『白』と『黒』のラビリンス その19
次の瞬間、僕たちの目の前に巨大な炎が向かってきた。手負いの獣のように荒れ狂う業火を転がるようにしてかわす。
金貨が落ちる前に攻撃してきたか。
「今更、ずるいとか言わないよな!」
「どちらかと言うと、せこいとかみみっちいとか、そんな感じ?」
今まで何度もずるい相手と戦ってきたのだ。いつものことだ。
熱風をマントで払いながら距離を取る。
「ずっと『迷宮』の中にいるから、この程度の引っかけで自分がかしこいって思い込むんだよ」
「黙れ!」
エミリオが炎の合間を縫って突っ込んでくる。振り下ろしてきた剣を軽く弾き飛ばす。
そこから斬り合いが続く。素早く手首を返しながら手数で勝負するつもりのようだ。僕は防戦一方で、また斬られないように受け止めたり、かわすので精一杯だ。
エミリオは確かに強い。力も強いし、剣の技術もある。けれど、ジェフおじさんのように圧倒的な腕前ではない。本来であれば、僕にだって勝機は十分あるはずなのに。
それでも勝てるという気がしなかった。気分の問題だけではない。隙が見えていたのに、踏み込めない。打ち込めば勝てるはずの攻撃が出せない。
僕の『運命』は決まっている。エミリオには勝てない、と。
「ムダなあがきは楽しいか?」
「挑発のつもりなんだろうけど、言っておくよ。君、センスがない」
「うるさい!」
怒鳴りながら斬りかかってきた。口げんかを仕掛けてきたのはそっちの方なのに。
「僕の『運命』を砕いたって? でも口げんかには負けているよね。もしかして、君の力ってその程度?」
「今すぐその口を閉じろ!」
また炎の魔法か。簡単にかわせるはずなのに、体の動きが鈍い。また『運命』ってやつか。くだらない。
「えい!」
虹の杖から滝のような大水が噴き出す。『水流』の魔法で火を消すと、ものずこい水蒸気があたりに漂う。
目の前が真っ白だ。その中を切り裂くようにしてエミリオが飛び込んできた。
「終わりだ!」
勝ち誇った笑みで剣を振り下ろした瞬間、硬い音とともに剣があさっての方向にはじけ飛んだ。
「その剣、寿命みたいだね」
虹の杖の『大盾』で防いだら剣が折れてしまった。
「これって僕の勝ち、じゃないよね」
「武器が壊れても勝ち負けには関係ない!」
だよね。条件に加えておけば良かったよ。
エミリオが手を伸ばすと、ゴーレムの上を越えて剣が飛んできた。鮮やかにキャッチすると、にやりと笑いながらまた突っ込んできた。まだ僕の周りには水蒸気が漂っている。
「じゃあこれはどうかな?」
虹の杖を掲げる。『瞬間移動』で数歩先に移動する。エミリオが僕のいた場所に突っ込むのを見計らってから虹の杖を構える。
先端からムチを打つような激しい音と、稲光がほとばしる。『麻痺』の魔法だ。見た目は派手だけれど、当たっても気絶する程度だ。
「こざかしい!」
エミリオは素早くしゃがみ込んで電光をかわしたように見えた。
「がはっ!」
けれど、次の瞬間には悲鳴を上げながら床を転げ回っていた。
「電気というものはね。水をよく通すんだよ」
エミリオは水蒸気の中にまともに突っ込んでいる。体には、水蒸気から水に戻った水滴がたくさん付いてしまった。そのせいで、かわしたはずの『麻痺』の電気を浴びてしまったのだ。これも昔、ジェロボームさんに教えてもらった。
動きの止まった隙を見計らって、エミリオに『麻痺』を何発も浴びせる。倒せなくても動けなくすれば、僕が勝ったようなものだ。
「調子に乗るな!」
エミリオが折れた剣の破片を投げつけた。電光が剣に当たって派手な音を立てる。その間に、転がりながら『麻痺』の当たらない場所まで逃れた。
