『白』と『黒』のラビリンス その21
「『ロザリオ』を生み出したのは、余である」
僕は一瞬首をひねった。
「あなたは、魔術師ですか? それとも錬金術師?」
人工生命体なのだから、誰かが作ったのに違いない。
「余が命令して作らせた。だが、父と呼んで差し支えもない。あやつは、余の血と肉から生み出した」
人の手で不自然に生み出した命にも元となる種がある。それを提供したのが、目の前のオンタリオのようだ。
「そこで無様に倒れているエミリオから話は聞いたのだろう? 『ロザリオ』は、『魔王』を産むための母となるはずだった。そのためのつがいも用意していた」
「え?」
つがいといえば、夫婦となる動物のオスとメスのことだ。つまり、『ロザリオ』には夫がいたということになる。
「そこで倒れている愚物だ」
と、冷ややかな目でエミリオを見る。
「つまり、エミリオも人工生命体?」
「聞いていなかったのか?」
「『白の王家』の末裔にして、王家を継ぐ者だと……」
「与太話を」
カトリーオが鼻にしわを寄せて、不快感をあらわにする。
「『白の王家』はまがい物に継がせるほど、軽いものではないわ」
「でも、すごく若いですけど」
僕とそう代わらない年齢に見える。母さんとは年が離れすぎている。
「そやつも、つい最近までは人形に変えられていたのだ}
だから母さんとの年齢差が出てしまったわけか。
「妻は『白の王家』の直系にあたる。そして俺が『黒の王家』というわけだ」
「ははあ」
『白』と『黒』が仲良く夫婦に。
「それはめでたいですね」
僕はポケットの中をあさった。
「たんぽぽコーヒーの葉でよければ」
「『ロザリオ』は余から、エミリオはカトリーオの血から生み出した」
いらないのならそう言ってくれればいいのに。
「だが、こやつらの子は『魔王』にはなれなかった。まがい物同士では相性が悪かったと見える」
「へ?」
僕はまぬけな声を上げてしまった。『ロザリオ』というのは母さんの昔の名前だ。つまり、母さんはエミリオとの間に何人も子供がいたことになる。でも母さんの年齢を考えたら子供なんて何人も産めるはずがない。
「そんなことも知らなかったのか?」
オンタリオが心底小馬鹿にしたような目を向ける。
「そのために、僕はここに来たんです」
「『エミリオ』と『ロザリオ』には、『魔王』を生み出すという使命があった。そのためには、こやつらに特別な力を与えるよう何度も失敗を重ねた」
冷ややかですらない、むしろ誇らしげな口調に僕は胃の中がむかむかするのを感じた。
「……そのために、何人の人工生命体をギセイにしたんです?」
『見つからない者たち』の中には、特別な力を持っている人がいる。『献上品』『戦利品』『供物』そして『贈り物』、名前は違っても元は全部同じ。『魔王』ルカリオから引き継いだ力だ。
でも力の種類は、一人一人違う。みんなバラバラだ。多分、性格とか個性とか、色々な要素が絡むのだろう。狙って特定の力が出せるとは思えない。失敗というからには、特別な力を持たなかった人工生命体だっていたはずだ。
目的の力を持たなかったその人たちは、どうなったか。オンタリオがその人たちをどうしたか? 簡単に想像できてしまったからだ。
「百や二百ではきかなかったな」
苦労した、と言いたげなため息だった。オンタリオにとっては、失敗どころか計画のギセイですらない。ただのハズレクジだ。
「他人の人生でクジを引き続けて楽しいですか?」
「クジを必ず当てるコツはな、当たるまで引き続けることだ」
「それは、中に必ず当たりクジが入っているのが、条件ですよね」
「入っている」オンタリオの言葉には願望と事実の区別が付いていないように思えた。
「余が引いているのだ。いつか必ず出る」
ちらり、とカトリーオの方を見たが、退屈そうに手にした扇をあおいでいる。少なくとも人工生命体の半分は、彼女から生まれたはずなのに。
似たもの夫婦か。お似合いだよ。
「苦労の甲斐あって、あの『ロザリオ』が生まれた。余が長年待ち望んだ力を持っていた」
そこでオンタリオはちらり、とエミリオを見た。
「あやつの『供物』は『未来の破壊』だ。ならそのつがいとなる『ロザリオ』の力は何だと思う?」
今日ほど、なぞなぞが得意なのを恨んだ日はない。オンタリオの性格とエミリオの力を考えれば答えは一つだ。
「……『人生をやり直せる』んですね?」
オンタリオは当たるまでクジを引き続ける男だ。なら欲しいのは、何度もクジを引くことの出来るチャンスだ。
人生は短いし、やり直しがきかない。もし何百何千年も生きられたとしても、最高のチャンスが訪れる回数は限られる。逆に失敗することだってある。それを全部チャラにして、何度も繰り返しクジを引き続ける力が欲しかったのだ。
「『猫の人生』とあやつは呼んでいたがな」
「……そして、あなたは一緒に人生をやり直してきた、というわけですか」
クジを引き続けたいのはオンタリオであって、『ロザリオ』ではない。
「察しがいいな。話が早い」
感心したように言うけど、オンタリオのような悪い奴の考えることなんて簡単だ。
