲み、一斉に拳を振り上げる。
「このうすのろに何をさせるつもりなの?」
「お前の処刑だ」
五つの巨大な拳が落石のように僕に向かって来る。
僕は杖を振り上げる。杖の『核』が白く光った。
「『大盾』!」
ごん、と鈍い音とともに五つの土の拳が僕の頭上で止まる。
半透明の丸い盾がゴーレムの攻撃を全て防いでいた。
七つの魔法の六つ目、『大盾』は、剣や拳でも魔法でもなんでも防いでしまうんだ。
「おしつぶせ、ゴーレム!」
弱虫カーティスの号令とともにゴーレムたちが再び拳を振り上げ、僕に殴りかかる。ムダなことさ。
ごんごんごん!
五体のゴーレムは僕を取り囲みながら何度も殴りかかってくる。でも届かない。当たればぺしゃんこになってしまうような拳も『大盾』の前には無力だ。
片手ではらちがあかないと判断したのか、ゴーレムたちは両手を使って殴りかかってくる。
それでも『大盾』を壊すことはできない。
「バカ! 後ろ!」
ロズの叫び声に振り替えると、カーティスがにたりと笑いながら指輪を光らせる。
「うなれ、『氷剣陣』」
カーティスの前に八本の氷の刃が生まれる。氷の刃は落ち葉を蹴散らしながら、ゴーレムとゴーレムの隙間をぬって飛んでくる。土の腕の下をくぐり、魔法の氷が目の前に迫る。
僕はよけなかった。
僕の胸に届く寸前、『大盾』が形を変える。盾の縁が伸びてちょうど、半円が僕を包み込むような形になった。
氷の刃は全て半透明の壁に当たり、破片になって消えた。
「なんだと!」
『大盾』が守ってくれるのは、盾の出ている場所だけじゃない。攻撃を受けると自動的に形を変えて守ってくれるのだ。
さて、実験も終わったしもういいかな。
僕は杖を左手に持ち替え、右手で剣を抜き放つ。ゴーレムの拳の雨がとだえた瞬間を狙い、『大盾』をはるか上空まで押し上げる。半透明の壁に押し上げられ、五体のゴーレムが宙に浮きあがり、やがてバランスを崩して僕の頭上に落ちてくる。
僕の剣がひらめく。
ゴーレムの胴体が五体全て真っ二つになる。
「これで十体になった」
教会の庭に地響きが鳴り響いた。上半身と下半身にわかれたゴーレムは地面に倒れ、元の土に変わる。教会の庭は穴が空いたり、土が盛り上がっていたりと、でこぼこだ。
「ありゃ、ゼロになっちゃった」
また土人形にならないのを確認してから『大盾』を止めて、剣の切っ先をカーティスに向ける。
「お前に一つ忠告だ」僕は一気に距離を詰める。「人の家の庭を勝手に掘り返すものじゃない」
アダマンタイトの剣を一閃する。勢いのままカーティスの脇を駆け抜ける。魔法の指輪は趣味の悪い飾りとともに真っ二つになる。ぽろりぽろり、と弱虫の指から全部滑り落ちて、僕の後ろで土の上に落っこちた。
「これはグリゼルダさんの分だ」
「あ、あ、あ」
カーティスは青ざめた顔のまま、両手を見比べる。まるで首ふり人形だ。
「貴様……この指輪がどれだけしたと……」
「指ごと切り落とされなかっただけまだマシだろ?」
指輪だけ切るのって大変なんだから。
「いいか、カーティス……」
「許さんぞ! こぞう!」
僕がしゃべろうとしたところにカーティスの叫び声がジャマをする。ローブに手を入れると、今度は鉄製の杖を取り出した。魔法の杖は一本だけじゃなかったのか。
「吹き飛べ!」
カーティスの杖から一筋の炎が放たれた。細い糸のような炎は僕のはるか上を通り過ぎて鐘楼に当たる。その瞬間、ものすごい爆発が起こった。耳をつんざくような音とともに熱風が吹き下りる。
「リオ、あれ!」ロズが教会の上を指さす。
振り向くと爆発で削られた鐘楼がぐらり、と崩れるのが見えた。柱が折れ、支えを失った鐘楼は石のかたまりとなって屋根から転げ落ち、僕の上に落ちてくる。黙って落ちて来るのを待つほど僕はのんびり屋じゃない。急いで飛び下がろうとした時、何かに足をつかまれる。
見ると、土でできた太い腕がブーツの上から僕の足首をつかんでいた。
ゴーレム!
