地底の王子様 その8
「逃げて!」
みんなに呼びかけながら僕はライノボーンへと向かっていく。地面を砕きながら巨大な岩のかたまりが迫る。さっきまでと違って、重さは数百倍にもふくれあがっている。当たったり踏まれたらすぐにぺしゃんこだ。
さながら落石のような突進をかわしながら前足をアダマンタイト製の剣でぶった切る。足首がごとりと落ちた。片足を失ったライノボーンはバランスを崩し、岩壁にぶつかった。ものすごい音ともに、ぐらぐらと洞窟そのものが揺れている。パラパラと土埃とともに小石が落ちてきた。危ないなあ。
ライノボーンは岩壁からもぞもぞと這い出ると、顔を左右に払い、目玉のない目の奥に妖しい光を宿らせると、切り落としたはずの足の骨が飛んでいって傷口にぴたりとひっつく。足踏みをすると、また骨の周りに石や岩が集まっていく。やっぱりダメか。
四本足に戻ったライノボーンは再び走り出す。僕を気に留めた様子もなく、まっしぐらに出口にいるカールグッチさんたちに向かっている。
「このっ!」
僕はライノボーンと並んで走りながらまた足へ切りつける。さっきと感触が違う。違和感に気づいた瞬間、ライノボーンは岩の服を脱ぎ捨て、元の骨の体になった。重い鎧を脱ぎ捨てた分、速度が上がっている。
追いつけない、と判断した僕は剣を持ち替え、一気に放り投げる。投槍のように弧を描いて飛んでいく。後頭部を貫く寸前、ライノボーンの体はまたバラバラに分離し、宙を飛ぶ。僕の剣は骨の間をすり抜け、岩に深々と突き刺さった。
カールグッチさんたちを追いかけて狭い通路をすり抜ける。あれならこの洞窟のどこにでも行けるだろう。なんて厄介な奴だ。バラバラ、骨、岩、と状況に応じて体を使い分けている。こいつは倒すのに骨が折れそうだ。
剣を引っこ抜きながら後を追いかける。
通路をすり抜けるとまた大きな通路に出る。ここを道なりに進めば僕たちの来た入口だ。ライノボーンはまた一つに固まってカールグッチさんたちを追いかけている。まずい。このままだと出る前に追いつかれる。食い止めようにも離れすぎていて、普通に追いかけたんじゃあ間に合わない。
「だったら、これだ!」
僕は深呼吸をすると、自分自身に『贈り物』をかける。僕自身の力を何倍にも引き上げる『おままごと』だ。岩を砕きながら地を蹴り、一気に距離を縮める。速すぎて狭まった視界の中で、ライノボーンが大きな口を開け、二人も抱えたジェマさんにかみつこうとしているのが見えた。
「させるか!」
横から回り込み、頬骨の辺りに体当たりする。陶器のような音とともに頭の骨が砕け散る。首から上を失ったライノボーンは目標を見失い、通路の壁にぶち当たる。
「大丈夫ですか?」
「え、あん、うん」
ジェマさんは目を丸くしながらこくこくとうなずく。それから抱えていた人を降ろすと、少し迷ったように水筒から水を差しだしてきた。
「すごい速さで走ってきたからのどが乾いたかなって」
「やあ、ご親切にどうも」
言われてみればさっきから動き通しで、のどがからからだ。受け取ってぐい、と飲み干す。ちょっと冷えていておいしい。
「ごちそうさまです」
「おかわりいる?」
「のんきに話している場合じゃありません!」
ファニーさんが大きな声で指さす。振り返ると、体当たりで砕いた頭がまた元通りにひっついていくのが見えた。頭を砕いてもダメか。
「弱点はないのかな」
ライノボーンが外に出ればあきらめるという保証はない。この分だと、地上に出ても追いかけて来そうだ。扉を閉めれば追いかけては来ないと思うけれど、あいにくその方法がわからない。さっき見た時には、あの変な模様も見当たらなかった。
「あるぞ」
さらりと言ったのは、カールグッチさんだ。
「あれが『千億冥星』にいたのと同じやつなら、魔石をつぶせばいいのである」
魔石といえば魔物の心臓だ。心臓をつぶされればどんな魔物でも生きてはいけないだろう。でも、あれが生きているようには見えない。何より、それらしいものはどこにも見たらなかった。
「ここだ」
と、カールグッチさんは自分の眉間を指さす。
「魔石は頭の内側に付いておる。ほれ、額に穴が空いているであろう。あの穴の下あたりに魔石がひっついている。そいつをつぶせば、ただの骨に変わるはずである」
「よくご存じですね」
