見えない王子様 その3
「それで、僕は何をすればよいのでしょうか?」
砦の前にはたくさんの兵士が戦いの準備をしている。
さすがに王子様直属の家来だけあって、装備も整っているし、数も多い。訓練で木剣や木の槍を振り回しているけれど、目がきらきらしていて、やる気も十分のようだ。僕の出番などなさそうに思える。もう帰ってもいいんじゃないかな。
「お前は俺の護衛だ」
背を向けようとしたところでスチュワート殿下が言った。
「必要ですか?」
「ここだけの話ですが」
僕の疑問にコリンズ君が周囲に目を配りつつ耳打ちする。
「演習に乗じて、スチュワート様を亡き者にしようと企てている者がいるようなのです」
「ははあ」
きっとウィルフレッド殿下を王様にしたい連中だろう。殿下本人はいい奴だけれど、家来みんなが善人だとは限らない。力ずくでもめざわりなスチュワート殿下を取り除こうとしているのだ。
「心当たりは? 怪しい奴とか」
「こいつ以外はみんなそうだ」
スチュワート殿下はコリンズ君をあごで指すと、いまいましそうに言った。
「誰が俺の命を奪いに来てもおかしくない」
「ご学友はどうされました?」
この前はべったりと殿下にこびへつらっていた連中の姿が見えない。
「あれこそ信用ならん。命惜しさに俺を売り飛ばそうとするに決まっている」
だろうなあ。
そうでなくても、お金をもらったとか、家族を人質に取られたとか、人を操るには色々な方法がある。弱みを突けば、忠実な兵士を殺し屋に変えられる。黒幕はきっと王都のどこかで成功の報告を今か今かと待ちわびているに違いない。腹立たしい話だ。
「わかりました」
さすがに見殺しには出来ない。あとで怪しい奴がいないか見回っておこう。素振りを見せたら動けなくすればいい。
「それで報酬はいかほど? ああ、家来にしてやるとかそういうのはなしで」
「お前が欲しいのは金ではないだろう。護衛をするならお前の好きな……」
「女の子をお嫁さんにくれてやる、というのなら僕は今すぐ護衛をやめます」
最後まで言われる前に先手を打っておく。
「……猫をくれてやろう」
女の子じゃなかった。勝手に勘違いをして、恥ずかしい。
「白でも黒でも茶でも灰でも好きな毛色を何匹でもくれてやる。どうだ?」
僕の好みに合わせるあたり殿下も成長したようだ。
たくさんのかわいらしい猫に囲まれて暮らす。素晴らしい。むしろ猫がいればそこが楽園だ。なので多分、天国は猫だらけだ。今頃母さんはくしゃみだらけかも知れない。
「お気持ちは大変有り難いのですが、遠慮しておきましょう。まあ、金貨の何枚かでもいただければそれで」
僕は旅人だから、多くの猫は飼えない。旅の途中でケガをしたり死んでしまったらかわいそうだ。猫に囲まれて暮らす生活は、いつかアップルガースに戻ったときのお楽しみにしておこう。決してスノウが耳をかんでいるからではない。
「成功報酬で構いません。とりあえず期間は演習が終わるまで、ということで」
「……わかった」
口では了解したけれど、スチュワート殿下の顔は不服そうだ。
「前にも申し上げましたよ。『理想をかなえたいのならまずは家来を大切にするべき』だと。コリンズ君とヘンリエッタさん以外に家来は出来ましたか?」
「今、それが何の関係がある」
「僕だって四六時中殿下と一緒、というわけにもいきません。味方は多い方がいい。一人でやれることは限界があります」
コリンズ君を側に置いているのは成長の証だけれど、やっぱり数が少ない。ウィルフレッド殿下に対抗したいのなら信頼できる味方を増やしていくのが一番だ。
「お前は……なんでもできるじゃないか」
なんだかうらやましそうな顔だ。
「僕は一人ではありませんから」
肩の上のスノウをなでる。事実、旅に出てから何度も危ない目にあってきた。スノウのふしぎな力がなかったらどこかで命を落としていたかも知れない。
「この子がいるから、僕はがんばれるんです」
「にゃあ」
愛らしいスノウをなでてあげると、何故かコリンズ君がスチュワート殿下のひじをつついた。
「よ、よく見れば!」
殿下が急に大声を上げる。おどかさないでよ。
「なかなか、かわいらしい猫ではないか! うん、これならば、王宮にいてもおかしくはないな!」
