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白猫と虹の杖 その11

今回はもう一話あります。

 次の瞬間、僕はグリゼルダさんの家の前にいた。ふむ、うまくいったみたいだ。スノウがびっくりしているみたいなので頭を撫でて落ち着かせてあげる。ごめんよ、おどろかせちゃったね。


 今のが僕が杖に付けてもらった七つの魔法の二つ目、『瞬間移動(テレポート)』だ。

 どんなに離れていても一瞬で移動することができる。場所をきちんと思い浮かべる必要があるため、知らない場所には行けないけれど、逆に言えば一度行った場所ならいつでも行ける。


 アップルガースの村に戻るのに便利かな、と思って付けてもらった。グリゼルダさんによると、移動の魔法を付けるにはとても高度な技術が必要らしい。こんな風にマジックアイテムに付けられる『付与魔術師(エンチャンター)』は、国中探しても五人と居ないらしい。


「すみません、リオです。ロズ、いるかい?」

 グリゼルダさんはまだ寝ているかと思っていたのでロズの名前で呼んでみたけれど返事はない。

 ノックしても返事がなかったのでおそるおそる扉を押すと、あっさりと開いた。


 僕が出た時にはきれいに整頓されていたお店の棚は倒れ、器や瓶の破片が床に転がっていた。その床もたくさんの足跡がむちゃくちゃに付いている。まるで酔っぱらったオークがダンスでもやったみたいにでたらめだ。カウンターには何かで切り付けたような痕が刻まれていた。二階や工房も見たけれど、やはり二人の姿はなかった。


 遅かったか。僕が領主様の館に行っている間に入れ違いに連れて行かれたんだ。

 食いしばった歯が嫌な音を立てる。

「グリゼルダさん! ロズ! どこだい!」


 呼びかけてみるけれど、やっぱり返事はない。

 どこに連れて行かれたんだ?

 二人を連れて行ったのはおそらく弱虫カーティスか、その仲間だろう。連れて行かれたのは多分、領主様の館じゃあない。


 ほかの使用人の眼もあるし、さっき調べた時にはそれらしい部屋もなかった。

 どこかに悪いことをするためのアジトがあってそこに連れて行かれたんだろう。けれど、僕はこの町に来てまで七日だし、僕はあいつのことなんてほとんど知らないから、アジトの場所なんて見当もつかない。


