柔らかい牢獄 その8
「おかしいとは思っていたんだよ。ナディムに会いに来たにしては、ちょっとしゃべっただけですぐにどこかへ行っちゃったし」
「あれは、あなたが席を外せと言うから……」
「でも控え室にはいなかったよね。どこに行っていたの?」
ハンナが言い淀む。僕は続ける。
「はっきり言おうか。君には共犯者がいる。今回の騒ぎは君と、その共犯者のしわざだ」
共犯者が忍び込んで貴重な『星虹のバラ』を盗み出す。それを巾着袋の形をした『魔法カバン』に入れて外へ持ち出そうとした。
けれど『星虹のバラ』がなくなればロードリックさんたちは必死に取り戻そうとするだろう。身体検査だってするだろうし、外へ出るのも簡単ではない。『魔法カバン』に入れたとしても運悪く見つかってしまう可能性もある。
「そこで君たちは考えた。何も二輪まとめて持ち出す必要はない。誰かに花盗人の濡れ衣を着せて、その隙にもう一輪を持ち出そうってね。で、その標的に選ばれたのが僕ってわけ」
わざわざ僕を同行者に選んだのはそのためだ。ハンナは今日が月に一度の慰問日だと知っていたのだろう。本当は、やってきた芸人や女の人たちの誰かになすりつける計画だった。でも、その途中で僕と出会って、計画を変更することにした。
「色々あって、君のお父さんはここに押し込められる羽目になった。その恨みってところかな」
僕からすれば逆恨みだけれど。あとは僕がそうそう捕まりはしないだろうという予想もあったと思う。
「僕がナディムと話している間に、共犯者から巾着袋を受け取ると、また控え室に戻って僕のカバンに『星虹のバラ』を入れる。そのままだと修道院から出る時に見つかって僕は無実の罪で追い回される。その隙にもう一輪を外へ持ち出そうっていう計画だったのかな」
控え室の前にいたベンジャミンさんは、「誰も来なかった」と言っていたけれど、あれはやっぱり僕の聞き方が悪かったのだ。僕は『今ここに怪しい人が来ませんでしたか?』と言った。ハンナは僕の同行者なのだから控え室を出入りしても全然怪しくない。
ハンナからの反論もまだない。
「けれど、そこで大きなミスを犯した。僕のカバンはね、ちょっと特別なんだ。……これ、入れてみて」
落ちていた小石を手渡すと、カバンの口を大きく広げる。ハンナは訳がわからないという顔をしながらもカバンに石を入れる。少しして、カバンの中から石が飛び出し、床に転がり落ちる。
「え?」
石とカバンを見比べながハンナは目を白黒させている。何も言わないのに、自分からもう一度カバンに石を入れる。また弾かれる。今度は自分の持っていた髪飾りを入れたけれど、結果は同じだった。
「このカバンは特別製でね。僕以外はものを出し入れ出来ないようになっているんだ」
「そんな……さっきは、普通に……あっ!」
あわてて口を押さえるけれどもう遅い。
「認めるんだね」
返事の代わりに、ハンナは気まずそうにそっぽを向くだけだ。
「僕のカバンに入れた『星虹のバラ』は、弾かれて君の巾着袋に戻った。あとは君が今しがた経験したとおりだよ」
あの時ハンナがおどろいていたのは本心だった。僕になすりつけるはずのオトリ役を自分がする羽目になってしまったのだから。
「今頃、君の共犯者が、『星虹のバラ』を外に運び出している頃かもね。どうする? その人に助けを求めるかい?」
ハンナはやはり無言だ。膝の上にのせた手をぎゅっと握り締めて何かに耐えているようだった。
その姿を見ると僕も心苦しい。今、僕がぶちまけた真相はデタラメだからだ。
ハンナが僕のカバンに『星虹のバラ』を入れたところまでは本当だけれど、そこから先が違う。他人が出し入れ出来ないのは『裏地』だけだ。『表』の方には誰でも出し入れが出来る。
今はわざと『裏地』の方の口を開けたけれど、ハンナが入れたとしたら『表』の方だろう。『星虹のバラ』を巾着袋に戻したのはほかでもない。
スノウだ。
あの時、スノウはカバンの横で寝ていた。かしこくて理性的で頼もしいスノウは、ハンナの行動を見て、良くないことだと悟ったのだろう。ふしぎな力を使って、僕のカバンから『星虹のバラ』を抜き取り、立ち去ろうとするハンナの巾着袋に放り込んだ。