「何をしようと、お前の負けは決まっている!」
「そのセリフ、昨日の戦いの時なら格好良かったのに」
負け惜しみにしか聞こえない。
「黙れ!」
エミリオがジャンプをした。何をするのかと思ったら、ゴーレムの手のひらに乗っかった。そこからもう一度ジャンプをすると、着地地点にまたゴーレムの手のひらが差し出される。なるほど、そういう使い方もあるのか。参考になった。
得意げに笑いながらエミリオがゴーレム伝いに近づいてくる。頭上から魔法を何度も打ってくる。これは厄介だ。反撃しようにもゴーレムの指に隠れているので『麻痺』では当たらない。仕方がない。僕は虹の杖を掲げた。
僕の全身を赤い光が包み込む。『強化』の魔法だ。エミリオの攻撃をかわしながらゴーレムに近づくと、指をゴーレムの足の裏に掛ける。
「せえの!」
勢いよく持ち上げると、ゴーレムの体がぐらりと揺れる。伸ばしていた手のひらも傾いてしまう。
「なっ?」
そこに飛び乗ろうとしてたエミリオは足場を失い、床まで真っ逆さまだ。かろうじて体勢を整えて着地しようとする。素晴らしい動きだけれど、そこには当然僕がいる。
助走を付けて、エミリオに体当たりをする。攻撃は届かないかもしれないけれど、走っていて人とぶつかることはよくあることだ。
空中ではかわしようもなかったらしい。エミリオの体はゴーレムの硬い足に叩き付けられる。
「がっ!」
エミリオの口から赤い雫がこぼれる。気を失いそうになったので、口の中をかんだらしい。痛そう。
かろうじて立ち上がるけれど、足はふらふらだ。
「何故だ、昨日とは大違いだ?」
「君の手の内は読めているからね」
恐ろしい力ではあるけれど、心が読めたり未来が予知できるわけでもない。ただ、『勝てない』。それだけだ。下手に決着を付けようとすれば、かえって大きな隙を作ってしまう。エミリオの思うつぼだ。昨日はそれを知らなかった。だから負けた。
でも今日は、エミリオの体力を削る戦い方をしている。だから僕の有利に進められる。
「君のことだ。ずっと『負けない』ゲームをしてきたんだろう?」
勝負には、勘所というものがある。ずっと守っていても決着は付かない。だから危険をおかしてでも勝つために打って出る。それが勘所だ。いつ、どこで、どのように打って出ればいいかは、言葉では説明できない。たくさんの経験の中でそのタイミングをつかむものだからだ。
僕もおじさんたちとの稽古や、旅の間の戦いで学んできた。戦いだけではない。商売とか、ゲームとか、人生とか、肝心要の時には勘所が必要になる。
けれどエミリオにはそれがない。
ずっと負けない勝負をしてきたから、才能や実力があっても勘所がわからない。最強の盾の持ち主だけれど、矛は強くない。
「つまらないよ、君」
安全にこだわりすぎて、自分の負ける条件を最初から取っ払ってしまう。遊びたくないよ、そんな奴。
エミリオの顔が真っ赤に染まった。
「ならば今すぐ決着を付けてやる!」
エミリオがゴーレムの頭の上によし登った。何をするのかと思っていると、急にエミリオの足がゴーレムの中に沈んでいく。びっくりしていると、エミリオの体はゴーレムの中に消えていた。
それと同時に、僕たちを取り囲んでいたゴーレムが一斉に動き出した。ひい、ふう……全部で二十体か。
「不利になったと思ったら魔物頼みか」
「卑怯な!」
ジュディスもノアさんも怒っているけれど、僕はどうでもいい。
巨大な足で、僕を踏み潰そうとしたり、大木のような腕で僕を叩き潰そうとする。どうやら、エミリオがゴーレムの中から操っているらしい。
「これっておにごっこ? それともかくれんぼ?」
勝ち負けのルールも決めずに、一方的にゲームを始める。ますます遊びたくない。