 もう一度領主様のところに戻ろうかと考えた時、僕はあることに気づいた。

 あ、そうか。今の僕にはあれがあるじゃないか。

 まったく、なんてうっかりものなんだ。


 自分の頭の悪さに舌打ちしながら杖を振り上げた時、見覚えのある男たちがグリゼルダさんの家の中に入ってきた。

 杖を振り上げた格好のまま固まってしまった。

「よう、ジャマするぜ、兄さん」

 スノウの元の飼い主たちだ。


「えーと、何の御用ですか。僕は今忙しいんです。またにしていただけませんか」

 僕はスノウを抱き寄せながらそっけなく言った。


 グリゼルダさんたちを助けなきゃいけないんだ。のんびりしているヒマはない。

 何よりこの光景を見ながら平気な顔をして家の中に入ってきた人たちだ。僕の不信感はふくれ上がっている。


「えーと、申し訳ないんだがよ」リーダーらしき男が頭をかきながらにたにたと愛想笑いをする。

「その猫をだな。返してほしんだよ」

「お断りします」


 僕はきっぱりと言った。何を言い出すんだこの人は。冗談にしてはこれっぽっちも笑えない。

「いや、言いたいことはわかるぜ。一度買ったものを返せなんて冗談じゃねえってんだろ。ごもっともだ。けど、こっちにも事情ってもんがあるんだよ。実はな」

「聞きたくありません」


 僕はスノウを抱えて外へ出る。どんな事情があろうとスノウを手放すつもりはない。

「ちょっと、待ってくれねえか」


 男たちが僕の前に回り込むのを見て、いらっとしてしまう。僕は急いているのに。

「実はな、その猫は売り物じゃねえんだよ」

「別の……そう、さる高貴なお方に献上する予定のお猫様でな」


「このまま猫を届けられないんじゃあじゃあ、俺たち打ち首になっちまう。だからな、頼むよ。もちろん、金は返すからよ」

「僕の知ったことじゃありません」


 いくら僕が田舎者の世間知らずだからって、そんな取ってつけたようなウソにごまかされるものか。

「代わりの猫も用意するからさ」

「僕はこの子がいいんです」


 今更ほかの子とスノウを取り換えるなんてできっこない。

「頼むよ、家にはかかあと七人の子供がいるんだよ。俺が死んだらみんな飢え死にしちまう」

 安っぽい泣き落としだ。物語というものをたくさん読んでいる僕はごまかされないぞ。


「もちろん、金は返すし、お詫びに金貨十枚……いや、二十枚出そうじゃねえか」

「金貨百万枚積まれたってお断りです」

 スノウは僕の友達だ。友達の価値はお金に変えられない。


「おい兄さん、俺たちがどうなってもいいってのか」

 急におどすような口調に変わった。ほらきた。


「あなた方はオトナなんでしょう。だったら、ご自分の判断にはご自分で責任というものをとるべきです」

「ああ、そうだな」僕の突き放すような言葉に、すっと男たちの目から笑いが消える。

「バカな奴だ」


 男たちが次々と腰に差している剣を抜いた。こんな街中の真昼間に剣を抜くなんて正気の沙汰じゃない。

 目の端っこで、面倒事はゴメンとばかりに逃げていく人たちの姿が見える。

「つまり、あなたたちはスノウを力ずくで取り上げようというわけですか」


「ああ、そうさ」

 僕はほっとした。

 つい今朝方まで僕にも『ドロボウかもしれない』という負い目があった。でもお金を払った以上、スノウは正式に僕のものになった。


 この人たちは武器を使って僕からスノウを奪おうとしている。

 つまりただの商人ではなく、盗賊、強盗、ドロボウ、コソ泥、すり、追いはぎ、悪漢、誘拐犯、極悪非道の犯罪者ということだ。


 だったら遠慮はいらない。

 僕はスノウを軽くなでてあげると、目の前の盗賊に向かって杖を掲げる。

 杖の『(コア)』が黄色く輝いた。


「『麻痺(パラライズ)』」

 

 杖から小さな雷光がほとばしる。黄色い『(コア)』から生まれた雷光はバチバチと弾けるような音を立てながら、一瞬で盗賊たちの体を駆け抜けた。


 『(コア)』の光が収まった後、盗賊たちの体がぐらりと揺れて倒れる。床にほっぺたを付けた男たちは白目をむきながら小刻みに震えている。


 痛みは大したことないはずだけど、指先一つ満足に動かせないので困惑しているようだった。

 杖に付けてもらった七つの魔法の三つ目、『麻痺(パラライズ)』だ。


 グリゼルダさんからは「もったいない」と言われていたけれど、元々付けてもらう予定だったし、役に立つのは間違いないので付けてもらった。


 僕の『贈り物(トリビュート)』だと直接触らないと効果がないけれど、この杖だと電気を浴びせた相手をみんなしびれさせることができる。

 こんな風に相手を傷つけずに倒すこともできるのだから、とても便利だ。

 この魔法の便利な点はもう一つある。


 しびれさせる場所を選べるということだ。腕だけとか足だけとか、動きを封じたい場所だけをしびれさせることができる。


 僕は今回、首から下だけを選んでしびれさせた。男たちには色々聞きたいことがあったからだ。

「すみません、ちょっと聞きたいことがあります」


 僕は杖の先端をリーダーらしき男の頬に押し当てる。別に押し当てる必要なんてないのだけれど、怖がらせるための演出というやつだ。こういうシーンを物語で読んだことがあるけれど、まさか自分でやることになるなんて思ってもみなかった。


「お、お前、魔法使いだったのか……?」

「質問をしているのは僕の方です」ぐい、と杖を押し当てる力をちょっとだけ強める。ぎゅう、とリーダーが変な声を出す。なんだか、イノシシのうめき声に似ていたので、今からこの人のことをイノシシさんと呼ぶことにする。


