迷宮と竜の牙 その13
店から出て、辺りを見回すけどもちろん、デリックの姿はなかった。ヘイルウッドの馬車も消えている。一緒に逃げたのか、別々なのかはわからないけれど、まただそう遠くへは行っていないはずだ。
やけっぱちになられる前に急がないと。
僕はもう一度鳥になることにした。
屋根の上から町を見渡すと、デリックが大きな通りを急いで走っているのが見えた。細長くて大きな布の包みを抱えながら、落ち着きなく目をきょろきょろさせている。どうやら門の方に向かっているようだ。
でもあの方角だと冒険者ギルドの側も通ることになる。デリックが冒険者ギルドを恨んでいるかはわからないけど、追いかけられないように竜牙兵をけしかける可能性はある。早く捕まえないと。
屋根の上から屋根へと飛び移る。
途中で何度か飛び移ったお家の人に叱られたりもしたけれど、追いつくのにそう時間はかからなかった。
デリックは橋のたもとにさしかかるところだった。
この前、カレンがすりにお金を盗まれたあの『冒険者の橋』だ。
飛び移れそうな屋根もないので壁づたいに地面に降りる。あとは『贈り物』で姿を消して、こっそり近づいて牙を取り返せばいい。そう思いながら僕が橋を渡ろうとしたとき、後ろから声がした。
「見つけたぞ!」
デリックが橋の上で立ち止まり、顔をこわばらせる。振り向くと、ケネスが汗だくになりながら、冒険者の橋に向かって走って来るのが見えた。
デリックはウサギのように身をひるがえして、駆け出す。追いつかれる前に橋を渡り切るつもりだろう。けれど、数歩も走らないうちにまた足が止まる。
トレヴァーさんが橋の向こう側から通せんぼをしていた。
僕の方が先に出たはずなのに僕より早い。すごいなあ。土地鑑のある人はやっぱり違う。
行くことも戻ることもできず、デリックが橋の真ん中で立ち尽くす。
橋を渡っていた人たちが何事か、とデリックとトレヴァーさんを遠巻きにしている。
「そいつを置いて両手を頭の後ろに組むんだ」
トレヴァーさんはなだめるような声でそっと手を差し出す。
デリックは唇をかみしめると、腕の中の包みにそっと手を差し込む。
ああ、まずい。橋の上にはまだ通行人もいるのに。
「そうだな、もうダメかもしれん」
言葉とは裏腹に観念した顔ではなかった。あれは、やけっぱちになった顔だ。
「なら、せめてお前たちを道連れだ!」
骨のような手で包みをはぎ取るとブラックドラゴンの牙を握りしめ、大声で叫んだ。
「さあ、竜牙兵よ。こいつらを全員切り捨てろ!」
ブラックドラゴンの牙が紫色に光った。さっきとは色が違う?
疑問に思っているとやがて光が収まり、デリックの目の前には頭の左右と額に角の生えたガイコツが立っていた。手にはいびつな形の剣と、丸い盾が握られている。
いや、握っているんじゃない。手首から先が剣になっていて、腕の辺りの骨が円形に広がっている。あの剣と盾も体の一部なのか。
異変に気付いた通行人たちが悲鳴を上げて一斉に逃げ惑う。
橋の上にはトレヴァーさんと駆けつけたケネス、デリック、そして三本角の竜牙兵だけになった。
「くそっ、三本角かよ!」
悪態をつきながらケネスが剣を構える。
「上位種まで呼び出すか、まあ当然だな」
トレヴァーさんたちも緊張した面持ちで剣を抜き放つ。
「なにせ素材がいい。ブラックドラゴンの牙だそうだからな。腰抜けの三流魔術師でもこれくらいは作り出せる」
「黙れ!」
デリックが叫ぶと同時に三本角の竜牙兵が剣を振り上げる。さっきの奴より動きが速い。またたく間にトレヴァーさんに近付き、右手そのものの剣を振り下ろす。骨だけの体で動かしているはずの太刀筋は鋭く、その上オノでも振り回しているような重さと力強さが感じ取れた。
トレヴァーさんは剣を下から救い上げるようにして受け止める。勢いに押され、数歩後ずさる。どうにか防いだものの、たったの一発でトレヴァーさんの剣にひびが入る。
「なにっ!」
おどろくトレヴァーさんの頭上へ次の一撃が振り下ろされる。トレヴァーさんはさっきの一撃でバランスを崩している。あれを受け止めたら今度こそ剣がへし折れる。下手すれば剣ごとぶった切られてしまう。
「あぶねえ!」
ケネスが飛び出した。
三本角に向かって横から体ごとぶつかる。骨だらけの体に腕を回し、押さえつけようとする。
ケネスは僕より背も高いし、軽装とはいえ金属製の鎧だって着ている。それに比べて相手はやせっぽちの骨しかない体だ。
