『白』と『黒』のラビリンス その1
今回からまた新たなエピソードの始まりです。
ついさっきまで森の上を飛んでいたはずなのに、今は岩牢の中だ。まったく世の中というのは何が起こるかわからない。
森の中に落ちた僕たちはあっという間に大勢の男たちに囲まれた。
物語なんかだと、秘境を探検する主人公が未知の部族と出くわす。人里離れたところに住んで、周りと関わらないせいか、全く独自の文化を持っている。僕たちから見れば奇妙な格好をしていたり、おかしなものを食べたり、変わった言葉で話し、変な風習を持っていたりする。
けれど僕の前に現れたのは、未知の部族ではないようだ。服装も見覚えのある麻や綿の服だ。その上から皮鎧を着込み、鉄の槍に弓矢を持っている。顔立ちも肌や髪や目の色も変わりはない。
むしろ傭兵か山賊の集まりだ。僕が話しかける前に落としたカバンと虹の杖を拾われ、槍を突きつけられた。
「貴様は何者だ?」
言葉も僕たちと同じだ。
「僕はリオ。旅の者です」
僕は正直に話した。
「この辺りにあるという母さんの故郷を探してここに来ました。あ、母さんというのは……」
もしかしたら、と思い母さんの名前や特徴も話してみたが、心当たりはないようだった。
「もしかしてここは白ですか、それとも青? あ、もしかして黒だったりします?」
かまをかけてみても首をひねるばかりだ。やはりここは『見つからない者たち』の隠れ里ではないようだ。
「昔この辺りに反逆者の一族が落ち延びたという伝説があってな。今でもその子孫が隠れ里に住んでいるという。実際、よそ者を寄せ付けずに、山に住んでいる者もいての。もしかしたら、そこの生まれやも知れぬな」
サグデン村の長老さんが言っていたのを思い出す。おそらく、ではない方の反逆者の一族なのだろう。だとしたら厄介だ。彼らにとっては自分たちの居場所を広められたくないはずだ。
「大丈夫ですよ、僕は記憶力は良くない方なので。ここに来たのだってすぐに忘れます。ところで、皆さんどちら様ですか?」
返事はなかった。代わりに突きつけられた槍の本数が倍になった。
その場で殺すつもりはなさそうなのでおとなしく付いていったらここに連れて来られた。もちろん剣やマントも取り上げられている。
自然の洞窟を利用したものらしい。岩壁に鉄の扉をはめこんである。壁はゴツゴツしていて、湿っぽい。外には牢番が四人もいる。岩牢の外は森ばかりだ。建物らしきものは見えない。
「さて、どうしようかな」
そのうち殺すなり逃がすなり処置を決めるだろうけど、それまでただ待っているのも退屈だ。
スノウと遊ぼうにも、まだ僕のふところでおねむの時間だ。起こすのもかわいそうだし、ここは別の暇つぶしといこう。取り出したのは、この前手に入れたばかりの本……『見つからない王子様』だ。
岩牢に入れられ、カバンを持って行かれる寸前に、『贈り物』で近付いて抜き取っておいたのだ。タイトルが気になったからもらった本だけれどまだ読めていないんだよね。
いい機会だから読んでおこう。外からの明かりが入る場所に陣取り、古びた表紙をめくった。
*
むかしむかし、まだ人と神様が同じ世界にいた頃のおはなしです。
その時はまだ人間の国は一つだけでした。
その国ではあらゆる人が仲良く、幸せにくらしていました。
その国のお姫様はたいそう美しく、動物や花や風までもとりこになってしまいました。
美しいだけではなく、優しく、かしこくそして誰よりも強い魔法使いでもありました。
お姫様は優しい王様と王妃様、国民に愛され、幸せに過ごしていました。
そのあまりの美しさに一人の神様が恋をしました。
お姫様が十六歳になった時、その神様はお姫様に結婚を申し込みました。
「余の妻になればそなたには永遠の美しさを約束しよう」
ですがお姫様はその申し出を断りました。
「永遠の美しさなどいりません。私が望むものは愛する人たちとともに歩む人生です」
神様は怒り狂いました。
「余の愛を受け入れぬのならその望みを永遠にうばってやろう」
