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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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白猫と虹の杖 その1

本日はより第三話「白猫と虹の杖」始まります。

今回は二話連続投稿です。

二話連続投稿の一話目です。

 

   第三話 白猫と虹の杖


 

 季節も移り、街道には黄色や白や赤の花弁より生き生きとした緑の草や葉が目立つようになってきた。暦も花咲月から万緑月に変わろうとしていた。


 朝日が昇ると同時に、宿屋の庭に出る。

 マッキンタイヤーの町にある『歌う赤山羊亭』だ。昨日の夕方から泊まっている。


 柵囲いの庭には、洗濯ものを干すヒモも張ってある。ジャマにならないよう庭のすみっこに移動すると腕や足を曲げ伸ばしして、体を温める。いきなり体を動かそうとすると、体を痛めてしまう。


 今の僕は黒い半袖のシャツに、ベージュのズボンだけだ。カバンもマントも鎧も宿の部屋に置いてある。柵に背を向け、昨日街道脇のビワの木から削り出した木剣を握り直し、素振りを始める。最初は軽く上から下へ振り下ろす。慣れてきたら右から左、下から上、右上から左下と、剣筋を変えていく。


 空気を切る音が小刻みに鳴り響く。ふむ、なかなかいい感じだ。調子が出てきたので剣の速度を上げる。

 鎖でも振り回しているような音が立て続けに起こる。

 二百回ほど振って感じがつかめてきたので、今度は敵と戦うことにする。


 といっても練習相手を連れて来るわけではない。道行く人にケンカを売るわけでもない。

 頭の中で戦う相手をイメージして、本当に戦っているように剣を振るのだ。ジェフおじさんから教わった練習法だ。


 今から戦う相手は、この前戦った竜牙兵だ。

 僕の目の前では三本角を生やした、ひょろひょろのやせっぽちが剣と盾を構えて僕をにらんでいる。


 白い盾を頭上に掲げ、骨だらけのひざをかがめると、牙を鳴らして剣を振りかぶる。

 僕は紙一重で斬撃をかわすと白い盾をすり抜け、横から額をかち割る。からんと音を立てて竜牙兵が崩れ落ちる。


 続いて二体目、三体目がおそいかかってくる。ダドフィールドの街では二本角と合わせても二十六体で打ち止めだったけど、出どころはブラックドラゴンの牙ではなく、僕の頭の中だからいくらでも出すことができる。

 僕は剣を振り回し、次々と打ち倒していく。


 思えば僕は旅に出てから……いや、母さんが死んでから、ろくに練習をしていなかった。ジェフおじさんによると、人間の体というのはとても忘れっぽくできているそうだ。練習を怠けていると、すぐに腕前は落ちてしまう。だから毎日の修練が大事なのだと言い聞かせるように話してくれた。


 きっと僕の腕は僕が考えていたより落ちていたのだろう。この前、あんなやせっぽちにへまをやらかしてしまったのもそのせいに違いない。


 だから早朝の練習だけでも再開することにした。なまけていては、腕もにぶる一方だ。

 旅には危険がつきものだし、今後も旅を続けるからには腕をみがいておくべきだ。

 僕は剣をふるい、なぎ払い、竜牙兵を倒していく。 


 二百体目までは順調だったけれど、そこから徐々にペースが落ち始めた。息も乱れはじめると、腕もだるくなり、意識も遠くなり、とうとう三百九十九体目に噛み殺されてしまった。

「あー、やられたあ」


 柵にもたれながらへたりこむ。朝日はすっかり昇り切っていた。

 額の汗を手の甲でぬぐいながら呼吸を整える。


 うーん、やっぱり怠けていたせいか、思っていたよりうまくいかなかったなあ。

 五百体はいけると思っていたんだけれど。

 体力的にはまだいけるけれど、今日はこのあたりで切り上げることにする。


 まだ朝ご飯も食べていないし、これから出かける用事もある。

 息が落ち着いてから部屋に戻って汗を拭き、身支度をした。それから宿で出された白パンと豆のスープを食べた後でマッキンタイヤーの町に出た。


 今朝のような剣の練習はこれからも続けていくつもりだ。

 でも、練習は毎日の積み重ねであって、すぐに強くなれるものじゃあない。


 僕の『贈り物(トリビュート)』は便利だけど、欠点もある。その一つが人前では使いにくいことだ。

 目の前で使ったら、みんなからは僕が急に姿を消したように見えるだろう。下手をすれば僕の力の秘密がばれてしまうかもしれない。


 悩んだあげく、僕にはいい考えを思いついた。

 マジックアイテムだ。


 マジックアイテムは名前通り、魔法のこめられた道具のことだ。それを使うと魔法使いでなくても火を出したり風をおこしたりと、魔法と同じ力をふるうことができる。マジックアイテムは古代の遺跡から発掘されることもあるけれど、たいていはマジックアイテムを作る専門の魔法使いに作ってもらう。


 マジックアイデム作りの魔法使いのことを『付与魔術師エンチャンター』という。

 『付与魔術師エンチャンター』は魔法の道具を作るだけでなく、普通の指輪や杖に魔法を込めることでマジックアイテムにすることもできる。


 僕は、僕の杖をマジックアイテムにしてもらおうと考えている。

 便利なのはもちろん、『贈り物(トリビュート)』の力をごまかせるという利点もある。僕が特別な力を使ってもみんな「ああ、マジックアイテムの力なのか」と思ってくれるだろう。


 新しくマジックアイテムを手に入れるという方法もあるけれど、いつも使っているものをマジックアイテムにした方がいい。その方が、不意の時にもいちいち持ち直したり、カバンから引っ張り出す必要もない。


 マジックアイテムにしてもらうには、大金が必要だと聞いている。金貨をたくさん積まないといけないそうだ。


 この前までならムリだったけれど、僕の懐は今、ちょいと温かい。

 ブラックドラゴンの体は一部だけでも高価で取引されている。冒険者ギルドの換金所に持っていけば、鱗一枚だけでも金貨十枚から二十枚で買い取ってくれる。おかげで僕は暖かくて柔らかいベッドで眠ることができた。


 ダドフィールドのギルド長にも渡したけれど、ブラックドラゴンの爪や牙や鱗はまだカバンの『裏地』にたくさん入っている。こいつをさばけば、マジックアイテムにしてくれるだけのお金は作れるだろう。


 作ってくれる『付与魔術師エンチャンター』のあてもある。マッキンタイヤーは、マジックアイテム作りがさかんな町だ。その中でも町一番の名人という『付与魔術師エンチャンター』がグリゼルダさんといって、母さんの友達でもある。


 グリゼルダさんと母さんは僕が子供のころから、何度か手紙のやり取りをしている。グリゼルダさんがここに住んでいることは昔、母さんから聞いていた。母さんの友達だというなら母さんのことも話しておきたい。マジックアイテムのことを抜きにしても一度会うべきだと思う。


 もう四年か五年も前の話なので、もしかしたら別の町に引っ越しているかもしれないけれど、その時はその時だ。


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価などよろしくお願いいたします。

本日はもう一話、投稿しております。

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