一体どうしたのだろう。確か、スチュワート殿下は猫が嫌いだったはずだ。それなのに、急にスノウをほめるだなんて。声も上ずっているし、目線もきょろきょろしていて、なんだかムリヤリ言わされているみたいだ。ほめられてもうれしいどころかとまどってしまう。スノウがかわいらしいのは事実だし、言っていることはその通りなのだけれど。
「どうれ、こっちへ来い。な?」
スノウをなでようと手を伸ばす。どうしようかと思っていたらスノウが僕の背中にかくれてしまった。爪を立てて僕のマントにへばりつく。
あ、とスチュワート殿下が残念そうな声を上げる。
「何か悪いものでも食べましたか?」
「……もういい!」
ぷい、とそっぽを向くと、大股で砦の中へと向かう。コリンズ君は申し訳なさそうに殿下を追いかける。
何だったんだ、一体。
「うまくいかないではないか!」
砦には小さな部屋がいくつかある。その一室に入るなりスチュワート殿下がコリンズ君を怒鳴りつける。いきなりだったので、続いて入った僕までびっくりしてしまった。もちろん、『贈り物』を使っているから気づかれることはない。
「いいえ、あれで良かったんです」
怒られているのに、コリンズ君は平気な顔だ。
「姉さんも言っていました。リオさんのような人は剣術や強さをほめてもうれしいとは思いません。強いのが当たり前だからです。むしろ言えば言うほどお世辞だと警戒されるだけでしょう」
そんなことはないんだけどなあ。もっと強い人はたくさんいるから素直に喜べないだけで。
「ですから、そういう方は持ち物や周りの人をほめるべきなんです。いい武器ですね、とか。素敵なお母さんですね、とか。自分へのほめ言葉は用心しても周りのモノや人には存外、警戒心が薄くなると」
なるほど、ヘンリエッタさんの入れ知恵か。僕とスチュワート殿下を仲良くさせるために、コリンズ君を通して伝えたのだろう。
「だからと言って猫なんか……」
「リオさんがあのスノウという猫を大切にしているのは殿下もご存じでしょう。いきなりだったからおどろいただけで、悪い気はしていないはずです」
「そうか?」
そうだよ。
「うれしかったよね?」
肩に乗っているスノウに呼びかけると、退屈そうにあくびをした。スノウ本人にとってはただのおべっかにしか聞こえなかったようだ。
「根気よく続けていけば、リオさんも殿下に心を開くことでしょう」
「悔しいがあいつの強さは本物だ。あいつを家来に出来れば、たいていのことは何とかなる。ウィルフレッド如きに遅れは取らん」
僕に何をさせるつもりなのだろう。もしかして魔物を倒して自分の手柄にしようと考えているのかな。
「……『勇者』になるのは、俺だ」
スチュワート殿下は思い詰めた顔でつぶやいた。『勇者』ねえ。勇ましいのはいいけれど、あんまり危険なマネはして欲しくないな。コリンズ君の苦労も考えてよ。
僕は部屋を出た。砦の中や兵士や騎士の様子を見回りながら怪しい奴がいないかチェックすることにした。
この砦は石造りの建物を八角形の分厚い壁がぐるりと囲っている。壁の上はところどころ広くなっていて、上から見下ろしたり兵士を集めたりできるようだ。壁の南側は門になっていて、鉄の格子扉が砦の内と外をへだてている。
『失せ物探し』使った限り、砦の中には怪しい人はいないようだ。あとは外だな。
壁のそばではやはり兵士たちの訓練が続いている。特に門の前では一番大きな人の輪が出来ている。鎧兜をつけた兵士たちが木剣で戦っている。
クマのように大きな兵士に向かって、小柄な兵士が突っ込んでいく。でも勢いはあるけれど動きが真っ直ぐすぎて、読みやすい。まるでイノシシだ。大きな兵士にあっさり見切られて、吹き飛ばされる。
けれど、何回転がされても倒されてもすぐに立ち上がって向かっていく。がんばっているなあ。
「もうこのくらいにしておいたらどうだ?」
大きな兵士が言うとおりだ。小さな兵士はもう体力の限界なのか、肩を上下させながら荒い息を吐いている。
「まだまだ!」
高い声で答えると雄叫びを上げて突っ込んでいく。けれど、あれでは何回やっても同じ事だ。大きい兵士にかわされると同時に、すきだらけの頭上に横殴りに叩き付けられる。転がると同時に、小さい兵士の兜が飛んでいく。
「あれは」
僕は目をみはった。兜が吹き飛んだのも構わず、立ち上がって剣を拾ったのは僕と同い年くらいの女の子だ。




