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見えない王子様 その8

後書きに告知があります。

 次の瞬間、スーの体が傾いた。槍の軌道はジェラルドの横を通り過ぎ、まるで見当違いのところをぶっ叩いていた。


 勢い余ってスーはつんのめって前のめりに倒れ込む。その拍子に槍が手元から離れる。その背中を見ながらジェラルドは勝ち誇った笑みを浮かべた。


 スーはよつんばいになって体を起こしたけれど、そこから動き出す様子はなかった。


 ダメージを受けた様子はないのに、まるで魂を抜かれたかのように呆然としている。あいつは一体何をしたんだ? よくわからないけれど、手の内がまったく読めない以上、うかつに飛び込むのは危険だ。


「当てが外れたねえ」

 余裕ぶった顔で、スーの目の前にある槍を蹴飛ばす。


「てっきりそこのボウヤが仕掛けてくるかと思ったんだけれど。こんなお嬢さんが相手とは」

「いえ、間違ってはいませんよ」

 僕は虹の杖を掲げた。


「今から仕掛けるところです」

 念じると、杖の『(コア)』が白く輝いた。魔法を放つと同時に僕は走り出す。


 ジェラルドがわずかに身構えたところで、眉をひそめた。


「これは……?」

 自分の周りを取り囲むように半透明の壁が張られているのに気づいたようだ。攻撃しようにも硬くて手が出せないだろう。『大楯(シールド)』にはこういう使い方もあるのだ。


 今はのんびり戦っている場合じゃないからね。


 前後左右にだけではなく、足下まで張り巡らせている。まさかとは思うけれど、地面からの攻撃という手もあるからね。


 その間にスーを脇に抱え上げると、反転してウィルフレッド殿下たちのところに戻って来る。


 振り返ると、ジェラルドは『大楯(シールド)』の内側でお手上げとばかりに肩をすくめているのが見えた。悪い想像のように魔法の壁を壊したりすり抜けるような攻撃も仕掛けてこなかった。ただ青い左目を細め、じっとこちらを見据えていた。


 これで逃げられると思うなよ、と警告するかのように。




「スー、大丈夫かい?」

 話しかけるけれど、返事はない。目は開いているし、息もしている。なのに目はうつろで、体を鳥のヒナみたいに縮こまらせている。


 一体何をされたんだ? まるで本当に魂を抜かれたみたいだ。気になるけれど、今は詳しく調べている余裕はない。『瞬間移動(テレポート)』で先に砦へと送り届ける。とりあえず、空き部屋のベッドに寝かせるとまた元の場所に戻ってくる。


「今のうちに砦に戻りましょう! もうここは限界です」

 顔だけ振り返れば、山から更に多くの魔物が詰めかけてきている。これ以上は戦えば、群れの勢いに飲み込まれてぺしゃんこにされるだけだ。


「全軍、撤退だ! 砦に戻れ!」


 ウィルフレッド殿下の号令で、近くまで駆けつけた兵士が命令を連呼する。中には武器や盾を打ち鳴らす人もいる。


 既に下がりつつあった兵士や騎士たちが一斉に砦まで駆け戻っていく。

 スチュワート殿下の軍も続けて砦へと下がり始めた。


「私たちも戻るぞ。ここは危険だ」

 騎士のスタウト様がうながすけれど、そうはいかない。


「スノウ? どこにいるの」

 愛らしくも誠実な親友の姿が見えない。さっきまで僕の肩に乗っていたのに、ジェラルドと戦う寸前に自分から飛び降りたのだ。


 いつもそうだ。スノウは僕が戦いやすいように気を遣ってくれている。かしこくて優しい子なのだ。

 いつもなら戦いが終わればまた自分から肩に乗りに来るのに。もしかして、この乱戦で魔物に踏みつぶされてしまったのではないだろうか?


 最悪の想像に気が遠くなりそうになるのを歯を食いしばってこらえる。ここで気を失ってもスノウは戻って来ない。とにかく探さないと。


「『失せ物探し(サーチ)』」

 いた。この反応は……魔物の群れの中だ。きっとはぐれて迷子になっちゃったんだ。


「スノウ、今行くから!」

「おい、何をやっている!」


 駆けつけようとしたらウィルフレッド殿下が苛立たしそうに僕の手を引っ張る。


「先に戻っていて下さい。スノウを見つけてから戻ります」

「バカを言うな! ここにいたら踏みつぶされるぞ!」

「ご心配には及びません」

 手を振りほどくと、虹の杖を持ち上げながら僕は言った。


「僕にはこれがあります。それに、前にも申し上げたとおり、かくれんぼとおにごっこは村一番ですから」


 魔物の大群なら前にもマッカーフォードで『大暴走(スタンピード)』を経験している。あの時に比べたらなんてことはない。いざとなったら『瞬間移動(テレポート)』ですぐに逃げ出せる。だから僕は平気だ。心配なのはスノウだ。


 少しでも流れを食い止めるために『麻痺(パラライズ)』を魔物の群れに浴びせるけれど、数が多すぎてダメだ。動けなくなった仲間を踏み越え、踏みつぶして向かってくる。荒れ狂った叫び声や唸り声、足音が空気をふるわせて、目の前で大きなタイコを叩き続けているみたいだ。鼻がひん曲がるような血と獣のにおいも入り混じって気分が悪くなりそうだ。


「見ろ、ここはもうダメだ! 早く来い」

「逃げるならお先にどうぞ。僕はスノウを見つけてから戻ります」

「いい加減にしろ!」


 何故か怒った様子でウィルフレッド殿下がつかみかかってきた。その手をひょいとかわすと、足を滑らせてよつんばいになる。スタウト様たちがあわてて助け起こすけれど、僕はその間もずっとスノウの名前を呼ぶ。けれど魔物がうるさくって僕の声すらよく聞こえない。


