最後の『王権』 その1
前回の『『白』と『黒』のラビリンス』その24で一部追加をしています。ベニーとの別れのシーンです。未読の方はそちらもご覧下さい。
第二十一話 最後の『王権』
「そういえぱ」
と、山道を登りながら僕はつぶやいた。
「黒の『王権』ってなんだったんだろう?」
あの『魔王』ルカリオが四人の子供たちに分け与えたとされている、『魔王』としての権利だ。『見つからない者たち』の能力もその『王権』に影響されているという。
確か、『赤』が『支配』、『青』が『略奪』、そして『白』が『破壊』だ。どれもろくなものではない。おそらく『黒』も人の嫌がるようなものなのだろう。僕も『黒』の一族らしいので、自分の『王権』が何か知っておきたかったけれど、『魔迷宮』では色々あって忘れていた。知っている人たちも人形に変わってしまった。
残ったエミリオは僕のせいで昔の記憶を無くしてしまった。ベニーなら知っていたと思うけれど、聞きそびれてしまった。『瞬間移動』で追いかけようにもどこに行ったのかわからない。ご主人様のアガサがいるであろう王都に行けば、出会えるだろうか。
「まあ、いいか」
今から追いかける程の疑問ではない。旅を続けていればそのうち正解に辿り着くこともあるだろう。
「それより問題はこっちだよ」
ヤブだらけの山道をかき分けながらため息をつく。気が重いよ。別に道が険しいからじゃあない。僕はみんなに黙って村を出た。みんなからすれば、家出をしたとでも思われているだろう。一応書き置きはしておいたけれど、あれから半年は経っている。安心させるためにも一度戻った方がいいだろう。
よいしょ、えいや、と掛け声を出しながら道をかき分けていく。アップルガースへ行くためには決まったルートを通る必要がいる。さもないと同じ所をぐるぐる回ったり、山を登っているはずがいつの間にか入り口に戻るはめになる。
ほかにもガケ沿いを歩いたり、木の間をくぐり抜けたりしながら山を登っていく。山頂の少し下に、アップルガースの村はある。
「あとちょっとだよ」
肩に乗せたスノウが返事をする。
「だから、ちょっとゴメンね」
スノウを肩から下ろし、きゅうくつにならないように気を使いながら懐にしまい込む。
その直後だった。頭の上から急に大きな岩が落ちてきたのだ。黒い影が僕たちを包むと同時にひょい、と飛び退く。どしん、と地響きがして大岩が三の一ほども地面に食い込む。土煙を浴びて顔を背けた瞬間、大岩を飛び越して人影が降ってくる気配がした。
目をつぶったまま剣を抜き、ほとんど勘だけで振り回す。がちん、と剣のかち合う音と手応えがした。その瞬間、次の攻撃が予想できた。自分から横に転がる。頭上を冷たい風が駆け抜けていく気配がした。それからも鋭い風圧を顔に感じながら後ずさる。ようやく手の甲で土埃をぬぐい、目を開ける。
そこには両手に剣を持った、ヒツジの顔をした男が立っていた。
「あ」
話しかける前に、続けておそいかかってきた。勘と反射だけで攻撃を受け止める。まるで竜巻の中にいるみたいだ。受け止めるだけで手がしびれる。気を抜けば剣を弾き飛ばされそうだ。
「どうした? それで全力か?」
惚れ惚れしそうな声にはまだ余裕を感じられた。
「いえいえ。まだまだこれからですよ」
横からの攻撃をしゃがみ込むと同時に、足払いを掛ける。けれど相手の足は寸前で宙に浮いて、僕の足は空振りする。そこを待っていた。半回転して後ろ回し蹴りを叩き込む。足の感触からして腕で防がれたのだろう。それも予想済みだ。片足でジャンプしながらもう半回転して今度は回し蹴りをヒツジ頭にお見舞いした。
今度は手応えあり。思い切り吹き飛んだ。ヒツジ頭を抱えながら大岩に背中から突っ込んだ。
よし、やった。
「師匠の頭を蹴飛ばすとは、相変わらず足癖が悪いな」
……そう思ったのに、平気な顔をして歩いてくる。思い切りやったのに全然効いていない。
「相変わらずムチャクチャですね」
「お前もな」
と、二本の剣を構え直す。
「勝手に家出するような悪ガキへのおしおきにはまだ足りないくらいだ」
「仕方がありませんね」