「直接、本人に聞くしかないか」
僕は再び虹の杖を構える。
「『失せ物探し』、エミリオ」
魔法をかけると、一体のゴーレムが光り出す。一番奥にいる奴だ。
「またか」
自分だけ安全なところに引っ込んで、手下を操って倒そうとする。もうため息も出ない。
たくさんの足下をすり抜けて、エミリオの隠れたゴーレムに近づく。
「せえの!」
石は硬いけれど、僕の剣は鉄より硬いアダマンタイト製だ。ゴーレムの足首を切り落とす。バランスを崩して横倒しに倒れる。
すると、ほかのゴーレムも動きがぴたりと止まった。
僕は倒れたゴーレムに近づき、頭のところを剣で叩く。
「出てこないと、まとめて千切りにするけれどどうする?」
まあ、本当にやろうとすればまた『運命』とやらのせいで、失敗するのだろうけれど。
「く、くそ……」
ゴーレムの頭からエミリオが這い出てきた。隙だらけだ。ぶん殴りたくなったけれど、じっとガマンの子だ。
「まだ続ける? 君さえ良ければ引き分けってことにしてもいいけど」
僕としては、さらわれた里の人たちさえ返してくれたらそれでいい。『魔王』にはならない。代わりに、僕たちは二度とここには立ち入らないし、『迷宮核』も返す。
痛み分けという奴だ。
どうかな、と提案してみたけれど返事がない。
「あ、が……」
さっきから呻き声しか出さないと思っていたらケガをしているらしい。右手が石の下敷きになっている。
「ゴメン、気づかなかったよ」
らちがあかないので、『治癒』で傷を治してやる。傷はふさいで血は止めたから負けたことにはならないだろう。
「今気づいたよ、君は自分の『運命』は壊せないんだね」
それが可能なら最初から『自分が負ける運命』を壊していただろう。
だから他人の人生ばかり台無しにする。
「どうする? まだやるかい?」
「当たり前だ!」
エミリオが左腕で剣を振り回したので、あわてて飛び下がる!
「俺は『白』の末裔にして王家に連なる者だぞ! 貴様のような出来損ないの半端物に負ける理由がない!」
エミリオが目を光らせた一瞬、何かが駆け抜けた気がした。
僕はイヤな予感がして、小石をエミリオに向かって放り投げたけれど何故かあさっての方向に飛んでいく。
「もしかして、君に攻撃する『運命』も壊されたってこと?」
「どうだ? これなら、貴様がいくら強くとも……」
話の途中でエミリオが血を吐いた。顔色も悪いし、ふらついている。
ケガがいきなり悪化したようには見えない。
「もしかして、君の『運命砕き』の反動なの?」
多分、『運命』の大きさとエミリオの『供物』が釣り合わなかったのだろう。能力以上の『運命』を破壊しようとして、ダメージが自分に返ってきた。
「黙れ!」
エミリオはふらつきながらも剣を杖代わりにして立ち上がる。
「これでお前たちは一切攻撃が出来ない」
お前たち、というからには僕やスノウも含まれているようだ。
「お前がいくら強くても『運命』の神は俺に味方する!」
よくもまあ、ずるい手を使い続けてそこまで強がれるものだ。呆れるのを通り越して感心してしまう。
「いいよ、好きにしなよ」
僕は数歩距離を取り、エミリオと向かい合う。
僕たちは勝てない、と運命づけられている。戦い続けてもダメージを与えられない。かくれんぼの『贈り物』を使っても同じだ。『運命』の神様ににらまれている限り、隠れてもすぐに見つかってしまう。
「なら、僕は『運命』の神様よりも深く隠れるだけだ」
僕だけではムリでもスノウと一緒なら出来る。
「何をするつもりだ?」
「気にしなくていいよ」
僕は言った。
「どうせ、君は気づきやしないんだから」




