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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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『賢者討論』 その2

「アンタはさっき、サリーと話してた人だよな」

 ネイサンの目が険しくなる。


「かたきうちのつもりか? やめとけよ。恥かくだけだ」

「ご忠告痛み入るよ」

 僕は大げさに肩をすくめながら向かいに座る。


「知っているかな? 物語だとそういうセリフを言う方が負けるんだ」

「これは現実だ。お話じゃあない」

「物語には真実が含まれているものだよ。読んだ事ないのかな」

 『賢者討論』ばかりで物語を読んでいないのだろうか。子供はもっと物語を読むべきだ。


「もし気になるのなら一度読んでみるといい。僕のオススメはなんといっても……」

「後にしてくれ」

 ネイサンがうんざりって感じで止めに入る。


「『賢者討論』がしたいんだろ」

「そうだったね」

 僕はむくれた。せっかく素晴らしい物語を教えてあげようと思ったのに。


「討論はするよ。でもそれは今日じゃない」

 僕は空を指さす。日も傾き、オレンジ色の日差しが屋根に反射して光の帯のように輝いている。


「もう日も暮れるし、何より君も連戦続きで疲れているだろう」

 それから僕は目で教会の鐘を探す。あった。

「あの鐘が朝四回(午前九時頃)鳴った頃に改めて討論といこうか」

 空を見る限り、明日も晴れるだろう。雨が降って中止になる心配はなさそうだ。


「別に今すぐでも構わないぜ」

 ネイサンはイスを傾けてふんぞり返る。行儀が悪いなあ。


「どうせ、すぐに片が付くんだ」

「まあ、そうあわてないで。僕の方にも準備があるからね」

 ひらひらと手を振りながら立ち上がる。


「それじゃあ。僕はこれで」

 帰り際に『鈴花亭』のご主人を見かけたので駆け寄る。


「ちょうど良かった。お伝えしたいことがありまして」

 眉をひそめるご主人に、僕はにっこりと言った。


「ちょっと今から出掛けますので。夕食は戻ってから食べますので僕の分を残しておいて下さい」

 お腹ペコペコだと明日の討論に差し支えるからね。


 翌朝、僕は約束の時間より少し前に広場に来た。そもそも『鈴花亭』のすぐそばなのだから遅刻しようがない。何より今日はスノウも一緒だ。僕がねぼうしてもきちんと起こしてくれる。


 広場には昨日と同じく、木製のイスとテーブルが置いてある。鐘が鳴る前にイスに座り、スノウと二人で待っていると、観客がぞろぞろと集まってきた。サリーの姿を探したけれど、まだ来ていないようだ。


 朝四回(午前九時頃)の鐘が鳴った。鐘が響き終わる頃、ネイサンがやって来た。後ろには騎士団長だというサイモン様も一緒だ。


「早いじゃないか」

 ぶっきらぼうに言いながら僕の前に座る。


「そういう君は、わざと遅刻して相手をかっかさせる戦法かな」

 物語なんかだと強い剣士がわざと決闘に遅刻する。相手の平常心を乱すためだけれど、僕はあまり好きではない。約束も守るのも決闘のうちだろう。


「賢者様が戦法まで学んでいるとは知らなかったよ」

「森羅万象、あらゆることを学ぶのが賢者だからな。そこいらの冒険者とは違う」

 と、ネイサンの視線の先には『鈴花亭』のご主人がいた。なるほど、あの人から聞いたのか。


「本ばかり読んでいても身につかないものだよ。自分の頭と体を動かさないと」

「『凡人は経験を宝石と抱き、歴史を石ころと投げ捨てる』か」

「なんだい、それ」

 小難しいことわざを出してきたぞ。


「自分の経験なんて小さいものだ。でも過去を知れば何千何万という経験から判断できる。だろ?」

「いい言葉だね」

 僕も今度使ってみよう。


「でも他人の経験はどこまでいっても他人のものだよ。自分のものじゃない」

 僕は自分の頭を指さす。


「それとも、君の頭は九頭巨蛇(ヒドラ)みたいにたくさんあるのかな。生えたりするの? それも賢者様の修行? お互いの頭同士でケンカしたりしない?」

「お前っ!」

 ネイサンが急にイスをはねのけるように立ち上がる。顔が赤い。歯を食いしばって僕をにらみつけている。


「え? ゴメン。もしかして、怒っているのかな。それは悪かった。謝るよ。君がそんなに気にしているとは知らなかったんだ。ただ、頭がたくさんあったら帽子をそれだけ用意しないといけないから大変そうだなって」

「もうその辺りにしましょう」

 今にも飛びかかってきそうなところに、サイモン様が割って入った。


「どうやら挑発合戦は向こうに分があるようです。ここは落ち着いて討論に臨まれるがよろしいかと」

 穏やかに諭されて、ネイサンはしぶしぶって感じで座り直した。


 そもそも僕は挑発なんかしていない。いきなり怒り出すからびっくりしたくらいだ。もしかしたら怒った振りをして、僕の調子を乱す作戦なのかな。さすが町一番の名人だけあって色々な戦法を知っている。