もう少し付き合うか、と剣を向ける。
相変わらずすごい気迫だ。まるで勝ち目が見えない。昔よりも強くなったはずなのに、強くなったからこそ、相手の底が見えてきた。
まだこの人には勝てそうにない。『贈り物』を使わなければ。
「おい、待てよ」
頭上から別の声がした。僕を取り囲むように人影が次々と降りてくる。
猫に犬、牛にトラにウサギ、ウマにサル、ニワトリにイノシシ。
みんな動物の頭をしている。
「ジェフだけで何遊んでいるんだ?」
「俺たちにもやらせろ」
にたにたと面白そうに僕を取り囲む。
やって来たのは、アップルガースの村人たちだ。そして、冒険者パーティ『災厄砕き』の一員でもある。
みんな元は普通の人間だった。けれど悪い貴族にだまされて、大罪人の汚名を着せられてしまった。その上、悪い魔法使いに呪いを掛けられて獣の姿に変えられてしまった。
「やあ、どうも。ただ今戻りました」
「戻りましたじゃねえよ!」
怒鳴ったのは、ヒツジ頭のジェフおじさんだ。
「今までどこに行っていたんだ! 心配させやがって!」
僕の頭にげんこつを食らわせる。痛い。
「ごめんなさい」
謝りながら懐に手を当てる。涙目になっちゃったのは、スノウにはナイショだ。
「で、そいつは?」
ジェフおじさんが僕の胸を見つめる。やはり気づいていたか。ここだけは攻撃しないようにしていたし。
「僕の生涯の友です」
懐から出すと、スノウはにゃあ、と可愛らしく鳴いた。
「何こいつ?」
「可愛い」
みんなスノウのかわいらしさにメロメロだ。ムリもないけどね。
久しぶりに会って話したいことは山ほどあるけれど、用事はほかにある。
「村長さんは?」
今日僕が戻ってきたのは、村長さんに会うためだ。
「家だと思うが……」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、奥へと進む。
「おい、まだ話は……」
呼び止めたジェフおじさんたちにくるりと振り返る。
「すみません、本当にみんなの顔が見られて良かったです。戻ってきて良かったと思っています。絶対にみんなのことも何とかしますから」
「リオ?」
不思議そうなみんなに背を向けてヤブの中に隠れつつ『贈り物』で気づかれなくなる。
「おい、待て! あれ、リオ?」
僕の横でジェフおじさんが不思議そうに首をひねっている。
悪いけれど、今はみんなに捕まっているヒマはない。みんなが一緒だと素直に話してくれないだろう。
それからもスノウを懐に入れたまま木々を抜け、山道を突っ切って村の中に入る。
懐かしさがこみ上げる。生まれたときから過ごしてきた故郷だ。
大好きな人たちと暮らす、大好きな場所。
もし母さんがあの時死ななければ、僕は今でもこの村にいただろう。
仮に村を出るとしても、もっと後になっていたはずだ。
でも僕は十五歳で村を出て、色々な街を巡って、結果的に『魔迷宮』に辿り着いた。
運命とか偶然と片付けるのは簡単だ。でも今自分の旅路を振り返った時、誰かの作為を感じてしまう。
それを確かめるために僕はここへ来た。誰にも気づかれないまま村の中を歩く。
ランダルおじさん、エメリナおばさん、ロシュおじさん、みんないい人たちだ。
特にジェロボームさんにはたくさんのことを教わった。僕の先生といってもいい。
そして、もう一人。
僕は『贈り物』を解除して扉を叩いた。
返事を待たず中に入る。
「どうもお久しぶりです。村長さん」
声を掛けると、ネズミの顔をした人がびっくりした様子で振り返る。エリック・ワーグマン。元はこの国の騎士の出だけれど、家を出て冒険者になったらしい。太陽神の試練を突破して『太陽の聖騎士』を名乗ることを許された、唯一の騎士だと言われている。
そう、言われている。
リビングにあるテーブルに座っていた。書き物をしていたらしく、手にはペンを握っている。
「リオ、戻ってきたのか?」
「少しお話いいですか?」
話しかけながら向かいのイスに座る。
「いきなりだな」
にっこりと笑いながら座り直す。
「用件は何だ?」
「あなたは、『見つからない者たち』ですよね?」