『教授』といっても自分で名乗っているだけなのに。
「当然であろう。『見つからない者たち』の原点である以上、『迷宮』についても色々調べてある」
高笑いしながら細い体でふんぞり返る。バランスを崩して倒れそうになるのをファニーさんがあわてて抱き止めた。
「なら作戦は決まりですね」
動きを止めて弱点を突く。場所さえわかれば狙うのは難しくない。
「あ」
ジェマさんが気の抜けた声を上げる。
振り向くとライノボーンはまた体中に岩を引っ付けて、ライノロックになっていた。もちろん、顔にもたくさん岩が貼り付いている。あれじゃあ剣が通らないや。
「さっき見たらさ、なんか頭の中にも岩突っ込んでいたみたいだよ。どうあがいても防ごうって魂胆だね、ありゃ」
「考えているなあ」
もしかしたら僕より頭がいいかもしれない。空っぽのくせに。
「まあ、やることは一緒だけどね」
岩をひっぺがす。動きを止める。魔石を壊す。
「問題はどうやってやるか、だよなあ」
どうも僕はライノボーンにさけられているみたいだ。さっきから攻撃しているのに、僕を気にした様子はない。多分、つまり、僕の中に流れているであろう血に反応しているのだろう。これではオトリにならないし、なれない。虹の杖はまだゾーイと一緒に神殿? の中だし、取りに行く時間もなさそうだ。
「だったらさ、アタシがオトリになるってのはどう?」
ジェマさんが手を上げる。
「いいんですか?」
「ほかに人もいなさそうだし、依頼人を危険に巻き込むわけにはいかないからねえ」
念のため、ほかの人にも話を振ってみたけれど、みんな振るのは首ばかりだ。
「くれぐれもムチャだけはしないで下さいね」
念押ししたところで、ライノボーンは岩だらけの体で地鳴りのような音を上げて、僕たちに向かって突っ込んできた。
大急ぎで打ち合わせをしたところで僕とジェマさんは二手に分かれる。ジェマさんがオトリ役だ。背負子を降ろし、代わりに大きめのカバンを背負っている。手には鉄の鎖を持っている。先っぽには分銅がライノボーンの突進をかわすと鎖を放り投げる。岩石そのものの首に絡めると、反対側を近くの岩に巻き付ける。首を引っ張られて、ライノボーンの上体が浮き上がる。
「今のうちに!」
僕がみんなを外へと連れ出す。
ジェマさんは引きちぎられないよう、鎖をゆるめたり引っ張ったりしてライノボーンを引き留めている。でもいくらがんじょうな鎖でも岩だらけの重い体をつなぎ止めておくには限界がある。
「ねえ、まだかな」
額に汗を垂らしながらジェマさんが呼びかけてくる。
「けっこうキツイんだけど」
「終わりました」
全員を『見つからない者たち』の洞窟の外へと逃がす。
「早いところ頼むよ」
ぼやくジェマさんを横切り、思い切りジャンプする。
「こんにゃろ!」
『おままごと』で僕の力を何倍にも強化すると、鎖につながれて暴れているライノボーンの眉間目がけて剣を突き立てる。ものすごい力で突き刺したものだから岩ごと骨を貫通する。足を切り落とされても何の反応もしなかったのに、顔を振って身もだえする。
でも、それだけだった。
おかしい。岩の隙間から完全に骨をぶち抜いたはずなのに、動きが止まらない。外したのだろうか。それとも、カールグッチさんの情報が間違っていたのだろうか。疑問に思っている間にライノボーンがまた岩を外していく。またか。
ジェマさんが悲鳴を上げながら尻もちを付く。骨だけの体になったせいで鎖が外れてしまったのだ。眉間に刺さっていた剣もその勢いで外れてしまう。
ライノボーンは体を屈めると高々とジャンプする。僕たちを無視してカールグッチさんたちをおそうつもりか。
「させるもんか!」
とっさに落ちていた鎖を放り上げる。うまく足に巻き付いた。ライノボーンの動きが止まる。そこで僕は見た。
ガイコツの裏側で赤く平べったい石が忙しなく動き回っている。歯の裏やつむじ、後頭部と虫みたいに這いずっている。
「あいつ、魔石を動かせるのか」
それでさっき刺した時も反応がなかったんだな。
鎖につながれたライノボーンが真っ逆さまに落ちてくる。ちょうどいい。このまま頭の中に入り込んで直接ぶった切ってやる。剣を構えながら身構えていると、またバラバラに分裂する。それだけではなかった。頭の部分だけ岩を引っ付け出したのだ。そんな芸当も出来ちゃうの?
