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地底の王子様 その9

 物語にはよく崩れゆく洞窟を脱出するシーンがよく出て来る。途中で生き埋めになったり、誰かをかばって岩に押しつぶされたり、力持ちが岩を受け止めている間に脱出するものだ。


 けれど、僕の場合は特にそんなこともなく、無事虹の杖とゾーイを回収し、『瞬間移動(テレポート)』でみんなのところに戻って来た。でも洞窟は全部岩で埋まってしまった。これでは、掘り返すこともできないだろう。


「ワガハイの……ワガハイの夢が」


 カールグッチさんが埋まってしまった洞窟の前でがっくりと膝を突いてしまった。ファニーさんがなぐさめているけれど、肩を落としてすすり泣くだけだ。洞窟や遺跡は全部岩の下敷きになってしまったし、ゴミ捨て場の番人だったライノボーンも魔石ごとチリと砂に変わってしまった。


 大変な苦労をした割りには、成果は上がっていない。ことわざでいうところの『スケルトンの骨砕き』というやつだろう。


「君もムチャするねえ」

 地面に倒れているゾーイを見下ろしながらジェマさんが冷やかすように言う。今度こそ逃げられないようにぐるぐる巻きにして縛り上げている。


「大切なものなので」

 返事をしながら虹の杖を引き寄せる。杖自体はアップルガースの村長さんからもらったものだし、魔法の杖にしてくれたのはグリゼルダさんとロズだ。


「あ、そっち」

 ジャマさんは苦笑いしていた。


 その後、僕の『瞬間移動(テレポート)』でウッドマンホルムに戻って来た。ゾーイたち『信奉者(フォロワー)』を衛兵さんに突き出した。本人たちは濡れ衣だと否定しているけれど、証拠も証人もあるのでごまかせはしないだろう。


 ギルド職員の不祥事ということもあり、僕は予定より倍のお金をもらった。口止め料の代わりのようだ。


 翌日、あくびをこらえながらウッドマンホルムで一番大きな宿を訪れた。今日はスノウも一緒だ。


「やあ、どうも」


 訪れたのはカールグッチさんの部屋だ。僕が泊まっている部屋と違って壁紙も真っ白だし、床もじゅうたんが敷き詰められていて、歩くたびにギシギシ嫌な音を立てたりなんかしない。ベッドやチェスト、サイドテーブルに長イスといった家具もクルミ(ウォルナット)製の高級品だ。今後の打ち合わせをしていたらしく、ファニーさんも一緒にいる。


「すみません、昨日ごたごたして見つけたのをすっかり忘れていました」


 カバンから取り出したのは、洞窟の底にあるゴミ捨て場で見つけた本だ。


「おおっ!」

 差し出すと、カールグッチさんは歓喜の声を上げて引ったくるように受け取る。ページをパラパラとめくりながら鼻息を荒くして目を通している。


「それもセルデム語のようですけど、何が書いてあるんですか?」

 カールグッチさんは手を止め、顔を上げるときっぱりと言った。


「さっぱりわからん!」

 本当に、どうしてこの人はあの洞窟を調べようと思ったんだろうか。

 僕の視線に気がとがめたのか、無言でファニーさんに差し出す。


「これは……教科書ですね」

 僕は目を丸くする。


「『千億冥星』の発生から『魔王』の死、それから『末裔』の誕生と放浪……彼らから見た歴史が書かれているようです」

「ははあ」


 勇者リオンやその仲間たちにすれば苦難と勝利と栄光の記録だけれど、『魔王』や『見つからない者たち(インビジブル)』からすれば繁栄と敗北と屈辱の記録なのだ。事実は同じでも勝者と敗者では見える世界が違う。彼らが自分たちの歴史を子供たちに伝えるために作ったのだろう。


「あら、ここだけ文字が違うわね」

 ファニーさんが見つけたのは、最後のページだ。ほかの文字とは筆跡も違う。どうやら別の人が後から書き加えたようだ。落書きかな? 特に一番大きな文字が書き殴ったみたいだ。


