白猫と虹の杖 その12
事の始まりは七日前。そう、屋台のおじさんが屋台を燃やされたその後だ。
カーティスはあの後で裏山に上り、グレートライノーに魔法で攻撃した。理由はどうせマジックアイテムの練習台ってところだろう。
グレートライノーは怒って突進してきた。ところがカーティスではなく、その間にいたイノシシさんたちの馬車にぶつかる。
これは僕の勘だけれど、カーティスはわざと馬車の向こう側から攻撃したんじゃないだろうか。
グレートライノーが向かってきたら馬車を身代わりにするために。
馬車は壊れてイノシシさんたちとその荷物が外に飛ばされる。
目標をイノシシさんたちに変えたグレートライノーはイノシシさんたちに向かって突進する。
普通ならそのままぺしゃんこにされていただろう。でもイノシシさんたちはアーロンの町まで瞬間移動した。
そんな芸当が出来るのは、その場にたった一人だけしかいない。
スノウだ。
やさしくてかしこいスノウは、イノシシさんたちを助けるために魔法で隣町まで飛ばした。
瞬間移動の魔法には場所を思い浮かべる必要がある。
スノウにしてもとっさのことだっただろうから、思い浮かんだのがついこの前までいたアーロンの町だったんだろう。
それをあの弱虫カーティスに見られてしまった。
マジックアイテム好きのあいつがスノウを放っておくはずがない。
けれど理由はもう一つある。例の王様へのおひろめだ。
王様の前にマジックアイテムを持ち込むのは難しい。でも使い魔ならどうだろう。
スノウはすごい魔法を使える。
使い魔にすごい魔法を使わせれば、きっとその飼い主はもっとすごい魔法使いなんだろうとみんな思うはずだ。
あるいは珍しい『猫妖精』を献上すれば、おひろめをごまかせるとでも考えたのかもしれない。
すぐにスノウを捕まえようとしただろう。
危険を感じたスノウは、続けざまにカーティスも瞬間移動させる。場所がアーロンだったのは、多分イノシシさんたちと同じ理由だ。
残ったのは、スノウと怒ったグレートライノーだ。怒りの収まらないグレートライノーはスノウに目標を定めた。
スノウは疲れて魔法も使えず、逃げるしかない。
一生懸命逃げ続けて、別の道まで出てきたところで僕と出くわした。
あの時、あの山で起こったことはこんなところだろう。
問題は隣町に飛ばされた面々だ。
イノシシさんたち三人はスノウが原因とは気づいていない。でもカーティスはスノウが『猫妖精』だとわかった。
そこでカーティスはイノシシさんたちにスノウを譲るように言う。
多分、瞬間移動は自分の魔法だとかごまかしたんだろう。一度使うとしばらくは使えないとか下手なウソをついてね。
四人はいっしょにマッキンタイヤーへと戻るために旅路を急ぐ。
戻るまでにかかった日数が七日間、今まで誰もスノウを探す人が現れなかったのも、弱虫カーティスが町に現れなかったのもそのせいだ。
町に戻ってきた弱虫カーティスはとりあえず、イノシシさんたちにスノウを取り戻すように命じる。
スノウの場所はマジックアイテムで調べたか、部下に命じて調べさせたかしたんだろう。
その一方でグリゼルダさんがマジックアイテム作りを再開した知らせを手下から受ける。その依頼主が僕だということもすぐにわかっただろう。
僕とロズが一緒にいるところもあいつの手下に見られていたはずだ。
欲深いカーティスはスノウも杖も両方とも手に入れようと考えた。
僕を見返してやろうって気持ちもあったと思う。
けれどイノシシさんたちはあっさり金貨百枚で僕にスノウを売ってしまう。おまけに杖は完成して僕が受け取った後だ。
それでもカーティスはあきらめなかった。イノシシさんたちに倍額払うからもう一度行って来い、と命令する。
そして王宮の魔法使いをあざむけるようなマジックアイテムを作らせるためにグリゼルダさんとロズを誘拐した。
そして、今に至るというわけだ。
一部始終がわかっても僕の気分は晴れなかった。むしろ胸がむかむかして気分が悪くなった。
正直わかりたくもなかった。
なんてイヤな奴なんだろう。どこまで腐っているんだ。
許さないぞ、弱虫カーティス! お前はこの僕がたたきのめしてやる。
「色々教えてくれてありがとう。では、僕はもう行きます」イノシシさんの頬から杖を離す。
「しばらくすれば、しびれも取れます。それまでおとなしくしていた下さい」
僕は杖を掲げながら胸の中で使いたい魔法を念じる。
杖の『核』が黒く光る。
「『失せ物探し』 グリゼルダさんとロズ!」
杖をとん、と地面につけた途端、世界が真っ暗になる。
僕の意識は鳥になったようにふわりと宙に浮かび上がり、マッキンタイヤーの街を一望する。
夜の闇より暗い町の景色に、ぽつんと赤く点滅しているところがある。
二つの赤い点は同じところに固まって町の中を移動している。
見つけた!
