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王子様、あらわる その3

 気恥ずかしさに真っ赤になった顔もようやく落ち着いてきたので僕も大通りの人の流れに乗る。

 目指すは今日の宿だ。どこに泊まろうか。

 とりあえず夜露さえしのげればそれで構わない。


 歩きながらいい宿はないかと、両端を見て回るので自然と顔がきょろきょろしてしまう。これだから田舎者なんて言われるんだろうなあ。

 ……ふむ。


 歩き始めて数分後。僕は奇妙な気配を感じていた。

 人ごみに紛れて後ろから気配が一つ……いや、二つ。僕と歩調を合わせながら付いてくる。

 ミルに話しかけられる前くらいから視線を感じていたのだけれど、僕の財布でも狙っているのかな? だとしたら間抜けなドロボウだな。僕がお金持ちに見えるなんてさ。財布の中、見るかい?


 振り返って確認したくなったけど、この人込みではちょっと誰が誰やらわからない。追いかけようにもやっぱり人がジャマをして、捕まえる前に逃げられるだろう。

 かといって初めてきた町でまいてしまうのも難しいだろう。それどころか向こうの方がこの町に詳しい可能性もある。

 となると……これしかないか。


 僕はさっきみたいな露店と露店の間にある路地を見つける。そして一瞬、思わせぶりに振り返った後、路地に飛び込む。路地の先は薄暗い曲がり角になっていた。そこを曲がると、隣の通りとの抜け道になっているようだった。


 僕は曲がり角を曲がったところでほかに人がいないのを確認し、壁を背にしてもたれかかる。指折り数えていると十を超えたところで、男の人が少し早足で現れた。

 四十歳から五十歳くらいと思う。日焼けした肌に彫りの深い目鼻立ち。ひげもきれいにそっている。黒いチョッキに白いシャツと黒いズボン。こざっぱりしていて身なりは悪くない。少なくともスリやドロボウをするようには見えない。


 おや、この人は?

 さっき伯爵のところで見かけたぞ。伯爵の家来だ。馬車で戻った伯爵を出迎えていた人たちの一人だ。

 名前がわからないので仮に黒服さんと呼ぶことにする。

 黒服さんは角を曲がったところで立ち止まり、路地の奥を見つめると舌打ちをする。

「しまった、気づかれたか」


 そして頭を左右に振る瞬間、僕と目線が合わさる。

 黒服さんはすぐに僕から目をそらし、路地の奥へと駆け出して行った。

 向こうの通りで一度左右を見た後、金物売りらしきおばさんに声をかける。


「すまない、この辺で旅人姿の子供を見なかったか? 金髪に碧色の眼をした、女の子っぽい顔立ちをした少年なんだが……」

「いやいや、僕は子供ではなくオトナです。間違えないでください。物事というものは正確に教えないと、伝わりませんよ。ほらおばさんだって困っているじゃないですか」


 いくら怒鳴ったところで聞こえるはずがないとわかっているのだけれど、言わずにはいられなかった。まったく、失礼な話だ。門番のおじさんといいこの人といい、伯爵は家来の教育というものがてんでなってない。

 案の定、金物売りのおばさんは見てないねえ、と首を振り、立ち去っていく。


 黒服さんはもう一度人ごみを見渡した後、町の北の方へと駆け出して行った。

 その背中を見送り、元の路地へと戻ろうとしたとたん、僕の体にどすんと衝撃が走った。


 僕は押し出されるように路地の固い床に尻もちをついてしまう。

「いってえなあ……何だ、一体」

 そう言ったのは僕じゃない。声のした方を見ると、小柄で目の鋭い男の人がやはり尻もちをついていた。顔が細く、頬のあたりにまばらにひげが生えていて、顎の辺りがとがっている。まるでネズミみたいだ。