 でも僕だってかくれんぼとおにごっこなら村一番だからね。


「それじゃあ、始めようか。先手はそっちでいいぜ」

「それはありがたい」

 僕なりにやり方は調べたけれど、やはり練習不足は否めない。


「『諮問』」

「『答申』」


 お決まりの掛け声の後、僕はポケットの中からそれを取り出し、手のひらに乗せる。


「これがなんだかわかるかい?」

 ネイサンが身を乗り出して、のぞき込む。

「ただの黒い石じゃないか」


「そう見えるよね」

 僕はにやりと笑うと反対側の手で指を鳴らす。すると黒いかたまりは手足を生やしてむくりと起き上がる。緑色の目がぱっちりと開き、きょろきょろと辺りを見回す。


「これはね、『クロイシガエル』っていうんだ」

 指先で頭を軽く押してやる。見た目は硬そうだけれど、本当は普通のカエルと変わらない。おなかだって真っ白だ。ひとしきり見せた後でひっくり返した木のコップの中に入れる。昨日は河原でこいつを捕まえるのに苦労したよ。


「見ての通り、石ころそっくりに化けているんだ。知っているかな。こういうのをね『擬態(ぎたい)』っていうんだ」


 生き物の中には、ほかの生き物に化けたり、体の色を変えて風景にまぎれるものがいる。そうやって自分の身を守ったり、逆にエサが近くに来るのを待ち構えている。不思議だよね、服を着たりするんじゃなくて生まれつきそういう風になっているだなんて。


「それで?」

 ネイサンの反応は冷ややかだった。


「まさか、これで勝ったつもりじゃないよな」

「それこそ、『まさか』だよ」

 木のコップから取り出した黒いそれをまた手に乗せる。


「これは前振り(・・・)というやつだよ。ほら、これ本物そっくりだよね」

 よく見えるように近づけると、ネイサンは鼻にしわを寄せながらのぞきこむ。こんな下らないことに付き合わせるなって顔だ。


「君はこれは何だと思う? 石ころかな。カエルかな」

「カエルだろ」

 そっけなく言った。

「石ころによく似たカエルだ」


「そうかな」

 僕はにやりと笑って指を鳴らす。何の反応もない。


「ゴメン、こいつは本物の石なんだ。昨日、河原で似たような石を拾ってきたんだ」

 種を明かせば、木のコップに最初から仕込んでおいたのだ。クロイシカエルを取り出す振りをして、石の方を取り出した。そりゃあそっくりなはずだよ。本物の石なんだから。


「だから?」

 ネイサンの語気が強くなる。

「手品をしたいのならよそに行けばいい」

「まあまあ、そうあわてないで」

 ことわざにも『あわてものの兵士は槍を持たずに戦に出る』というじゃないか。


「これからが本番だ」

 僕はもう一度木のコップに石を入れる。コップの中で手を動かしながら取り出したのは、よく似た黒いかたまり。


「君はヘビだ。とてもおなかが空いている。そこに見つけたのがこの黒いかたまりだ。もしカエルならエサになるけど、もし石ならおなかをこわしてしまう。ごらんの通り見た目では区別が付かない。下手に近付けば気づかれて逃げられてしまう。もちろん、ヘビだから指は鳴らせない。ついでに言っておくと、君はカゼを引いて鼻を詰まらせているなら臭いで区別はできない。さあ、どうやって見分ける?」


「ヘビってカゼ引くのか」

「そういうことにしておいて」

 現実のヘビがどうとか考えたら問題は成り立たない。


「ふーん」

 ようやく興味を持ったらしく、ネイサンの目が輝きだした。手の中の黒いかたまりをまじまじと見つめる。ここでサイモン様が砂時計をひっくり返す。砂がさらさらと落ち始める。さあどうする。時間がないよ。


 ネイサンは首をひねっていたけれど、急に変な行動に出た。

 立ち上がって後ろに反り返ったかと思うと、地面に手を突いた。まるで(ブリッジ)みたいだ。

 ここで観客が一気にどよめく。


「出た。ネイサンの『瞑想(めいそう)』だ!」

「これで勝ったな」

 僕も立ち上がって回り込むと、ネイサンは目を閉じて何やらつぶやいている。


「あれは、何をやっているんですか?」

「あれは師匠の『瞑想(めいそう)』だ」

 サイモン様が親切に教えてくれた。


「難問に挑むときはああやって心を静めて集中されるのだ」

「賢者様はみんなあれやるんですか?」

「『瞑想(めいそう)』の方法はそれぞれ違う。師匠にとってはあれが最善のポーズなのだ」


 早くしないと頭に血が上りそうだな。

 砂時計の砂が半分くらい落ちきったところでネイサンがむくりと起き上がった。


「わかった」

 得意そうに微笑みながらイスに座り直す。僕も向かいに座って答えを待つ。


「それで、答えは出たのかな」

「ああ」

 するとネイサンは僕の腕をとると、二の腕辺りにかみついた。


「わあっ!」

 服の上だし力を入れてなかったから全然痛くなかったけれど、想定外の行動にびっくりして黒いかたまりを取り落としてしまう。テーブルに当たってコツンと乾いた音を立てる。


「何をするんだ!」

「そりゃあかみつくよ。ヘビだからな」

 僕の抗議にもどこ吹く風だ。


「黒いかたまりをアンタが持っているんだから。アンタに教えてもらうのが一番だよな」

 コツコツ、と指先で黒いかたまりをつつく。


「正解は石ころ、だな」

「うーん、弱ったぞ」

 スノウがテーブルの上までよじ登ってかまれた辺りをなめたり顔をこすりつけてくる。優しい子だなあ。


「まずは一勝だな。次は俺が問題を……」

「何か勘違いしてないかな」

 かまれたのは予想外だったけれど、僕の狙いまでは見破れなかったようだ。

 弱った、と言ったのはスノウのすりすりが気持ちいいからだ。


 僕はにやりと笑った。

「ハズレだよ」



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