地面に落ちたライノボーンの頭はまた岩をまとっている。けれど首から下はバラバラに分かれて宙を舞いながら外へ飛び出そうとする。
「しまった!」
目標は逃げたカールグッチさんたちだ。このままじゃあまずい。
追いかけようとする僕の目の前に大きな黒いアミがぱっと広がった。たくさんの骨を絡め取って、地面にはいつくばらせる。アミの目が細かい上に端には重しが付けられているので、抜け出せないみたいだ。何よりアミの先をジェマさんが握っている。
「ははあ、バラバラになっちゃうと力がなくなるみたいだね。空飛ぶ力に全部割り振っているのかなあ」
後ろからのんきそうな声で言う。アミの中では骨がじたばたと魚みたいに暴れている。
「念のために色々持って来たのが役に立ったね」
「ありがとうございます」
またひっつかれると厄介だ。ここで片を付ける。
ライノボーンの顔を岩ごとぶった切る。骨の部分は再生できても岩はそうはいかない。一撃また一撃と剣を振るごとに砕け落ちていく。壊れる側から再生させようとしているけど、僕の方が早い。もう半分以上はそげ落ちて、ゾンビのようだ。
「ねえ、まだかな。そろそろこっちもやばいんだけど」
「もう少しです」
見えた! 魔石だ。あれさえ壊せば終わりだ。岩をかき分け、手を伸ばした途端、頭が真っ二つに割れた。
「え?」
顔の部分を置き去りにして、後頭部だけが洞窟の奥へと飛んでいく。頭の骨までわかれるの? そんなのあり?
「そこ危ないよ!」
呆然としかけたところで、後ろから飛んでくる気配にしゃがみ込む。一瞬遅れて頭の上を白いかたまりが飛んでいく。ジェマさんの投げた岩はあやまたずライノボーンの後頭部に当たった。
「お、当たった」
うれしそうに拳を握る。
「結構、石投げるの得意なんだよね。見た?」
落ちていくライノボーンの後頭部を指差しながら、にっこりとほほえむ。
「……」
おっといけない、ぽーっとなっている場合じゃないぞ。
僕は唇をぎゅっと結ぶ。
打ち落とされた魔石付きの後頭部が、ふらふらと落下していく。僕は落下地点を見定め、走る。チカチカと赤く点滅する魔石が地面に落ちるより早く、僕の剣で真っ二つに切り裂いた。
割れた魔石はすぐに真っ黒に変色する。地に落ちると、骨と一緒に粉々に砕け、そのまま動かなくなった。
振り返るとほかの骨もアミの中でおとなしくなっている。本体がやられたせいか、灰のようにもろくなっているようだ。
「やりましたね」
「何とかなっちゃったね」
ジェマさんはほっとため息をつく。
「心臓が止まるかと思ったよ」
「いえ、本当に助かりました」
ジェマさんがいなかったらもっと被害が出ていただろう。
「リオ君がいなかったら、多分アタシたち全員、ぺしゃんこだったよ。いや、その前にあの連中にやられていたかも」
「あ、忘れてた」
虹の杖取りに行かないと。まだゾーイが持っているんだった。
いい加減取り返さないと、と思った時、体がものすごく揺れ出した。
「地震?」
「というか、この洞窟が崩れているんじゃないかなあ」
見れば岩壁にもヒビが入っている。地鳴りのような低い音がそこかしこから聞こえるし、天井から大きな岩が落っこちている。
「あーやっぱり崩れるよね、洞窟だもんねえ」
「物語だとよく壊れますよね、洞窟」
どの洞窟探検の話でも最後は必ずつぶれるのだ。むしろ壊れてこその洞窟だ。
「おっと、こうしちゃいられない。先に行っていて下さい」
このままだと虹の杖が埋まっちゃうよ。あとゾーイも。
ジェマさんに手を振って僕はまた洞窟の奥へと走り出した。




