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迷宮と竜の牙 その15

今回で第二話「迷宮と竜の牙」完結です。

 カレンの家に着いた時、家にいたのはイアンだけで、カレンはまだ戻ってきていなかった。多分、冒険者のみんなと一緒に僕を探しているのだろう。でも、それだとゆっくり話もできそうにないので、帰ってくるまで家の前で待つことにした。もちろん『贈り物(トリビュート)』を使っているので、誰にも見つかる心配はない。さっきから家の前を冒険者ギルドの組合証を付けた人が行ったり来たりしている。


 もしかして、あのお金じゃ足りなかったのかなあ。

 カレンが自分の家に戻ってきたのは、日も暮れてしばらく経った頃だった。

 ギルド長とケネスと一緒だった。


「それじゃあな、見かけたらすぐに知らせてくれ」

「あいつが来たら適当に言いくるめて、引き留めておいてくれ。あいつには聞きたいことが山ほどあるんだ」

 ギルド長とケネスはそう言い残してまたギルドの建物のある方へ戻っていった。

 念のため百を数え、誰も見ていないことを確かめてから僕は『贈り物(トリビュート)』を止めて、扉をノックした。


「やあ、こんばんは」

 僕があいさつすると、カレンはとても驚いたみたいだけど、口を押さえ、声を立てないようにしてくれた。


 もう一度誰もいないことを確認してからカレンの家に入れてもらう。

 扉を閉めるなり、カレンが僕にしがみつくように詰め寄ってきた。


「リオ、あなた一体何者なの? あの強さ、普通じゃないわ。二十体もの竜牙兵をたった一人で倒すなんて、ありえない。それに昨日ギルドに行ったら『迷宮(メイズ)』が攻略されたって大騒ぎだったわ。その上、ギルド長に渡したあの大量の爪と鱗、なんなの、あれ。もしかして、あなたがブラックドラゴンを倒して『迷宮(メイズ)』を攻略したの?」


「悪いけど、今の質問で僕にできる返事はそう多くないかな」僕はなだめるような声音を作って言った。

「僕がドラゴンを倒せるようなこわもて(・・・・)に見える?」

「でもあの爪と鱗は……」


「拾ったんだよ、東門の近くで。もしかしたらまだ落ちているかもね」

 後半分はウソじゃない。さっきカレンの家に来る前に、鱗を何枚か、東門の辺りにいくつか置いておいたのだ。これでみんな、僕が東へ向かったと思ってくれるだろう。


「それで、君は何しに来たんだ?」

 奥の部屋からイアンが出てきた。白いシャツに紺色のズボンを着ている。

「橋の上の大立ち回りは聞いている。自分が追いかけられているのは知っているんだろう?」

「やあ、イアン。体の方はどうだい?」


「妹の後始末で忙しくってね。牢屋の中の方が、まだマシだったかな」

 あの部屋か、と僕は苦笑いする。

「君たちに話しておきたいことがあったんだ。一つはこの町を出ることにしたからお別れのあいさつをしにきた。ちょっと派手なことになって住みにくくなっちゃったからね」


「そんな!」と、カレンは信じられないって顔で言った。

「あなたは英雄よ。あなたがいなかったら、ギルドは……ううん、この町もひどいことになってたかもしれない。なのに……」

「やめてよ」


 竜牙兵が暴れたのは、僕のせいだ。ブラックドラゴンの牙をヘイルウッドに渡したからだ。言ってみれば、自分でこぼしたスープを自分で拭き取ったようなものだ。なのに、ほめられた上におだちん(・・・・)までもらおうなんて虫がいいにも程がある。僕はそんなあさましい人間じゃない。


「とにかく、短い間だったけれど二人に出会えてよかったよ。ありがとう。けれど、用件はそれだけじゃないんだ」

 僕は奥の扉を指さす。

「ちょっとイアンの部屋に入れてくれる?」


 イアンの部屋はまだ荒れていた。ちらかった衣服だとか、転がってた置物だとか、前のめりの倒れていたイスや机なんかはきちんと片付いていたけれど、壊れた壁や床や天井なんかはそのままだ。だから壁にはまだでっかい布が貼ってある。