なのに三本角の竜牙兵は小揺るぎもせず、ほんの一瞬動きを止めただけだった。その場に立ったまま虚ろな目でケネスを見下ろしている。
ケネスの顔が青ざめる。
無造作に振り払われた盾付きの腕に、まるで子ネズミのように吹き飛ばされた。うめき声をあげて橋の手すりに背中からぶつかる。
三本角の顔がケネスに向いた瞬間、トレヴァーさんが走り出していた。落ちているケネスの剣を拾い、足元を狙って切り付ける。
まずは動きを止める狙いか。鋭い一撃がむこうずねの辺りをなぎ払わんとして、空を切る。
竜牙兵はいち早く飛び上がり、体は宙を飛んでいた。無表情なはずのドクロがまるでムダなあがきをあざ笑っているようだった。
そのままトレヴァーさんにのしかかると左手の盾で押さえつけ、右手の剣を振り上ろした。
誰かの悲鳴が聞こえた。
静まり返った橋の上に穴の開いた三本角のドクロが転がっていった。
僕の杖が三本角の頭を突いたからだ。首から下の骨が、迷子みたいにうろたえているのがなんだかおかしい。
「大丈夫ですか」
トレヴァーさんにのしかかっていた骨を杖で払いのけると、手を取って助け起こす。
「お前は……」
「あとは僕に任せてください。何とかします」
「バカを言うな! すぐにギルドから応援も駆けつける。それまで……」
「いえ、元々は僕がまいた種ですので。みなさんは橋のたもとで誰も近付けないようにお願いします」
僕は橋のたもとにまで転がっていったドクロを拾い上げる。頭の内側をのぞくと、額の辺りにおかしな模様が見える。
さっきのとはちょいと形が違うみたいだけど、似たようなものなら弱点は同じだろう。
ぽんと、宙に放り投げると杖で突き上げる。ぱりんとドクロが割れて、もがいていた首から下の骨が動かなくなる。
ふむ、思った通りだ。
「何者だ、お前は……どうして竜牙兵をそんな簡単に……」
デリックが悪い夢でも見ているような声音でつぶやく。
「そりゃあ、竜牙兵なんてあなたが考えているほど、たいそうなものじゃないからですよ。こんなやせっぽちのひょろひょろに角の生えた程度で、冒険者がどうにかなると考えたら大間違いってものです」
「ふざけるな! こいつらは、サイラスの砦をたった一晩で落としたほどの……」
「すみません。僕、歴史には詳しくないんです」
そのナントカ砦とやらがどれだけ大きかったのかは知らないけど、やせっぽちに落とされるくらいなら小さいところなんだろう。あるいは、人が少なかったか、かな。
知らせを聞いて駆けつけてきたのだろう。橋の両端に冒険者たちが次々と集まってくる。
「とりあえず、僕の言いたいことはただ一つ。降参して下さい。今ならまだ助かる道というものがあります」
「なめるなあっ!」
またブラックドラゴンの牙が紫色に光った。明滅を繰り返すたびに三本角の竜牙兵が現れていく。
説得はムリか。ならやるしかない。
僕は剣を抜く。右手に剣、左手に杖。ちょっと変わった二刀流だけど、手数は多い方がいい。
橋の両端で冒険者たちがどよめくのが聞こえた。
三本角の竜牙兵がデリックの前に、横三列に並んでいる。ひい、ふう……全部で二十体か。
みんな同じかと思ったけど、武器が斧だったり両手とも剣だったり少しずつ変えているようだ。両腕とも盾ってのもいる。
「へえ、面白いなあ。あの、クシとハサミのやつって出来ますか? 髪の毛伸びちゃったんでそろそろ切ろうかと思うんですけど」
「ふざけるなっ!」
一列目の竜牙兵たちが横一列に突っ込んでくる。まるで話に聞く重装歩兵の突撃だ。僕も連中に向かって杖を突きだし、走り出す。お互いの武器が届く寸前まで近づいた時、竜牙兵の手前で杖の先を地面に引っかける。ぐん、と杖を支えにして僕の体は宙を舞い、三本角たちの頭上を飛び越える。着地した瞬間、振り向きながら剣を水平になぎ払う。
後から頭を輪切りにされた竜牙兵が三体、その場に崩れ落ちる。
一列目を飛び越えたので、二列目の竜牙兵たちは目の前だ。ためらう様子もなく、懐に飛び込んできた僕に殺到する。一斉にではなく、タイミングをずらして頭や心臓を狙ってくる。これを全部受け止めるのはちょいとムリみたいだ。だから全部よけることにした。
僕は自分から地面に倒れる。寝転がりながら目の前の足の骨を剣で切り払い、杖で叩き割る。陣形の崩れたすきに立ち上がり、その場で踊るように回転しながら剣と杖を振り回す。二体ほど例の紋様を砕いたところで新手の竜牙兵に振り回した剣を盾で防がれる。にやりと笑った気がした。
