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白猫と虹の杖 その7

 マッキンタイヤーに来て四日目の朝、朝ごはんを食べた僕はスノウを左肩に乗せて町に出る。抱えながらだと僕の手がふさがってしまうし、スノウを歩かせると人ごみなんかだと踏まれてしまうかもしれない。色々考えた結果、左肩に乗ってもらうことにした。


 これなら両手も空くし、スノウも踏まれる心配はない。スノウの耳や毛が僕のほっぺたに当たってくすぐったいこと以外はとても素晴らしいアイデアだ。


「昨日は北の教会区の方を見たから……今日は市場の方にしようか」

「みゃあ」

 スノウも賛成してくれたようなので南の市場に向かう。


 大きな通りに出るといくつもの視線を感じる。なんだか物珍しいものを見るような眼で見ている。きっとスノウがあんまり素晴らしい猫だからみんな気になっているのだろう。


 市場に出ると道の両側に露店が並んでいる。この前は弱虫カーティスのせいで落ち着いて見られなかったから今日はじっくり楽しむつもりだ。露店のマジックアイテムも杖やメイスのような武器にもなるものや、飲み薬や塗り薬、指輪やネックレスやマントのような身に着けるもの、ツホやお皿のように日用品までさまざまだ。


「やあ、そこのお兄さん。見ていっておくれよ」

 露店のおばあさんに声を掛けられた。紫のロープをすっぽりかぶって、骨ばったあごをかくかく鳴らして笑っている。僕は足を止めて赤い布の上に置かれたネックレスや指輪を見る。


「そこの子猫ちゃんにこれなんてどうだい?」

 おばあさんが節くれだった指で差し出したのは、皮製の首輪だった。


「首輪もないんじゃあ野良と間違えられても仕方ないよ。ちゃんとペットだって印はつけておかないと」

 僕は首輪を手に取りながら首をかしげる。スノウには首輪をつけていない。スノウとは友達だと思っているからだ。首輪なんていらないけれど、世間には野良猫をつかまえて遠くに捨ててしまう町もあるそうだ。そうならないためにも何か目印は必要かもしれない。僕たちの友情の証になるような何かだ。


「やめときなさい」


 背中から聞き覚えのある声がした。振り返ると、ロズが白い目で僕をにらんでいた。片手にはカゴを抱え、もう片方にはぱんぱんに膨れ上がった袋を提げている。


「それ、魔物をムリヤリ捕まえるための首輪よ。しかもそうとう出来も悪いわね。そんなの使ったら首が絞まって死んじゃうかもね」


 僕はあわてて首輪をおばあさんに返した。それから改めてロズに向き直る。

「やあ、こんにちは。えーと、その、ありがとう」


 ロズは返事をしなかった。その代わりに優しい目をするとすっと顔を近づけてきた。

「かわいいわね、この子」


 カゴを地面に置き、スノウをなでながらいとおしげな声で話しかける。スノウは僕の肩に乗っている。だからロズがスノウに顔を寄せると、彼女の顔が僕にも近付くことになる。ロズの横顔が近い。髪の毛の匂いがして、僕は意識が遠くなりそうだ。


「名前は?」

「リオ……」

「アンタじゃないわよ。この子の名前!」


 ああ、うん、そうだよね。僕の名前はもうとっくに名乗ったんだから。

「スノウだよ」

「いい名前ね」とロズは微笑みかける。


「目もパッチリしているし、毛なんかすごいふわふわしている。ねえ、この子アンタのペット?」

「え、あ、うん、いや、友達、かな」


 胸のどきどきがおさまらない。だから返事がしどろもどろになってしまった。こんなことではオトナらしくないとはわかってはいるんだ。けど、かわいいなあ。ふへへ。


 かぷ。

「あいた!」

 耳に痛みを感じて僕は悲鳴を上げた。スノウが僕の耳をかんだ。甘がみだからたいして痛くないのだけれど、急なことにびっくりして大きな声が出てしまった。


「痛いよ、スノウ。どうしたんだい急に」

 けれどスノウはぷい、と顔をそむける。


「飼い猫にかまれてやんの」ロズがひやかすように言う。

「たまたま機嫌が悪かっただけだよ」

 多分。


「ねえ、この子どこで拾ったの?」

 ロズが興味津々って感じで聞いてきたので、僕はスノウとの出会いを簡単に説明した。

「それ、まずいんじゃない?」ロズは危なっかしいものを見るかのように言った。


「この子、その馬車の人たちが飼っていたんじゃないの? どこかでこの子探しているかも」

「そうとは限らないんじゃないかな」


 強気に返事をしながらも僕は心の中でうろたえてしまっていた。僕がスノウと会ってから感じていた不安を的確に言い当てられたからだ。いつか、馬車の人たちが現れてスノウを連れて行ってしまうのではないか。けれどスノウと離れたくなくて僕はずっとそのことを考えないようにしていた。


 出会ってまだ三日しか経っていないけれど、もう僕の中ではスノウの存在はとても大きくなっていたのだ。十五年の人生でようやく親しくなれた猫なんだ。あっさりと別れたくはない。


「スノウを置いて逃げるくらいなんだから、そんなにかわいがってもいなかったんだよ」


「そんなのわかんないじゃない。おそわれた現場を見ていたわけでもないんでしょ。それに、この子とても人懐っこい。こんなにきれいだし、かしこそうだし。もしかしたらどこかのお金持ちか貴族へ売る『商品』だったのかも。そしたらアンタどろぼうよ? どうするつもりなの」


