白猫と虹の杖 その2
二話連続投稿の二話目です。
「二年待ちですか?」
僕がおうむ返しに声を上げると、受付の人は当然でしょう、と言いたげな顔でうなずいた。黒いとんがり帽子をかぶった、ふくよかなおばさんだ。紫色の口紅も化粧の匂いもむせかえるくらいに濃い。
僕は今、町一番のマジックアイテム作りの工房『黒紡の針』に来ている。『黒紡の針』は町の真ん中、領主の館の近くに構えている。銅製らしき、杖をくわえたカラスの絵が屋根から吊ってある。マジックアイテムの工房を意味する看板だ。
入り口はとんがり屋根の小屋みたいな形なのに、その後ろは倍以上もあるに石造りの建物がそびえている。まるでかたつむりのようだ。扉の前には槍を持った警備の人が二人、立っていた。
値踏みするような視線を浴びながら小さな木の扉を開けると、カウンターが一つきりのさびしいたたずまいだけれど、奥からは槌を打つ音や、じゅっと蒸発する音、何かを煮込む音が聞こえてくる。
「マジックアイテムを欲しがる人は世界中あちこちにいますからね。それも外の露店に出ているようなまがいものや粗悪品じゃあありません。マッキンタイヤーでも有数の名人たちが作る一級品です。毎日毎日寝る間も惜しんで作っても追いつかないんですよ」
「でもマジックアイテムって高いんでしょう?」
そんなお金持ちが何千何万もいるとは思えない。
「ええ、ですから一度に何十個もご依頼されるんですよ」
たたでさえみんな欲しがる上に、依頼する人が一度にたくさん注文するから、余計に時間がかかってしまうらしい。
どうやら考えていた以上にマジックアイテムを手に入れるのは大変なようだ。別に急ぐ旅でもないし、何か目的があるわけでもないけれど、同じ町に二年もいるのは退屈だ。僕はもっと世の中を見て回りたい。
「それでは、依頼の方はいったんおいておきます。その代わりといっては何ですが、グリゼルダさんに会いたいのですが」
「グリゼルダならここにはいませんよ」
受付の人はさらりと言った。
「腕はいいんだけど、変わり者でしたからねえ。もう二年も前に辞めて、今は家に引きこもってますよ」
「お家の場所はわかりますか?」
「さあ。確か、クロゴケグモ通りの辺りだったかと……」
工房の中に正確な場所を知っている人はいないか聞いてみたけど、おばさんは首をひねるばかりであまりいい顔をしなかった。忙しいのに辞めた人のことで時間を使いたくない、って感じがしたので僕はお礼を言って店を出た。
その後、道を歩いている人に場所を聞いて、クロゴケグモ通りに向かう。工房から南東へ三十分ほど歩いた下町の一角のことらしい。
クロゴケグモ通りは建物と建物の間が狭い。建物にさえぎられて日差しが入らず、昼間だというのにひどく薄暗い。二人並んで歩けば、壁に肩がぶつかってしまいそうだ。
道にはゴミが落ちていて歩きにくい上に、じめっとした洗濯物が道いっぱいに干してあるものだからよけいに視界が悪くなっている。
暗くて細い道が不規則に、しかも四方八方に広がっている。おかげで普通の石畳の道がまるで黒くとがった脚のように見える。クロゴケグモ、とはよく言ったものだ。
どうやら貧民街というところのようだ。
たった一人を探すのは大変そうだけど、何とかなるだろう。僕はおにごっこの名人だからね。
路地で寝ている人に話しかけたり、僕のカバンを盗もうとした人をとっちめたり、僕に刃物を向けてきたガラの悪そうな人を気絶させて壁に立てかけたりしながらグリゼルダさんの家を探して回る。やっとのことで見つけたのは昼近くになってからだ。
古着屋と骨董屋の間にある二階建ての四角い箱のような家だ。扉には針と木靴の絵が、炭で描いてある。工房の看板の代わりなのかな。でも、マジックアイテム工房の看板とは違うみたいだ。どうなっているんだろう?