「なまいき」
僕は剣を手放すと、そいつの盾を腕ごと引っこ抜いてやった。すぐさま盾付きの骨を持ち替え、片腕になったそいつの頭を盾で叩き壊す。
もう一体、と思った時、ひやりとしたイヤな予感がした。背中から空気を切り裂く気配が近づいてくる。とっさに持っていた盾で、その気配を防ぐ。
案の定、竜牙兵の剣だった。
お返しに、左手の杖で額ごと紋様を叩き壊してやった。そして腕のついた盾をぶん投げて、後ろにいた二刀流の竜牙兵のドクロをぶち壊す。
竜牙兵の囲いが少しずつ、そして確実に狭くなってきた。これ以上いたら押しつぶされる。
僕は剣を拾うと、足を止める。そしたら、待ってましたとばかりに竜牙兵が迫ってきた。
待っていたのは僕の方なんだけどね。
密度が濃くなればその分、範囲は狭くなるものだ。ましてやこいつら、足元はすきまだらけだ。僕はもう一度しゃがみこむと、今度は頭から地を這うように橋の上を滑り、竜牙兵の囲いから脱出する。
囲いを抜けた瞬間に立ち上がり、目の前にいた竜牙兵を一体、杖で破壊した。続けて正面を向いたまま剣を背後に振り下ろす。軽い手ごたえがした。振り返ると、頭の二つに割れた竜牙兵がぐらりと横倒しになっていくところだった。
これで半分ってところか。
「ほら、たいしたことないじゃないか」
「バカな……」
デリックはまるで蛇ににらまれたカエルみたいに立ち尽くしている。
「ひょろひょろのやせっぽちなんか、いくらそろえたところで、この町はびくともしませんよ。この町には大勢の冒険者がいるんですから。ねえ?」
すると、トレヴァーさんもケネスも、橋のたもとに陣取っている冒険者たちも一斉に首を振る。ケンソンしなくてもいいのに。
「何者だ、こぞう」
「どうやらひょろひょろだけでなく、あなたまで目玉を落っことしてきたようですね。僕はオトナです。これを見ればわかることでしょう」
僕はギルドの組合証を胸元に引き寄せる。元冒険者なんだから、冒険者ギルドに入れるのは十五歳になってからだって、知っているはずなのに。やっぱり、お兄さんのペラムと同じく、まともな判断力を失っているのだろう。なんだか悲しくなった。
「やれ! 竜牙兵!」
デリックの合図で竜牙兵が切りかかってきた。剣にオノに槍が、一斉に迫って来る。僕はジャンプすると、骨の刃を飛び越え、橋の手すりに飛び乗った。
「それ、まきわりだ!」
振り下ろした杖が竜牙兵の頭を二体続けてかち割る。三体目を叩き割ろうとした時、盾付きの竜牙兵が前に出てきた。ドクロを完全に隠しながら僕に近付いてくる。
もしかして、かくれんぼのつもりかな。
正面の盾付きだけじゃない。別の竜牙兵が二体迫ってきた。
骨でできた剣が左右同時におそいかかってくる。
僕は手すりから飛び上がった。一瞬遅れて二本の剣が僕のいた場所を通り過ぎる。空中で僕は右手に力をこめ、ランダルおじさん手製の剣を振り下ろす。
「ひょろひょろ、見いつけた!」
僕にかくれんぼで挑もうなんて十年早いよ。
骨製の盾は真っ二つになった。僕が着地すると同時に、竜牙兵の頭の先から股間まで二つに分かれて橋の上に倒れる。
「バカな、竜牙兵の盾は鉄より硬いのだぞ……」
「ああ、そりゃ残念でしたね」
僕の剣は鉄より硬い。僕の剣に使われているアダマンタイトはとにかくがんじょうで、鎧や盾なんかに使われる鉱物らしい。
しかもこいつはランダルおじさんが僕の十三歳の誕生日の時に作ってくれた特別製だ。「どんな剣が欲しい?」と聞かれたので、僕はがんじょうで折れない剣が欲しいと注文したら、こいつをくれたのだ。
それ以来ずっと使い続けているけど、刃こぼれもほとんどしないし、手入れも楽なので重宝している。
ひょろひょろの盾なんか問題じゃあない。
「もっと小魚を食べさせておくべきでしたね。ご存知でしたか? 小魚を食べると骨が丈夫になるそうですよ」
「この、お前は……」
デリックの顔が真っ赤になった。
「どうやらあなたにも小魚が必要なようだ。ご存知ですか? 小魚には怒りっぽい人を怒りっぽくさせなくする力も……」
「行けええええっ!」
最後まで言わせてもらえなかった。
悲鳴にも似た怒号とともに残り七体の竜牙兵が近付いてきた。
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次回は8月13日午前0時の予定です。