「ひどいもんだろう? これが実の妹のしわざかと思うと泣けてくる」

「もう、兄さんたら」カレンがぽかりとイアンの肩を叩く。うんうん、仲が良さそうで何よりだ。

「僕の話というのはね、君たちのお父さんの件だよ。例のブラックドラゴンの牙のね」

 イアンが顔をしかめる。


「カレンから聞いたよ。あれならただのホラ話だろ? 下らない見栄を張ってくれたせいで、俺たちがとんでもない目に……」

「お父さんはウソをついてないと思うよ。ブラックドラゴンの牙は本当に手に入れたんだ。……ここにね」

 と、僕は壁に掛かっている布を指さす。


「このマントが? でもこのマントに牙を隠せる場所なんて……」

「これはね、マントじゃないんだよ」

 僕はイスを引き寄せると、イアンの了解を得て上に乗り、大きな布を留めている釘を外す。腕にいっぱいの布を抱えると、そいつを床に広げる。


 初めて見た時から奇妙だと思っていたんだ。マントにしては、ボタンを留めるところや布を縛るところが四隅全部に付いている。おまけにすその裏地にはヒモまで縫い付けてあるのだ。だとしたら、これしかない。

 四隅の角を真ん中に集め、ボタンで留める。これでヒモをひっぱれば……。

「ほら、袋のできあがりだ」


 目の前にできたのは口のすぼまった、大きなずだ袋だ。

 それから袋の口の辺りをカレンに向かって差し出す。

「手を入れてみて」

 僕が取り出してもいいけれど、ひょっとしたら取り出せるのはカレンたちだけかもしれない。

「え、ええ……」カレンがおっかなびっくりという様子で手を入れる。手首まで入れた時、はっと息をのんだ。


「え、これって……」

「手を離さないでね」

 僕はカレンの手をつかみ、一緒に引っ張り出す。ごとん、と重たい音が床に響く。


 袋の中から出てきたのは大きな牙だった。

「これって……」

「この袋はね、魔法のカバンだったんだよ」


 僕のカバンの『裏地』と同じだ。別の世界につながっていて、見た目以上に物が入るようになっている。

 きっとこいつがエイブラムさんが古代の遺跡で手に入れたという魔法の袋だ。エイブラムさんは牙を見つけた時にも、この袋を持っていた。当然、袋に入れて持ち帰ろうとしたけれど、運悪く盗賊に出くわしてしまった。ブラックドラゴンの牙はもちろん、魔法の袋もとても貴重なものだ。このままだと袋ごと牙を奪われてしまう。だからエイブラムさんは袋を解体し、マントのように見せかけた。そうして盗賊の眼をごまかしたに違いない。


「でも、それならどうして……」

「本当はすぐにでも袋に戻したかったんだろうけど、牙を狙っている奴がいたからね。うかつに話せば君たちまで狙われると思ったんだろう。だから、牙を入れたまましばらくはマントにしておいたんだ。盗まれた、なんてウソをついてね」


「さっさと売ってお金に換えればよかったんだ」

 イアンはくやしそうにつぶやき、それっきり黙ってしまった。きっとこう続けたいのだろう。そうしたら依頼で命を落とすこともなかったのに……。


「けど、お金が手に入っていたとしても自分で使っていたとは限らない。これは僕の勘なんだけど、エイブラムさんにはもうお金の使い道を決めていたんじゃないかなあ」

「使い道? 家でも建てるのか」

「あの橋だよ」


 冒険者たちがお金を出して作り、僕が今日壊してしまった『冒険者の橋』だ。

「あそこが立派なものになれば、この家からギルドまで近道だし、何より君たちに危険な橋を渡らせずに済むからね」


「お父さん……」

 カレンが感極まったみたいに牙を抱きながら涙を流した。


「とにかく、こうして……ん?」

 何とはなしにカバンの口に手を入れる。そこで僕はちょいとおかしなことに気付いた。

「どうしたの、リオ」

「どうやら、君たちのお父さんはもう一つウソをついていたみたい」


 僕の『裏地』とは違い、この袋の中身は誰でも取り出せるものらしい。

 袋から手を取り出すとさっきのと同じくらいの大きさをした白い牙がもう一本、床に落っこちる。あっと声を上げる兄妹に構わず、袋の中身を全部取り出していく。


 一本、もう一本と白い牙が出てきた。最後には合計、八本の牙がイアンの部屋に山積みになっていた。

「手に入れた牙は一本だけじゃなかったんだね」


 中身が空になったのを確かめてから袋をイアンに手渡す。

「これだけあれば家の修理代にはなるんじゃない? この袋だって、欲しがる人はいるだろうし、なんならえーと、白ヤギ通り(・・・・・)だっけ? そこに家を建てられるかも」


