隠れ里へ その1
※2021年7月18日追記。
書き足りない部分を思い出したので一部加筆しました。
第十九話 隠れ里へ
前に見つけた資料によると、『魔王』ルカリオの死後、子どものキリオは家来とともに、とある貴族にかくまわれた。身の安全と引き換えに、その貴族のために密偵やどろぼうや殺し屋のようなマネをしていたという。
彼らは『赤の王家』と呼ばれた。目の前にいるアガサはその子孫のようだ。でも侯爵家を名乗っているのは、どうしたわけだろうか。
「すみません、あなたの言っている意味がさっぱりで。『赤の王家』って何の話ですか。物語か何か?」
「おとぼけは結構です」
可愛らしい声で叱られる。
「先程この部屋に来た時点で、あなたの正体は読めていますわ。あなたも『見つからない者たち』なのでしょう。この部屋に入るにはわたくしの許しが必要ですの。入れるものは、わたくしの家族をのぞけば『王家』の人間くらい。しかも、かなり血の濃い……そう『献上品』を操れるくらいの」
わからない時はとりあえずとぼける、という母さんの教えは通用しなかった。
確か、ベックウィズ修道院のベンジャミンさんもそんな話をしていたな。要するに僕の『贈り物』や、ジェラルドの『戦利品』と同じ意味のようだけれど。
「そのバラはどこで?」
「キレイでしょう。先程届いたばかりなの」
僕が指さすと、うっとりとした表情で『星虹のバラ』の花びらをなで回す。
「これが咲いたのも、あなたのおかげだそうね。……色々すれ違いはあったようだけれど」
ベックウィズ修道院での出来事もご存じのようだ。
「ロードリックさんとはどういったお知り合いで?」
「あれは優秀な『庭師』なの。見事なバラを咲かせては、こうして送ってくれるの」
それであんなにバラにこだわっていたのか。
「ベンジャミンさんはその先生、ですか」
「正確には、バラと『献上品』の、ですわ」
今度はトゲを指先でつつき出す。痛くないのかな。
「『赤の一族』でも使える者、使いこなせる者は年々減ってきています。そのための教育係です」
修道院での立場とは逆なのか。色々苦労していそうだったなあ。
「では今度はこちらの番ですわね。……あなた、何者ですの」
「僕はリオ。旅の者で……」
「それは先程聞きました。聞きたいのはあなたの血筋です」
そこでアガサの目がトゲのように険しくなる。『白』でも『青』でも『赤』でもないのは先刻承知のようだ。
「まさかとは思いましたが……あなた、『黒』なのでしょう」
「僕にはよくわかりませんが」
「自覚がございませんの? でも、力には目覚めているのでしょう。先程、姿を消したみたいに」
「そういうあなたもお城を出したり引っ込めたりと大忙しだったみたいですね。『紅の城』でしたっけ?」
アガサの口がむっとした感じでひん曲がる。おや、はしたない。
こんな子どもが、あんな大きなお城を生み出せるだなんて信じられないよ。しかもお城の周りに結界を張ったり、扉と扉を自由につなげたり、壁や柱を操ったりと、まるで物語に出て来る魔法使いのようだ。
でも僕の行動をいちいち見ていたかのように話しているし、『紅の城』が『献上品』の力だとしたら全部つじつまが合う。僕をここへ連れてきたのも、『紅の城』の力によるものだろう。
「僕がその『黒』だからお城の中で倒そうとしたんですか? スノウまで巻き込んで」
おかげで僕は寿命が縮む思いをさせられたのだ。
「あわよくば二人まとめて、と思いましたけれど。そう上手くいきませんわね」
悪びれもせず言うのだからたまらないよ。
「どうしてすぐに止めたんですか? ずっと使い続ければジェラルドだって追い詰められたんじゃあ……」
「作るのと操るのはまた別物ですわ。操るのは色々と力を使いますの。それに、一度作ってしまえば半日は戻せません」