何にもねえじゃねえか(・・・・・・・・・・) 。おっかしいなあ」

 ネズミさんは周りを見渡しながら不思議そうに首をかしげる。

 ごめんなさい、と僕は立ち上がりながらあやまるけど、もちろんネズミさんは気づく様子はない。

「おっといけねえ。早く見つけねえとまた旦那にどやされちまう」


 ネズミさんはぴょんと跳ね起きると、黒服さんみたいに路地を抜けて向こう側の通りへと消えて行った。

 完全に姿が見えなくなったのを確認して、僕は元来た道へと戻った。

 今度は付いてくる気配はなかった。


 今の普通じゃない出来事を起こしたのは僕の力だ。誰にもナイショだけれど、僕には特別な力がある。

 僕は力を使っている間、ほかの人に見えなくなる。誰も僕のことには気付かない。

 幽霊みたいに体が消えたわけでもないし、透明になってもいない。今、僕の姿を鏡で見れば、ちゃんと僕の姿は映っているはずだ。


 みんなの瞳には確かに僕が映っているのだけど、それが僕だとは思わず、石ころか何かにしか見えなくなる。僕に触られても、僕とは気づかない。僕の声や、僕が立てた足音、ニオイも何もかも感じ取れなくなる。『僕はここにいない』というウソをみんな事実だと思い込むのだ。

 僕はこの力を『贈り物(トリビュート)』と呼んでいる。


 この力に気付いたのは三歳の秋、村の人たちとかくれんぼをしている時だった。僕はジェフおじさんの家にある馬小屋のワラの中に隠れていた。馬のふんのニオイに鼻をつまみ、ほっぺをちくちくするワラにもがまんしながら必死に「見つかりませんように見つかりませんように」と祈っていた。


 しばらくしてジェフおじさんが馬小屋の中に入ってきた。おじさんは確信に満ちた足取りでワラの山に近付くと、ワラをかきわける。

 僕の姿はあっという間にあらわになった。


 なのにジェフおじさんは首をひねりながら「ここじゃなかったか」とつぶやいて馬小屋から出て行った。

 最初はわざとなのかと思ったけど、もう一度入って来た時もやっぱり馬小屋の中を見回していたけど、僕に気付かない風だった。

 僕はもう隠れてすらいなかったのに。


 かくれんぼが終わって母さんにそのことを言うと、母さんはいつになく真剣な顔でこのことは誰にも言っちゃあだめよ、と言った。


「アンタの力はね、神様からの『贈り物』なの。けれど、それを見せびらかしたり、悪いことに使おうとするときっと罰が下るわ」

 神様の罰なんて、『子供だまし(・・・・・)』を信じたわけじゃないけれど、母さんの言いたいことは子供心にもよくわかった。


 『贈り物(トリビュート)』があれば、悪いことはやりたい放題だ。

 店先からものを盗んだり、入ってはいけないところに忍び込んで秘密をのぞいたり、お城に正面から入って王様を暗殺することもできる。もし、こんな力を持っているとみんなに知られたらきっと気味悪がられるだろう。石を投げられたりするかもしれない。悪い人たちに知られたら力を狙われたり、良くないことに利用されたりするだろう。


 だから『贈り物(トリビュート)』のことは、村の人たちにも話していない。

 僕と死んだ母さんだけの秘密だ。


 よく物語なんかだと、便利な力を使い続けて最後に破滅するなんて話があるけど、今のところ僕にはほとんど影響はない。せいぜい使っている間は少し疲れやすくなる程度だ。ものすごい力なのに、その引き換えにするのはほんのちょびっとの体力だけだ。便利すぎるよね。


 今のところ、この力のことは誰にも話すつもりはない。

 話すとしたら僕のお嫁さんになる人くらいかな。早くそういう子に出会えるといいなあ。

 

お読みいただきありがとうございました。


『面白かった!』『続きが気になる!』と思った方は下にある☆☆☆☆☆のポイントを入れてもらえると、作者が大喜びします。モチベ―ションが上がります。


よろしくお願いします。


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