「素晴らしい!」

 カールグッチさんが飛び上がって歓声を上げる。


「これは歴史的大発見だ! 世の中がひっくり返るぞ! いや、良く見つけてくれた!」

 僕の手を取りながら何度も礼を言う。よろこんでくれたのなら僕もうれしい。


「それでですね、このような発見もしましたし、洞窟ではライノボーンとも命懸けで戦いました。あと、『信奉者(フォロワー)』も捕まえました。大変言い出しにくいのですが、追加報酬などいただけると僕としてもありがたいです、はい」


「これを買い取れ、というつもりか?」

 カールグッチさんが眉をひそめると、後ろ手に本を隠す。子供じゃないんだから。


「いえ、お金ではありません。僕が欲しいのは『セルデム語』です」

「なんだと?」


「今回の件で僕もセルデム語に興味がわいてきまして。一度勉強したいな、と思ったんです。もし辞書とか、言葉を勉強する本があればいただけませんか。新品でなくても構いません」

「本当に、それでいいのか? お前が先にこの発見を発表するつもりではあるまいな」

 じろり、と疑わしげに見て来る。信用がないなあ。


「独り占めするつもりならわざわざ持って来たりしませんよ。何でしたら一筆書いても構いません」

「わかりました」

 返事をしたのはファニーさんだ。


「今回の調査のために持って来たのがあります。私の使い古しでよろしければ」

 差し出されたのは、革張りの大きな本だ。表紙に『セルデム語辞典』と書いてある。抱えるだけでせいいっぱいだ。それに重いし分厚い。小さな子供くらいはありそうだ。


「ウチに同じのがもう一冊ありますから。どうぞ差し上げます」

「ありがとうございます」

 お礼を言って辞書をカバンにしまう。持ち運ぶにはちょいと重すぎるからね。


「あの」

 用件も終わったので失礼しようと立ち上がったところでファニーさんに呼び止められた。


「あなたのそのカバン……『魔法カバン』ですよね」

「はい」

 売るつもりはないけどね。


「その不思議な杖に、岩をも簡単に切るような剣、何よりあの強さ……あなたは一体?」

 なあんだ、そんなことか。ファニーさんはおびえたような知りたがっているような表情だけど、何ということはない。


「僕はリオ、旅の者です」

 人より隠し事は多いかも知れないけれど、それだけだ。ご先祖様がどうあれ、別に世界を征服したり壊そうだなんて企んじゃあいない。


「それでは、また。いつかまたどこかで」

 ぺこりと一礼して外に出た。


「あれ、リオ君じゃない」

 外に出ると、意外な人に出会った。ジェマさんだ。また荷物を背負っている。


「ジェマさんはどうしてここに?」

「依頼人……じゃなかったファニーさんに頼んだら、明日ガーンズボロまで馬車に乗せてもらえることになってさ」

 王都に向かう途中にあるのでそこで降ろしてもらうそうだ。


「一応護衛も兼ねてってことになったんだけど、それギルドに言ったら『正式な依頼にしてくれ』って。その打ち合わせというかお願いで来たんだけど、リオ君は?」

「僕は今日、この町を出て行くのでそのごあいさつに、と」


「そうなんだ。気を付けてね」

 ひらひらと手を振る。

「……」


 ダメだ。このままだともう二度と会えないかも知れない。勇気を出すんだ。チャンスは自分でつかみ取るものだ。

「あの」僕は思い切って話しかける。


「その、もしよろしければ、また一緒に冒険してみませんか? あの僕の方は特に急ぐ旅でもありませんので」


 今回の依頼で組んでみてわかったけど、ジェマさんとは結構気が合うみたいだ。会話とか趣味も合うようだし、ちょっとのんびりしているというか、少しずれているけれど、そこがまた可愛らしくもある。

