柔らかい牢獄 その13
通路を進むと、修道士たちがせわしなく走り回っている。まだ「ハンナを捕まえなくてもいい」という指示は伝わってないらしい。その横をすり抜け、やり過ごし、告解室に戻って来た。
スノウとハンナは無事だろうか。扉にはカギがかかっている。ノックしても呼びかけても返事がない。用心しているのかな。
すぐ隣には、修道司祭が悩みを聞く部屋がある。そこからなら丸わかりだ。そちらに入り、四角い穴から告解室へ声を掛ける。
「僕だよ、リオだ。ハンナ、もう出て来てもいいよ」
「リオ?」
聞き覚えのない声がした。僕はびっくりしてのけぞった。中にいたのは、見知らぬ修道士だった。目も顔も平べったい感じで、ハンナとは似ても似つかない。何より、どう見ても男の人だ。
「ごめんなさい、間違えました」
どうやら使用中だったようだ。あわてて、部屋を出ようとしたら、四角い穴から手が伸びてきた。
「ちょっと、どうして逃げるのよ? 待ちなさい」
「え?」
カギを開ける音がして、隣から入ってきた。やっぱり知らない人だ。どちら様ですか、と尋ねようとしたらその人の足下から大好きな白い子猫が駆けてきた。
「にゃあ」
「やあ、スノウ。無事だったかい」
スノウは僕の体をよじのぼると、額を僕の顔にこすりつけた。それから修道士の方を向いて、「にゃあ」と鳴いた。すると修道士の全身がぱっと光った。反射的に目を閉じる。何事かと恐る恐る目を開けると、目の前には怖い顔をしたハンナが立っていた。
「あれ? いつの間に」
僕はうろたえてあちこちを見回す。さっきまでいた修道士さんはどこに行ったのだろう。
「何を寝ぼけているの?」
ハンナにじろりとにらまれる。
「さっきからずっとここにいたじゃない」
はて、どういうことだろう? と首を傾げていると、あごをなでるようにスノウが甘えてきた。
「にゃあ」
「ははあ、そういうことか」
これもスノウのふしぎな力だろう。ハンナが他人からは別人に見えるようにしたのだ。けれど、ハンナ本人には何も変わらないように映っていたようだ。ふしぎな力を隠しながらハンナの身も守る。カンペキだ。冒険者なら依頼達成で特別ボーナスまでもらえるところだ。
「でも、かくれんぼで使っちゃダメだよ。反則だからね」
さすがの僕も魔法で変えられたら見つけようがないからね。スノウは元気良く返事をした。うん、いい子だね。
ハンナは訳がわからないという顔をする。
「そんなことより、あのバラ男はどうしたの?」
「今日のところは勘弁してやるから、二度と来るなってさ」
簡単に説明すると、ハンナはほっとした後で悲しそうにうつむいた。トビーと会えなくなるのがさびしいのだろう。
「どうする? 最後にあいさつする時間くらいはあると思うけれど」
「……やめておくわ」
ハンナはゆっくりと首を振った。
「結局失敗しちゃったし。合わせる顔がないもの」
むしろ申し訳なさそうにしている。恋は盲目というやつだろうか。僕にはどこがいいのかまったくわからないのだけれど。
「……そんなに好きだったの」
「違うわよ!」
ふと尋ねてみたら、何故か力強く否定された。
「そんなんじゃないの。トビーは母方のいとこよ」
「そうなの?」
「そうよ」
ハンナはむきになった風にうなずいた。
「昔っから気の弱いところがあるけれど、優しくって、実の兄みたいに遊んでいたの。今日来たのだって、話があるからって手紙をもらったから……」
聞かれてもいないのに、矢継ぎ早に説明を続ける。名前バラしちゃっているけど、いいのかな。ここは聞かなかった振りをしておこう。
跳ね橋の上がりきる音がした。
ベックウィズ修道院を出る頃には太陽が西空に傾きつつあった。僕は堀のそばでスノウをひざの上にのせて座り込む。
