『白』と『黒』のラビリンス その8
神殿の中は石造りで天井が高く、外から見た以上に広く感じた。高い天井を何本もの太い柱が支えている。
柱にはどれも見覚えのある文様が刻まれている。いつかの地底で見た、『見つからない者たち』の文様だ。
壁には壁画も飾ってある。巨大な神様みたいな人が四人の子供に光り輝く宝石を渡している。
ここは彼らにとって神聖な建物のようだ。
奥には巨大なドラゴンの彫像が見える。牙や角だけでなく目玉とかウロコの一枚一枚までくっきりと刻まれている。今にも動き出しそうだ。
ジュディスはどこにいるのだろうか。
「おーい、ジュディス。いないなら『いない』って返事してよ」
呼んだけど返事はない。さっきから気配を探っているけどそれすら見当たらない。急にかくれんぼがしたくなったのでなければ、ここに潜んでいる何かにさらわれた可能性がある。
たとえば、そこのドラゴンの彫像の陰に隠れているような奴だ。
「出てきなよ。おにごっこは君の負けだ。それとも指さして『見ーつけた』ってはっきり言った方がいいかい?」
僕が声を掛けると、黒い影がドラゴンの首の辺りからひょいと出てきた
「ははは、さすがに気づいたか」
愉快そうに現れたのは、僕と同じ年頃の男の子だ。髪の毛は雪のように真っ白で、目は金色。紺のコートは裾が長く、胸の辺りに金色の糸で刺繍がしてある。
腰には細身の剣を提げている。
まるで物語の王子様のようだ。けれど、僕を見下ろす目には、長年の敵のような憎しみと敵意に満ちている。
「ようこそ、『白の王国』へ」
僕に向かってうやうやしく一礼する。まるで舞踏会の招待客みたいに。
「君は、ここの家の子? 勝手に入ってゴメン。パパとママはいるかな」
「気にするな。遠い親戚のようなものだ」
肩をすくめる仕草もなんだか嫌みったらしい。
「もしかして、あなたは」
「そう、外の者が言うところの『見つからない者たち』だ」
あっさりと認めた。
「俺の名はエミリオ。『白の王家』が末裔にして、王家を継ぐ者だ」
「はあ」
赤の王女様の次は、白の王子様か。青と黒はどこにいるんだろう?
「この街はどうなっているの? もしかして君の仕業?」
「まさか」エミリオは鼻で笑った。「俺の故郷だぞ」
「でも平気そうだ」
ここがエミリオの故郷なら、人形になっている人の中には家族や知り合いも入っているはずだ。なのに、悔しそうでも悲しそうでもない。面白くなってきた、とわくわくしているみたいだ。
「もう慣れたからな」
「それまでずっと一人だった、ってこと?」
「暇つぶしは外の世界にいくらでもある。だが、何もかも退屈だ」
つまらなそうにため息をつく。
「お前はどうだ? 俺を満足させてくれるのか」
「退屈なら本を読めばいい。物語は人生を豊かにしてくれる」
暇つぶしするくらいに時間があるのならいくらでも読めるはずだ。
「それで? 話を戻すけど、ここは『見つからない者たち』の隠れ里じゃないの? あの人形は何?」
「経緯を話すと長くなるが、原因は一つだ」
エミリオは指を立てて得意げに笑った。
「お前の母親だ」
僕は一瞬、言葉の意味を考えて首をひねった。
「僕の母さんはメデューサではないけど」
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ」
背後でものすごい音がした。振り返ると、神殿の扉が閉じていた。
「これでお前はもう逃げられない」
エミリオはひらりと僕の前に飛び降りて、さっそうと剣を抜き放つ。銀色の刃がきらりと輝く。
「逃げるつもりもないけどね」
僕も剣を抜いた。事情を色々知っているようだ。ジュディスのこともあるし、力ずくで聞き出すしかなさそうだ。
「ゴメン、危ないからちょっと隠れててね」
肩から下ろそうとしてもスノウは爪を立てて離れない。心細げに僕の手に顔を擦り付ける。
「大丈夫だよ、僕は無敵だからね」
強引に引き剥がすと、柱の陰に置いてからエミリオに向かう。
「素直に話すなら今のうちだよ、なんたって僕は……」
『おにごっことかくれんぼでは村一番だからね』
エミリオと僕の声がほぼ同時に重なった。
「……だったか?」
エミリオが得意げににやりと笑う。
「人が話しているときに声を被せるのはお行儀が悪いって教わらなかった?」
「あいにくと、そんな親ではなかったな」
エミリオが飛び上がりながら斬りかかってきた。想像以上に鋭い剣だ。紙一重でかわすのがやっとだった。銀色の軌跡が消えきらないうちにエミリオが剣を閃かせる。僕としては回避一方だ。
何とか隙を見つけたいのだが、うかつに飛び込めない。
こうなったら『贈り物』で気づかれなくなって気絶させるしかないか。
「おっと」
意識を集中させようとした瞬間、エミリオが飛び込んできた。先程よりも素早い剣さばきだ。威力を落として代わりに手数で勝負するつもりらしい。閃光のような刃が絶え間なく襲ってくる。心臓が縮み上がりそうだ。このままだといずれ追い詰められる。どうにか、隙を作るしかなさそうだ。
「じゃあ、今度は僕から」
エミリオの剣を弾き、上体を反らした瞬間に打って出る。踏み込みながら攻撃を仕掛ける。動きを止めたらそこで組み付いて気絶させようと思っているのに、全部防がれてしまう。
「なら、これだ」
大振りの横薙ぎをわざと外す。勢いのまま半回転し、背中を向けたところで脇の下から剣を繰り出す。初見ではなかなか防げないような技なのに、エミリオはあっさりと受け止めてしまう。
「面白い技だが、俺には通用しない」
反対に背中を斬られそうになったので、あわててその場を離れる。その後も飛び上がったり寝転がったりして不意を突こうとするのだけれど、どれ一つ通用しなかった。
もしかして、心の中を読めるのだろうか?