神様は国全体に呪いを掛けました。王様たちの住む王宮を氷漬けにして、雪深い山奥に閉じ込めてしまいました。
王宮以外の民からは言葉と優しさと知恵をうばい去りました。
そしてお姫様を弱々しくも哀れでかわいそうな姿に変えてしまったのです。
「そなたは愛する者たちと会えないまま、その姿で永遠にさまよい続けるのだ」
嘆き悲しむお姫様に神様はそう言い放ちました。
「呪いを解くためには、そなたと心から愛し愛される王子を見つけるしかない」
しかも、ただの王子様ではダメなのです。善と悪、二つの力を持った『黄金の竜の魂』を持つ者でなくてはならないのです。
「そなたが苦しみもがくのを天上より見物させてもらおう」
高笑いしながら神様は去って行きました。
神様がいなくなって国は大さわぎです。
神様の加護を失い、貧しい者と富める者が生まれました。
言葉がばらばらになったためにわかりあう術を失い、お互いに傷つけ、うばいあうようになりました。
お姫様は呪いを解くために、世界中を歩き回りました。
ですが肝心の王子様はどこを探しても見つかりません。
お姫様は今もこの世界のどこかをさまよっているのです。
*
「くっだらない」
期待しただけにがっかりだ。ただお姫様がかわいそうなのと、神様がわがままでイジワルでザンコクな奴だった。
お姫様は何にも悪い事をしていないのに、プロポーズを断ったからって国中の人に八つ当たりまでして、ひどすぎる。巻末の解説を見ると、どうやら大昔の神話を元にした話らしい。しかも呪いを解くためには特別な力を持った王子様を見つけて、心から愛し合わないといけない。無理難題にも程がある。
それでも何か母さんのヒントはないかと読み返してみたけれど、それらしいものはなかった。そもそも母さんがこの物語を読んでいたかもわからない。
もし読んでいたとしても多分、あまり意味はないように思う。『見つからない子に会いに行く』と言ったのも例え話のようなものかも知れない。いるはずのない人を探しているのだという。
だとしたら母さんは誰を探していたのだろうか。結局振り出しに戻ってしまった。
「にゃあ……」
いつの間にかスノウが目を覚ましていた。ふところから顔を出して悲しそうに鳴いている。
「ごめんよ、起こしちゃったかな」
なでてあげると、ぴょんと飛び出て本の上に立つ。しばらくうろうろと本の上で回っていたかと思うと、座り込みまた「にゃあ」と鳴いた。
「そこが気に入ったのかな」
本の上で寝るなんて、ジェロボームさんが聞いたら怒りそうだけれど、あえて何も言わない。スノウはかしこい子だから爪とぎしたりいたずらをするようなマネはしないからね。
「出ろ」
それからしばらくして牢番から声を掛けられた。方針が決まったようだ。もう夕方だっていうのに。眠っているスノウを急いでふところに隠し、両手を縛られ、槍で追い立てられるように森の中を進む。
「あれ?」
進んでいるうちに霧がかかってきた。しかもただの霧じゃない。これは、『闇の霧』だ。この霧の中では魔法やマジックアイテムが使えなくなってしまう。
なるほど、この霧があるから今まで『隠れ里』は見つからなかったんだな。ただでさえ見えづらくなる上に魔法で探すのもムリだ。それにこの人たちの服装も緑色をまだらに塗って、森の中では目立ちにくい。
『闇の霧』はどんどん濃くなっていく。足下もでこぼこだったり木の根が突き出ていたりでつまずいてしまいそうになる。おまけに木々の隙間を抜けるように進むものだから歩きにくくって仕方がない。
周りはもう完全に霧の中だ。やがて霧の中にいくつもの炎が浮かび上がる。
「座れ」
言われるままその場に座る。
「連れてきました」
牢番が霧の向こうの炎に向かって報告する。炎が一瞬ゆらめき、『闇の霧』が晴れていく。今まで隠れていたものが見えるようになった。
ここは祭壇だった。
深い森の中で、大きな石が階段のように積まれている。石の両脇にはかがり火が焚かれている。霧の中で見た炎の正体はこれか。