今日一日で色々なことがありすぎて疲れたよ。
あとはハンナの迎えを待つだけだ。それで僕の仕事は終わりになる。
「……本当に助かったわ。ありがとう」
隣に立っているハンナが前を向きながら言った。
「契約さえ守ってくれたらそれでいいよ」
バートウイッスル家で働く人への聞き込みは僕にはできないからね。
「あなたがいなかったら、今頃どうなっていたか。考えただけでぞっとするわ」
自分の身を抱きしめながら身震いする。おおげさだなあ。
「僕がいなかったら……あれ?」
待てよ。それだと。つまり。これは。つじつまが合わない。だから。そうか。
「なるほど、そういうことか」
僕はだいたいのことがわかった。
「ところで、この後はどうするの?」
「もう少ししたら馬車が迎えに来るはずよ。それからバートウイッスルの屋敷に帰るわ……。その後はわからない。これで養子の件も取り消しかもね」
「それはないと思うけどね」
伯爵にしてみれば、ナディムへの人質だ。簡単に手放すとは思えない。
とりあえず予定はわかった。だとしたら、このままハンナを帰すわけにはいかないね。
「ちょっと用事を思い出した」
スノウを腕に抱えながら立ち上がる。
「ここで待ってて。すぐに戻るから」
「どこへ行くのよ」
僕は親指で後ろを指さした。
「ちょっと忘れ物を取りにね」
用事を済ませて戻って来ると、丘の道をたくさんの馬車が連なって降りていく。慰問に来た芸人たちだ。ずっと足止めされていたけれど。ようやく許されたらしい。厄介事はゴメンとばかりに、一目散に丘を下っていく。入れ違いに、一台の馬車が登ってくるのが見えた。車体に描かれたバートウイッスル家の紋章が夕暮れの光に反射して、もやが掛かったようにぼやけて見える。
「お待たせしました、お嬢様」
御者さんが馬を止めて下りてきた。うやうやしく一礼すると、馬車の扉を開ける。
「ええ、帰りましょう」
それからハンナが振り返った。
「リオ、あなたには世話になったわ。このお礼はまた……」
「ちょっと待って」
馬車に乗り込みかけたハンナの手を取る。
「悪いけど、僕の用事はまだ終わってないんだ」
おせっかいとは承知の上だが、このまま帰すと後悔しそうだ。
「リオ様、どういうおつもりですか? 名残惜しいのはわかりますが、このやり方は無礼というもの……」
「ラッセルさん、でしたよね」
急に名前を言われたせいだろう。御者さんことラッセルは身構えるようにやや体を低くする。もちろん、名前はハンナから聞いたのだ。
「あなたは伯爵家に仕えて長いんですか?」
「……かれこれ十年以上にはなるでしょう。それが何か?」
「トビーが全部白状しましたよ」
にこやかな顔が、仮面が貼り付いたかのように止まる。
「名前と正体を隠して近付いたようですけどね。でもこれ見せたらすぐに話してくれました」
じゃん、とカバンから取り出したのは、ラッセルの似顔絵だ。もちろん、スノウに頼んで書いてもらったのだ。手頃な紙がなかったので、四つ星への推薦状の裏に書いてもらったのだけれど、まあ、問題はない。どうせ使う機会も来ないだろう。
僕は言った。
「あなたが『共犯者』ですよね」
「何の話ですか?」
ラッセルが困惑した顔を作る。けれど、指摘した瞬間、眉毛がぴくりと跳ね上がったのを僕は見逃さなかった。
「トビーとハンナをそそのかして例のバラをぬすませようとした『共犯者』が、あなただと。僕はそう言っているんです」
「お嬢様、リオ様は先程から何を……」
「あなたしかいないんですよ」
僕は当然とばかりにうなずいた。
