迷宮と竜の牙 その14
竜牙兵はさっきのように飛びかかるのではなく、僕を取り囲みながら少しずつを狭めてきている。
「そいつは飛び上がったり、床を転がったりする面倒な奴だ! 気をつけろ!」
デリックがつばきを出しながら注意をうながす。
ふむ、これではうかつに飛び越えたり足元を狙うわけにはいかない。
動きの止まった瞬間に切り刻まれてしまう。
カチカチ、と骨だらけの足が石橋に当たるたびに乾いた音を立てる。七体がほぼ同時に動くので重なって聞こえる。僕は目線を真正面に向けながら耳を澄ませる。カチカチッ、と規則正しく鳴っていた音が乱れた瞬間、二体の竜牙兵が前後同時に切りかかってきた。
「はっ!」
体を傾け、気合いとともに、後ろに杖を、前に剣を同時に振り下ろす。骨の砕ける音と手ごたえが両手に伝わる。これであと五体。
その時、僕の右斜め後ろにいた竜牙兵が奇妙な動きをするのが見えた。盾と剣になっている両手を振り上げたまま、襲い掛かってくるでもなく、立ち尽くしている。
僕の頭の中の大鐘がものすごく大きく鳴り響いた。
不格好な体勢のまま、その場に倒れ込む。次の瞬間、僕の頭の上を熱くて光るものが通り過ぎて行った。
爆発する音に続いて大勢の悲鳴が上がった。
寝転がりながら爆発のした方を向くと、僕の後ろにいた竜牙兵の上半身が吹き飛び、その向こう側にあった橋の手すりの一部が吹き飛んでいた。
「竜牙兵がブレスだと……?」
トレヴァーさんのおどろく声が聞こえた。
ブレスって、ドラゴンが吐く炎のことか。
なるほど、ドラゴンの牙から作られたからブレスも使えるのか。
「やれ、こぞうを吹き飛ばせ!」
「いえ、ですから僕はオトナですってば」
僕の抗議を無視してデリックが命令を下す。残り四体の竜牙兵が一斉に両腕を上げる。ぎざぎざの牙の奥で何かが燃え上がるような光が見えた。
僕が横っ飛びでかわしたすぐ後に、耳をつんざくような爆発音が続く。一体だけじゃなく、みんなブレスが使えるのか。
ブレスの雨を潜り抜け、やっとのことで立ち上がると、たもとの近くまで来ていた。向こうは橋の真ん中。一足飛びで近付くのはちょいと厳しい。
竜牙兵どもは既に次のブレスの準備に入っている。僕は剣を逆手に持ち替えると、やり投げのようにぶん投げる。
「火事になったらどうするんだ!」
僕の剣はひゅんと空気を裂いて一番端にいた竜牙兵の額に突き刺さる。当たったショックで首が横に曲がり、発射寸前だったブレスが横にいた二体を吹き飛ばした。
これで残りは一体。
僕が杖を構えるとデリックが情けない声を上げて後ずさる。へん、弱虫め。応援を出さないところを見ると、竜牙兵はどうやら打ち止めらしい。
最後の竜牙兵が走ってきた。右手が盾で、左手が剣の奴だった。盾で頭を隠しながら連続で剣で突いてくる。なかなかやる。
突きもそうだけど引きが速い。
さっき剣を投げてしまったので、両手で持った杖で受け流す。お返しに杖を振り回すけれど、盾に防がれる。続けて何度か叩き付けるけれど、こいつの盾は、ほかの骨よりがんじょうにできているらしい。この杖では砕けそうにない。
けど、その分間合いは剣より長い。もちろん、竜牙兵の剣よりもだ。
向こうの間合いの外からカウンターで胸を突く。杖は肋骨の間をすり抜けるけれど、予定通りだ。
あとは杖ごとこいつを振り回してぶん投げる。そう思った瞬間、信じられないことが起きた。
竜牙兵の肋骨が蛇みたいに動いて僕の杖を絡め取ってしまった。その上、足の骨の形が一瞬で獣みたいに変わった。爪やかかとの骨が鋭く伸びて、地面に突き刺さる。
これじゃあ投げられない!
