隠れ里へ その3
思いもしなかった言葉に頭が真っ白になる。
「『猫妖精』とは猫のように見えますが、妖精の仲間です。普通の猫のように肉や魚はまず食べません」
スノウは肉も魚も野菜や果物だって食べる。
「妖精というのは魔力が血であり肉でもあります。ですので、主食は何か、と聞かれればやはり魔力やそれに類するものということになりますね」
ちなみに、フレイザー家では特別な花の蜜をあげているそうだ。
「……君が知らないという可能性は?」
ベニー自身、知っている『猫妖精』はお母さんだけだと、さっき言っていたじゃないか。
「知り合いの『猫妖精』は母だけですが、妖精の知り合いはほかにもおりますので」
思いつきの反論もあっさりと封じられる。
「まあ、人間は我々のことはあまり知らないようですので、勘違いされてもムリはないかと。……どうされます? よろしければ『猫妖精』についてもお教えしますが?」
僕は返事が出来なかった。頭の中がおもちゃ箱をひっくり返したみたいにこんがらがっていた。
そもそもどうしてスノウが『猫妖精』だと思ったんだっけ?
確かマッキンタイヤーの町でグリゼルダさんに虹の杖を作ってもらった時に、あやまって熱いコーヒーを浴びそうになった。その時にスノウがふしぎな力で助けてくれた。
そしたらグリゼルダさんが「もしかして、この子、『猫妖精』なの?」と言ったから、そのまま信じてしまったんだ。『猫妖精』自体、人間にはまだ分からないことが多いからグリゼルダさんがそう思ってもムリはない。
それだけじゃない。ニューステッドの町に行った時、『失せ物探し』で『猫妖精』を探そうとしたけれど何の反応もなかった。目の前にいたスノウにすら。
「それじゃあ、スノウは……」
「さて、ワタクシにもさっぱり。普通の猫ちゃんではないようですが、なにぶん、このような子を見るのは初めてですので」
ベニーは申し訳なさそうに首を振る。
「ほかに『猫妖精』みたいな種族は」
「いるかもしれませんし、いないかもしれません」
何ともあいまいな返事だ。
僕はテーブルの上で丸くなっているスノウを抱え上げる。
「ねえ、君は一体何者なんだい?」
「にゃあ……」
スノウは眠たそうに大あくびをした。そうだった。ジェラルドとの戦いで力を使い果たして疲れているんだ。僕を助けるために力を使い果たしたのだ。そう思ったらスノウの正体で悩むのなんかバカバカしくなった。
「まあ、いいか」
スノウは『猫妖精』ではなかった。ずっとそう思い込んでいたからびっくりしたけれど、逆に言えばそれだけだ。
見た目も中身も、そして僕たちの友情も変わらない。スノウはスノウだ。僕たちが勝手に勘違いしただけなのに、スノウを責めるだなんて間違っている。何の種族かなんて、旅を続けていればそのうちわかるだろうし、わからなくったって何も困りはしない。
スノウが『猫妖精』だから一緒にいるんじゃない。一緒にいたいと思うからだ。
「ゴメンよ」
スノウの頭をなでる。かわいらしいあくびをしてから机の上でまた丸くなる。
「さて、どうされますか?」
ベニーがまた問いかける。『猫妖精』の件だろう。スノウが違うというのなら尋ねる理由はない。どうしようかと考えていると、ふと、本棚が目に飛び込んできた。
「へえ」
さっきは気づかなかったけれど、なかなか面白そうな本がそろっているじゃないか。『貴族年鑑』とか『王国通史』みたいな難しそうな本もあれば、『七人のお姫様と優しいゴーレム』や『オオカミと月騎士』なんて本もある。
どんな物語なんだろう。読んだことないからわからないや。あ、『はちみつ姫物語』もある。なつかしいな、また読みたくなってきた。背表紙を目と指で追いながら探していると、そのうちの一冊で指が止まる。
「ん?」
僕はその本を手に取る。背表紙も日差しを浴びて色落ちしているし、天の部分は茶色くなっている。古びているけれどあまり読んだ跡はない。本棚の肥やしになっていたようだ。パラパラとページをめくりながら目を通す。