さっき指輪は砕いたはずなのに。
カーティスは僕に向かって腕を伸ばしたまま勝ち誇った笑みを浮かべる。しまった、マジックアイテムがなくっても少しは魔法を使えたんだ。
完全に逃げるタイミングを失った僕に鐘楼だった石のかたまりが落ちてきた。僕は杖を握りしめる。杖の『核』が赤く光るのに一瞬遅れて石のかたまりが僕にのしかかった。
ずん、と重い音が教会の庭を揺るがす。教会の鐘を守っていたはずの石は雑草をえぐり、土に突き刺さる。
もうもうと土ぼこりがケムリのように立ち込める。
「リオ!」
「リオ君!」
グリゼルダさんとロズが叫ぶ。
カーティスが腹の底からおかしそうに笑い声を上げる。
「バカめ、くたばったか、こぞう! 身の程を知らないからこうなるのだ!」
「これで三回目だよ、弱虫」僕は言った。
「僕はこぞうじゃない。オトナだ。お前と違ってね」
歯を食いしばっているせいでちょっと変なしゃべり方になったけれど、うまく伝わったらしい。
カーティスは腰でも抜けたようなふらふらとした足取りで後ずさりしている。
もしかしたら僕が体中赤く光っているからかな。それとも、こわれた鐘楼を持ち上げているせいかも。
ロズもグリゼルダさんもびっくりしているみたいだ。
もちろん、僕の腕っぷしは大石を持ち上げられるほど強くない。仕掛けは僕の足元に落ちている赤く光った杖だ。
杖に付けてもらった七つの魔法の七つ目、『強化』だ。
この魔法を使えば少しの間、僕の腕っぷしや走る力を何倍にも引き上げることができる。
一度使えば、たとえ杖を手放しても『核』光っている間は強いままだ。
「よいしょっと」
鐘楼を地面に降ろす。こわれちゃったけれど、直せばまた使えるかなあ。
石のかたまりから手を放すと拳を固め、一気に走り出す。おどろいてすきだらけのカーティスを見逃すほど僕はうっかりものじゃない。
『強化』で何倍にもなった足の力で蹴ったせいで、地面が大きく土煙を上げる。
一瞬でカーティスの目の前にたどり着く。きっとカーティスの眼には僕がまた『瞬間移動』を使ったように見えた事だろう。
「それから、こいつはロズの分だ!」
僕の右手が刃物のように鉄の杖を切り落とす。杖を握っているところから上の部分がはね飛ばされて、少し離れた地面に落っこちた。
あぜんとするカーティスの胸ぐらを反対の手でつかみ、一気に黒のシャツを引きちぎる。
ふところから奇妙な形の人形や宝石やナイフが次々とこぼれおちる。これも全部マジックアイテムか。
「なっ……それは……」
「コドモのおもちゃにしちゃあ、ちょっと危なっかしいな」
体をひねり、今度は平手打ちで奴の頬を引っぱたく。
面白い悲鳴を上げながらカーティスが吹き飛ぶ。
教会の庭を水切石のように跳ねながら転がっていき、地面の穴に突き刺さって止まる。
やれやれ、かろうじて手加減が間に合った。
本気で叩いたら目玉が飛び出していただろう。
杖を拾い、『強化』を止めると僕の体の光も消える。
『強化』はとても便利だけど、使い続けていられる時間に限りがある。
そして一度使うと、もう一度使うのに時間がかかってしまう。欠点はあるけれど、いざという時の切り札には文句なしだ。
これならブラックドラゴンと戦っても、勝てないまでもいい勝負くらいはできると思う。
「これ、お願いします」
カーティスが忘れていったマジックアイテムはグリゼルダさんたちの足元に放り投げる。
