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見えない王子様 その15

 どうやら下の階でスチュワート殿下と合流したらしい。僕が戦っていると聞いて駆けつけたという。物音から察するに、コリンズ君やほかの騎士様たちは倒れた人たちの救助に当たっているようだ。


「お前一人か、あの賊はどうした?」


 ウィルフレッド殿下が心配そうな声を上げる。声の向きが変わるから、あちこち顔を向けて用心しているようだ。


「殿下のお部屋は変わりませんでしたか?」

「部屋? さっきの穴のことか?」


 ふしぎそうな声が返ってきた、殿下たちの方には何の異常もなかったようだ。


「とにかく、さっさと戻って来い。お前は俺の護衛なのだからな」

 スチュワート殿下に手を引っ張られる。声と手ですぐにわかる。


「すみません」

 僕はあやまりながらその手を外す。


「僕は行かなければなりません。スノウが待っていますから」

 僕は自分の肩を指さす。


「いなくなったのか?」

「そういうわけですので、失礼します」

「待て」

 僕の前に立ちふさがったのは、ウィルフレッド殿下だ。


「さっきから妙だと思っていたが、まさか目が見えないのか?」

 気づかれたか。黙っていればばれないと思ったのに。


「夜ですから見えにくいだけですよ」

「ウソをつけ!」

 目の前に何か突きつけられる。手かな。


「何本だ?」

「三本」

 気配ですぐわかる。


 今度は何かを拾っているようだ。


「これが何かわかるか」

「バラですね」

 さっき落ちているのを見た。


「何色だ?」

「……」

 これは参った。赤と白のどっちかだと思うけれど、さすがに区別はつかない。


「なめれば多分、わかると思いますけど」

「やはりか」

 声からがっかりしたような感情が伝わってきた。仕方がないのでジェラルドの術にやられたと素直に報告する。


「そういうことですので、僕はこれで」

 のんびりしているヒマはない。


「待て、どこへ行く気だ?」

 ウィルフレッド殿下が前に回り込む。


「行ったはずですよ、スノウがいなくなったと。おそらくジェラルドに捕まったんです。助けに行かないと」

「バカか貴様、目が見えないのにどうやって戦うつもりだ」

「関係ありません」


 確かに目が見えないのは大変だ。ある程度は気配で探れるけれど、やはり慣れない分、時間も掛かる。アップルガース村のホレーショーおじさんのようにはいかない。そこいらの素人ならともかく、ジェラルドのような強い相手には命取りになる。だからといって、スノウを放っておく理由にはならない。


「目が見えなくっても足が動かなくっても、僕は行きます。行くしかない……いえ、行きたいんです」

 とおせんぼしている殿下を押しのけ、壁づたいに歩く。


「死ぬぞ!」

「死にますよ」

 背を向けながら僕は言った。


「スノウにもしものことがあったら僕の心が死ぬんです。今度こそ(・・・・)


 返事はなかった。代わりに、わずかに口ごもったようなつぶやきが聞こえた。意味のある言葉ではなかったけれど、説得出来ないくやしさとか、もどかしさが痛いほど伝わってきた。


「ま、待て!」

 今度はスチュワート殿下が声をかけてきた。


「忘れたのか? お前は俺の護衛だぞ」

「さっきもおうかがいしました」

 記憶力はいい方だ。


「これ以上の好き勝手は許さんぞ。戻って来い」

「でしたら依頼は失敗という事で構いません」


「ふざけるな! そんな勝手が許されると思っているのか。貴様、いつから俺より偉くなった!」

「リオさん」

 足音とともにコリンズ君が近付いてくる。


「大切な猫がいなくなって、焦る気持ちはわかります。ですが、その目では誰も助けられません。誰も何も守れません。ここは落ち着いてチャンスを待ちましょう。短気はいけません」

「そうだね。君の言っていることは正しい」

 僕は振り返った。


「でも、今の僕には『正しい』より『大切』の方が大事なんだ」

 手探りでそれをつかむと両手で何とか外し、コリンズ君の方に放り投げた。

 あわてたような声がしたけれど、落ちた音がしなかった。うまく受け止めてくれたようだ。


「預かっておいて」

 冒険者ギルドの組合証がなくなったら、これからお金を稼ぐのに困るだろう。でも後悔はしない。食べるだけなら狩りでも何でもできる。でもスノウの命は一つきりだ。


 意地を張っているわけではない。今の僕は目が見えないけれど、現実は見えている。お城に閉じ込められて、その上周りは魔物だらけ。魔法で逃げることも助けを呼ぶことも出来ない。待っていて何が変わるというのだろう。いたずらに時間が過ぎるだけだ。その間に、ジェラルドの気紛れでかわいらしくもいたいけなスノウは命を散らすかも知れない。


 ふしぎな力を持つスノウならとっくに僕の腕の中に戻って来ているはずだ。けれど今はそうなっていない。力が尽きて使えなくなっているとか、気を失っているとか、ジェラルドに何かされたとか、出来ない理由があるからだろう。だったら、僕が迎えに行かなくちゃいけない。


「スノウは僕の『大親友』だからね」

 ではこれで、と手を上げて僕は先へと進む。


 コリンズ君がもう一度呼び覚めたけれど、僕は聞こえなかったふりをした。誰も追いかけては来なかった。


 廊下を歩いていると空気の流れが変わった。階段に出たようだ。さっき殿下たちと話しているうちに、思いついたことがある。

 さっきジェラルドは言っていた。


「先を越されたか。なんとしても行かせたくないってわけか。必死だな」


 この言葉からわかるのは三つ。ジェラルドはこのお城を作った人物を知っている。その人物はジェラルドとまた別の『誰か』を合わせたくない。そして、その『誰か』はこのお城の中にいる。


 問題はその『誰か』だけれど、僕には心当たりがある。両殿下以外で、ジェラルドが付け狙いそうな重要人物といえば、そう、サザートン侯爵家のモーリン姫だ。


 もしジェラルドがモーリン姫を狙っているとすれば、今どこにいようと、三階へ向かうはずだ。先回りすれば追いつける。スノウがジェラルドに捕まっているならそこで取り返すチャンスもあるはずだ。


 ……ああ、気づいているよ。全部「もしも」とか「もしかしたら」って話ばかりだ。証拠なんかありゃしない。それこそ、狙われているのはまったく別の人かもしれない。スノウだって、ジェラルドから逃げおおせて迷子になっているだけかもしれない。『理由はスライムのように現れ、形を変えられる』ということわざのとおりだ。


 でも今の僕にはそれしかない。たとえか細い道だってそこがスノウにつながっているのなら僕は行く。それだけだ。


 手すりをつかみながら階段を登る。踊り場を越えてもうすぐ三階というところで足下が急にぐらついた。落ちていた何かを踏んだと気づいた時には後ろに倒れかかっていた。


「危ない!」

 切羽詰まった声とともに、誰かが駆け寄ってくる。僕の手がぎゅっとつかまれる。倒れそうになっていた体がぴたりと止まる。それからぐい、と前に引き寄せられ三階へとたどり着いた。


「いや、危なかったね。大丈夫、リオ」


 僕の顔をのぞき込む気配がする。

 呆然とする僕の耳に飛び込んできたのは、スーの声だった。

 

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