トビーがお堀に投げ入れた『星虹のバラ』は誰かが回収して、修道院の外へ持ち出す必要がある。ハンナにはムリだ。何より、そう長くは隠し通せない。堀の中だなんて、時間が経てば必ずロードリックさんが見つけただろう。
それにこの修道院は見晴らしが良すぎて、こっそり近付くのは難しい。さっきから見張っていたけれど、芸人たちは堀に近付こうともしなかった。もちろん、忍び込んだ黒ずくめも違う。
そうなると残る容疑者は、ここに夕方来る予定の人……つまりラッセルだ。
その線で調べたらあっさりと見つかったのには拍子抜けしたけれど。
「リオ、あなた何を言っているの? ラッセルがそそのかしたって、あり得ないわ。どうしてそんなマネをしなくちゃいけないの」
ハンナはまだ訳がわからないという風に僕とラッセルを交互に見比べている。
もちろん理由はある。
「トビーとハンナを『花盗人』としておとしめるためだよ」
もし僕がここに来なかったらどうなっていただろう。トビーとハンナは『星虹のバラ』を無事に盗み出しただろうか。
賭けてもいい。絶対に失敗だ。この二人でロードリックさんの能力……いや、しつこさから逃げ切れるとは思えない。トゲトゲでぐるぐる巻きにされただろう。問題は捕まった後だ。当然、二人だけの問題では済まされない。
「トビーの家族であるなんとかって子爵家、そしてハンナを養女にしたバートウイッスル伯爵まで責任を追及されるだろうね」
「あなたは自分が何を言っているか、まったくわかっていないようですね」
ラッセルが冷ややかに言った。
「私がどうして主人である伯爵をおとしめなければならないのですか」
「あなたが本当に、心の底から伯爵に忠誠を誓っているならそうでしょう」
お見通しとばかりに僕は肩をすくめてみせる。
「でも、伯爵に仕えているからってみんなが忠義者とは限らない。それに、伯爵は敵も多いようですから。内通者が紛れ込んでいてもおかしくない。伯爵のことが嫌いな人……辺境伯様とかね」
「ほら、やっぱり」
ラッセルが得意げに笑った。
「ハンナ様が問題を起こせば、親類である辺境伯家とて名誉に傷が付きます。私が辺境伯家の間者なら、そのようなマネをするはずが……」
「だから、『花盗人』なんですよ」
人殺しとか王様への反乱なんて重い罪ならラッセルの言う通りだろう。でも貴重とはいえ、バラなら親類の名誉まで傷は付かない。あるいは付いても軽いものだ。でも、養父であるバートウイッスル伯爵はそうはいかない。何かしらの処罰を負うはずだ。
逆に、対立する派閥……スチュワート様派の貴族が黒幕だとしたら、『花盗人』では手ぬるい。
ウィルフレッド様を応援する伯爵を、何としてでも取り除こうとするだろう。ハンナにもっと卑劣な罪を着せたに違いない。上り調子のバートウイッスル伯爵の勢いを削ぎつつ、辺境伯家への傷も小さくて済む。
要するに、親戚同士のケンカに派閥内の権力争いだ。くっだらない。
「もちろん、あなたが辺境伯様の内通者だなんて証拠はありません。探せば出て来るかも知れませんが、今はただの推理です。けれど、あなたが子爵家のおぼっちゃんと主人の娘をそそのかして、バラを盗ませたのは事実です。証拠も挙がっています」
ひらひらと似顔絵を目の前で振ってみせる。
「以上のことを踏まえてあなたに聞きます。ラッセルさん、あなたはハンナをどこへ連れて行くつもりですか?」
ラッセルは沈黙した。まあ、返事がなくても見当は付く。
罪を犯したからと辺境伯様の屋敷だか城だかに連れて行って閉じ込めるつもりだろう。あるいは、伯爵とナディムの関係についてもつかんでいるのかも知れない。
今度は辺境伯様がハンナを人質にして、ナディムから色々と聞き出すつもりなのかな。
「どうぞお帰りを。ハンナは僕が責任を持って町まで送りますので」