「信じられない……」

 イアンは呆然と牙の山を見つめている。


「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」

 と、イアンの部屋を出て家の扉の取っ手に手を掛ける。

「待って!」


 カレンが呼び止めるけれど、僕は待てそうにない。

 だって、窓の外で僕を見てびっくりしている冒険者の人の顔が見えちゃったんだもの。


「二人とも元気でね、イアンも体に気を付けて。それからカレンは……えーと、ケネスとお幸せにね」

 ちょっとお調子者のところがあるけれど、なんだかんだ言っていい奴そうだから、カレンのことも大切にしてくれるだろう。深く考えるとまた頭がもやもやして胸がむかむかするから頭の中であーあーと声を出して何も考えないようにする。


「ケネスさんがどうかしたの?」カレンはぽかんとした顔をしている。

「ちょっと待って。ケネスさんのことなら私は別に……」

 あーあー、聞こえない聞こえない。


「それじゃあ、僕はこれで。さよなら!」

 これ以上は聞いていられないので、扉を閉めると同時に『贈り物(トリビュート)』を使う。

 続けてイアンとカレンも外に飛び出してきた。


「いない……?」

「そんな……まだちゃんとお礼も言ってないのに……」


 追いかけてきたカレンたちが僕の隣で立ち尽くしている。カレンはかわいいし、お兄さん思いのいい子だ。名残惜しいけれど、この町にいられない以上、お別れするしかない。さよなら、カレン。幸せにね。

 僕は見えてないのを承知でもう一度手を振り、その場を離れた。


 冒険者の橋の近くまで来るとトレヴァーさんたちがこちらに向かってくるのが見えた。

 その横を通りながら、南の門へ向かう。外はもう夜だ。


「あーあ、どうしてこうなっちゃうんだろうなあ」

 まったく世の中はままならない。


 次の町ではもう少しうまくいくといいなあ。

 あと素敵な出会いがあるといいなあ、と思うけれど自信はまるでなかった。

 僕にとって世間というものは『迷宮(メイズ)』なんかより入り組んでいて、ブラックドラゴンなんかよりずっと厄介なのだから。


 町を出た後、念のために『迷宮(メイズ)』の最下層に戻って『迷宮核(メイズ・コア)』を返してみたんだけど、『迷宮(メイズ)』がよみがえることはなかった。

「『迷宮(メイズ)』かあ、この町はどうなるんだろう……」


 僕が冒険者の『狩り場』をつぶしてしまったんだから、みんな別の町に行っちゃうんだろうか。

 でも仕事がなければ食べていけない。

 この町の仕事だけでは、冒険者全員の食いぶちをまかなうのはムリだ。


「要するに、仕事があればいいんだよなあ」

 冒険者の仕事と言えば魔物退治だけれど、仕事のために魔物を引き寄せるなんて本末転倒だ。

 何か『迷宮(メイズ)』の代わりに人が来たくなるようなものがあればいいんだけれど。


 数日後、僕は次の目的地であるマッキンタイヤーの町を目指していた。

 その途中、街道沿いの広場で一休みすることにした。


 広場は旅人の休憩所として利用されているらしく、広場の入り口には荷馬車が何台も停まっていた。背の低い草の上に敷物を敷いた人達が座りながらお酒を飲んだり寝転がったりしている。


 僕は広場の真ん中にある大きな木の根元に座りながら、干した果実をかじる。たんぽぽコーヒーを飲みながらひとごこちついていると、隣に座った行商人らしき人たちがパンを食べながら話をしている。

  特に意識せずにその話に耳を傾けていると、途中から僕の気になる話題に移った。


「そういや、ダドフィールドの町が今、とんでもないことになっているらしいぞ」

「何かあったのか」

「しばらく前に、町はずれの『迷宮(メイズ)』が謎の冒険者に攻略されたんだよ」

 誰のことだろう? 僕じゃないよね。


「誰だよ、謎の冒険者って。『迷宮(メイズ)』を攻略するくらいだから五つ星か六つ星のパーティだろ」

「それがたった一人らしいんだ。しかも、そいつは町に現れた三十体の竜牙兵をたった一人で倒したんだってよ」

「ありえねえだろ」


 まったく、ありえない。僕が倒したのは二十体だ。いや、薬屋の六体も含めたら二十六体かな。

「だいたいどうして竜牙兵が街中に出るんだよ。サイラスの砦じゃああるまいし」


「なんでも悪い魔法使いが、町を支配しようと竜牙兵、しかも上位種を生み出したらしいんだ。けど、その陰謀を嗅ぎつけたその謎の冒険者が橋の上で大立ち回りを演じてな。たった一人で倒しちまったそうだ。それだけじゃない。全部倒した後にこれを町のために使ってください、とブラックドラゴンの爪や鱗をギルド長に渡して名も告げず去っていったそうだ」