「貴様の言うとおりだ。余の『贈り物』は『なぞり書き』といってな。目印を付けた相手の考えを追体験できる」
同時に、相手の人生や記憶を全て記録できるという。
その力を利用して、母さんと一緒に何度も人生をやり直してきたわけか。
気持ち悪い。
その能力で『ロザリオ』の人生を何回もやり直してきた。リセットした記憶は本人と、『なぞり書き』をしているオンタリオだけらしい。
「何度も繰り返しているうちに、たまに繰り返される時間を記憶する人間もいる。ほとんどが、勘違いか夢という形で処理されるのだがな」
「……」
前にナディムが刺される夢を見たと言っていた。そして、誰にも話していないのに母さんはそのことを知っていた、と。
あれは、やり直す前の世界で実際に刺された記憶が残っていたのだろう。そして、母さんはやり直す前の記憶を知っていた。
伯爵の前で予言のような話をしたのも、本当にそんな出来事を見てきたから、だったのか。
なるほど、他人には話せない力だ。
いくらでも悪用できるし、実際目の前の男がやりたい放題、こき使っている。
「ただ、全てが完璧というわけでもなかった」
『ロザリオ』の能力が目覚めたのは十五歳の頃。それ以前には戻せない。そして、人生をやり直すには『ロザリオ』自身が一度死ななくてはならない、という。
「おかげでやり直すたびに、あの女を殺さねばならなかった。面倒なので途中から首に魔術を仕込んでおいた。余の意思で首を吹き飛ばせるようにな」
「……」
さっきからスノウがしきりに僕の手をなめている。なぐさめてくれているのだろう。
ノアさんだけでなく、ベニーやジュディスまでも嫌悪感をあらわにしている。
大丈夫だ。僕は平気だ。まだ、耐えられる。
物語には、色々な悪人が出てきた。大どろぼうや人殺し、世界征服をたくらむ『魔王』の出る話なんて、何十回も読んできた。でも、このオンタリオというやつは群を抜いている。僕にとっては、どんな物語の『魔王』なんかよりも最低最悪で極悪な『大魔王』だ。
「何より不完全なのは、あの女の生み出した『魔王』だ。十五歳で目覚めて破壊の限りを尽くすが、必ず倒されてしまう。『勇者』を名乗るこぞうに」
オンタリオの最初の記憶では、『ロザリオ』との間に子どもをもうけていた。その子は順調に育ち、『魔王』になる。ところが、いざこの国を支配に乗り出そうとした時に、どこからともなく『勇者』が現れて相撃ちになる。これはダメだとやり直したけれど結果はまた同じ。自分ではダメかと別の男をあてがっても結果は同じ。一族の者ではダメかと思い切ってよその人間を連れて来ても、倒される。
『勇者』なら王家が怪しい、と暗殺者を雇って皆殺しにしようとしたが、全て失敗する。誰が父親になろうと、どんな育て方をしようと結果は同じだった。『ロザリオ』の息子は十五歳になると覚醒し『魔王』になる。けれど『勇者』が現れ、相撃ちになる。『勇者』のみ生き残る結末もあったが『魔王』は必ず死んで、オンタリオの計画は破綻する。
「今度こそは、と思っていたがあの女に隙を突かれて余と一族もろとも人形として封印されてしまった。エミリオがいなければ、さらに長い年月を眠らされていただろう」
人工生命体だから、封印のかかりが弱かったのか。あるいは母さんにも何か思うところがあったか。今となってはわからない。
「どうやら今回もダメだったようだな。またやり直すしかないか」
「ムダだよ」僕の声はびっくりするほど冷ややかだった。「母さんはもういない」
もう半年近くになる。
「問題ない」
死んだと聞かされても、オンタリオの表情には余裕があった。
「余の力はまだ紐付いている。どうせ、あやつもまた人生をやり直しているはずだ。余もまた、そちらに向かうだけだ」
だがその前に、と指を鳴らした。
神殿の周囲にたくさんの気配がする。ゴーレムでも呼び寄せたのかと思ったけれど、それにしては気配が小さすぎる。これは、人間だ。
「余がわざわざ親切で長話をしてやったと思っていたのか? 余が復活を遂げた今、『ロザリオ』の封印は解ける。『白』と『黒』の一族もまた、人形からよみがえる」
「手下がよみがえるまでの時間稼ぎだった、というわけか」
ジュディスがくやしそうににらみつけるが、どこ吹く風だ。
「当然、あやつらも『白』と『黒』の末裔……お前たちの言う『見つからない者たち』だ。戦える者だけでも百は超える。当然、あやつらも『供物』や『贈り物』を持っている」
つまり、もうすぐ百人以上の『見つからない者たち』が僕たちをやっつけるために神殿になだれ込んでくる。
想像してしまったのだろう。ジュディスの顔は真っ青だ。ノアさんも心なしか、震えているように見える。
オンタリオは妻を抱き寄せ、勝利を確信したように高笑いをする。
一人二人なら僕でも勝てるだろうけど、さすがに百人はムリだ。いくら気づかれなくなったとしても、それだけの人数がいれば数の力で押し潰される。何よりこちらにはノアさんたちもいる。
人質でも取られたら勝ち目はない。
「さて、どこまで粘られるか、楽しませてもらおうか」
オンタリオが勝ち誇った顔で指を鳴らした。