「……ふむ」
「その本がどうかされましたか?」
「ちょっとね」
ベニーの質問にあいまいに答える。ごまかしたというより、僕自身、どう返事していいかわからないからだ。
「あの」
考え込む素振りをしていたアガサに呼びかける。多分、この本に特別な情報があったかどうか思い出していたのだろう。
「さっきの話ですね。『白』の隠れ里がどうとかっていう。あれ、引き受けます。その代わりにですね、この本をいただけますか? ちょっと面白そうな本なので、読みたくなっちゃって」
「ただの異国の物語ですわよ。王都に行けば同じ内容の本が、十冊は見つけられますわ」
「いえ、この本にしておきます」
今から同じ話を探すだなんて、面倒だからね。アガサはまだためらっているようだったけれど、最後には許可してくれた。
「あとこれは別件なのですが、紙をいただけますか?」
ベニーが器用に口にくわえて持って来た。受け取った紙にペンでさらさらと書いてみる。
「お願いなんですが、両殿下とモーリン姫たちが無事に王都に戻れるように守って欲しいんですよ。もちろん、家来の方々も含めて全員」
こう言っておかないと、生き残ったのは三人だけ、なんてことになりかねないからね。ウィルフレッド殿下を狙った黒幕はまだ残っている。ここから王都へ戻るまでにまた狙われる可能性もある。ベニーもいるし、後ろのヘラクリーズも強そうだから護衛にはうってつけだろう。
「もし守ってくれるなら。これあげます」
と、さっきもらった紙を振ってみせる。
「何ですの?」
「ジェラルドの依頼人の名前です。背後にいる人たちとかもう色々と」
興味はなかったけれど、しゃべってくれたからね。
「それが本物だという保証は?」
アガサはまだ疑っている顔だ。
「ありません。ただ、僕の力はあなたがご存じのものだけではない、とだけ」
『贈り物』は応用の利く力だ。気づかれなくなるのもその一つに過ぎない。
「勇者リオンの子孫を魔王の子孫に守らせようと?」
「僕はフレイザー侯爵家のお姫様にお願いしているのです」
ご先祖の恨みより今が大事だと僕は思う。
「……いいですわ。どうせ帰り道ですもの」
アガサは渋々って感じでうなずいた。
「では契約成立という事で」
紙を渡し、正式に本をもらい受けた。あとでじっくり読んでみよう。もしかしたら母さんについて何かヒントになるかもしれない。走ったり闘っている時に痛まないよう『見つからない王子様』を『裏地』に入れておく。
「それでは今度こそ失礼しますね。……スノウ、行こうか」
おねむのスノウを抱え上げて肩に乗せようとした時、首のリボンが急に光り出した。マッキンタイヤーの町を出る時に、ロズからもらったものだけれど、こんなの初めてだ。
「にゃあ」
まぶしそうに目を細める。
とりあえず、スノウの首から外す。よく見ればリボンの表面に文字が浮かんでいる。意味はたった一言、『戻って来い』だ。
これはもしかして、ロズからのメッセージなのかな? こんな仕掛けがあったなんて全然知らなかった。言っておいてくれればよかったのに。
そういえば、グリゼルダさんのところに母さんの作った短剣を預けてあったんだ。もしかして何かわかったのかな?
「すみません、では僕たちはこれで」
スノウを抱えて扉を開けると、砦の門の前に出た。僕は急いで虹の杖を掲げ、『瞬間移動』でマッキンタイヤーの町に向かった。
「ああ、来たわね」
屋敷に行くと、グリゼルダさんがぐったりとした顔でイスに座っていた。また徹夜でもしたんだろうか。止めて欲しい。体に悪いし、僕がロズに耳を引っ張られる。事実、さっき引っ張られた。今は、その手でたんぽぽコーヒーを淹れているところだ。楽しみだけれど、耳を引っ張られるのは勘弁して欲しい。
「何かわかったんですか?」
「その前にこれ」
小さな紙を渡される。
「鞘の中に仕掛けがあって、その中から出て来たの」
グリゼルダさんの声には懐かしそうな響きがこもっていた。
「アイラからの手紙よ」