そう思ったとたん、僕の意識は体に戻り、世界はまた色を取り戻していた。
これが杖に付けてもらった七つの魔法の四つ目、『失せ物探し』だ。
もしスノウと離れ離れになった時にすぐ見つけられるように、と付けてもらった魔法だ。
使うと、半径一〇〇〇フート(約一・六キロメートル)以内が一望できるようになる。
その範囲内にいればその場所が赤く光るようになっている。
ただし、なんでもかんでも見つけられるわけではない。
『瞬間移動』と同じように、頭の中に探したいものを正確に思い浮かべる必要がある。だから僕が知らない物や人は探せない。あと『失せ物探し』を防ぐような魔法もあるらしい。
条件は色々あるけれど、こんな風に誘拐された人を探す時にはうってつけの魔法だ。
グリゼルダさんたちは町の南側に移動していた。歩くより速かったから馬車にでも閉じ込められているんだな。
ようし、先回りしてやる。
僕はスノウを肩に乗せ、グリゼルダさんの家の壁をよじ登る。
屋根の上に上り、もう一度『失せ物探し』を使う。赤い点滅は町外れの方に向かっているようだ。
ふむ、あのあたりかな。
赤い点滅の進行方向に古びた教会があった。
目を凝らすと、鐘のない鐘楼がぽつんと建っているのが見える。アジトはあの辺りだな。
僕は杖を掲げる。
さっきも言ったけれど『瞬間移動』には、行く場所を正確に思い浮かべる必要がある。でもそれは記憶に頼る必要はない。
目の前にそれが見えていれば、場所を思い浮かべるのは簡単だ。
『核』が紫色に光った瞬間、僕の体は鐘楼の上に移動していた。
改めて使ってみると便利な魔法だ。長距離はムリだけれど、短い距離なら見えている範囲内ならどこへでも行けるんだからね。
川を渡る時とか、谷を越える時とかに重宝しそうだ。
僕は鐘楼の柱につかまり、町を見下ろす。
教会の一番上だから見晴しはいいけれど、その分風もきつい。
「怖くないかい? しっかりつかまっているんだよ」
スノウはにゃあ、と一声鳴いて僕の肩に顔をうずめる。うん、いい子だ。
視線をすぐ真下の教会に移すと、屋根もところどころはがれているし、壁にもひびが入っているのが見える。窓も割られているようだ。
窓からのぞくと、すきまだらけの教会の床を拳ほどもある大きなネズミがちょろちょと駆け抜けていく。
どうやら司祭様はいらっしゃらないようだ。
村にいた頃、教会というのは神様が地上に降臨される時の宿にされるところ、と聞いたことがある。
要するに仮住まいってやつだ。
けれど、この教会は庭も草木がぼうぼうで壊れた塀には落書きまで書いてある。
いくら仮住まいといっても神様も怒り出すんじゃないだろうか。
そんな心配をしていると一台の馬車が教会の敷地に入ってきた。真っ黒な屋根つきの馬車だ。
伯爵ほど豪奢ではないけれど馬も飾りつけも立派で、貴族が乗っていてもおかしくはなさそうだ。
でも僕は知っている。こいつの持ち主は貴族どころか、最低の悪党だ。
馬車は教会の門をくぐって玄関の前、ちょうど鐘楼の真下に停まった。
馬車から出てきたのはおいはぎのように口元を布で覆った男が二人、そのうちの一人は背が高く、全身黒ずくめだ。
出たな、弱虫カーティス。やっぱりここがアジトか。
あとは御者台にカーティスの手下らしき男が二人。
カーティスは馬車の方を振り返ると腹立たしそうに馬車の中に腕を伸ばす。そしてぐい、腕を引っ張ると、髪の毛をつかまれたロズ出てきた。
なんてひどいことを!
ロズが馬車の中からムリヤリ引っ張り出されると、続いてグリゼルダさんも出て来る。
二人ともさるぐつわをかまされた上に両腕を縛られている。
カーティスたちはロズとグリゼルダさんを連れて教会の方へ歩き出す。ロズはまるで暴れ馬のように顔を左右に振りながら必死に抵抗しているけれど、二人がかりで抑え込まれてずるずると引きずられていく。グリゼルダさんが悲しそうにロズに何事か呼びかけるけれど声になっていないようだ。
カーティスは心底嬉しそうに笑っていた。
その顔を見て、僕の堪忍袋の緒が切れた。
「そこまでだ!」
僕はそう叫びながら鐘楼の上から飛び降りた。
スノウを片腕で腕に抱えながら空中で一回転して、どんっ、と馬車の屋根を震わせながら着地した。
カーティスもロズもグリゼルダさんも、その場にいた皆が僕の登場に目を丸くする。
「グリゼルダさんとロズを返してもらう!」
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次回は9月30日午前0時頃の予定です。