壊してしまおうかとも思ったけれど、あいつがムリヤリ奪い取ったものもあるだろう。
マジックアイテムのことはグリゼルダさんに任せるのが一番いい。
全部渡したところでカーティスがようやく起き上がった。僕がシャツを引きちぎってしまったので、ローブの下はすぐ裸だ。
けれど、泥と土まみれの顔をわななかせているのは寒いからではないだろう。
自信満々だった表情は鳴りを潜め、弱虫が顔を出したようだ。
僕は地面の穴から這い出してきたカーティスに杖を向ける。
「えーと、なんだっけ? そうだ、カーティス、お前はその……子供だ。ずるくて、いじわるで、ただをこねて、八つ当たりして、人のものを欲しがって、おしめのとれない赤ちゃんだ」
もう少し気の利いたセリフを言いたかったのだけれど、鐘楼が落ちてきたショックで忘れてしまった。
「だから……えーと、お前をやっつける。それから、泣いて謝っても許さない。つまり……覚悟して」
イマイチ決まらないと思ったけれど、効果はばつぐんのようだ。
カーティスはほうほうのていで教会の外へと逃げ出す。一瞬、体をかがめたかと思った時、あいつの靴がきらりと光るのが見えた。
するとカーティスの体がだんだんと透明になっていく。あの靴もマジックアイテムなのか。
カーティスの体は風に溶けたかのように見えなくなってしまった。
「なまいきな弱虫め」
僕は杖を掲げた。
「僕にかくれんぼで挑もうなんて十年早いよ」
杖の『核』が黒く輝く。
「『失せ物探し』、カーティス!」
杖をとん、と地面につけた途端、世界が真っ暗になる。
真っ暗になった世界で建物や人の輪郭だけがぼんやりと光って見える。
今、僕の側には生き物の気配が四つ。グリゼルダさんとロズ。ロズの手の中に小さな反応がある。これはもちろんスノウだ。
そしてもう一つ、僕からどんどん遠ざかる背の高い男の気配がある。
見覚えのある輪郭は泳ぐように手足をばたつかせながら教会の門へ近付いている。
見つけた!
僕は『失せ物探し』を解除すると、『瞬間移動』で教会の門まで回り込む。
杖を持ち替え、木こりのような手つきで思い切り横に払う。重い手ごたえがした。杖の先からカーティスの顔が現れる。続いて胴体から足まですーっと姿を現し、舌を出して横向きに倒れた。
「今のはスノウの分だ」
僕はカーティスの足を取り、靴をはぎ取る。
「かくれんぼは終わりだよ、弱虫」
カーティスはまたきびすを変え、裸足のまま教会の方へ逃げていく。
「逃がさないぞ」
僕が追いかけようとした時、カーティスがズボンのポケットから黒い卵のようなものを取り出し、地面に放り投げる。
黒い卵は地面に当たって割れる。けれど中身は白身でもひよこでもなく、黒いケムリだった。
もくもくとケムリが僕の視界をふさいでしまう。
毒の可能性もあるので煙を吸わないよう、マントで顔を覆いながらケムリの中を駆け抜けたものの、すでにカーティスは教会の中に駆け込んで行くところだった。
「二人はここにいて」
グリゼルダさんたちに言い残して僕も後を追う。
お読みいただきありがとうございました。
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次回は10月4日午前0時頃の予定です。
……この話読んでいる人の中でカリエボンバ鳥の元ネタがわかる人いるんだろうか?