 スノウを抱えながら返事を待つ。そうしないとすぐ耳をかむからね。


「あー、ごめんねー」

 返ってきたのはお断りの言葉だった。


「なんていうかアタシ、マイペースな人ってダメなんだよね。合わせるのがつらいっていうか」

「そう、ですか」

 がっくりと肩を落とす。もしかしたら、今度こそはと思ったんだけどなあ。


 その後、お礼とおわびを言って僕は町の門への道をとぼとぼと歩いた。スノウはその間、肩の上でほほをなめてくれていた。





 その日の夜、隣町の宿で僕は調べ物をしていた。ロウソクの明かりの下、小さな机にセルデム語の辞書を広げ、手にした紙と見比べる。


「えーと、ここは『目』か。いや違うな。『見る』……『見つけた』か。ややこしいな」

 何度も確かめたから書き損じはないと思うけれど、訳し方があやふやだと意味がずれてしまう。


 僕が持っているのは、あのゴミ捨て場で見つけた教科書の『写し』だ。もちろん拾ったことは忘れてなかったし、すぐにカールグッチさんたちに渡すこともできた。何より洞窟調査の荷物持ちで雇われたのに、勝手に持っていったらどろぼうになってしまう。


 でも中身が気になったので書き写させてもらうことにしたのだ。新発見の名誉や名声なんかはどうでもいい。ただ、僕にとっては他人事ではない以上、知っておきたかった。


 一晩で書き写すのは大変だったけれど、薄い本だったから何とかなった。もっと分厚かったら徹夜してもムリだったと思う。


 今僕が訳しているのは、教科書の本文……ではなく、落書きのところだ。


 もちろん全部訳すつもりだけれど、ここだけ書き殴ったような筆跡が気になった。悪口だとかだじゃれとかならそれでもいい。それならそれで、彼らが何を考えていたのかがわかる。


「……こんなところかな」

 辞書を引きながらどうにか完成した。細かい部分は違うかも知れないけれど、おおよそは間違っていないはずだ。


   黒の王家が見つかった

   予定どおり里へお連れする

   もうすぐここともお別れ

   ライノボーンは冬眠させておけばいい

   我々の悲願にまた近付いた

   

「……なるほど」


 字が乱れていた理由がわかった。うれしかったんだ。

 あの洞窟から『見つからない者たち(インビジブル)』がいなくなった理由は人間に見つかったからでも何かトラブルが起こったからでもない。目的を果たしたからだ。


 きっとあそこは彼らの隠れ家みたいなものだったのだろう。本当の里というのがどこかにあって、黒の王家を探すためにあそこを隠れ家にして探し回っていた。壊さなかったのは、また何かの時に使うためだろう。


 ライノボーンがゴミ捨て場にいたのは、万が一侵入者が来たら始末できるようにわざとあそこに置いていたようだ。奥まで来た人間を確実に始末するために。


 あと気になるのは『黒の王家』だ。王家というのはおそらく『魔王』ルカリオの子孫のことだろう。ルカリオは何人もの女の人をさらってお嫁さんにしたというから、きっと母親の違う兄弟が何人もいたのだろう。わざわざ黒と呼ぶということは、ほかにも赤だの青だのといった別の王家があることになる。もしかして七色くらいあったりしないよね?


 一際大きく書いてある文字はどうやら名前だろう。

 もしかして、見つかったという王家の人かな。

 これは……『フィリオ』と読むのかな? この人は里とやらに行ったんだろうか。


 色々考えていたらあくびが出た。眠くなってきた。いつもならとっくに寝ている頃だもんね。

 続きは明日にしよう。スノウはとっくにベッドの上で丸くなっている。


 僕はロウソクの火を吹き消すと、起こさないようにゆっくりベッドに横たわる。目を閉じれば洞窟みたいに真っ暗だ。

 探検の続きは夢の中だ。


  お宝目指して いざ行けヘイホー!

  どれだけ進めば たどりつく?

  残りは百歩 いやいや千歩

  一万歩でも まだ遠い 

  歩け歩け 冒険者

  宝の道も 一歩から



   第十五話 地底の王子様 了

お読みいただき有り難うございました。


次回からまた新しい話に入ります。

タイトルは『賢者討論』(仮)です。

2回か3回の予定です。

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