びっくりして動きの止まった僕に向かい、再びブレスを吐こうとする。
僕は杖から手を離し逃げようとして、重要なことに気付いた。
僕の後ろには大勢の町の人たちがいる。この角度でブレスをはかれたら、みんなに当たってしまう。もちろん戦いに巻き込まれないよう離れているけれど、あのブレスなら少しくらいの距離なんて関係ない。
「くそっ!」
僕はマントを手で引っ張り、背を向ける。
背中に強い衝撃が走った。
僕の体は一瞬宙に浮き、ごろごろと橋の上を転がって橋のたもとの辺りであおむけに倒れた。
「リオ!」
悲鳴が上がる。この声は、カレンだ。橋のたもとで涙目で僕を見ている。追いかけてきたのか。
参ったな。カレンを泣かせるなんて、僕はとんだ大ばか者だ。
「やった……。やったぞ!」
デリックの喜ぶ声が聞こえる。
「さあ、やれ! こぞうにとどめを……」
「やめてください!」
悲痛な叫び声がした。カレンが駆け寄ってきて竜牙兵の前に立ちはだかる。
「これ以上……恐ろしいことは止めてくださいデリックさん!」
「止めてどうなる。おとなしくしばり首にでもなれというのか?」
デリックが皮肉っぽい声であざけり笑う。
「兄貴の計画に乗った時から覚悟は決めている」
「どうしてもというのなら、私が相手になります!」
カレンは槍を構え、震える切っ先を竜牙兵に向ける。おびえているのは明らかだ。
「バカ、逃げろカレン! お前の勝てる相手じゃねえ」ケネスが叫び声を上げる。
カレンは首を振る。
「わかっています。私が弱いことくらい……兄さんのピンチにもトレヴァーさんたちにすがるばかりで何もできなかった。冒険者なんて全然向いてない。そんなの、自分が一番わかっている!」
まるで、くやしさに身もだえするようにカレンは何度も首を振る。
「でも、リオは兄さんを助けてくれた。何の縁もない私たちのために手を差し伸べてくれた。だったら! 今度は私がリオを助けないと……私、冒険者だけじゃない。人としても終わりだから! だから……」
ぎゅっと槍の柄を握る音がした。
「今度は私がリオを守る」
デリックが鼻で笑う。
「バカめ、厄介なこぞうが倒れた今、恐れるものはない。さあ竜牙兵よ、カレンともども……」
「いえ、ですから僕はこぞうではなくオトナです」
そこで僕は立ち上がり、マントのほこりを払う。
「何度も説明しているじゃないですか、いい加減覚えてくださいよ」
デリックが目を見開いた。もしかして、今まで気づかなかったのかな。何回も説明しているのに、全く人の話を聞かない人だ。
「ありがとう、カレン。その……うれしかったよ」
カレンが僕のために勇気を出して竜牙兵の前に立ってくれた。
そのことで僕は胸がいっぱいになった。ちょっと泣きそうになったのはナイショだ。
「リオ、平気なの? その……」
カレンも目を丸くしている。僕がブレスの直撃を受けたのにぴんしゃんしているのが不思議みたいだ。
「ああ、あれね」
確かにびっくりした。まともにくらっていたら危なかっただろう。でも僕のマントはちょいと特別製なのだ。
見た目は綿布、手触りは絹に近いのだけれど、霊峰にしか住まないという天羊から刈り取った羊毛で縫い上げた布から作っている。天羊は火や熱に強く、火山でも平気で住んでいるという。
おまけに染料に使っているリコリナの花には、害をなす魔法を防ぐ効果がある。
本物のブラックドラゴンならいざしらず、ひょろひょろの火遊びなんか目じゃない。
これもアップルガースの村で作ってもらったものだ。世間ではたくさんの金貨で取引されているような珍しい素材だそうなので、何で出来ているかはしゃべらないようにと口止めされている。
「今のはどうやらげっぷだったみたい。さっそく小魚を食べ過ぎたんだね」
またふざけるな、とかバカにするなとか怒鳴ってくるかと思ったけど、デリックはくちびるを震わせながら後ずさる。おびえているようだ。
「わ、私は逃げる! 後は任せたぞ」
デリックがあわてたように背を向ける。竜牙兵にまかせて時間稼ぎをするつもりみたいだ。ムリだと思うけどなあ。
「逃がすと思うのか」
その前にトレヴァーさんたち冒険者が立ちはだかる。
「あきらめろ、ペラムはつかまえたし、ヘイルウッドは町の外へ逃げたぞ」
ヘイルウッドは逃げ切ったのか。逃げ足の速い奴だ。けれど、店は持ち運びできないし、あの時間じゃあ大したお金は持ち出せなかっただろうから、捕まるのも時間の問題だろう。
デリックは汗を幾筋もたらしながらじりじりと後ずさり、結局橋の真ん中まで戻ってきてしまった。
「くそ、こいつを吹き飛ばせ!」
その言葉を合図に竜牙兵がトレヴァーさんたちの方を向き、またブレスの態勢に入る。そうはさせるか!
