見えない王子様 その21
「そちらはどうなりました? 殿下は?」
「無事だ。一応は、な」
含みのある言い方だ。ケガなんかしていないよね。
「リタさんはどうなりました?」
後ろを指さした。見れば扉の横で倒れている。猿ぐつわをかまされ、手足も縛られている。
「さっきまで暴れ回っていたが、ここに来る少し前におとなしくなった」
ジェラルドがやられたからリタの支配も解けたのだろう。
「何だ、まだ生きてやがるのか」
憎々しげにつぶやくと、ジェラルド目がけて『古狼月』を振りかぶる。
「まあ、待って下さい」
あわてて割って入る。
「殺せ。そいつは改心するようなタマじゃない。生かしておけばまた命を狙ってくるぞ」
「でしょうね」
友達にはなれそうにないし、なりたくない。だからといって気絶している人を殺めるのも卑怯だ。
「僕にいい考えがあります」
ずっと考えていたのだ。ロードリックさんのように、僕と似た力を持つ人が現れたらどうすればいいか。いつもいつも仲直り出来るとは限らない。命をうばうのは簡単だ。でも死んでしまったら取り返しがつかない。
「拷問でもするつもりか? そいつが多少痛めつけられたところで素直に白状すると思うか?」
しないだろう。何より僕もやりたくない。
「まあ見ていて下さい」
起きて下さい、と起こす振りをして『贈り物』を解く。体はそのままだから暴れる心配はない。
ジェラルドはまだ目が見えづらいのか、呆然としている。
「さて」
と、手袋を取ってジェラルドの片手をつかんだ。何のマネだ、と片方の目があやしむようにまたたく。
「あなたが僕から目を奪ったように、僕もあなたから『戦利品』を奪います」
大きく息を吸い込む。
「レッドローバー、レッドローバー、『戦利品』をすぐに送って!」
軽やかに歌いながら空いている手を振り降ろす。刃物のように僕とジェラルドの手を引き離した。
ふむ、手応えあり。どうやら上手く行ったみたいだ。
「子どものお遊戯がしたいのなら相手を選べ。下手くそな歌を歌いやがって」
コーネルがつまらなそうに吐き捨てる。芸術を介さない人のようだ。もったいない。
「さて、これであなたは二度と『戦利品』は使えません。一生です」
「何をバカな……」
ジェラルドが小バカにしたようにつぶやく。
「では、試してみますか?」
今度は動けるようにしてあげる。
「バカが!」
自分の体が動けると気づいて、また例の『いないいないばあ』の格好をする。
「ばあ」
「……」
もちろん、何も起こりっこない。僕はどこにも異常はないし、コーネルも目をぱちくりさせるだけだ。
「そんな、バカな……」
顔が真っ青だ。ムキになって何回も『いないいないばあ』をするけれど、結果は同じ。
実験は大成功のようだ。理屈は簡単。『贈り物』で『戦利品』は二度と使えないのだと思い込ませただけだ。
『花いちもんめ』の仕草は暗示のようなものだ。僕が何かしたのだと相手に見せつけることで、掛かりやすくなる。
ムチャクチャ力を込めたので、多分二度と使えないだろう。
「おい待て! お前、何をした! 俺の『戦利品』を戻せ!」
「待ちません。あなたを真人間にしただけです。お断りします」
用事も終わったので、もう一度おにごっこの『贈り物』で気絶させる。逃げ出されると面倒だからね。
「これで大丈夫です」
武器も取り上げたし、念のため体もロープで縛っておいた。
コーネルはまだ不満そうだったけれど、ここで僕とやり合うつもりもないらしく、『古狼月』を鞘に戻した。
「それとですね。この人が何か妙ちくりんなことを言っていたと思うんですが」
「あれか」
つまらなそうに鼻を鳴らす。
「子どもの寝言を真に受けるほど俺たちはヒマじゃない」
信じているかどうかはともかく、『見つからない者たち』のことは黙ってくれるようだ。
「あ、見て下さい」
お城を取り囲んでいた魔物の群れが山の方へと戻って行く。ジェラルドが倒れたので、操られていた魔物の支配も解けたのだろう。お城やその中の人にも興味をなくした様子だ。
「潮時か」
とコーネルは懐から小さな笛を取り出し、また短い音色を鳴り響かせる。すると扉の向こう側にたくさんの黒服が集まってきた。
仲間を集めて再戦かと思いきや、リタを肩に担ぐ。
「今日のところはお前に免じて引いてやる」
それはありがたい。僕も一晩中歩き回ってくたくただよ。
「でも外には出られないはずでは」
「見ろ」
コーネルが指さしたのはお城の縁だ。そこに白い小鳥が夜明けの空から降りてきた。ぴいちく鳴く声を聞いていると後ろから何か飛んできた。手を伸ばして受けとめる。
「忘れ物だ」
コーネルが放り投げてきたのは虹の杖だ。
「やあ、ありがとうございます」
「これで貸し借りはなしだ」
「まだ戻るつもりはありませんか?」
コーネルが不意を突かれたような顔をする。
「……あいつらとは生きる道が違った。それだけの話だ」
そう振り返った顔はまた、元のオオカミの顔だった。双子月の夜が明けたので元に戻ったのだ。
コーネルはまた背を向け、仲間とともに扉の奥へと消えた。
今回は短めなので明日また投稿します。
それで今回のエピソードは完結(の予定)です。




