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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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『白』と『黒』のラビリンス その3

 半日以上もかかったけれど、赤ちゃんは無事に生まれた。女の子だそうだ。


 なんだかもう色々とすごかった。子どもが生まれるというのがこんなに大変なこととは知らなかった。そばで見ているだけなのに緊張しっぱなしで、もうくたくただ。赤ちゃんの泣き声が聞こえた時にはしゃがみこんでしまった。魔物と戦う方がよっぽと楽だよ。一晩中起きていたのでさっきからあくびが出て仕方がない。


「今回はまだ楽な方だ」


 ノアさんによれば、丸一日かそれ以上かかる場合もあるらしい。聞いているだけで気が遠くなりそうだ。


「それでも君がいなければ母親の命は危なかったかも知れない。いてくれてよかった」


 赤ちゃんも元気に生まれたけれど、メイジーさんの出血がなかなか止まらなかった。それで虹の杖の『治癒(キュア)』で治した。透明な布の中には『闇の霧(ダークミスト)』も入ってこない。


「まだ数日は様子を見るが、まあ大丈夫だろう。まずは一安心だ」

「あまり安心とは言えない状況ですけどね」


 赤ちゃんが生まれたら僕とノアさんは牢屋へ押し込められた。もちろん、カバンも武器も虹の杖も取り上げられたままだ。


「君も律儀だね。一人で逃げても良かったのに。君なら簡単だろう?」

「そういうわけにもいきませんよ」

 ノアさんを見捨てたとなったらコルウスさんたちに合わせる顔がない。


「そういうノアさんこそ」

「苦しんでいる患者は見過ごせないからね。ただまあ、このままというのも困る。患者も待っている」

「そのうち出られますよ」


 殺すつもりならその機会はいくらでもあった。多分、ジュディスたちも迷っているのだろう。

「ワタシは疲れた。君も一眠りするといい」


 そう言ってノアさんは牢屋の中で横になった。仮面付けたまま眠るのか。お言葉に甘えて僕も寝よう。


「起きろ」

 目を開けるとジュディズが牢屋の前に立っていた。差し込む光はオレンジ色だ。もう夕方か。


「お前たちの処遇が決まった」

「しばり首ですか?」

 ジュディスは首を振った。


「お前たちはメイジーを助けてくれた。なので、今回に限り見逃す事に決まった」

「それはどうも」


 見逃す、だなんて居丈高な言い方は気に入らないけれど、ノアさんが助かるのならそれでいいか。


「出ろ」

 牢屋の扉がきしみを挙げて開く。


「ささやかだが、もてなしの用意もしてある。存分に食べるといい」

「舞踏会に行く服は持ってないのですが」

「安心しろ。今夜は仮装パーティだ」


 ジュディスはにやりと笑った。僕の後ろでノアさんが体を起こしながら伸びをしていた。


 祭壇前の広場で大きなかがり火が焚いてある。その周りでは大勢の人が敷物を敷いて座っている。

 ひい、ふう……百人はいるだろう。僕とノアさんは祭壇手前に作られた特等席にいる。焼いた肉や、香草で蒸した魚、赤い実の果実が大きな葉っぱのお皿に乗って次々と運ばれてくる。どれも美味い。スノウにも分けてあげた。短い歯で引きちぎりながら美味しそうに頬張っている。


 舞踏会というよりはお祭りのような雰囲気だった。僕とノアさんは遠慮したけれどお酒も振る舞われている。僕たちの歓迎というよりは、メイジーさんの出産のお祝いなのだろう。料理なんかもそのために用意したようだ。これで珍しい楽器やふしぎな踊りでもあれば、物語に出て来るお祭りの場面そのものなのに。


「どうだ」

 ジュディスがやってきた。僕はまたぽーっとしそうになった。しばらく姿を見ないと思っていたら着替えていたようだ。肩の空いたドレスは体にぴったりとして胸から腰となだらかな曲線を描いている。


 外だけあって、裾は引きずるほど長くはないけれど、薄い靴との隙間からのぞく足首がなまめかしい。普段活動的な格好ばかりしている人が、キレイな格好をしているのを見るとそのズレがいつもより美しく見える。


 しかも僕の横に身を寄せるようにして座る。


「ええ、結構なものです」

 結構すぎて参っちゃいそうだ。


「昼間取ってきたものばかりだ。新鮮だぞ」

「新鮮ですね……。ドキドキしちゃいます」

「は?」

 かぷっ。


 スノウが見とがめたように僕の耳をかんだ。ありがとう。おかげで鼻の下を伸ばさずに済んだ。


「とりあえず、今日はそこの小屋に泊まるといい。本当なら何日でも、と言いたいところだが明日の朝には出て行ってもらう」

「ええ」

 どうせ招かれざる客だ。これだけのおもてなしをしてくれただけでもありがたい。


「そこの医者はカルネルの村だったな。ここからなら川を下っていけば早い。近くまでなら送ってやろう」

「そうか、いや、ありがたい。私一人ではこの森はまた迷子になりそうだからね」


 ノアさんはそう言って赤いスープをすする。もちろん仮面を着けたままだ。あれ、どうやって食べているんだろう?