物語にそんな魔物がいる、と読んだことがある。確かものすごい剣士が無心になって倒すのだけれど、僕にそんな芸当が出来るとは思えない。
だから思いつく限りの悪口を頭の中で並べてみた。
これで怒れば、隙を作れるかと思ったけれどエミリオに何の反応もない。
どうやら違うようだ。
そう考えていたら不意にどん、と背中に硬いものが当たる。壁際に追い詰められてしまった。
「どうした? 逃げ回るだけか?」
「さっきから背中がかゆくってね。今、何とかなったところ」
背中を壁にこすりつける。
「そうか」エミリオはうなずいた。
「なら、心置きなく俺の手に掛かるといい」
「止めとくよ」
振り下ろされた剣をひょいとかわした。跳び下がりながら目を閉じた瞬間、まぶたの上からばゆい光が叩き付けてきた。背中を壁にこすりつける振りをして、『光玉』を取り出しておいたのだ。
「ちっ」
膨大な光の中でエミリオの舌打ちが聞こえた。とっさに手で光の奔流から目を守ったらしい。ここで斬りかかっても返り討ちに遭うだろう。でも時間と距離さえ作れたら十分だ。
柱の陰に飛び込みながら『贈り物』で気づかれなくなる。
「お得意のおにごっこか」
光が収まり、エミリオが僕の姿を探しながら言った。
「いいぜ、付き合ってやる。ほら、かかって来いよ」
笑いながら神殿の真ん中に移動する。身を隠す物は何もない。普通なら相手の姿が見えなければ、不意打ちを警戒して壁を背にしたり、柱や物陰に隠れようとするものだ。けれど、エミリオはわざと広い場所に出で、僕をあおり立てる。
作戦でもあるのだろうか。それとも、防御に優れたマジックアイテムでも持っているのだろうか。
「なんだ、出てこないのか? それとも、そこの子猫を切り刻んでやった方がいいか?」
スノウを見ながら舌なめずりをする。
……迷っているヒマはなさそうだ。
僕はエミリオの背後に回り、虹の杖を構える。何か防ぐ手立てがあるのならこれではっきりするはずだ。
「『麻痺』」
僕の合図で杖の先端から稲光がほとばしる。エミリオは背中を向けたまま、左に歩いてかわした。
「そこか」
エミリオは振り返るなり僕のいる空間に斬りかかってくる。
「どうしたどうした? もう終わりか?」
エミリオは気づかれなくなっているはずの僕に向かって、正確におそってくる。攻撃の方角から僕の位置を予測したのか。
「なら、これだ」
僕は虹の杖を掲げ、『瞬間移動』で移動する。移動先は、柱の上部。エミリオの頭上だ。剣を空振りさせて体勢がわずかに崩れた隙を見計らい、僕は魔法を放つ。
「『大盾』」
光の盾がぐるりとエミリオを取り囲む。これでもう逃げられないぞ。
僕は柱の上から飛び降りる。落下しながらまっすぐエミリオに剣を振り下ろす。
エミリオが顔を上げた。唇がかすかに動くのが見えた。
ばーか。
その意味を悟った瞬間、僕の体が宙で止まる。見れば柱の中程からクモの糸のような粘液が飛び出ていた。
「お前がそこにいるのもとっくにお見通しだ」
エミリオは光の盾をすり抜けて、飛び上がる。銀色の光が蛇のように僕に絡みついた。次の瞬間、強烈な痛みが走った。
赤い雫とともに僕は神殿の床に倒れる。力が抜けていく。どうやら僕は斬られたらしい。肩から胸に掛けて熱した棒でも押しつけられたみたいだ。
どうやらエミリオは完全に僕の動きを読んでいたようだ。ワナを張った気配はなかった。僕が神殿に入る以前から仕掛けていたのだろう。
「多少は退屈しのぎになったかな」
エミリオが僕を冷たく見下ろす。
世界が暗闇に閉ざされる寸前、スノウの鳴き声が聞こえた。
二年も放置して申し訳ございません。
活動報告でも書きましたが、展開に悩んでいたのと、別名義で書いた小説が本になったりして、書く余裕(時間的にも精神的にも)がなかったためです。
そちらが一段落付いたので何とか更新していこうと思います。