閉じ込めることは出来ても中でやっつけるのは難しいってことか。
「同じ『見つからない者たち』に狙われるなんて、何か理由でも?」
そう、ジェラルドの目的はアガサだ。でもアガサはたくさんの護衛や自分の『紅の城』に閉じこもってなかなか表に出て来ない。そのために、友達であるモーリン姫をオトリにしてアガサを誘い出そうとしたのだ。スーを狙ったのは、モーリン姫をおびき出すため。いわばオトリのオトリだ。
「わたくしたちも一枚岩ではありません。『青』や『白』にとって『赤』は『黒』と同じ。裏切り者に見えるのでしょう」
「『赤』の人たちをかくまった貴族というのが、フレイザー家ですか」
そこで後ろの騎士様がにらみつけてきた。ヘラクリーズだったっけ? 怖いなあ。
「長い付き合いですもの。血が混ざるのは必然というものですわ」
年月を経て、両家の間に子どもが生まれた。つまり今や『赤の王家』とフレイザー家は同じ、というわけか。フレイザー家にしてみれば利用するつもりでかくまったのに家ごと乗っ取られた、ともいえる。
「モーリン姫ともお友達になったのは、『赤』絡みですか」
いくら貴族とはいえ、友情を利用するのはいただけない。
「そう、それですわ」
アガサは急に不機嫌そうに眉を寄せた。
「あなたを呼んだのはこれを聞くため。そしてあなたを殺さなかった理由の一つ」
アガサは僕の質問を無視して後ろの執事に合図を送る。後ろの執事がトレーを差し出す。その上にはキレイなペンダントが置いてある。見覚えがある。
「これはモーリン姫に渡したはずの……」
「そう、あなたが渡したペンダントですわ」
そこでアガサは立ち上がって身を乗り出す。
「わたくしのペンダントはどこにやりましたの?」
僕は無言でそれを指さした。
「おとぼけは止めて、と言いませんでしたかしら? これはニセモノですわ」
おや、気づいたのか。
「おっしゃるとおり、それは別物です。一応、守りの効果はありますからまがい物ってことはありませんけど」
「本物はどこにありますの」
「ここにはありません」
「何故そんな勝手なマネを」
「危険だからです」
『五つ目オオカミ』から取り返した後、スノウがペンダントを僕の手から叩き落とした。いつもはいい子のスノウがそんなマネをするのはおかしい。それで『付与魔術師』のグリゼルダさんに調べてもらったら案の定だ。あれは、ただのペンダントじゃあない。
「『不幸の露』というらしいですね。身に降りかかる不幸や災いを周りの人に押しつける。なるほど、あなたの言うとおりだ。あれさえあれば『五つ目オオカミ』におそわれてもモーリン姫は傷一つつかずに助かったでしょうね」
ただし、スーや隊長さんたちの命はなかっただろう。誰かを犠牲にしてでも自分だけが助かりたい。あれはそういうマジックアイテムだ。
「あれを持っていても、モーリン姫が幸せになれるとは思えませんでしたからね。ですから別のを用意しました」
急ごしらえでよく似たマジックアイテムを作ってもらったのだ。おかげでロズにまた怒られてしまった。
「おそらくあなたは、モーリン姫がジェラルドに狙われていると知って『不幸の露』を渡したのでしょう。あれさえあれば、ジェラルドは手が出せない。けれど途中で別物にすり替わっていると気づいた。そこであわてて、自ら出陣することにした。お城と一緒に」
魔物の方はお城の結界で防いだけれど、ジェラルドには中に入り込まれる。僕はこの部屋にまで入って来るし、お城に穴を開ける。しかも僕が『不幸の露』を別物とすり替えたのを途中で気づいた。それで二人そろったところでまとめて始末しようとしたけれど、今度は僕が『不幸の露』を持っていないのに気づいた。そこで攻撃を止めたら僕とジェラルドがつぶし合ってくれた。その結果、モーリン姫も助かったので『紅の城』を解除した。
「そうですわ!」