「命を粗末にするな! たかが猫一匹と一緒に死ぬつもりか?」

「スノウは僕の親友です」

 見捨てるという選択肢は僕にはない。僕はスノウと一緒にいたいんだ。


「ですから、僕のジャマをしないで下さい」

 そのためなら、誰であろうと容赦はしない。



 ぷい、と殿下から顔を背ける。別に照れ臭いからでも気まずいからでもない。胸の奥底から湧き上がる苛立ちを、危ないと思ってしまったからだ。スノウにもしものことがあったら、僕は僕が何をしでかすかわからなかった。


「にゃあ」

 聞き覚えのある声に反射的に振り返る。見たかった姿にほっと胸をなで下ろす。


「スノウ!」

 急いで駆け寄ると抱き上げる。


「ああよかった。君にもしものことがあったら僕はどうにかなってしまいそうだったよ」

 頬ずりしながら再び出会えた奇跡と幸運と恩寵に感謝を捧げる。


 少し汚れているけれどケガはなさそうだ。念のため『治癒(キュア)』をかけておこう。


「にゃあ……」

 心配かけてごめんなさい、とばかりに僕のほほを赤い舌でなめる。くすぐったいな。


 魔物の大群から抜け出してきたのか。さすがはスノウだ。かしこくってすばしっこくって、ええとそれから……とにかく最高だよ!


「……」

 気がつけば、ウィルフレッド殿下たちがぽかんとした顔で僕たちを見ていた。


「ああ、すみません。お騒がせしました。それでは砦に戻りましょう」


 殿下は返事をしなかった。くやしそうな、納得がいかないって顔をしながら僕に背を向け、再び撤退の号令を出した。




「ひぃ、ふう……どうやらこれで全員かな」

 砦に戻ってきた人数を確認する。逃げ遅れた人は、さっき『瞬間移動(テレポート)』で回収してきた。ケガも治しておいたので命に別状はない。


 一安心、といきたいところだけれどそうもいかない。砦は完全に魔物に包まれていた。


 壁にまで押しかけへばりつき、よじ登ろうとしている。さっきから兵士たちが上から長い槍で突いたり、熱湯や大きな石を落として食い止めているけれど、落っこちた仲間を足場にしてまた別の魔物が這い上がってくる。僕もケガ人を治してから一番上の物見台に登って『麻痺(パラライズ)』のイカヅチを何発も落としている。でも、動きが止まるのはほんの一瞬だ。キリがないよ。


「どうしたものかな、スノウ」

 呼びかけてもスノウは肩の上でおねむの時間だ。さっき怖い思いをしたから疲れたのだろう。ムリもない。


「リオさん」

 下からコリンズ君がハシゴで登ってきた。


「決まった?」

 僕の問いかけに、申し訳なさそうに首を振る。


「ウィルフレッド殿下は退却すべきだとおっしゃっていますが、スチュワート殿下は最後まで戦うべきだと主張しておられます」

「倒す当てはあるのかなあ」

 あの数では僕でもムリだ。


「ですが、退却するにしてもやはりあの大群を突っ切るのは難しいかと」

 逃げる間に押しつぶされてぺしゃんこだ。


「とはいえ、ここに立てこもっていても中に入られるのも時間の問題みたいだし……」

 やっぱり僕が『瞬間移動(テレポート)』で一人ずつ逃がすしかなさそうだ。大変だけれど、命には代えられない。


「僕からも両殿下に話してみるよ」

 階段を降りようとした時、ふと奇妙な音が聞こえた、気がした。


 次の瞬間、目の前に光の柱が上がる。巨大な光の壁が砦を包んでいるのだ。光の柱に当たった魔物たちは白い灰になって散っていく。


「これは、魔法?」

 誰かがものすごい魔法を使ったのだろうか。でもそんなすごい魔法使いがいるだなんて聞いていないけれど。


 呆然と立ち尽くしていると、ものすごい音が聞こえた。続けて砦がぐらぐらと揺れ出した。


「まずい、地震か?」

 だとしたらスーが危ない。


 コリンズ君と一緒に、物見台から砦の中に入る。そこにはもっと異様な光景が広がっていた。


 石を積み上げただけの古めかしい廊下の壁が、生き物のように色を変え、姿形を変える。材質は石だけれどキレイで、鏡みたいにみがきあげられている。見た目だけではなく、分厚くてがんじょうそうなつくりに変わっている。しかも幅も倍くらいに広がっている。


「念のために聞いておくけれど」

 となりで僕と同じような顔をしているコリンズ君に尋ねる。


「この砦って、もしかして元々こういう感じなの? その、魔法のお家みたいな」

「いえ、正真正銘ただの砦です。だったはずなんです。こんなの、聞いたこともありません!」


 わけがわからないって感じで首を振る。何が起こっているんだ? いや、誰の仕業(・・・・)なんだ? 


 いつの間にか揺れが収まっている。僕たちのいる廊下はすっかり立派な通路へと様変わりしていた。角を曲がると、扇子を持った貴婦人が歩いてきてもおかしくない。


「ちょっと待ってて」

 コリンズ君に言い置いて僕は元来た階段を登った。中身が変わったのなら外観にも変化があるはずだ。


 物見台に出で、辺りを見下ろす。

 僕たちがいたのは古びて小さな砦だったはずなのに、大きくて立派なお城へと変わっていた。

大変申し訳ございません。

都合によりしばらく更新をお休みいたします。

再開は4月中旬から下旬の予定です。


今しばらくお待ちいただけますようお願い致します。

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