ハンナはそうとは気づかないまま控え室を出た。こっちが真相だ。けれど、それだとスノウが『猫妖精』だと知られてしまうからね。今も肩の上でお行儀良く座っている。親友を売り渡すようなマネはしたくない。
「共犯者は誰? 助かりたいのならその人に言って、ロードリックさんにバラを返すんだ。助かりたいのならそれしかないね」
「ダメよ、言えない」
「どうして?」
「……」
まただんまりか。なんだかイヤになってきた。
「さて」
僕はカバンをしまうと、背を向けてドアのノブに手を掛ける。
「僕が出来るのはここまでだ。あとは自分でがんばってね」
「そんな!」
わざと冷たく言い放ったせいだろう。ハンナがすがるように立ち上がる。
「さっきは助けてくれたわ」
「義理は果たしたよ」
一度は助けた。二度目はない。
「そうだ! あなた冒険者なんでしょ。依頼するわ。今からワタシを……」
「お断りだね」
どろぼうの片棒をかつぐなんて真っ平だ。
「君の選択肢は二つ、共犯者に言ってロードリックさんにバラを返すか、何も言わないままトゲトゲのイバラでぐるぐる巻きにされるか、だよ」
ハンナはふらふらとその場に座り込んだ。
まるで僕が悪い事をしたみたいだ。イヤだなあ。どう考えてもハンナの自業自得なのに。見捨てられない自分がイヤになる。
「でも」
僕はドアノブから手を離し、扉に背を預ける。
「君が僕の出す条件を飲むというのなら、助けてあげてもいい」
「本当に?」
「状況が状況だからね。ただし、約束を破った場合は、絶対に許さない。今度は僕がしっちゃかめっちゃかにする。いいね」
「……何をすればいいの?」
即答しない辺りは慎重だな。
「僕の母さんのことはさっき話したよね。アイラって名前なんだけど。伯爵家の人や今のお父さんに聞いて欲しいんだ。母さんのことならなんでもいい。趣味でも、故郷でも、やらかした話でも」
僕ではダメでもハンナなら伯爵家の使用人さんは口を開いてくれるかも知れない。
「十六、七年前に働いていた人なら誰でもいいよ。できるだけ人数は多い方がいい。あと、僕から頼まれたってのはナイショにしておいて。それでよければ君の安全は保証するし、共犯者についても話さなくていい」
「それでいいの?」
「ただし、『星虹のバラ』は見つけ次第ロードリックさんに返す。イヤならこの話はなしだ。自分で何とかするんだね」
ここだけは絶対にゆずれない。どろぼうの手先になるためにここに来た訳じゃない。
「わかったわ」
不承不承という感じで、ハンナはうなずいた。
「それじゃあ、契約だ」
小指を差し出す。
「何それ?」
「知らない? 指切りげんまん」
「知っているけれど、しなくちゃダメなの?」
「契約書の代わりってことで」
「わかった」
ぎろり、とにらみながら小指を絡ませる。
「変なところさわらないでよ」
つくづくよ失敬な子だな。
「指切りげんまんウソついたら針千本のーます!」
お決まりの言葉と一緒に指を離す。
「本当に大丈夫なの?」
「もちろんだよ」
僕はにっこりと笑顔を作って言った。
「指切りの約束は必ず守ることにしているんだ」
それからもう一度ドアノブを握る。
「それじゃあ僕は行ってくるよ。ロードリックさんをなだめないといけないし、『星虹のバラ』も探さないと。君はここに隠れてて」
君が共犯者を教えてくれたら手っ取り早いんだけどね、という言葉をのどの奥へ飲み込む。
ハンナはまだ不安そうな顔をしている。僕はスノウをそのひざに乗せた。
「その子をお願い。いざという時には守ってあげてよ」
ハンナが目を丸くする。やがて意を決したようにスノウを抱き抱える。
「わかった。ワタシに任せて」
「ああ、いや、そうじゃなくってね」
言い方がまずかったようだ。
「今のは君にじゃなくって、スノウに言ったんだ」
「この子に?」
腕の中のスノウを疑わしそうに見下ろす。失礼だな。スノウはとってもかしこいんだぞ。それに、かわいいし心もキレイだ。
「それじゃあ行ってくるよ。ハンナをお願いね、スノウ」
「にゃあ」
仕方がないなあって感じでスノウは鳴いた。その声を聞きながら僕は外に出た。