「まるで絵にかいたような英雄だな」


 デリックは別に町の支配を企んだわけじゃないし、第一、ブラックドラゴンの牙を間接的に渡したのは僕だ。爪や鱗をあげたのも橋を壊したおわびと弁償のためだ。名前を名乗らなかったのは、ギルドに登録済みだからだ。英雄なんて、そんな格好いいものではない。


「しかも、それだけじゃない」

 え、まだあるの?


「今度は町はずれに『龍樹(りゅうじゅ)』が見つかったんだ」

「本当か、そりゃすげえな。やっぱり赤か? 青か?」


「いや、黒だって話だ。つい最近まで何もない原っぱだったのが、ある日突然だよ。もうかなり大きくなっているそうだから一度行ってみねえか?」

「それじゃあ、ルートを変えないとな。ダドフィールドを通るルートに変えるとなると……」

「あの、龍樹ってなんですか?」


 気になったので僕は二人の会話に割って入った。行商人さんたちはおどろいた顔をしたけれど、世間慣れした風な切り替えの速さで相好を崩した。


「龍樹ってのはな、ドラゴンの加護を受けた樹のことさ。ドラゴンの加護を受けた樹は、枝や幹の色も変わるし、普通の倍も成長する。葉や枝には特別な力が込められていてるから、葉っぱを茶葉にして飲んだり、枝を加工して剣の(つか)や槍の()にしたりする」

「へえ」

 あの町にそんなのがあったんだあ。僕も見てみたかったなあ。


「でも龍樹がすごいのはそれだけじゃあない。龍樹の下で祈りをささげると、そいつにも少しだけドラゴンの加護を分けてもらえるそうなんだ」

「加護が与えられると、どうなるんですか?」

「色々さ。力が強くなったり魔力が高くなったり、足が速くなったり、背が高くなったりもするそうだ」


 僕も受けてみたかったなあ。もっとオトナに見られるようになったりとか。

「幹の色は加護を与えたドラゴンによって変わるそうだ。ダドフィールドのは黒いから、ブラックドラゴンだろうって話だ」

 え?


「ダドフィールドの『迷宮(メイズ)』にはブラックドラゴンがいたらしいから、ウワサじゃあ謎の冒険者がその場所にブラックドラゴンを封印したんじゃないかって話だ。今じゃあ四十フート(約六十四メートル)もあるって大木に成長したそうだ」

「へえ、そうなんですかあ」

 何も知らない風に返事をしながら僕は背中に冷たい汗を感じていた。


 ブラックドラゴンを解体した後、残ったなきがらを土で埋めてその上に苗木を植えた。村で狩りをしていた時にやっていたことなんだけど、もしかして、その苗木がドラゴンの力で一気に大木に生長したってこと?


「兄さんも行ってみたらどうだい? その印からすると冒険者なんだろう? 今よりかは強くなれるかもしれねえぜ」


「そうそう、龍樹のウワサが広まれば国中……いや、近隣諸国からダドフィールドにやってくるでしょうからね。そうなれば人であふれかえってお祈りどころじゃなくなります。今のうちですよ」


 僕はあいまいに笑ってごまかした。

 どうしよう。僕はどうやらまたもやらかしてしまったらしい。


 ダドフィールドから人が離れる、という事態は避けられたようだけれど、いくらなんでもやりすぎだよね。

 かといって今から龍樹を消してしまうのも……。

 ああ、どうしよう! 


 まるで頭の中だけまだ『迷宮(メイズ)』の中にいるようだ。

 困り果てた僕の耳に、ブラックドラゴンの笑い声が聞こえたような気がした。




お読みいただきありがとうございました。

感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。

第三話「白猫と虹の杖」は8月24日から投稿の予定です。

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