「きれいなのは僕が洗ってあげたからだよ」

 確かにスノウは元からかわいいし、かしこい。どこかの貴族のペットと言われても十人が十人とも納得するだろう。けど、僕と初めてあった時には毛も汚れていたし、ご飯だってあんまり食べていない風だった。『商品』だとしたらもっと手入れもきちんとしているはずだ。人懐っこく見えるのもきっと僕たちが安全な人間だと見抜いたからに違いない。


「けちな商人なら売る直前になってから身だしなみを整えようとしていたってこともあり得るんじゃないの」

 ロズの意見はどこまでも冷静だった。


 これ以上、反論できそうもないので僕は話題を変えることにした。

「えーと、今日はどうしたの? もしかして、買い物かな」

 そうよ、とだるそうにロズは答えた。


「ママの代わりに夕飯の食材とか、頼まれた魔法の触媒とかね。大量に買わないといけないから大荷物よ。じろじろ見られてイヤになるわ」


「そうなんだ、えらいね」

「その近所のおじさんみたいなほめ方やめてくれる? 子供のおつかいじゃないんだから」

 僕は返事の代わりに提げていた袋を代わりに持ってあげる。


 ロズは一瞬、余計なことをって顔をしたけど赤くはれた手と相談したらしく、黙ってカゴを両手で持ち直し、歩き出す。僕も並んで歩く。

「グリゼルダさんの様子はどう?」


「三日三晩、寝てない。ずっと例のアレに掛かりっきりよ」

 『迷宮核(メイズ・コア)』のことはグリゼルダさんたちにも内緒にしてもらっている。誰かに聞かれると悪い奴が盗みに来るかもしれない。


「寝てないってどうして? 別にそんなに急がなくっても僕は平気だけど」

「アンタのためじゃないわよ。マジックアイテムにするためには、作り手が魔力を注いで『魔法核(マジック・コア)』を一度活性化させる必要があるの。その間に触媒を使って魔法をアイテムに『固定化』させないと、せっかくのコアがただの水晶玉になったり、魔力がうまく伝わらなくって欠陥品になったりするの」


 なるほど。剣だって炉で熱している間に叩かないと良いものにならないらしいからね。『金は溶けてこそ指輪に変わる』という言葉もある。


「だから一度始めたら中断するわけにもいかないの。いつもなら長くても一日で済むけれど、あれは七個も魔法をつけるから」

「……ゴメン」


 そんなに大変なら三つくらいにしておけばよかった。

「さすがのママもアレには苦労しているみたい。昨日なんかあやうく暴走させかけたわ」

「大丈夫だったの?」


「そりゃあ、ママだもの。もし、そこいらの職人なら今頃この町は地図から消えているわ」

 そんなおおげさな、と言いかけたけど、ロズの眼がひどく真剣だったので僕は言葉を飲み込む。

 なにせ、異世界の怪物の心臓だ。そういうこともないとは言い切れない。


「僕は幸運だね。そんなすごい人に作ってもらえているんだから」

「そうよ、ママはすごいの」ロズの声は小さかったけど誇らしげだった。


「ママは色々なマジックアイテムを作って来たわ。遠見の眼鏡とか、癒しの杖とか。守護の指輪なんて国王陛下も使っているそうよ。この町がマジックアイテム作りで有名だけど、その何割かはママのおかげよ」


「でも君は、グリゼルダさんがマジックアイテムを作るのをあんまりよく思ってないみたいだ」

「……」

「もしかして、グリゼルダさんが『黒紡の針』を辞めたことと何か関係があるのかな」


 ロズは早足で僕の前を歩き出した。僕は少しだけ大股で歩きながら後をついていく。

「もしよければ、その、僕で良ければ相談に乗るけど」

「そのおしゃべりな口を閉じなさい」


「じゃないと針と糸で僕の口を縫い付けるって? やめてよ、僕はまだ飽きるほどたんぽぽコーヒーを飲んじゃいないんだ」

「いいから静かにして」


 ますますロズが早足になった。半分走っているみたいだ。僕はぴったりとロズの背中に張り付くようにして同じ距離を保ちながら歩く。


「了解、じゃあ僕は今から石像になる。名前は『石になった旅人と猫』なんてどうかな。君はどう思う、スノウ。石になったらずっと君と一緒にいられるわけだけど、ずっと肩に乗っかっていると君をだっこできないからなあ。頬ずりしているところなんてのもいいと思うけれど、それだとスノウの顔が見られないし、ちょいとポーズについてスノウと相談したいんだけど、いいかな彫刻家さん」


「黙れって言っているのが聞こえないの?」

 ロズが急に足を止めると、振り返って僕の肩をつかんだ。

「アンタにしゃべって、って誰が頼んだの? 黙って荷物が持てないのならどこかへ行きなさい」


「ごめん、気にさわったのならあやまるよ」僕は頭を下げた。

「けど、この前から気になっていたんだ。君とグリゼルダさんがうまくいってないように見えて」

 ロズはグリゼルダさんがマジックアイテムを作るのを嫌がっている。それがぎくしゃくしている一番の理由だと僕には思えた。


「アンタの知ったことじゃないでしょ」

「確かに知ったことじゃない。君がグリゼルダさんとケンカしてても僕には何の関係もない。マネしたくってもできない。僕は母さんとケンカもできそうにないからね」


 ロズははっと不意を突かれたように僕の顔を見た。それからバツの悪そうに視線を落とした後、腕の中のカゴを持ち直した。

「ちょっと休憩しましょうか」


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。

次回は9月14日午前0時の予定です。

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