「お前は母親の故郷を探していると言っていたな。この辺りにはここのような隠れ里がいくつもある。どこだ?」

 そう言われても場所も名前も知らない。


「多分、『魔王』とか『見つからない者たち(インビジブル)』とかそういう伝説の残っているところかと」

「伝説ね」

 ジュディスが苦笑する。


「『魔王』信仰の『信奉者(フォロワー)』の村なら知っているが、お前が探しているところとは違うだろうな」

「そうですね」

 やはり知らないようだ。ムリもない。


「私が知っている伝説といえば『魔王』より『勇者』の方だな」

「『勇者』リオンですか」

 こくり、とうなずいた。


「私の祖先は神官でな。大昔、祖先の一人が神託を受けたそうだ」


 遠い未来、この国に新たな『魔王』が現れる。その時、新たな『勇者』が現れて『魔王』を倒し、世界を救う。『勇者』はリオンの子孫から生まれる。


「物騒ですね」

 そういえば、スチュワート殿下も「『勇者』になる」とか言っていたな。この神託のことだったのかな。本当に新たな『魔王』が現れるのなら大変だ。『勇者』が倒してくれるといっても、きっと大昔のように大勢の人が犠牲になる。


「『勇者』は現れないよ」


 不意に声を掛けられる。祭壇の横から現れたのはふくよかなおばさんだ。なでつけた黒髪を後ろで縛り、紫色のローブにジャラジャラと腕輪や首飾りをいくつも付けている。


「どちら様ですか?」

「占い師のシャーロットってんだ」


 ぶっきらぼうに名乗って、僕の横にどっかと座る。暑苦しいな。ジュディスによると隠れ里の占い師で、村に起こる災いを何度も言い当てたという。


「悪かったね。アタシのせいで、アンタらに迷惑を掛けちまった」

 ぺこり、と僕とノアさんに頭を下げる。


「占いに出たのさ。『この村に悪魔の使いがやってきて村に災いをなすだろう』ってね」

「それで僕たちを悪魔の使いと勘違いしたと」

「すまないね。タイミングが悪かったんだ。まあ、勘弁しておくれよ」

 照れ臭そうに許しを請うものだから僕もやりにくい。


「それで、『勇者』が現れないというのは?」

「昔はアタシにも見えていたんだ。神託通りさ。『勇者』が現れて『魔王』を討ち果たす。ところが、ある時から『勇者』は現れなくなっちまった」

「どうしてですか?」

「さあね。アタシにもさっぱりだよ」

 訳がわからない、とばかりにシャーロットが首を振る。


「どこかで運命が変わっちまったとしか思えないね。『勇者』の現れる未来はどこかに消えちまったんだ」

 神託まで受けたような未来が変わるなんてあり得るのだろうか。


「それじゃあ『魔王』が現れたら……」

「もうこの国は終わりだろうね。この世界だってどうなることやら」

 シャーロットは困ったとばかりにため息をついた。


「あり得ないな」

 ジュディスが気にするなとばかりに微笑む。


「『魔王』が復活するとされていたのはいつだと思う? 十五年前(・・・・)だ。新たな『魔王』が現れたのならとっくにこの国は滅びている」

「なあんだ」


 『勇者』と一緒に『魔王』も現れなくなったわけか。それなら安心だ。おどかさないでよ。


「神託といえど絶対ではない。外れることもある。シャーロットの言う通り、どこかで運命が変わったのだろう」


 そこでジュディスは遠くを見るような目をした。口は動いていたけれど声は聞こえなかった。

 僕にはそれが、「残念だ」とつぶやいていたように見えた。


 祭りの後、用意された小屋に泊まる。ノアさんも隣の小屋で休んでいる。とりあえず明日の朝、隠れ里を出る。もちろん、『オリテの花』についてはしゃべらない約束だ。


「『勇者』と『魔王』ねえ……」


 もしかしたら『白』の目的は『魔王』の復活かも知れない。ジュディスは神託が外れたように言っていたけれど、十五年前に確認出来なかっただけで、本当はまだ生きている可能性もある。現れなかっただけで、死んだのか封印されたのかもわからないのだ。もしかしたら世界のどこかで息を潜めて、力をたくわえているだけ、という線もある。


 そのあたりも隠れ里に行けばはっきりするだろう。


 と、ここでまたあくびが出る。夕方までぐっすりだったから眠れるかと思っていたけれど、おなかがふくれたせいだろう。僕もスノウもおねむの時間だ。


「おやすみなさい」

 目を閉じてベッドに潜り込む。寝心地もいいし、これなら明日までぐっすりだと思っていた。けれど、急に耳障りな音が聞こえてきた。虫の羽音だ。


「うるさいなあ」


 かまれたらかゆくなる。その上うるさくって眠れやしない。手で何匹も叩き落とす。けれど小屋は隙間だらけなので後から後から虫が入ってくる。しかもスノウの方にまでたかろうとするのだから腹立たしい。虫除けのお香を焚いているのだけれど、平気な様子で飛び回っている。


 こうなったら奥の手だ。


 耳栓をして、スノウを抱えると『贈り物(トリビュート)』を使う。虫には通じにくいけれど、フルパワーなら問題ない。案の定、目標を見失った虫はすぐに離れていく。へへん、どんなもんだい。


 これでゆっくり眠れるよ。掛け布団にくるまりスノウの温もりを感じながら目を閉じた。


 物音がする。誰かが小屋の扉を激しく叩いているようだ。


「開けてくれ、リオ君。大変だ」

 ノアさんの声だ。もう朝か。かんぬきを外して扉を開ける。


「すぐに来てくれ。大変なことが起こった」

 ノアさんの動揺は仮面の上からでもありありとわかった。


「里の人間が一人もいない。全員、姿を消してしまった」


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