僕は走りながら右手袋を外し、橋の上に転がっている杖を拾うと、地を蹴った。
「こっちだ! やせっぽち!」
飛び上がりながら大きく杖を振り上げる。
竜牙兵の反応は早い。すかさず盾をかざし、弱点の頭を守る。
軽い音とともに杖と盾がぶつかり合う。こいつを待っていたんだ。僕は力ずくで杖を押し込みながら右手で盾にさわる。
がくん、と竜牙兵の体から力が抜ける。
おにごっこの方の『贈り物』だってまったく通用しない訳じゃない。盾も体の一部である以上、さわりさえすれば、『贈り物』の力は骨全体に伝わる。
たとえほんの一瞬でも、動きを止めることができればそれで十分だ。
竜牙兵の腕がだらりと下がり、頭ががら空きになる。
僕はもう一度杖を振りかぶり、おたけびを上げて竜牙兵の頭にたたきつける。ごん、と角ごと額の紋様を打ち砕く。すでにブレスの態勢に入っていた竜牙兵の顔が下を向き、残り火のようなブレスを自分の足元に向かって放った。
火柱のような光と熱の波に自分をまきこみながら最後の竜牙兵は爆発四散した。
やれやれ、思ったより手こずったな。
あんなひょろひょろのやせっぽちに苦戦するなんて僕もまだまだだ。
一休みしたいけれど、後始末が残っている。
手すりの隅に転がっていた僕の剣を拾い、デリックに近付く。デリックは既に冒険者たちに両腕をつかまれ、取り押さえられていた。側には竜牙兵を生み出したブラックドラゴンの牙が転がっている。僕は杖を手すりに立てかけ、牙を拾い上げる。
「な、なにを……」
こんなものを僕が渡したばかりにデリックもお兄さんのペラムもつまらない夢を見てしまったんだ。
なら悪い夢は僕が終わらせる。
ブラックドラゴンの牙を宙に放り投げると、剣を手元に引き寄せ、両手突きで牙の中ほどを貫く。
牙にひびが入る。ひびは川の水のように牙のあちこちに走っていく。ぴしり、と音を立て、ブラックドラゴンの牙はばらばらの破片に砕け散った。
牙の破片は河の水面を走る風に吹かれ、どこへともなく散っていく。
残った破片は手や足で川に捨てる。
「あ、あ、あ……」デリックが呆けたように散っていく破片を目で追いかけている。
これでいい。デリックの目の前で壊れた、という事実が大切なのだ。これで悪い夢からさめてくれるといいのだけれど。
橋のたもとから歓声が上がる。
「すげえ、あいつ何者だ?」
「あれって竜牙兵だろ。それをたった一人で……」
「見かけない子だけれど、あの子も冒険者なの?」
みんな竜牙兵がいなくなって喜んでいるみたいだ。
けれど、僕はとうてい喜ぶ気にはなれない。
石橋の上はめちゃくちゃだった。石畳は壊れ、手すりの一部は吹き飛び、橋の真ん中には穴まで開いている。
昨日までキレイだった『冒険者の橋』が、今は見るも無残な光景に変わっていた。
僕のせいだ。
みんながお金を出して作った橋なのに、僕があんなものを渡してしまったばかりに。
『迷宮』をつぶして冒険者たちの狩場を壊し、みんなの橋までむちゃくちゃにしてしまった。全く申し訳ない。
橋のたもとに大勢の人が集まっている。早くどかないとみんなが渡れなくて迷惑だよな、と思っていると人ごみから男の人が前に出てきた。口ひげを生やした体格のいいおじさんだ。……ふむ、結構できるみたいだ。
おじさんは僕の前まで来ると、一瞬値踏みするような目をしてから低い声で話しかけてきた。
「お前、この前登録した新入りだな」
「あの、あなたは?」
「俺はギリアン。この町の冒険者ギルドの長だ」
この町の冒険者ギルドで一番偉い人が出てきた。どうしよう、怒られるのかな?
「ある程度の事情はトレヴァーから聞いたが、お前にも聞きたいことがある」
興奮した様子で聞いてくる。うわあ、こいつはものすごく怒っているぞ。
「ごめんなさい!」
僕は思い切り頭を下げた。怒られる前にあやまっておくのが一番だ。
「あの牙を渡したのは僕なんです。その……ヘイルウッドが牙を渡せばカレンのお兄さんを引き渡すというものですから……」
「いや、それは聞いた。俺が聞きたいのはだな」
「全く申し訳ありません。それでですね……」と僕はカバンの裏地に手を突っ込む。
「これを橋の修理代に使ってください」
両手に抱えるだけ持ったブラックドラゴンの爪や鱗をギルド長に手渡した。
お金に換えたら大金なのかもしれないけれど、この橋を作った冒険者たちの善意に比べたら、ささいなものだ。
「え、なっ!? これは……」
何か言いかけたギルド長にもう一度頭を下げ、町のみんなにも頭を下げた後、橋のたもとへと走り去る。
「おい、まだ話は……」
ギルド長の声を背に受けながら建物の角を曲がり、『贈り物』を使う。
僕を追いかける人が通り過ぎて行ったのを確認してから壁に背を預け、ため息をついた。
「僕は一体何をやっているんだろう」
バートウイッスルに続いてダドフィールドでも追われる羽目になるなんて。世の中というものは僕の考えていた以上におっかないところのようだ。
「仕方ない、次の町に行こう」
冒険者のみんなはいい人ばかりだけど、こうなってしまってはこの町にはいられない。
僕の力なら誰にも見つからずに町を出るなんて朝飯前だ。いや、もう夕飯前か。
お日様も沈みかけている。建物の陰に半ば隠れた日差しが、まばゆく輝いている。
「あーあ、次の町ではもっとしっかりしたいなあ」
うんと背を伸ばし、数歩歩いたところで大事なことを思い出した。
まったく、僕という奴はどこまでうっかり者なんだろう。
自分に嫌気がさしつつ、カレンの家に向かった。
お読みいただきありがとうございました。
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次回は8月17日午前0時の予定です。
次で第二話終了です。