祭壇の上から声がしたのでそちらを見上げた。僕は息をのんだ。
フード付きのマントにズボンにブーツ、上から下まで全部緑色の人が立っている。草の汁で染めたのだろう。むきだしの手とわずかに見えるあごの辺りが人間なのだと気づかせてくれる。
「ご苦労」
短い言葉でねぎらうと祭壇を降りてくる。ゆっくりだけれど、しなやかな動きには野性味というか戦士のような力強さを感じる。反面、歩き方には貴族のような気品も感じる。この人がこの『隠れ里』のリーダーなのだろうか。
僕の前に立ち、僕の顔を見下ろす。
「お前か、空を飛ぶ魔法使いというのは」
フードを取り払う。
ダークブロンドの髪が風になびいた。飛び込んできたのは長いまつげがかかった茶色の瞳だった。吊り上がった眉に形の良い鼻、唇は薄いけれど紅を塗ったように赤い。色黒の肌はつややかで、お化粧なんかほとんどしていない様子なのにきめこまやかに見える。
格好はまるで狩人か野伏なのに、体の線がくっきり浮かび上がってなまめかしい。見てはいけない気がして顔を逸らしてしまう。
参ったな、久し振りにぽーっとなっちゃいそうだよ。スノウ、ちょっと耳をかんでくれる?
「冒険者か」
僕の組合証をのぞき込みながら感心したように言う。
「リオ、だそうだな。母親の故郷を探しているらしいな」
「そうです」
「母親の故郷というのは空の上にあるのか?」
「上から探した方が見つけやすいかと思いまして」
「それで私たちの里の上を横切ったわけか」
「気分を害されたのなら謝ります。別に皆さんの生活を覗き見るつもりはありません」
そこで女の人が手を伸ばすと、男の人が駆け寄る。持っているのは、虹の杖だ。女の人は虹の杖を受け取ると、ためつすがめつ見る。
「どうやらこの杖はすさまじい魔力を持っているようだな。少なくともただの三つ星冒険者が持つようなものではない」
「いただきものなので」
「先程お前は白だの黒だのと妙なことを言っていたそうだな。それは何の暗号だ?」
どうやら僕を密偵か何かと勘違いしているようだ。何とか誤解を解かないと。このままでは拷問というものをされてしまう。
「その前に、お名前をお聞かせ願えませんか?」
「聞いてどうする?」
「このままだとお呼びするのに不便じゃないですか」
地面が音を立ててえぐれる。
さっきの牢番が後ろから槍で殴りかかってきたので、そいつをひょいとかわしたのだ。
危ないなあ、と抗議する前にまた別の人が槍のおしりで突いてきたから今度はあおむけに倒れる。
「ここは一つ穏便に話しませんか? このままだと話が進みません」
「止めろ」
まだ槍を振り上げようとしていた門番たちを女の人が手で制する。
「なかなかの手練れみたいじゃないか」
「どうも」
「私の名前はジュディスだ。この『ローセイルの里』で長をしている。彼らは里の戦士だ」
まだ若そうなのに、村長さんなのか。この場合は里長って呼ぶんだっけ?
ジュディスは階段に腰掛けると足を組む。
「取り引きと行こう。何もかもしゃべるのなら命は助けてやろう。それとも、お前の仲間に聞いた方がいいか?」
仲間、と聞いてふところのスノウに手を伸ばしかけて思いとどまる。ジュディスは僕の方を見ていない。
スノウではないとしたら、誰だ? 僕の疑問に答えるかのようにジュディスが手を鳴らした。
しばらくして、戦士二人に挟まれて黒ずくめの人が連れて来られた。
僕は声を失った。つばの広い黒帽子と分厚そうな黒のガウンに白い長手袋、そして顔には鳥のくちばしのような、白い仮面。
見覚えのある姿だ。やはり両手をロープで縛られている。
「待ってくれ。ワタシは怪しい者ではない。誤解なんだ」
表情は見えないが、焦っている様子でそのお医者様は懸命に説明していた。
2021年9月3日
スミマセン、パソコン不調のため次回の更新は中止です。メドがつきましたらここと私のツイッターでご報告いたします。
2021年9月11日
タイトル変更しました。