「あなたたちは、カーティスという弱虫を知っていますか?」

「よわむし?」

「いんちきの腰抜けの卑怯者の恥知らずでも構いません。とにかく、僕の居場所をあなたたちに教えたのはカーティスで間違いありませんか? 背が高くて黒ずくめの格好をした、色黒の男です」


「……ああ、そうだ。確かに俺たちにこの場所を教えたのはそいつだ」

 やっぱりか。杖のことを知ってここに来たのなら、僕のことも気づいたはずだからね。

「どうしてスノウ……この子を奪い返そうと? お金なら支払ったはずですよね」


「そいつに頼まれたんだよ。その猫を渡してくれりゃお前さんの倍払うってな。珍しい種類の猫だから使い魔にする、とか言ってたぜ」

 お金欲しさか。やっぱりごうつくばりだ。


 でも弱虫カーティスが高いお金を出してまでスノウまで欲しがるのはなぜだろう? 

 スノウはかわいいけれど、見た目はどこにでもいる白猫だ。高いお金を出せば、白猫なんていくらでも手に入るはずだ。それとも世界一かわいい猫を使い魔にするつもりなのかな。それなら納得なんだけど。


「あなたたちはスノウをどこで手に入れたんですか?」

「ニューステッドの港町だよ。あの辺は猫がたくさんいるからな。野良にしちゃあ、見栄えが良かったからどこかの金持ちか貴族にでも、高貴な猫の末裔だとかなんとか言って、ペットとして売り飛ばしてやろうと思ってな」


 スノウがきれいなのは全く同意見だけど、気になるところはそこじゃない。

 この人たちはスノウが『猫妖精(ケット・シー)』だと知らないってことだ。

 知っていたらもっと別のところにもっと高く売ろうとしていただろう。


 でも大金を出してまで欲しがるってことは、弱虫カーティスはおそらくスノウが『猫妖精(ケット・シー)』って知っている。

 どこだ? どこであいつはスノウのことを知ったんだ?


 そこで僕はあることに気付いた。

「あなたたちは弱虫カーティスとどこで知り合ったんですか?」

 この人たちは旅の商人で初めてこの町に来たと言っていた。そしてカーティスはこの町の生まれだ。接点がわからない。


「七日前だよ」イノシシさんは忌々しげに言った。「俺らはここから南にあるアーロンって町から馬車に乗って、そこの山の中を走っていたんだ。七日間かけて、もうすぐこの町に着くってところで、急に爆発するような音がしたんだ。振り返ってみたら、あの灰色のでかぶつが俺たちに向かって突っ込んできたんだ」


 グレートライノーのことか。

「あっという間に馬車を倒されちまって、ほうほうのていで逃げ出したけど、でかぶつはまだ俺たちを狙って突っ込んできた。馬も逃げちまったし、もうダメだ、って思ったらよ。信じられるか? 俺たちみんなアーロンにいたんだよ」


「ええと、それはつまり……グレートライノーにおそわれる寸前に、前にいた町まで一瞬で移動したってことでいいのかな」

 言っている意味がわからなかったので言葉に出して整理してみる。


「ああ、そうだ。けど、俺たちだけじゃねえ。あいつもだ」

「あいつもって……弱虫カーティスも?」

 イノシシさんはうなずいた。


「俺たちがアーロンに飛ばされてわけもわからず首をかしげていると、あいつが瞬間移動してきたんだよ。そしたら俺たちを見るなり、こう言いやがった。『あの猫を買いたい』ってな」


 僕はスノウを見た。スノウは僕の腕の中で顔を洗っている。

「なるほど、そういうことか」

 僕は大体のことがわかった。


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


都合により、次回から更新曜日を変更させていただきます。


今までの水曜日と土曜日から火曜日と金曜日の午前0時頃に変更いたします。


※間違って次回分も続けて投稿してしまいました。

次回は9月27日午前0時頃の予定です。

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