ばん、とテーブルに手を叩き付ける。痛そうだなあ。
「おかげでこちらの計画はメチャクチャでしてよ。それもこれも全部、あなたが横からしゃしゃり出てきたせいで……」
「最初からムリのある方法だった、ってだけですよ」
あんな呪いのペンダントに頼った時点で間違っている。友達を助けたいのならもっと別の方法があっただろう。
僕はモーリン姫のことはほとんど知らない。さっき少しだけ話したばかりだ。でも、周りの人が不幸になるのを喜ぶような子には思えなかった。だからこそ、あのペンダントを『五つ目オオカミ』に投げつけたのだろう。
「なんにせよ、友達は大切にした方がいいですよ。これはオトナからの忠告です」
「返しなさい、このどろぼう!」
「これから盗みを働こうとする人から刃物を取り上げたらどろぼうになるんですかね?」
少なくとも今すぐには返せない。また同じ事の繰り返しになる。あと、僕はどろぼうではないけれどね。
「どうせならもっと、安心で安全なマジックアイテムをプレゼントすれば良かったのでは? あるいは後ろの方々を護衛に付けてもよかった」
「気楽におっしゃいますわね」
アガサが皮肉っぽく笑った。
「あなたもジェラルドの実力はご存じでしょう? あれに対抗できるアイテムなどそうはありませんわ。それに、わたくしの命を狙う者も一人や二人ではありませんわ」
まだ小さいのに。それは『赤の王家』だからなのか、フレイザー侯爵家だからなのか。
「それに、下手に動けばそれこそ『赤』を世間の目にさらすことになりますわ」
正体がばれれば大騒動になる。フレイザー侯爵家どころか王国中が大乱に巻き込まれる。
「それでもモーリン姫様が大切だった、というわけですね」
あんなお城を出したら目立つに決まっている。それでもアガサは自分から出て来た。
そこでアガサが頬を染めながらそっぽを向いた。やあ、可愛らしい。ようやく年相応の表情が見られた。
「そういえば、あの『紅の城』って大丈夫なんですか。両殿下とその家来に思いっきり見られていますけれど」
「構いませんわ」
照れくささをごまかすようにまた紅茶に口を付ける。
「どうせ、今頃みんな忘れていますもの」
「もしかして、それも『紅の城』の力ですか」
「ええ」
恐ろしい力だ。僕が覚えているのは、『見つからない者たち』の血筋だからだろう。
「ああ、それと最後にもう一つだけ質問なのですが。アイラという女性をご存じですか? 今なら三十三、四歳くらいの」
「さあ、どうだったかしら。何年か前に会ったような気もしますけれど」
「あ、もういいです」
そういう駆け引きはいらない。僕が生まれる前からアップルガースに引きこもっていた母さんが、僕より年下の女の子と出会っているはずがない。
「では、僕はこれで失礼します」
用件は終わった。スノウを巻き添えにしたことなど、色々言いたい事はある。けれど、今は先を急ぐ身だ。話はまた別の機会にきっちり付けよう。出してくれなくっても『贈り物』さえあれば穴は開けられる。
「お待ちください、ミスター・リオ」
聞き覚えのない声がした。ここにいるのは僕とアガサのほかには執事のジェームスと騎士様のヘラクリーズ、そしておねむのスノウだけのはずだ。
振り向くと、テーブルの上に黒い猫が飛び乗ってきた。正確な年齢はわからないけれど、七歳か八歳くらいだろう。ヒスイ色の瞳に、引き締まった顔つき。体つきもほっそりとしてしなやかだ。しっぽもぴん、と立って可愛らしい。しかも人間の貴族のような服を着せられている。
「どうも初めまして。この度は急なお招きにお越しいただきありがとうございます」
一瞬聞き間違いかと思ったけれど、中年男性のような声でしゃべっているのは、目の前の黒猫だ。しかも礼儀正しい。
「わたくし、姫様の護衛隊長で、『猫妖精』のベニーと申します」