ドアノブには古びた『閉店』の木札が吊ってある。扉の横には跳ね上げ式の窓もあるけど、閉まっていて中は見えない。
あんまり繁盛してないのかな、と思ったけれど、今は関係ないので三回ノックした。
「すみません、グリゼルダさんはいますか?」
返事はない。もう一度ノックしようとした時、扉の横の窓がかすかに動いた。誰かがこちらを覗いているのだ。
「やあ、こんにちは」
話しかけると、僕を見ていた目が子ネズミのようにあわててひっこむ。ダークブラウンのきれいな瞳だった。
もしかして、今のがグリゼルダさんかな? けど少し子供っぽかったような気もする。
もう一度ノックをすると、かんぬきを外す音がして、扉がゆっくりと開いた。
「誰……?」
扉の隙間から現れたのは、僕と同じ年頃の女の子だった。切りそろえた前髪、背中まで伸ばした黒い髪に、クルミみたいな丸い瞳、背は僕の鼻先くらい。体つきはきゃしゃだけど丸みがあって女の子っぽいしなやかさが体の線に出ている。
見た目だけじゃなくって、声もまるで透明なガラス細工みたいにきれいだ。
「ねえ、誰なの?」
女の子の声ではっと我に返る。いけないいけない。またぽーっとなってた。せきばらいをして気持ちを切り替える。
「ええと、僕はリオ。旅の者です。その、グリゼルダさんにお会いしたくて来ました」
「あらそう、残念ね」
女の子は僕をじろりとにらみながら言った。
「ママなら東の海の西ロンドゲル島のルイカパ湖にいるカリエボンバ鳥を探しに行ったわ。そうね、あと五十年は戻らないんじゃないかしら」
「そいつは長いなあ」
女の子はグリゼルダさんの娘さんのようだ。もちろん彼女の言うことを真に受けるほど僕はぼんやりさんじゃない。
「で、グリゼルダさんはどこにいるのかな」
「帰ってって言っているでしょ! ママはアンタたちなんかの言うことなんか聞かないわ」
アンタたち? 彼女は何か勘違いをしているようだ。
「えーと、僕は一人だよ。昨日この町に来たばかりなんだ。だから……」
「ウソ! どうせアンタもママの力が欲しいんでしょ! 帰りなさいよ! 絶対に入れないから」
女の子は扉の隙間から両手を前に突き出して、僕を押し出そうとする。参ったな。僕の話を聞いてくれそうにない。もちろん、僕は女の子に押し出されるほどやわじゃないけれど、ムリヤリ押しのけるのもかわいそうだ。
「このっ! このっ!」
女の子はちっちゃい手を僕の胸に当てて、必死な面持ちで僕を押し返そうとしている。白い歯を食いしばり、頬に赤みがさしている。とても一生懸命なのだろう。でも皮鎧ごしだから全然痛くない。むしろマッサージみたいでちょいと気持ちいいくらいだ。それがこんなかわいい女の子がやっていると思えばなおさらだ。指先もきれいで柔らかそうだし……うん、いや、参ったなあ。ふへへ。
「なに騒いでいるの?」
家の奥から声がした。女の子の肩越しに家の中を覗く。古びた木のカウンターの奥に階段があって、そこから寝間着姿の女の人が現れた。歳の頃は三十歳を少し過ぎたくらい。寝ぼけ眼で、黒い髪の毛も寝ぐせがついている。もっと大人びているけれど、女の子に顔立ちがよく似ている。
「ママ、出てきちゃダメよ!」女の子は扉の前で両腕を広げたまま、首だけ後ろを向いて声を上げる。なるほど、あの人がグリゼルダさんか。
「大丈夫よ、そんなカワイイ子を使いにするような気の利いた連中じゃないわ」
「そんなのわかんないじゃない! この前だってケガ人が出たなんて言ってママをおびきだそうとしてたじゃない。あいつらときたらまるで……」
「えーと、よろしいですか」長くなりそうなので、気は進まないけれど親子の言い争いに口を挟むことにした。
「僕はもう十五歳です。この国ではオトナと認められている年齢です。なので、『カワイイ子』なんて言葉は正しい使い方ではありません」
「どうでもいいわよ、そんなこと」女の子がまた僕の方に向き直る。
「いや、大切なことだよ。ちっちゃな子をあやすみたいにオトナの頭をなでるのはとても失礼なことだと思わないかい?」
「えーと、そこのボウヤ……じゃなかったそこの素敵なジェントルマン」
今度はグリゼルダさんが僕たちの会話に割って入ってきた。
「どうも君の話し方、私の知り合いにすっごく似ているんだけど。もしかして……」
「ええ、そうです」僕はにっこりとうなずいた。
「僕はリオ。アイラの息子です」
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次回は8月27日午前0時の予定です。